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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈29〉お誕生日パーティです 2
しおりを挟む「……殿下」
「おおレオナ! なんと美しい! 大輪の薔薇のようだな!」
安っぽいミュージカル口調が、さらに怒りを助長することが分からないのだろうか。しかもまた勝手に呼び捨てにするという暴挙に、ベルナルドを始めこの場の全員から殺気が立ち昇る。
ジョエルがここにいなくて幸いだなと、怒りで沸騰する頭の片隅でレオナは思った。
エドガーの後ろに控えている、見知らぬ近衛騎士二名が青褪めている。
宰相閣下の屋敷且つ公爵家という、王宮に劣らず権威のある場で全員から殺気を向けられるというのは、なかなかの苦行だろう。
「……殿下をご招待した覚えはございませんが」
あえて階段の上から見下ろす。挨拶もしない。無礼な人には気を遣うだけ損と悟った。
「な、何を水臭いことを。食堂で私の耳に入るように話していたではないか!」
――はー? なーにいってんのー?
「そういった覚えは全くございません」
あえて魔力を抑えない。
今日は、私が主役だ、とレオナは威風堂々と発言する。
「なっ」
「殿下。まず私を呼び捨てにされるのは御遠慮下さいませ。私は殿下と親しくさせて頂いた覚えは一切ございません」
「なに……」
「次に、今日の誕生日は誰のものでしょうか?」
「……レオナ……の、ものだ!」
「違います」
「っ」
「私の家族のものです。私を産み育てて頂いていることに、心から感謝を伝えるために集まって頂く日です。殿下は今、私に、私の家族に、歓迎されていらっしゃいますか?」
「…………私は王族だぞ! バカにしてるのか!」
――っ!
「バカにしているのはどちらですか!」
パキンッ―――玄関ホールが凍ってしまった。
ごめん、とレオナは短く心の中で謝る。
ようやく、エドガーが顔色を蒼白にした。
「招待も受けていない誕生日パーティに、強引に参加するのはバカにしていないとでも? 王族であれば推し通るのですか? 殿下の席はございません。お引取りを」
「ではなぜ思わせぶりなことをするのだ! ……このっ、薔薇魔女め!」
シィン……
――ああ、頭が痛い。
ダメよ……相手にしてはダメ……
「……ダメよ。手を出せばあなたが罪に問われる。あなたがいなくなるのは嫌よ」
口に出して止めないと。多分止められない。
「なにを言っている!」
――黙れ! 馬鹿王子っ!
誰も動けないぐらいの覇気だぞ!
「命令よ!」
――煽られるな!
誰か、ヒューゴーを、止めて――
そこへジャンルーカが、バタバタと文字通り飛び込んできた。ジョエルが馬を飛ばして、連れて来てくれたに違いない。
「も、申し訳ございません!」
すっかり冷凍庫になった公爵家の玄関ホール、しかもこの覇気の中飛び込んだ彼の勇気に、心からの賞賛を。
「ジャンルーカ」
ベルナルドの地を這う声を、最後に聞いたのはいつだったのだろう。
「速やかな殿下のご退室を願う」
「はっ」
ジャンルーカがズカズカと歩み寄り、即座にエドガーの二の腕を掴み、強引に連れていく。無駄に抵抗する馬鹿王子。
「なっ、ジャン! 不敬だぞ!」
「ご容赦を」
「解任だ!」
「……私を任命されたのは陛下です」
――どこまで馬鹿なの?
近衛騎士は王国騎士団に属するが、王族警護は国王陛下が任命する。この王国での、常識である。
「殿下。失礼をば」
さらに力を入れ、引きずっていった。
わあわあ叫んでいる声が、徐々に遠のいていく。
ジャンルーカの心情を思うと、居た堪れない。教育係として、責任を取ろうとするかもしれない。
シィン……
再びの静寂の中、レオナは静かに階段を降りた。
なるべく優しい声で呼ぶ。愛しい侍従を。
「ヒューゴー」
彼は、覚悟を決めた顔で片膝を地に突き、頭を垂れる。レオナは、そっとその肩に触れる。
「ありがとう」
びくり、と肩が跳ねた。
「あなたの怒りで、正気を保てたわ。私のために、危険なことをしたわね」
「いえ!」
「ヒュー。私にとって、あなたの命は何よりも大事よ。お叱りは後でルーカスから受けてね」
「……はい」
――あなたを止めなきゃ、と思わなければ、私が止まらなかったと思うの。ほんとよ。
マリーが彼を立たせる。
マリーもよく耐えてくれた、とレオナは心の中で感謝する。
自分の夫が、主人のためとはいえ命を投げ出そうとしたのだ。不甲斐ない主人で、本当に申し訳ないと思う。
「皆様。お騒がせして、大変申し訳ございませんでした」
「レオナが謝ることはない」
と即答するベルナルド。
「でも……」
「学院でも、レオナが思わせぶりなことをしたことは、一度もないよ」
フィリベルトも、フォローしてくれる。
「恐縮にございます。そうであれば、良いのですが……」
本当にレオナには、覚えがない。むしろユリエと親しくしているではないか、と思う。
「公爵家として、陛下には正式に抗議を入れる」
学院の中のことでなら、学生同士喧嘩しちゃいました、で終わるがここは公爵家である。何もしないわけにはいかない。馬鹿には責任を取らせなければならない。
「ご面倒ですが、お願いいたします。それからジャンルーカ様は」
「不問に処すよう、進言しよう」
「ありがたく存じます、お父様」
と、ベルナルドの眉がふっと緩んだ。
「レオナが、ちゃんと怒った」
――へっ!?
「ふふ、そうですね」
フィリベルトも微笑む。
ベルナルドが、レオナの肩を抱き寄せた。
「賢く、優しく、思慮深い我が娘が、別の意味で心配だったからね。色々我慢しているのではないかと……我慢し過ぎではないかと」
「お父様……」
「愛しているよ、レオナ。我が娘。お前を誇りに思う」
「私もですわ、お父様」
「さあ、切り替えてお客人を招こう」
フィリベルトが空気を変える。そこへ
「はー、やれやれー。ジャンのやつ、間に合ったー?」
くたびれたジョエルが入って来て、その後ろからはラザールが。
「ジョエル兄様、ラザール様! 本日はお越し頂きありがたく存じますわ!」
「うわー、レオナ! すごーく綺麗だー!」
そういうジョエルは、瑠璃色で銀ボタンの連なるコート、ベスト、黒のロングブーツを着こなしている。深紅のアスコットタイにシルバーの薔薇のリングがはめられていて、オシャレ!馬を飛ばして来たのだろう、髪が乱れているがそれもまたセクシーだった。
「ふふ、ありがたく存じます。……ジャンルーカ様、間一髪でした」
「どーせまたヒューゴー、爆発寸前だったんでしょー。おい、お前あとで手合わせな」
先程までと打って変わって、ヒューゴーは小さくなってぶるり、と震えている。皆殺ししかねない覇気を出していたのと同一人物とは思えない……やはりあの場にジョエルがいなくて良かったと、レオナは再認識した。
「あら、ルーカスにお願いしたのに?」
助け舟を出してみるが
「それとは別腹」
無駄だった。
――ガンバレ!
「なあ、おい、この氷はレオナ嬢か?」
――あ、やっべ、調度品大丈夫かな?
絵と絨毯はアウトかもしれないなー。
「えへへ、ちょっと」
「ちょっとじゃあないだろう」
「「レオナはやらん」」
――ダブル兄様ガード即時発動!
鉄壁すぎるう~
お父様っ、乗り遅れたって顔しないで! 可愛すぎるから。
「……せめて言わせろよ」
「うふふふふ」
ラザールは、上品なグレーのアスコットタイに、黒光沢のディナージャケット。グレーのベストは凝った柄で、ボタンは金。差し色で深紅のハンカチーフを胸ポケットに入れている。
――顔色悪いから、ヴァンパイアみたいだね!
「とりあえず溶かして乾かしとくか」
ラザールが懐から杖を取り出し、ポウッと一瞬暖かい風が通り抜けると、氷がなくなった。すごー! と素直に感心するなりドヤ顔を返された。
「絵画は無理かもしれんな」
――あ、やっぱり?
「やれやれ。陛下に請求するか」
「宰相閣下、予算に余裕はございません。あるなら是非魔術師団に」
「……冗談だ」
苦々しいベルナルドである。残念ながら今日も副師団長の勝ちのようだ。
「では、お料理の準備の間、サロンへどうぞ。奥様がお待ちでございます」
ルーカスの誘導で、皆が移動していく。
レオナは、フィリベルトとともに玄関ホールで待機し、お客様を迎える態勢。
とりあえずふう、と一息つくと
「……確かに食堂で背後に座っていたな……」
フィリベルトが独りごちた。
「まさか……」
「テオ君とゼル君を誘った時だ。気に留めてはいたのだが」
それで自分へのアピールなどと思うのは、おかしいのではないか。
「以前は、殿下は天真爛漫なお方で確かに常識に欠けることはままあったが」
「王族だと主張したり、強引なことをされる方ではなかった……」
「ああ」
フィリベルトは眉を寄せる。
「復興祭も控えている。もう少しレオナの警護を強化した方が良いかもしれない。杞憂ならそれで良い」
「……ご心配をおかけします」
「妹の心配くらいさせてくれ」
「ふふ。大好きです、お兄様」
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/16改稿
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