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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈26〉常識を破るのです

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 風の季節(日本でいう夏)も終わりに近づき、つまりは学院の前期も終わりに差し掛かっているわけだが、レオナとテオの攻撃魔法実習での課題は、残念ながらあまり進んでいなかった。どうしてもテオの魔力量が足りず、魔法が混ざらない。

 ある日の放課後、中庭のベンチに居残って話し合いを続けていたが、行き詰まってきた。そろそろ練習を始めないと、発表に間に合わなくなる。
 
「うーん、ごめんね、やっぱり完全に足手まといだ」
 
 落ち込む彼に、レオナはアイデアを絞る。量より質だ。テオの得意なことを活かせばいい。
 
「ねえテオ。今日この後、時間はあるかしら?」
「うん、寮に帰るだけだよ。どうして?」
「我が家でもう少し相談しない? 良かったら、帰り支度をしたら馬車広場に居てくれる?」
「え、いいの? ……分かった」
 
 同意が得られたので、急いでクラスルームに戻り、支度をして馬車広場へ向かう。フィリベルトはしばらく研究に没頭とのことなので、ヒューゴーが待機してくれているはずだ。
「おまたせ、テオ」
「ううん」
 はたして、公爵家の馬車が待っていた。ヒューゴーが出迎えてくれる。
 
「お帰りなさいませ」
「ただいま、ヒューゴー。テオ、彼が私の侍従でジョエル兄様の弟弟子のヒューゴーよ」
「……ヒューゴーと申します」
 
 戸惑いをおくびにも出さず挨拶はしたものの、警戒は解かない、できる護衛。
 
「あ、テオです。レオナさん……様にはいつも、その」
「テオ、落ち着いて。ヒュー、私のお友達よ」
「お嬢様がいつもお世話になっております」
「こ、こちらこそ」
「テオは私の攻撃魔法実習のペアで、一緒にジョエル兄様の剣術講義を受けてもいるのよ」
「なるほど。……ジョエル様が褒めたという?」
 
 ギラりと見やるヒューゴーに、完全に及び腰になるテオ。
 
「あ、ああああの、全然未熟で、その」
 大丈夫よテオ、とレオナは言う。
「とりあえず、攻撃魔法実習の課題の相談をしたいの。連れ帰っても良いかしら? 殿方と二人で馬車は障りがあるでしょう。ヒューも同席して。帰りも送ってね」
「かしこまりました」
「あああ、か、帰りは一人でかえ、帰れますから!」


 ――だーからっ! オーラでビビらせんなって言ってんの!


 脳内で毒づきながら
「ヒューゴー?」
 と強く睨むと、ようやく侍従は警戒を解いた。
「はー、わかりましたよ……すみませんでした。帰りももちろんお送りします」
「あ、いえ! すごい……なんか、感動してます」


 ――ん?


「ジョエル副団長ももちろん凄かったですが、ヒューゴーさんの殺気も怖くて強くて、かっこいいです。いいなあ。あ、僕に敬語はいらないです! 呼び捨てでお願いします」


 
 ――どうよこれ、可愛いでしょ。

 

 なぜだかエッヘンなレオナである。
 
「なんなんすかこれ」
「可愛いがってあげてね」
「……はー……了解っす。とりあえず、テオ。乗れ」
「はい!」
 

 
 ――やっぱり! 気に入ったでしょう!


 
 だが、馬車の中で急に我に返ったテオが、慌て出した。
「こ、公爵家にお邪魔する日が来るなんて、ぼぼ僕思わなくて、なんかやらかしちゃったらその」 
「落ち着け」
「大丈夫よ、テオ。ただの私のお家よ?」
「「いやいやいやいや」」
 おいー、既に息合ってるのなんでよ! と今度はレオナが拗ねる番である。
「フォローすっから堂々としとけ」
「ヒューゴーさん!」
「ヒューでいい」

 

 ――デレとる……
 イチャイチャしとる……

 

 すっかり仲良しじゃん! とレオナは思わず頬が膨らんでしまった。
「ヒューさん、ありがとうございます」
 あの獰猛なゼルすら懐柔してしまうテオの可愛さを、改めて羨ましいと思うレオナである。
 
「んで、なんの相談っすか?」
「そうそう」
 気を取り直して、ざっくり課題の概略を説明する。
「なるほど……いくらでもやりようありますけど、俺が解決すんのもなあ」
 
 キラキラした目でヒューゴーを見るテオは、すっかりファンのそれである。いつも年下の男の子に爆モテな元ヤン侍従は、こうやって舎弟に事欠かないのだ。今でも冒険者ギルドに行くと、若い冒険者達に取り囲まれるらしい。
 
「ま、大丈夫だ。安心しろ」
 
 テオがモジモジしている。可愛い。羨ましくなんてないもん! と内心強がってみるが、この可愛げの半分でもあれば、今頃婚約者の一人や二人いたのかしら、と少し悲しくなったのは内緒だ。


「お帰りなさいませ」
 とりあえず無事? 公爵邸に着いたので、ルーカスとマリーにもテオを紹介する。マリーがヒューゴーの妻と知って、また尊敬の眼差しなテオ。しかし彼はなぜその可愛さと素直さで要らない子扱いなのか? ちょっとボドワン家にひとこと物申したい! とレオナは思う。
 
「夕方は寒くなりますから……テラスなどいかがですか?」
 ルーカスの提案で、一階の客室のテラステーブルに、お茶とお菓子を用意してもらう。寒くなったら部屋に入れば良いし、暴れたくなったらガーデンに降りれば良い。さすがルーカス、わかってるなとレオナは感心した。
 
「今日テオにわざわざ来てもらったのはね」
 まずは、お茶を飲みながら説明をする。
「私が勝手に考えていることを具現化するのに、実際に見てもらった方が早かったから」
「……レオナさんの考え?」
「ええ。私はね、テオらしさで強くなれば良いと思っているの」
 
 テオが、ティーカップを持ったまま、パチクリしている。
 
「テオの良さは、身軽で、動きが早いこと。ラザール先生の課題は」
「二人の魔法を混ぜ合わせた攻撃」
「そう! 攻撃魔法、とは言っていない」
「!」
 
 横のヒューゴーがニヤリとしている。
 
「テオは小柄で非力だ、って言っていたけれど、それと戦闘能力は関係ないわ。マリー」
「はい」
「ちょっと今から、ヒューと夫婦喧嘩してくれる?」
「え!」
 
 ビックリするテオ。
 
「あー、そういうことすか」
 頭をボリボリかきながら、ガーデンに降りるヒューゴー。

「……なあマリー……お前のプリンは……俺が食った」
「は?」
 ごわっと上がるマリーの殺気。
「殺す!」

 マリーは小柄で華奢だ。女性なので力もない。だがその攻撃は速く、その手刀は的確に急所を狙い、ヒューゴーを追い詰める。暴れるメイド、ここに極まれり、だ。
 
 呆気に取られるテオに、レオナはイタズラっぽく聞いた。
「ねえ、あれ見てマリーを弱いと思う?」
「……思わない。凄い。強い!」

 テオの周りの大人は、きっと『常識』を押し付けてきた。
 前世の会社でも、周りの大人の理不尽な要求や抑止で、新人の営業君が潰れてしまった、とレオナは思い返し、切なくなる。
 
 うちの会社はこうだから。これ以外はやらないで。若いんだから呑めるだろ。――小さいから、非力だから、なんだと言うのだ。努力はものすごく必要かもしれない。でも、強くなれる。蟻の思いも天に届く。この世界を創ったイゾラは博愛の神だから、きっと皆に加護をくれている、とレオナは思っている。
 
 自分のはちょっと、いえ、かなり行き過ぎだけれど。

「はい、終わり!」
 パンパンと手を叩く。
 
「プリンは食ってねーよ」
 ふてぶてしいヒューゴーに
「知ってる」
 しれっとマリー。
 
 なんかテオが赤くなっているけれど、あれが日常ですよ、喧嘩ップルですからね、と思わず半目になるレオナ。
 
「なんか、目が覚めた気分……」
「ね。諦めるのはまだ早いでしょ?」
「うん」
 
 ――諦めたらそこで終了です。
 
「で、私のアイデアなのだけど……」



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 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/16改稿
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