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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈38〉遺言ではないのです
しおりを挟むラザールが言い出し、ジョエルが陣頭指揮を取って行われた、ドラゴン討伐。
ヒューゴーは、パーティメンバーであるリンジーの助けを借りて、帰途についた。
ドラゴンは命からがら無事討伐できた。狙っていた国宝級の魔石も手に入れることができたが、リンジーの使用していた『ワケアリ』の武器を無断で使用したことにより、ヒューゴーは死に至る呪いをその身に受けてしまった。
ラザールがヒールやキュア、ディスペルなど魔法での解呪を試みたが、ことの如く失敗。光属性を持った人間にしかできないという、聖属性の上級魔法でないと、解呪できない、という結論に達した。
「なんですか、その体たらくは」
公爵邸につくなり、ヒューゴーはルーカスに怒られた。
リンジーの肩を借りて、今や歩くこともままならず、手の甲には青黒い焔が揺らめくような痣ができている。
それは一目瞭然な『呪い』を受けた者特有の、典型的な症状だった。
この痣が全身に拡がると、死に至る。目に見えて自身が死んで行く恐怖に耐えられず、自ら命を絶つ者も多い。
「……申し訳あ」
「っ、ヒューゴーは悪ない! わいの……」
咄嗟に謝るヒューゴーをリンジーが遮ると、無言で黙れと圧を受け
「詳しい話はフィリベルト様と」
公爵令息の私室に案内された。
機密を話すのにうってつけの部屋であり、それだけルーカスは、瞬時に色々悟ってくれたらしい。
コンコン……
執事がその樫で削りだされた素晴らしい装飾の、重厚な扉をノックする。
「ルーカスにございます。ヒューゴーが帰還致しました」
「……入れ」
扉下からは、すでに冷気が漏れ出していた。
ヒューゴーとリンジーは、それを肌で感じ、気を引き締める。
「ヒューゴー」
部屋に入り、挨拶をしようとする彼を、短く呼んで止めたフィリベルトは
「……無茶をしたな」
苦い顔で、涙を溜めて、侍従の手を取る。――痣を撫でる。
「お前がいなくなったら、何の意味もないのだぞ?」
「たかが侍従に勿体ないお言葉です」
「教会に掛け合う手筈を整える」
「!!」
ヒューゴーは慌てた。
「いけません! 付け入れられます!」
「っ、お前の命は! 何物にも変え難いことを忘れるなっ!」
パキーンッッ
空気が、凍った。
ある意味フリーズブレスより恐ろしいな、とヒューゴーは思う。
「ふう……立たせたままですまない。座ってくれ」
凍った空気が、キラキラと散っていく。
フィリベルトが、懸命に落ち着こうとしているのが見て取れた。この厳しくも愛情の深い人に、何度心を救われて来たことか。
ソファに腰掛けると、ヒューゴーは口を開いた。
「フィリベルト様」
「……なんだ」
「俺は、幸せです」
ぐ、とフィリベルトは何かに耐えている。
「孤児の俺を拾って育てて、公爵家の侍従という、身分にそぐわない破格の待遇を頂けたばかりか、結婚することもできました」
リンジーが、ヒューゴーの身体を支えながら、鼻をすする。
「元より、あのスタンピードで相棒とともに散るはずだったこの命。こんなに恵まれて良いのだろうかと、今でも思っています」
「……それはお前の努力の結果だ」
「いいえ」
ヒューゴーも、リンジーも、知っている。
この世で生きようとする人間の活動や意志を阻害する、絶対的な存在がある。夢があろうとも、能力があろうとも、抗えない。
「生まれや身分を問わず、やる気さえあれば信じて使ってくださる、ローゼン公爵家に――俺たちは救われました」
リンジーも隣で笑う。
「せやな、暗殺に来た人間を雇うなんて、なかなかないで?」
「……当たり前のことだ」
フィリベルトはついに涙を落とした。
「ヒューゴー、お前は、っ、か、家族なんだぞ」
ギリギリと握りしめられた拳が、白い。
「レオナが、……くそ」
「……すみません」
「ぐ、わいが、ちゃんと……」
「はは、リンジーは悪くないって言っただろう」
「マリーに顔向けできへん」
「ははは、とりあえず殴られとけ」
「フィリベルト様」
ルーカスが、珍しく口を挟んだ。
「なんだ、ルーカス」
「不出来な息子で、大変申し訳ございません」
「……いつも助けられている」
「もったいなきお言葉。どうか昔の伝手を探るご許可を」
「! ……いくら使っても良い」
「ありがたく」
そして、部屋から出て行った。
ルーカスはかつて『英雄』のパーティメンバーであった。もしかすると、誰かあてを思い付いたのかもしれない。
「諦めるな」
フィリベルトは、真っ直ぐにヒューゴーの目を見つめて言う。
「……何とかするから。必ず」
ヒューゴーは、笑った。
「ええ、大丈夫です。いつだって無理なことを覆してきたのが、ローゼン伝統でしょう?」
「その通りだ」
「どうかレオナ様には何も」
「分かっている……リンジー」
「はっ」
「……お前もレオナに会って行け。もう――大丈夫、なんだろう?」
「!!」
「ありがとう。お前にもいつも助けられている。疲れただろう、しばらく名封じはしなくて良い。ゆっくり休め」
「ぐ、う……」
鼻をズズ、とすすり、リンジーは床に片膝をついて跪くと、右拳を左胸に当て、頭を下げた。これがリンジーの最大限の礼なのである。
「は、ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」
「はは、相変わらず不思議な言葉だなあ」
ヒューゴーが笑う。
「うっさいわボケ」
幸せだなぁ。
さて、マリーに謝りに行って、その後素知らぬフリをしてレオナ様に挨拶しないとな。
――挨拶、できるかな。
その前にマリーに殺されるかなあ。
ならまあ、本望か。
※ ※ ※
「馬鹿ね」
「うん。ごめん」
「馬鹿……」
「ごめん」
「でも私もきっと同じことする」
「はは、そうだな。……いてっ」
「……我慢して」
「うん」
「もう少しだけ」
「うん」
ヒューゴーは、マリーの髪の毛の、甘い匂いを胸いっぱいに吸った。
マリーは、ヒューゴーの懐の、陽だまりの匂いを胸いっぱいに吸った。
――あたたかくて、いとおしい。
「さ、行きましょう。とっても心配されているわ。この白手袋をしてね」
「ありがとう。俺は」
「分かっているわ」
「愛してる」
「――初めて言ったわね」
「うん。ごめん」
「だから。分かってるってば」
先に行くけど。
――待ってるから。
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お読み頂き、ありがとうございました。
2023/1/16改稿
応援ありがとうございます!
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