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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈32〉新しい道への第一歩なのです
しおりを挟むアデリナのピアノと、フィリベルトのバイオリンとの二重奏は、レオナの誕生日の定番である。
二人とも腕前はプロ級。
この世界での音楽は、ほとんどが貴族の嗜みであり、職業として成り立っているのは王家お抱え楽団か、酒場を渡り歩く吟遊詩人、劇場の私設楽団くらいか。ゼルの母のような踊り子を抱えた旅の一座もある。
伸びやかなバイオリンに、感情豊かなピアノ伴奏。聞き惚れていると、ベルナルドがダンスに誘ってくれたので、エスコートに従って進み出る。途端に皆も誘い合って踊り出す。――即興舞踏会になった。
「もうすぐデビューだね」
「ええ、お父様」
「ファーストダンスは王族とだが」
「……はい」
「レオナの本当のファーストダンスの相手は、私だぞ!」
「うふふふふ、はい!」
――お父様はいつも私の憂鬱を見抜くの。
千里眼持ちなのかなあ?
ゼルとシャルリーヌも踊っている。ゼルのステップは独特だけれど、味があって良い感じであった。まさに美女と野獣、である。
「次は是非僕とー!」
レオナのダンスパートナーは、ベルナルドからジョエルに交代した。
シャルリーヌは次にカミロと。
心なしかバルテ侯爵が寂しそうに見えるのは、気のせいではないはずだ。シャルリーヌも来年にはデビュタントになる。娘が巣立っていくのを、目の当たりにする気分に違いない。
「レオナと踊るの久しぶりだねー」
「ええ! もう足は踏みませんよ!」
ダンスの練習台になってくれたジョエルの足を、昔はよく踏んだのを思い出す。
「……大人になっちゃうんだねえ」
ええ、もうすぐデビューですわ、と微笑みながら返事をする。内心では実はもう結構な年なのよね、と冷めてしまうのは許して頂きたいところだ。一応、精神年齢は二十五歳で止まってはいるが。
二曲目が終わる頃、なぜかラザールとゼルが目線で喧嘩していた。バチバチ音が聞こえそうなくらいだ。
「あー、レオナ。――次はカミロとにしよっかー」
「はい!」
ジョエルがさらりとカミロのもとへ誘導してくれ、交代した。そのジョエルは、シャルリーヌをダンスに誘っている。あの二人も普段は兄妹のような感じだが、今は凛々しい副団長と麗しき侯爵令嬢、大変お似合いである。
それにしてもカミロは、間近で見るハリウッドスター! 色気がすごすぎて至近距離がしんどいぐらいだ。この色気は普段白衣で隠しているんだと悟った。あれは隠蔽の魔道具に違いない、とレオナは妄想してやり過ごそうとしてみる。
「素晴らしい誕生日だね」
「ええ、皆様のお陰ですわ!」
「……ローゼン家はとても温かいね」
「はい。 ――とても」
カミロの微笑みには陰があった。
しかしレオナは、なぜかそれに触れることができない。フィリベルトのバイオリンが、フィニッシュへとテンポを上げていく。
「レオナ嬢と一緒にダンスができて光栄でした。とても上手なので、復興祭も大丈夫だよ!」
気を取り直したカミロは、優しい太鼓判をくれた。
「まあ、先生に褒められたら安心ですわね!」
そして音が止む。お互いに礼をして、弾んだ息を整える。ゼルとラザールは苦い顔のまま、離れて立っていた。原因は知らないけれど、今は喧嘩しないで頂きたい、とレオナは思った。
気づくと、部屋の入口に緊張した面持ちのテオが立っていた。腰にはナイフをベルトカバーに入れて下げている。その服装は全身黒装束で、身体にフィットして動きやすそう。
――忍者みたい!
意外と良く似合ってるわ。
「お、テオ君の準備ができたみたいだね」
ベルナルドがすかさず彼を迎えに行き、中央まで誘導する。
ルーカスが、壁際の飲み物や軽食を置くためのテーブルの上を片付け、火のついた三本のロウソクを立てた燭台を置いた。
そしてレオナには杖を渡す。ブリジットが選んでくれた、黒色の先に深紅の魔石が埋められているもので、今のところ壊れずに馴染んでくれている。
「まだまだ未熟ですが……よ、宜しくお願いします」
ぺこりとお辞儀をするテオの横で、レオナも慌ててお辞儀をした。
「練習中ですので、完成度についてはご容赦下さいませね! ……では皆様、なるべく離れて下さいませ」
そして彼に囁く。
「テオ、大丈夫よ。私と一緒よ。気持ちを合わせてね」
「うん。いち、に、さん、し、だね」
「そう! 楽しんでやりましょう!」
――きっとあなたの。
新しい道への、第一歩なのだから。
テオは静かにナイフを抜いて、部屋の中央で構え、深呼吸をした。いち、に、さん、し、で吸って。いち、に、さん、し、で吐く。
レオナは、彼の呼吸に合わせて、気持ちと杖を向ける。
――大丈夫、あなたはできるよ!
ふと、ナイフが風を、切った。
瞬時にロウソクの火が消えたのを合図に、彼は文字通り空中を静かに速く駆け上がっていく。
次の瞬間――くるりと空中で一回転したテオが、ナイフを横一閃すると、壁際にルーカスが置いたロウソクが、音もなくバラバラに、なった。
耳が痛いほどの静寂を最初に破ったのは、やはりラザール。
「風と水か」
さすがの一発正解だった。
テオが得意な風にレオナの水を乗せて、物理的に切った。
テオの風にはまだそれほどの鋭さはない(最初に火を消したのはテオの風)が、速さがあった。水は速ければ金属を切れるほどの威力がある。水カッターの要領だ。
だがレオナは、何よりもテオの機動力を見て欲しかった。彼のたゆまぬ努力で身につけたその身のこなしは、風魔法を速さに変換することに成功した。
風魔法を風、突風、竜巻、のように出力するには、それなりの魔力が必要だが、身体の動きを補助するだけならそれほどでもない。撃つのではなくて、速さに変えたらと提案したのだ。魔法自体で攻撃する必要はない。敵の急所を狙えたら終わりなのだから。
「凄いなー、機動力に変換するなんてー」
とジョエル。さすがこちらもお見通しだ。
「発表前だが合格だな。おめでとう、想像以上だった。改善点聞くか?」
にやりなラザール先生、容赦ないっすね! と二人して仰け反りそうになる。
「「あとにします!」」
――だって今日はお祝いだけにしたい!
「じゃあ、合格祝いだ!」
ベルナルドの号令で大きな拍手後、乾杯しだす大人達。
飲みたいだけでしょ! とツッコみたいがかろうじて我慢したレオナは、シャルリーヌの弟リシャールがきらっきらの目でテオを見ていることに気付き、とりあえず並んでもらった。眼福である。
「……これは騎士と言うよりー」
シャンパングラスを傾けながら、ひそひそとフィリベルトに振るジョエル。
「うち、だな」
静かに笑むフィリベルト。
「だよねー。いーなー。ヒューに可愛い弟ができてー」
「ルーカス最後の弟子、だな」
ほんのり寂しそうなローゼン公爵の目線の先で、熟練執事が嬉しそうに微笑んでいた。
「凄かったわ、テオ!」
シャルリーヌが、興奮気味にテオの両手を握ってブンブン振っている。リシャールも横でウンウン頷いている。こうして見ると姉弟そっくりである。
「あ、ありがと!」
「ああいった魔法の使い方があるとは。体術やめてそちらに移るかな」
ゼルが来ると、ラザールとバチバチしそうだなとレオナは思った。おまけにペアは?
「お望みとあらば振替を認めてやるが、レオナ嬢にはテオというペアがもう居るのだからな。別の人間と組んでもらうぞ?」
意外にラザールは対応が柔軟だ。
「むう」
「しかもローブ着て杖も持つんだよ? ゼルさんできる?」
――テオ……よく分かってるな。
「ゼル様がローブ? うぷぷぷ」
――シャルはちょっと我慢しようか。私はしてる。
「ぐうう」
「魔法制御って、すごく細かくて地味な作業だけど、できそうかい?」
そして担任からの痛恨の一撃が決まったようだ。
ガックリしている。諦めたか。
するとジョエルが
「えーとあれだ、体術に魔力を有効活用したいんだねー? 身体強化って方法があるんだー。イーヴォには無理だけど、それが得意な奴を送り込むようにするよー。他の学生にも居そうだしー」
と提案した。
「ほんとか!」
「ほんとー」
ありがたい! と嬉しそうなゼルは、ジョエルにお礼を言うと、カミロ、テオとともに飲み物のお代わりをしに離れた。シャルリーヌは、リシャールの御手洗に付き添い。
「……大丈夫か、ジョエル」
ラザールが心配げだ。
「大丈夫ー。イーヴォにはいい仕事割り振っとくー」
「お互い苦労するな……」
「まーそれも仕事なんでー」
ジョエルは飄々としているが、かなり団長からの風当たりが強いと聞いている(だからこその、ゲルゴリラ呼ばわりなのだが)。上がアレだと、苦労するのはいつでも中間管理職の人間だなあ、とレオナはこっそり溜息をつく。
「宰相に騎士団長任命権があれば、即刻行使するんだがな」
ベルナルドが物騒なことを言う。
残念ながら、それは国王にしかない。
「ヴァジームめ、置き土産が過ぎる」
歯ぎしりギリギリなベルナルドに、ゲルゴリラのやつがまた何かやったんだろう、大変だな、と皆が同情する。
「元気かなー、雷槍の悪魔ー」
そんな中、のほほんと当のジョエルが言うので、レオナはその物騒な通り名に驚いて、思わず目を見開いてしまった。
「おや、そういえばレオナはまだ会ったことがなかったね。前騎士団長のダイモン辺境伯だよ」
フィリベルトが補足してくれた。
「お名前は存じております。魔獣襲来から王国を守った英雄で、北の辺境伯様ですね」
「元気な癖に、貴族付き合いを面倒くさがって、辺境に籠っていてな。復興祭とでも銘打たんと出て来んのだ」
忌々しげなベルナルドは、酔いすぎではなかろうか。
「あらあら、お祝いの日に愚痴るものではありませんよ」
窘めるアデリナ。
「そろそろお開きにしませんと」
気がつくと、あっという間に夜が更けていた。
明日は学院はお休みだが、政務や任務はお休みではない。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのは何故だろうか、とレオナは寂しく思った。
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/16改稿
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