【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈39〉無事帰還なのです

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「おかえり、ヒューゴー」
 
 クタクタで帰ってきた侍従は、疲労感でいっぱい。
 だが、その表情は充実していた。
 
「……ただ今戻りました」
 
 公爵家応接室でフィリベルト、マリーと共に彼を出迎えるレオナは、無事な姿を確認して、思わず涙ぐんだ。
 
「ご苦労だったな」
 フィリベルトが労うと、綺麗な礼を返すヒューゴー。
「ありがとうございます」
 
 ある日の朝、ジョエルが唐突にやって来て『レオナに必要だと思うから、破邪の魔石を取りに行ってくる、ヒューゴーもね』と有無を言わさず連行されていった。
 あとからフィリベルトに、破邪の魔石とは何かを聞いてレオナは戦慄する。百年間倒されていないブルードラゴンに挑むなど、ジョエルとラザールでなければ有り得ないであろう。

「なんとか手に入って良かったです……」
 
 ヒューゴーの手に握りこまれているのは、封印の布に包まれた国宝級の魔石。力が強い石は、持っているだけで心身を消耗するため、封印の布が欠かせない。それを身に付けられるように加工するのが、フィリベルトとカミロの役目だ。
 
「非常に良い経験になりました」
「鼻が高いよ。非公式で騎士団副団長帯同とはいえ、ドラゴンスレイヤーなど……なりたくてもなれるものではないのだからね」
 
 本来なら叙勲対象だが、魔石の献上を避けるため、討伐記録魔道具は持って行っていない、イコール非公式である。
 それでも、ドラゴンを倒すことで手に入るスキルは、獲得できたそうだ。ヒューゴーはますます強くなったに違いない。
 
「怪我は?」
 平気そうに振舞っているが、レオナにはどこか違和感があるように見えた。念のため聞くと
「……平気です」
 と、正直に言うはずがないことは知っていた。
 途端に、ヒューゴーに抱きつくレオナ。
「うっ」
 

 ――ほらやっぱり!
 私が飛びついたくらいでよろめくなんて。
 
 あら?
 
 黒いモヤがたくさん、身体の中に渦巻いているわね。
 これじゃあ、きっと相当痛いわね……
 うーん、うーん。よし。
 
 『痛いの痛いの、とんでいけー!』
 

 すると、パァァ、と柔らかな光が二人の身体を包んで、やがてすうっと消えた。
 
「……っ!!」
「どう?」
 抱きついたまま見上げると、困ったように眉を下げて、ヒューゴーが言った。
「……もう痛くありません。飛んでいきましたよ」

  
 ――あれ、声に出てた!?

 

 フィリベルトの目が見開いた。
 マリーも、両手で口を覆って驚いている。
 ヒューゴーは、フィリベルト、マリーと目を合わせ頷き、レオナに向き直る。身体を離すと、片膝をついてひざまずいた。
 
「……ありがとうございます、マイレディ。これからも、私の命を捧げます」
 その声が震えている。
「ヒュー? あなたの命は私の命と同じよ。忘れないで」
 彼の腕も――身体も震えている。
 レオナは、優しく彼の肩に手を置いて、覗きこんだ。

「本当にもう痛くない?」
 心配になり、レオナはもう一度聞く。
「はい、もう、治りまし、た」
「よかった!」
 跪いたままの彼に、レオナがぎゅうーっと抱きつくと、ぐっと抱き返してくれた。

 
 温かい。ほっとする。
 ヒューゴーの、陽だまりの匂い。


「……そろそろ離れてえな~、けるわ~」
 
 ふと、背後から飄々とした声がした。
 
「わいのことも、ちっとはいたわって~や」
 にしし、と笑う狐目で濃い紫色の髪を真ん中分けにした、ひょろりとした長身の男性は、レオナに『ナジャ言いますねん』と名乗った。
 ヒューゴーとは旧知の仲で、今回のブルードラゴン討伐に加わっていた、と紹介された。
 
「本当に助かった、ありがとう」
 レオナから身を離し、立ち上がるのをエスコートしながら、ヒューゴーが言う。
「ふひ。冗談やって。かまへんかまへん。ジョエルに頼まれたらどうせ断られへんし、レディに褒められるんなら役得やし」
 げしっ! とすかさずマリーがその脚を蹴る。
「あだっ!」
「失礼過ぎ。黙りなさい」
「マリーちゃーん! んな殺生な~」
 ぷいっと顔をそらすマリーに、肩をすくめるヒューゴー。
「見てみぃ! お前の嫁、強すぎやで! ボケるのも命懸けや!」
 こんな調子で、レオナは全く初対面の気がせず、笑いっぱなしだった。
 
 レオナはきちんと彼の前に立ち、目を合わせてお礼を伝える。
「ナジャ君のお陰よ、ありがとう!」
 名前の呼び方は、君づけがええねん! と言われたのでその通りにしたレオナである。
 
「ご苦労だったな」
 フィリベルトも笑いながら労う。
「いーえー。その言葉でめっちゃ満足したわ。久しぶりに楽しかったし。――ヒュー。ほんま良かった。
 
 ヒューゴーと笑顔で頷き合う。この二人は、本当に仲が良いのだろう。そんな雰囲気を、この短いやり取りからレオナは感じた。
 
「ほないくわなー。さいならー」
 ひらひら手を振って、あっさり去って行く。
 日頃は王命で様々な任務に就いているらしく、その存在は極秘なのだそうだが、なにせ個性が強すぎる。もちろん口外はしないが、レオナにとって、忘れられない人物になった。


 
「づーがーれーだー」
 
 夕方、公爵家に顔を見せにきたジョエルは、まさに生ける屍だった。目に見える怪我はなさそうだが、身体の動きはぎこちない。
 
 応接室で、フィリベルト、ヒューゴー、マリー、とともに出迎えたレオナが、
「ジョエル兄様、お疲れのところ申し訳ございませんが、お立ち頂けますか?」
 ソファに、だらりと身体を預けていたジョエルに呼びかけると、すぐにギスギスと立ってくれた。結構酷い怪我なのかもしれないな、とレオナは気合を入れた。
 
「? なーにー?」
 すっと近寄って、ゆるくハグをするレオナを、
「!!」
 驚いたものの、すかさずぎゅうっと抱き締め返してくれるジョエル。
 鍛えられた肉体を覆う、硬い生地の騎士服からは、上品なシトラスの香りがした。
 ふわりとまた光が舞って、レオナがジョエルを見上げると、頭上に潤んだ蒼い瞳があった。まるで、明けの明星のようだなとレオナは思った。夜明け前に一際ひときわ強く、輝く星。
 
「レオナ……これは……」
「ふふ。内緒ですよ。どうやら、抱きついて願うと、癒せるようなのです」
「うん……そうみたい」
「ここにいる人間しか知らない。どうやら、抱きつかないとならないようだからな」
 フィリベルトが苦笑しながら補足する。
 
「んえー? それはちょっとあれだねえ……はは、了解」
 ジョエルは、優しくレオナの頭を撫でながら微笑んで
「だからヒューがピンピンしてるのかあ。……納得したよー」
 うるうるした瞳で、ヒューゴーを見やる。
 
 ヒューゴーは、無言で拳を上にして白手袋を外し、手の甲をジョエルに見せた。ガッツポーズみたいだ、とレオナは思う。
「!! ……もう、平気なのー?」
「レオナ様のお陰です」
 彼がぶすっと返すと
「そっか……そっか!」
 ジョエルは、そっと涙を拭きながらレオナから身体を離して、ソファに腰掛け直し、続ける。
「ヒューゴーはよくやったよ。成長したね」
 

 ――うわー! ジョエル兄様が、ヒューゴーを褒めた!
 めちゃくちゃ感動!!
 

 これには当人もよほど驚いたのか、目を見開いたまま硬直している。
 ジョエルは真剣な顔だ。いつもならここで『なーんてねー』と、おちゃらける場面なのだが。
 
「……フィリベルト、レオナ」
 
 その毅然たる姿勢と声音は、誇り高きマーカム王国騎士団副団長のそれであった。
 
「今回のドラゴン討伐は、完全に私的なことだ。誰に何を言われても、知らぬ存ぜぬで頼む」
「分かった」
「分かりましたわ」
「ヒューゴー」
「はっ」
「今回取得したスキルは、残念ながら公には出来ない。が、任務において必要な場合は、躊躇ためらいなく使って欲しい」
 ふう、とそこでいったん言葉を切り、紅茶を流し込むジョエル。
「承知致しました」
 ヒューゴーが表情を引き締めて、返事をした。
 
 そこへ――

 
 コンコンコン……

「シャルリーヌ様がおいでになりました」
 とルーカスの声。
「入ってもらってくれ」
 二人の帰還連絡を受けて、顔を見に来たのだろう。
 フィリベルトが即座に返事をし、開く扉から、青い顔をしたシャルリーヌが入って来た。
 
「ごきげんよう……」
「ごきげんよう、シャル。どうしたの? 顔色が悪いわ!」
 
 レオナが慌てて立ち上がって近寄ると、シャルリーヌは唇を真一文字に引き結んで
「二人とも、無事、なの?」
 と震える声を絞り出し、みるみる涙を落とした。
「シャル!?」
 いつも明るい彼女が、何をこんなに思い詰めているのか。
 
「ドラゴンを、倒しに行ったんでしょう? ……私、心配で……しかも貴重な魔石を、私にもなんて……」
 
 ジョエルがバルテ家に先触れを出した時に、書いたのだろう。
 
「ありゃー、後でちゃんと、バルテ家へ挨拶に行こうと思ってたんだけどなー」
 
 ジョエルが苦笑しながら立ち上がり、わなわなと震えながら涙を落とし続けるシャルリーヌを、胸に引き寄せた。彼女は珍しくそれに抵抗せず、されるがままになっている。
 優しくその背を撫でながら、ジョエルは言う。
 
「ごめんねーシャル。勝手なことしてー」
「命を賭けたんでしょ!」
「賭けてなんかいないさ。楽勝だったよー。ねえ?」
「その通りです」
 同調するヒューゴー。

 この世界にドラゴンスレイヤーは、数える程しかいないという事実を、一般常識として皆が知っている。
 事実、今現在、この王国で公に知られているのは四人のみ。その内の二人が、ジョエルとラザールだ。
 他国にも居たとして、各国せいぜい一人か二人。もしそこにヒューゴーとリンジーも加わるとなると、大変な脅威となる。それぐらいの武力なのである。
 
 楽勝どころか、二人の負った怪我は、かなり深かったに違いないと、治癒のため消費した魔力量からレオナには推察できた。決して口にはしないが。

「っ、もうそんなことしないで」
「うん」
「心配かけさせないで」
 
 ボタボタとまた流れ始める彼女の涙を、彼はそっと騎士服の袖で拭う。
 
「うん、ごめん。ほら、ヒューゴーにスキルを獲らせたかったんだ。強くなったんだよ」
 ヒューゴーも
「はい。お陰様で獲得できました。感謝しています」
 フィリベルトも
「シャル。ジョエルもヒューゴーも勝てない敵には挑まない。心配する必要はない」
 レオナも
「すごく強い二人なんだから、いつだって大丈夫よ」
 マリーも
「ヒューゴーの任務の内ですよ」
「ううー!」
 みんな、シャルリーヌのことが大好きなのだ。
 
「らしくないなー、シャル。おかえりって言って欲しいなー?」
「おかえり! ばか!」
「うおーう、ひどーい!」
 ケラケラ笑いながらシャルリーヌの背を撫で続けるジョエルは、満足げだった。


 
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 お読み頂き、ありがとうございました。
 2023/1/17改稿
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