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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈34〉欲と悪意には限度がないのです
しおりを挟む学生達が前期休みに向けて、ワクワクソワソワしている中、エドガーは再びユリエと会っていた。
教室ではクラスルームの学生達が、男女問わず取り囲むので、ゆっくり話したい時は必ず裏庭に誘っている。
「君の言ったことは正しかったよ」
月の季節に入ったガゼボは、涼しい風で過ごしやすい。
「エドガー様には私がいますから!」
ぎゅうっと握ってくれる手は、彼女の温かい言葉とは裏腹に、冷たかった。
「ありがとう。冷えてしまったかい? 中に入ろうか?」
「エドガー様って優しいです!」
ユリエはこうしていつも褒めてくれる、とエドガーは改めてこそばゆくなる。周りの誰も、王子としての期待が大きいからか、褒めてくれず叱ってくるばかり。だからか、余計に嬉しく感じるのだ。
「……確かに風が、冷たくなってきましたわね」
フランソワーズが、静かに言う。
近衛のセリノからも『あまり特定の女子学生と居るのは……』と言われるようになり、面倒なので、最近はフランソワーズにも時々同席してもらっていた。
公爵家の令嬢が居れば、文句はあるまい? というエドガーの意向に従った形だ。
フランソワーズは、貴族の令嬢らしい令嬢であり、レオナと違って口ごたえしない。その代わり面白味もないのだが、貴族は王族に仕えるもの。彼女も本望であろう、とエドガーは勝手に思っている。
「私、温かいスープが飲みたいです!」
「では食堂に行こうか」
「ええー、王都の有名店で、とかがいいなあ」
「ふむ、お忍びというやつか。いいな! セリノ、用意しろ」
フランソワーズを置き去りに、エドガーはユリエをエスコートして馬車広場に向かう。
制服のままなら街でも目立つまい、と出掛けるのはこれが初めてではない。
「ちょ、無理です殿下!」
「いいから! さっさと馬車を呼べ」
「…………はっ」
――気が利かない奴め。父上に言って代えてもらうか。
渋い顔でガゼボに残り、一人佇むフランソワーズは
「これで……いいのよね」
と呟いたが、二人には届かなかった。
※ ※ ※
フィリベルトがカミロ研究室に籠っていると、手紙が届いた。
復興祭で再会予定の友人に、とある件の打診の手紙を送ったわけだが、その返事のようだ。家にあまり帰れていないと書いたので、学院宛に送ってくれたのだろう。
『ちょうど王都に戻ろうと考えていた。その話、お受けする』
簡素な文だが、実直な彼らしい。
これで今できることは整えられた。残念ながら国王陛下は、エドガーの無礼な来訪について、子供の喧嘩で済ませたらしい。
「平和ボケしているな……」
あのエドガーの思想は危険だ、とフィリベルトは思わず独りごちて苦い顔になる。
第一王子のアリスターも自分も、他国に留学していたからこそ良く分かる。宰相として対外交渉を担っているベルナルドもそうだろう。国の状況を俯瞰で見られるからだ。
マーカムは豊かだ。
豊富な食料と魔素に守られている。
今は周辺諸国と友好関係を築いているが、隙を見せたらどうなるか分からない。いつまたスタンピードが起こるか、誰にも予想がつかないのだ。
だからこそ、王家は能力、魔力のある貴族を重用しまとめ上げなければならない。王族は『イゾラが初めて魔力を与えた人間』を誇っているが、その実単なる世襲。魔力を持つ人間がこれほど産まれている以上、代表にすぎない。
現に、あの巨大な東の隣国ブルザーク帝国は『最も血が薄い』と揶揄された第六王子が、武力と謀略によって前皇帝と五人の王子を屠ったではないか。
その血塗られた現皇帝ラドスラフは辣腕で有名。ベルナルドとは旧知の仲であり、今度の復興祭にやって来る。
西のガルアダ王太子も、是非出席したいと言ってきたそうだ。現王より智略に優れていると噂の彼は、有限資源に頼りきりの宝石王国を、今後どうしていくのか。
――だが、たかが一公爵家子息にできることは限られている。今はひたすらに、愛しい妹を護る。ただそれだけだ。
『そんなんじゃいつまで経っても独り身だぞ。公爵のお家はどうするんだ。断絶か養子か?』
『剣と結婚したお前に言われたくはないな』
『ははは。言えてるな』
フィリベルトは、無性に友と酒を飲みたくなった。
※ ※ ※
学院の試験は、学年末の進級または卒業試験だけなのだが、学期末は試験がない代わりに提出物が多い。
レオナは経済学で『国内流通の効率化』という課題が煮詰まっていた一方、シャルリーヌは『周辺諸国との関係維持についての今後の課題点』の筆が止まってしまっていた。
学院の図書室で二人向かい合って、うんうん唸りつつペンを走らせている。
テオは風魔法制御、ゼルは身体強化の練習で、屋外演習場へ行っている。
エドガーとはあの後教室で会ったが、レオナの予想通り何の挨拶もなかった。
シャルリーヌ曰く『いつも裏庭のガゼボで、ユリエ嬢とイチャイチャしてるわよ』だそうだ。反省はしていないだろうな、とレオナは思う。むしろ嫌悪の目線を向けられている気がする。
ジャンルーカは罷免を免れたものの、休み明けまで近衛から離れて、第一騎士団で王都巡回任務に就くのだそうだ。
学院はもうすぐ休みに入るため、エドガーにはしばらくセリノ一人で付いている。
「うわ、……」
前期終わりの課題の締切が、立て続けに迫っているため、学院の図書室はいつもより混んでいた。
レオナとシャルリーヌは幸い早めに来たため、テーブルを確保できていたが、ほぼ満席になっており、ざっと見、椅子の空きはなかった。
先程『うわ……』と言った学生は、キョロキョロと見回し……レオナを見てぴしりと固まった。
――あら? 見覚えが……
彼の方もレオナに見覚えがあったようだ。
小さくぺこりとする、青髪に金メッシュのツーブロック、首に雷のタトゥー。
「あ……」
いつだったか、廊下でザーラとぶつかっていた彼だと思い出した。
それを見た、他の男子学生のグループが、一様に眉を顰めてヒソヒソしている。
中にはハイクラスの学生もいて、『ちっ』とだいぶ大きな舌打ちが聞こえた。
びくっ
途端に彼の体が跳ねた。
すると。
「あーあー。なあ、平民と同じ空気吸いたくねーから、俺行くわ」
「俺もぉ」
「なんであんなのがいるんだろな」
「空気汚れるわー」
ガタガタと椅子の音がし、グループごとそんなセリフを吐き捨てながら、出て行った。入り口に立つ彼の肩にわざとぶつかりながら。
影響されて、その後も何人か出て行く。
――好きにすれば良いけど、課題は終わったんかい?
調べながらやらんと無理じゃないかい?
それらの行動に呆れ、思わず
「くだらないわね」
と言ってしまったレオナの声は、図書室中に響いて、彼だけでなく、その場に居た全員を驚かせた。
実は、レオナが表立って公共の場で感情を口に出したのは、これが初めてであった。この場に残っていた学生達は、今さらながら気づいたのである。薔薇魔女と蔑まれる彼女の声音を、初めて耳にしたことに。
一番驚いたであろう長身の彼が、口をパクパクさせて、それから慌てて頭を下げたのを見て
「気にしないで、勝手に言っただけだから」
と言ったものの
「あう、でも……」
何か言いたそうだったので、シャルリーヌが
「とりあえず、今は目立ちすぎるわよ? 課題が終わってから外でゆっくりお話しない?」
と助け舟を出してくれた。
三白眼を見開き、彼がコクコクと頷いたので、レオナは椅子を引いて、隣の席に座るよう手で促す。
――ひとしきり立ったまま迷った挙句、彼はなるべく体を縮こませて、座ってくれた。
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/16改稿
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