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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈25〉闇は音もなく忍び寄るのです ユリエside

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※ 虐待、暴力表現がありますので、ご注意下さい。
 シリアス&ダークネスに振り切った回です。
 (もちろんフィクションです。)
 読み飛ばして頂いても大丈夫ですが、ユリエの行動理念がお分かり頂けるお話になっております。
 


 ※ ※ ※


 
 
「エドガー様。お昼をご一緒しませんか?」
 
 午後の剣術実習で代理講師をする時、近衛のジャンルーカは早めに護衛から離れるので、エドガーをランチに誘える。
 
「ユリエ嬢!」
「サンドイッチを作って来ました。裏庭でどうですか?」
「ガゼボだな。天気も良いし気持ちが良さそうだ! 是非ゆこう!」
 
 もう一人の近衛騎士のセリノは新人で、基本的にエドガーの言うことに逆らわない。
 ジャンルーカだとそうはいかない。特定の女子学生と二人でいるなだの、毒見するだの、うるさい。黙ってモブやってろって思う。
 

 ――あたしがこの乙女ゲームに転生したと気付いたのは、四歳の時。
 

 カトゥカ男爵家は、貴族を名乗る資格もないぐらい貧しい。
 
 というのも、当主のはずの親父が、女と酒と賭けごとに溺れているからだ。
 母親は冒険者向け宿泊施設のフリをした、売春宿を切り盛りしてなんとか生計を立てている。そこの従業員に親父が手を出して産まれた、ボニーという女の子の存在がバレて、家が修羅場った。
 あたしは、親父の八つ当たりを受けて頬を殴られ、壁に吹っ飛んだ。その衝撃で前世の記憶が甦って、あたしも脳内修羅場。

 
 そもそも前世も最悪だった。
 
 望まれない子のあたしは、両親に放置されていた。
 汚いアパートの、狭くて暗い部屋。
 ガリガリの体はいつも臭いで、ガッコではもちろんイジメの対象。
 中学生になると、隣の部屋に住んでいる、眼鏡の気が弱いおじさんが、胸を見せる代わりにお風呂と食事の世話をしてくれた。
 電気とガス止められてたから助かった。あたしに差し出せるものは身体しかなかった――といっても、お風呂に入ったら玄関でペロリとTシャツをまくって、オッパイ見せてバイバイ、程度のものだけど。
 おじさんは、超キモイ。でもカップラーメンくれたし、ポテチが美味しいって知れたし、ゲームも貸してくれた。

 
 それがこの乙女ゲームだった。
 恋する君を守り抜く、とかそんな感じのタイトルの学園もの。コイキミとか言ってた。
 ね、キモイでしょ。

 
 おじさんがある日、お金あげるから身体触らせて? て言ってきたから、珍しくたまたま帰ってきた親父に言ったら、おじさんをぶん殴って親父が金貰ってた。
 あたしにはくれなかった。
 おじさんは、すぐに居なくなった。
 手元にゲームが残ったから、ずっとやっていた。おじさんがいなくなってご飯もなくなって、多分そのまま死んだんだと思う。
 

 だから生まれ変わって、あの乙女ゲームだ、しかもヒロインじゃん! って一瞬嬉しかったのに、なんでまたこんな貧乏で殴られてるの? 前と一緒じゃん、最悪じゃん! こんな世界なんて、全部なくなってしまえばいいんだ! って強く思った。全部壊れてしまえ! って呪った。
 
 そうやって四歳のあたしはずーっとわんわん泣いて、異常な泣き声に、流石に近所の誰かに通報されたかなんかして、警備隊が見回りに来た。面倒かけやがって、てまた親父に殴られた。泣いても無駄って分かったから、泣くのを止めてひたすら恨んだ。

 
 こんな世界間違ってる。なくなれ!
 みんな、死んじゃえ‼︎

 
 別に何も起こらなかったけど、そうやって毎日を過ごした。

 やがて魔力があるのが分かって、王立学院に行くことになった。
 玉の輿見つけて来い! ってババア(母親のことね)が騒いでるけど、バカじゃない? 私はヒロインなの。狙うは王子よ。玉の輿どころかお姫様になるんだから!
 慌てて、思い出せる限りのゲームの登場人物と、ストーリーと、イベントをノートに書き出した。あたしって賢くない? 結構忘れちゃってたけど、王子のことは思い出せたんだもん。

 なんか、どっかのお偉いさんが、お忍びでうちの売春宿を良く使ってるんだって。
 しかも! 今のあたしぐらいの年齢の子を買うんだって。ロリコン!
 
 だから親父にちょっと脅してもらって、王子と同じクラスにしてもらった。妹(っていっても、母親違いの同い年だけどね。クソ親父)のボニーも平民だけど、親父の血のせいか少しだけ魔力があるから、こき使うために一緒に学院へ入れてもらった。
 自分のせいで家族が仲悪いって思ってるアホの子だ。
 違うよ、子供のことなんてどうでもいいんだよ。寮生活快適だね。
 ユリエちゃんのお陰だよって? そうよ。分かってればいい。

 乙女ゲームのシナリオはあたしには難しかったから、一番カンタンなエドガー王子ルートしか攻略できていなかった。とにかく褒めればオッケーだったから。
 他にフィリベルトと、テオ、ゼル、カミロ、とあと一人近衛騎士が攻略者だけど、ジャンでもセリノでも無かったはず。名前忘れちゃった。ま、いいや。確かすっごい怖い見た目だったから、興味無いし。
 
 フィリベルトは、相当成績が良くないとダメで、しかも悪役令嬢のレオナと一回仲良くしないといけないから無理。
 テオは、野良猫に一緒にエサあげたからフラグ立ってるはずなのに……攻撃魔法実習でペア組めなかった。ペアじゃないと攻略できない。絶対レオナが邪魔したんだ!
 ゼルは、テオを攻略しないと出て来ない隠しキャラのはずなんだけど、なんかもういる。めんどくさいからそのうち話しよう。彼の弱みは、忘れないようにメモに書いてある。
 カミロも秘密があるけど、難しくてよく分かんないし、先生って無闇に叱ってくるから苦手。だから放置に決めた。

 レオナは、魔女の生まれ変わり? で、魔力がものすごくて、攻略対象者に近づくと邪魔してくる悪役令嬢。
 同じ公爵令嬢のフランソワーズは、フィリベルトのことが好きだから、ゲームのレオナはそれをバラす! って脅して下僕扱いしてた。
 でも何故か今は一緒にいないから、あたしがフランソワーズに「ライバル家の人を好きになるって、辛いね。みんなに言って応援してもらおっか?」て言ってみたら、ガタガタ震えて、なんでも言うこと聞きますって言われちゃったからそうしてる。
 
 なんか、
「父にはエドガー殿下と結婚するように言われておりますの。でもそれは嫌なので、ユリエ様に協力いたします。その代わりフィリ様のことはどうか……内緒にして下さい」
 って。
 
 
 貴族って大変なんだね。あたしには関係ないけど。まあ、言うこと聞いてくれてるうちは、黙っててあげるね。

 
 
「うん、今日のサンドイッチも美味しいな! 中身はなんなのだ?」
「キュウリと玉子です」
 
 食材は前世と一緒だけど、マヨネーズとかケチャップとかソースってないんだよね。すっごい不便。まあ料理なんてしたことないから、作ったのはボニーだけどね。売春宿のまかない作ってたんだって。あ、でもちゃんとサンドイッチには気持ちをこめてるよ。あたしの言うこと聞きますように! って。だからかな、最近誘うと百パー来てくれるんだよね。

 いつだったか、魔法制御の授業でカミロが、過去には魔法を悪用して人を操る例もありましたって言ってて。
 皆さんは正しく使うことを学びましょうって言ってたけど、操れるって凄くない? だから、色んな人に試してる。
 こないだテオにもやってみたけど失敗した。途中でレオナ来ちゃったから。やっぱあいつ邪魔! 今度はもっと魔力こめて、お願いしてみようっと。あ、次はゼルにしてみるのもいいかもね。魔法って相性あるらしいしね?
 
「ユリエ嬢は、招待されているのかい?」
「え? なんのこと? ですか?」
「北都復興十周年祭の、夜会だよ。そこで社交界デビューすることになったんだ!」
 
 エッヘンなエドガーだけど、デビューてそんなにすごいの?
 
「いいえ……でも招待されたとしても、我が家は貧乏ですから余裕が……」
 
 しおらしく言ってみよっと。
 
「なんと! それは寂しいではないか! よし、私が招待できないかお願いしてみよう! 心配するな、もちろんドレスも見立てようではないか」
「え、エドガー様! さすがにそれは……」
 
 セリノが慌ててるけど知らない。
 だってドレスだよ! 着たことない! やった! お姫様への第一歩じゃん!
 
「嬉しいです!」
 
 立ち上がってエドガーに抱き着いたら、真っ赤になってた。このくらい、よゆーよゆー。おっぱいわざとぐりぐり当ててるだけなのに。チョロ!
 
「だが今から作ったのでは間に合わないな……街のドレス屋で出来上がっているものに、手を加えるか」
「嬉しいです! でもいいんですか?」
「もちろんだ! 今日の帰りに早速見に行こう」
「でも、あの人が戻って来たら……」
 
 ジャンルーカは、いつも邪魔ばかりするのだ。モブのくせに。
 
「よし、じゃあ今から行こう!」
 
 よし、狙い通り。
 
「セリノ、馬車の用意だ!」
「え! 講義はどうされるのです!?」
「急用だ!」
「そ、そんな、無茶な!」
 
 埒が明かない。ま、あたしには関係ないけどね。
 
「……セリノさま」
 
 じーっと目を見る。体の芯から、ふつふつと何かが滲み出してくる。
「街に行きたいの。お願い」
 手を握る。ぎゅうっと気持ちをこめて。
 
「ね?」
「……分かりました」
 
 少し虚ろな顔で、彼は動き出す。
 
「講義が終わるまでに戻らなければな。急いで行こう!」
 
 エドガーが、手を引いてくれる。ふふ。楽しい。
 人が思い通りになるって、良いな。親はあたしの声なんて聞いてくれなかったのに。あ、でも今なら思い通りになるかな。

 もしも学院で結婚相手が見つからなかったら、あの売春宿で働かないといけない。
 それぐらいあたしにも分かる。
 ボニーはのほほんと、卒業したら宿の従業員として働くんだと思っているが、実際は違う。
 あのクソ親父は、あたしらに客を取らせる気だ。
 
 家に戻ったら、あたしの人生は終わる。 卒業までに、何としてもエドガーと婚約しないといけない。そのためには――前世の記憶を頼りに、褒めて褒めて、褒めまくって、このも練習してもっと強力なものにしないと。

 町のドレス屋で、
「これなんてどうだ?」
 笑顔でいくつもドレスを指差す王子に
「ピンクのがいいですう!」
 とできるだけ可愛い声でねだった。
 
 学院の制服のままでも、貴族だと分かるせいか店主は何も言わずに買物させてくれた。
 
「よし。じゃあこれとこれを」
 懐から財布を出して、学院の寮まで配達するよう手配してくれたエドガーに、思いっ切りまた抱きついた。
「嬉しいっ」

 
 こんなんで買ってくれるんなら、何回でもやってやろうと思った。



 
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 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/13改稿
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