43 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈38〉遺言ではないのです
しおりを挟むラザールが言い出し、ジョエルが陣頭指揮を取って行われた、ドラゴン討伐。
ヒューゴーは、パーティメンバーであるリンジーの助けを借りて、帰途についた。
ドラゴンは命からがら無事討伐できた。狙っていた国宝級の魔石も手に入れることができたが、リンジーの使用していた『ワケアリ』の武器を無断で使用したことにより、ヒューゴーは死に至る呪いをその身に受けてしまった。
ラザールがヒールやキュア、ディスペルなど魔法での解呪を試みたが、ことの如く失敗。光属性を持った人間にしかできないという、聖属性の上級魔法でないと、解呪できない、という結論に達した。
「なんですか、その体たらくは」
公爵邸につくなり、ヒューゴーはルーカスに怒られた。
リンジーの肩を借りて、今や歩くこともままならず、手の甲には青黒い焔が揺らめくような痣ができている。
それは一目瞭然な『呪い』を受けた者特有の、典型的な症状だった。
この痣が全身に拡がると、死に至る。目に見えて自身が死んで行く恐怖に耐えられず、自ら命を絶つ者も多い。
「……申し訳あ」
「っ、ヒューゴーは悪ない! わいの……」
咄嗟に謝るヒューゴーをリンジーが遮ると、無言で黙れと圧を受け
「詳しい話はフィリベルト様と」
公爵令息の私室に案内された。
機密を話すのにうってつけの部屋であり、それだけルーカスは、瞬時に色々悟ってくれたらしい。
コンコン……
執事がその樫で削りだされた素晴らしい装飾の、重厚な扉をノックする。
「ルーカスにございます。ヒューゴーが帰還致しました」
「……入れ」
扉下からは、すでに冷気が漏れ出していた。
ヒューゴーとリンジーは、それを肌で感じ、気を引き締める。
「ヒューゴー」
部屋に入り、挨拶をしようとする彼を、短く呼んで止めたフィリベルトは
「……無茶をしたな」
苦い顔で、涙を溜めて、侍従の手を取る。――痣を撫でる。
「お前がいなくなったら、何の意味もないのだぞ?」
「たかが侍従に勿体ないお言葉です」
「教会に掛け合う手筈を整える」
「!!」
ヒューゴーは慌てた。
「いけません! 付け入れられます!」
「っ、お前の命は! 何物にも変え難いことを忘れるなっ!」
パキーンッッ
空気が、凍った。
ある意味フリーズブレスより恐ろしいな、とヒューゴーは思う。
「ふう……立たせたままですまない。座ってくれ」
凍った空気が、キラキラと散っていく。
フィリベルトが、懸命に落ち着こうとしているのが見て取れた。この厳しくも愛情の深い人に、何度心を救われて来たことか。
ソファに腰掛けると、ヒューゴーは口を開いた。
「フィリベルト様」
「……なんだ」
「俺は、幸せです」
ぐ、とフィリベルトは何かに耐えている。
「孤児の俺を拾って育てて、公爵家の侍従という、身分にそぐわない破格の待遇を頂けたばかりか、結婚することもできました」
リンジーが、ヒューゴーの身体を支えながら、鼻をすする。
「元より、あのスタンピードで相棒とともに散るはずだったこの命。こんなに恵まれて良いのだろうかと、今でも思っています」
「……それはお前の努力の結果だ」
「いいえ」
ヒューゴーも、リンジーも、知っている。
この世で生きようとする人間の活動や意志を阻害する、絶対的な存在がある。夢があろうとも、能力があろうとも、抗えない。
「生まれや身分を問わず、やる気さえあれば信じて使ってくださる、ローゼン公爵家に――俺たちは救われました」
リンジーも隣で笑う。
「せやな、暗殺に来た人間を雇うなんて、なかなかないで?」
「……当たり前のことだ」
フィリベルトはついに涙を落とした。
「ヒューゴー、お前は、っ、か、家族なんだぞ」
ギリギリと握りしめられた拳が、白い。
「レオナが、……くそ」
「……すみません」
「ぐ、わいが、ちゃんと……」
「はは、リンジーは悪くないって言っただろう」
「マリーに顔向けできへん」
「ははは、とりあえず殴られとけ」
「フィリベルト様」
ルーカスが、珍しく口を挟んだ。
「なんだ、ルーカス」
「不出来な息子で、大変申し訳ございません」
「……いつも助けられている」
「もったいなきお言葉。どうか昔の伝手を探るご許可を」
「! ……いくら使っても良い」
「ありがたく」
そして、部屋から出て行った。
ルーカスはかつて『英雄』のパーティメンバーであった。もしかすると、誰かあてを思い付いたのかもしれない。
「諦めるな」
フィリベルトは、真っ直ぐにヒューゴーの目を見つめて言う。
「……何とかするから。必ず」
ヒューゴーは、笑った。
「ええ、大丈夫です。いつだって無理なことを覆してきたのが、ローゼン伝統でしょう?」
「その通りだ」
「どうかレオナ様には何も」
「分かっている……リンジー」
「はっ」
「……お前もレオナに会って行け。もう――大丈夫、なんだろう?」
「!!」
「ありがとう。お前にもいつも助けられている。疲れただろう、しばらく名封じはしなくて良い。ゆっくり休め」
「ぐ、う……」
鼻をズズ、とすすり、リンジーは床に片膝をついて跪くと、右拳を左胸に当て、頭を下げた。これがリンジーの最大限の礼なのである。
「は、ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
「はは、相変わらず不思議な言葉だなあ」
ヒューゴーが笑う。
「うっさいわボケ」
幸せだなぁ。
さて、マリーに謝りに行って、その後素知らぬフリをしてレオナ様に挨拶しないとな。
――挨拶、できるかな。
その前にマリーに殺されるかなあ。
ならまあ、本望か。
※ ※ ※
「馬鹿ね」
「うん。ごめん」
「馬鹿……」
「ごめん」
「でも私もきっと同じことする」
「はは、そうだな。……いてっ」
「……我慢して」
「うん」
「もう少しだけ」
「うん」
ヒューゴーは、マリーの髪の毛の、甘い匂いを胸いっぱいに吸った。
マリーは、ヒューゴーの懐の、陽だまりの匂いを胸いっぱいに吸った。
――あたたかくて、いとおしい。
「さ、行きましょう。とっても心配されているわ。この白手袋をしてね」
「ありがとう。俺は」
「分かっているわ」
「愛してる」
「――初めて言ったわね」
「うん。ごめん」
「だから。分かってるってば」
先に行くけど。
――待ってるから。
-----------------------------
お読み頂き、ありがとうございました。
2023/1/16改稿
2
お気に入りに追加
886
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる