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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈30〉お誕生日パーティです 3
しおりを挟む「なぜ、あのような事を……」
頭を抱えるジャンルーカ。
エドガーは、強引に馬車に押し込まれた王宮への道すがら。見目麗しいと賞賛される近衛騎士が、疲れ切って項垂れているのをぼうっと眺めていた。
「なぜ?」
なぜだろう。当然だと思ったのだ。私は第二王子だ。王族は何よりも、優先されるべき存在だろう?
『もー、だから言ったじゃないですかあ』
エメラルドグリーンの愛らしい瞳で、彼女は言う。
『レオナは、悪い女なんですよー。エドガー様のこと、バカにしてるんです。ムカつくでしょ?』
ピンク色のフワフワの髪の毛からは、いつも甘い匂いがする。ムカつく、という言葉の意味はよく分からなかったが、胸がモヤモヤするということか? であれば、その通りだ。
『確かめたらどうですか?』
囁く唇も、甘い匂いがする。
「確かめたかったんだ……」
やはり彼女が正しかった。
レオナは、私を受け入れなかった。
――だから、薔薇魔女だ。
「? ……とにかく、陛下がお待ちです。公爵家からの抗議は免れません。きちんとお話を」
分かっている。分かったんだ。
※ ※ ※
「お招きに預かりまして」
屋敷へ案内されてきたゼルの衣装に、レオナは思わず息を飲む。
深紅のシルクコートは膝までの長さで、高い襟。
金糸で細かな刺繍模様が全体にされており、肩には斜めがけのショール、腰には金色のロープベルト。
ゆったりした黒パンツに深紅のシルクで作られた刺繍靴。頭には金のオーガンジーがターバンのように巻かれている。
耳にはいつものイヤーカフに加えて、凝った装飾のルビー。ガッシリした体躯に映える、見事な民族衣装だ。どこの国のものなのだろう? とレオナは疑問に思いつつも、その見事さに目を奪われた。
「えと、こんばんは。今日は、おめでとうございます!」
隣のテオは、見覚えのあるフィリベルトの濃紺スリーピースのタキシード。
襟元に銀糸で蔦薔薇の刺繍が施されており、深紅のリボンタイはテオのオリジナルである。とても良く似合っている。タキシードなら、どんな場にも着ていける。今後も考えた、フィリベルトの優しさだった。
「ゼル様! テオ!」
「よく来てくれたね」
フィリベルトとも笑顔で挨拶を交わす二人。
「レオナ嬢、素晴らしく綺麗だ。まさに薔薇の乙女だな」
レオナにとってはウインクするゼルがセクシーすぎ、また
「本当にお綺麗です。あの、その青い宝石もすごくよく似合っていて!」
一生懸命褒めてくれるテオの言葉がくすぐったく、嬉しかった。
「ありがとう、来てくださって本当に嬉しいわ。二人とも、素敵で見違えたわ! とってもかっこいいわよ! 後で沢山お話しましょうね。お料理の準備ができるまでサロンで寛いでらしてね」
「お気遣い感謝する」
「は、はい!」
テオの緊張具合から、やはりゼルも一緒に誘って正解だったな、とレオナはホッとする。
ゼルはさすが、堂々としたものだ。テオもゼルと一緒に行動していれば問題ないであろう。
「あとはバルテ侯爵家とカミロ先生ですわね」
「うん。ところでゼル君のは、アザリー王国の伝統のものだね」
――アザリー王国!
フィリベルトの発言に、レオナは目を見開いた。
マーカム王国の西がガルアダ、そのガルアダの南に位置する砂漠の小さな王国である。
陽気なお国柄で、オアシスリゾートと香辛料が主な収入源のその国は、ここからはだいぶ遠い。
険しく越えられない山脈に阻まれていて、ガルアダを通らないと行けない行程だ。
魔道具付き馬車でも軽く片道半月はかかる。そのため、胡椒がめちゃくちゃに高い。確かにあの褐色の肌は、アザリー王国に多い特徴であったな、とレオナは昔読んだ文献を思い返す。
「ゼル様はアザリーから来たのでしょうか?」
「そうなのかもね」
イタズラっぽく笑うフィリベルトに、ひょっとして知っていたのだろうか、とレオナは思った。
アザリー王国民は、愛国心が非常に強い。
領土拡大に興味はないが、自国が脅かされると個々の戦闘力を誇る王国部隊が殲滅に出てくる。少数精鋭で蠍のようにほぼ一撃で致命傷を与える。
絶対に喧嘩を売ってはいけない、戦闘派集団であるアザリーの人々は、派手好きでもあり、宝石が大好きで、ガルアダが商売で足元を見て調子に乗っては小競り合い勃発、のくり返し。定期サイクルである。
ちなみに、アザリーに旅行に行くのがマーカム王国では一種のステータスだ。往復一ヶ月を優に賄える財力の象徴。一昔前のハワイみたいなものかな、とレオナは想像する。ハワイにも行ったことはなかったが。
「お久しぶりだね」
バルテ侯爵家のご到着である。バルテ侯爵は、中身はお茶目、見た目は渋いお髭のおじ様である。
「わあー! レオナおねーちゃん、きれー!」
七歳の末っ子長男、リシャールは相変わらず可愛い。テオと並べたいな、とレオナは想像して微笑んだ。
「こら、リシャール。まずはご挨拶よ」
バルテ侯爵夫人は、おっとりマダム。シャルリーヌのあのチャキチャキな性格は、多分反面教師なんだろうな、と失礼ながらレオナは勝手に思っている。
「ありがたく存じます、皆様! 本日は是非楽しんでくださいませ!」
「レオナ、おめでとう! とっても綺麗よ!」
「ありがとう、シャル! シャルもなんて素敵なのーっ。 可憐で良く似合っているわ!」
シャルリーヌはイエローのプリンセスラインのパフスリーブドレス、腰に深紅のリボンベルト。アップヘアには赤い薔薇のコサージュ。まさに美女と野獣のプリンセスみたいだった。
そう、今日のドレスコードは、深紅!
各自のセンスを感じられて楽しく、後でそれぞれのお話を聞くのもまた楽しみである。レオナが提案したちょっとしたお遊びであるが、招待状に盛り込むと皆が面白い! と参加してくれた。
バルテ侯爵家もサロンへ行って頂いたところで
「あとはカミロ先生ですわね」
「うん、来てくれると言ってはいたんだけどね」
あまり皆さんをお待たせするのも良くないし、どうしようか、と迷い始めた頃
「はあ、お待たせしました」
ちょうどカミロが入って来た。
「いやあ申し訳ない。乗り合い馬車に乗ったら反対方向ので……」
――まさかの方向音痴!
「こちらこそ気が利かず……」
フィリベルトが慌てて謝罪する。
「いやいや、ゼル君たちと同行するのもはばかられたものだから。はあ、裏目に出ました。申し訳ない」
シンプルで細身な黒のショールカラーのタキシードに、白いドレスシャツ、深紅の蝶ネクタイとハンカチーフ。カミロの長い赤髪と相まって、とても上品であった。レッドカーペットが似合いそう! と勝手に妄想してしまうレオナである。
「では改めて、お招きありがとう。お誕生日おめでとう」
「ようこそお越し下さいました、ありがたく存じますわ!」
「素晴らしいドレスに負けない美しさだね。見違えたよレオナ嬢」
社交辞令とはいえ、褒められすぎると逆に冷静になれる。
「うふふ、恐縮ですわ」
「ちょうど良くお揃いですね。皆様をパーティルームへご案内いたしました。さあ、どうぞこちらへ」
ルーカスがタイミングよく迎えに来た。
さあ、パーティの始まりだ。
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/16改稿
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