上 下
34 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈30〉お誕生日パーティです 3

しおりを挟む


 
「なぜ、あのような事を……」
 
 頭を抱えるジャンルーカ。
 エドガーは、強引に馬車に押し込まれた王宮への道すがら。見目麗しいと賞賛される近衛騎士が、疲れ切って項垂うなだれているのをぼうっと眺めていた。
 
「なぜ?」
 
 なぜだろう。当然だと思ったのだ。私は第二王子だ。王族は何よりも、優先されるべき存在だろう?

『もー、だから言ったじゃないですかあ』

 エメラルドグリーンの愛らしい瞳で、彼女は言う。

『レオナは、悪い女なんですよー。エドガー様のこと、バカにしてるんです。ムカつくでしょ?』

 ピンク色のフワフワの髪の毛からは、いつも甘い匂いがする。ムカつく、という言葉の意味はよく分からなかったが、胸がモヤモヤするということか? であれば、その通りだ。

『確かめたらどうですか?』

 囁く唇も、甘い匂いがする。

「確かめたかったんだ……」
 
 やはり彼女が正しかった。
 レオナは、私を受け入れなかった。

 ――だから、薔薇魔女だ。
 
「? ……とにかく、陛下がお待ちです。公爵家からの抗議はまぬがれません。きちんとお話を」
 
 分かっている。

 

※ ※ ※

 

「お招きに預かりまして」
 屋敷へ案内されてきたゼルの衣装に、レオナは思わず息を飲む。
 
 深紅のシルクコートは膝までの長さで、高い襟。
 金糸で細かな刺繍模様が全体にされており、肩には斜めがけのショール、腰には金色のロープベルト。
 ゆったりした黒パンツに深紅のシルクで作られた刺繍靴。頭には金のオーガンジーがターバンのように巻かれている。
 耳にはいつものイヤーカフに加えて、凝った装飾のルビー。ガッシリした体躯に映える、見事な民族衣装だ。どこの国のものなのだろう? とレオナは疑問に思いつつも、その見事さに目を奪われた。

「えと、こんばんは。今日は、おめでとうございます!」
 隣のテオは、見覚えのあるフィリベルトの濃紺スリーピースのタキシード。
 襟元に銀糸でつた薔薇の刺繍が施されており、深紅のリボンタイはテオのオリジナルである。とても良く似合っている。タキシードなら、どんな場にも着ていける。今後も考えた、フィリベルトの優しさだった。

「ゼル様! テオ!」
「よく来てくれたね」
 
 フィリベルトとも笑顔で挨拶を交わす二人。
 
「レオナ嬢、素晴らしく綺麗だ。まさに薔薇の乙女だな」
 レオナにとってはウインクするゼルがセクシーすぎ、また
「本当にお綺麗です。あの、その青い宝石もすごくよく似合っていて!」
 一生懸命褒めてくれるテオの言葉がくすぐったく、嬉しかった。
 
「ありがとう、来てくださって本当に嬉しいわ。二人とも、素敵で見違えたわ! とってもかっこいいわよ! 後で沢山お話しましょうね。お料理の準備ができるまでサロンで寛いでらしてね」
「お気遣い感謝する」
「は、はい!」
 
 テオの緊張具合から、やはりゼルも一緒に誘って正解だったな、とレオナはホッとする。
 ゼルはさすが、堂々としたものだ。テオもゼルと一緒に行動していれば問題ないであろう。
 
「あとはバルテ侯爵家とカミロ先生ですわね」
「うん。ところでゼル君のは、アザリー王国の伝統のものだね」

 
 ――アザリー王国!


 フィリベルトの発言に、レオナは目を見開いた。

 マーカム王国の西がガルアダ、そのガルアダの南に位置する砂漠の小さな王国である。
 陽気なお国柄で、オアシスリゾートと香辛料が主な収入源のその国は、ここからはだいぶ遠い。
 険しく越えられない山脈に阻まれていて、ガルアダを通らないと行けない行程だ。
 魔道具付き馬車でも軽く片道半月はかかる。そのため、胡椒がめちゃくちゃに高い。確かにあの褐色の肌は、アザリー王国に多い特徴であったな、とレオナは昔読んだ文献を思い返す。

「ゼル様はアザリーから来たのでしょうか?」
「そうなのかもね」
 
 イタズラっぽく笑うフィリベルトに、ひょっとして知っていたのだろうか、とレオナは思った。

 アザリー王国民は、愛国心が非常に強い。
 
 領土拡大に興味はないが、自国が脅かされると個々の戦闘力を誇る王国部隊が殲滅に出てくる。少数精鋭で蠍のようにほぼ一撃で致命傷を与える。
 絶対に喧嘩を売ってはいけない、戦闘派集団であるアザリーの人々は、派手好きでもあり、宝石が大好きで、ガルアダが商売で足元を見て調子に乗っては小競り合い勃発、のくり返し。定期サイクルである。
 
 ちなみに、アザリーに旅行に行くのがマーカム王国では一種のステータスだ。往復一ヶ月を優にまかなえる財力の象徴。一昔前のハワイみたいなものかな、とレオナは想像する。ハワイにも行ったことはなかったが。

「お久しぶりだね」
 
 バルテ侯爵家のご到着である。バルテ侯爵は、中身はお茶目、見た目は渋いお髭のおじ様である。
 
「わあー! レオナおねーちゃん、きれー!」
 
 七歳の末っ子長男、リシャールは相変わらず可愛い。テオと並べたいな、とレオナは想像して微笑んだ。
「こら、リシャール。まずはご挨拶よ」
 バルテ侯爵夫人は、おっとりマダム。シャルリーヌのあのチャキチャキな性格は、多分反面教師なんだろうな、と失礼ながらレオナは勝手に思っている。
 
「ありがたく存じます、皆様! 本日は是非楽しんでくださいませ!」
「レオナ、おめでとう! とっても綺麗よ!」
「ありがとう、シャル! シャルもなんて素敵なのーっ。 可憐で良く似合っているわ!」
 
 シャルリーヌはイエローのプリンセスラインのパフスリーブドレス、腰に深紅のリボンベルト。アップヘアには赤い薔薇のコサージュ。まさに美女と野獣のプリンセスみたいだった。


 そう、今日のドレスコードは、深紅!


 各自のセンスを感じられて楽しく、後でそれぞれのお話を聞くのもまた楽しみである。レオナが提案したちょっとしたお遊びであるが、招待状に盛り込むと皆が面白い! と参加してくれた。

 バルテ侯爵家もサロンへ行って頂いたところで
「あとはカミロ先生ですわね」
「うん、来てくれると言ってはいたんだけどね」
 あまり皆さんをお待たせするのも良くないし、どうしようか、と迷い始めた頃
「はあ、お待たせしました」
 ちょうどカミロが入って来た。
「いやあ申し訳ない。乗り合い馬車に乗ったら反対方向ので……」


 ――まさかの方向音痴!


「こちらこそ気が利かず……」
 フィリベルトが慌てて謝罪する。
「いやいや、ゼル君たちと同行するのもはばかられたものだから。はあ、裏目に出ました。申し訳ない」
 
 シンプルで細身な黒のショールカラーのタキシードに、白いドレスシャツ、深紅の蝶ネクタイとハンカチーフ。カミロの長い赤髪と相まって、とても上品であった。レッドカーペットが似合いそう! と勝手に妄想してしまうレオナである。
 
「では改めて、お招きありがとう。お誕生日おめでとう」
「ようこそお越し下さいました、ありがたく存じますわ!」
「素晴らしいドレスに負けない美しさだね。見違えたよレオナ嬢」
 社交辞令とはいえ、褒められすぎると逆に冷静になれる。
「うふふ、恐縮ですわ」
「ちょうど良くお揃いですね。皆様をパーティルームへご案内いたしました。さあ、どうぞこちらへ」

 ルーカスがタイミングよく迎えに来た。
 さあ、パーティの始まりだ。


-----------------------------

 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/16改稿
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...