26 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈23〉白か黒かではないのです
しおりを挟む魔法理論では眠気と戦い(ゼルは前の席でぐっすり寝ていた)、戦い抜いた後の今日のランチを、いつものごとく研究室で頂く。
シャルリーヌも一緒で、フィリベルト、カミロと四人。
今日もジョエルは来られないらしく、午後の剣術実習はジャンルーカとのこと。
「うええー、じゃあ午後はまたジャンルーカ様いらっしゃらないのかあ」
とはシャルリーヌ。
「どうしたの?」
「王国史、セリノ様だけだと王子様が暴走しがちなのよ」
暴走、というのは先生を差し置いて演説したがる、ということらしい。
我が王国はこれらのなんたらを誇って、王宮ではうんちゃらかんちゃらと。そして皆で持ち上げて素晴らしい! と拍手するまでがお約束の流れ。
「ジャンルーカ様がいらっしゃれば、先生のお邪魔をしてはいけませんとか、そのお話は王宮外ではしてはいけませんとか言って下さるんだけどね」
王子のコンプラどうなってんの? ガバガバだな、とレオナは呆れる。
「シャル嬢……それぐらいに」
フィリベルトが困ったように咎め、
「あっ! ごめんなさい、失礼しました。私ったら」
シャルリーヌが慌てて謝罪する。
家なら良いのだが、一応ここは先生の研究室である。
「私としても、リラックスしてもらえて嬉しいのですが……」
「カミロ先生、ごめんなさい」
「いえいえ、シャルリーヌ嬢の良いところは、そういう素直なところですよ」
カミロは王立学院講師だ。王族への愚痴を看過するわけにはいかないだろう。
「それからお二人には非常に言いにくいのですが」
そしてカトラリーを静かに置き、苦しそうに切り出す。
「一部の生徒が贔屓されているとの苦情が、学院長宛に入って来ているそうです。フィリベルトは共同研究者として席がここにあるからよいのだけれど」
――なんと……!
「特にレオナ嬢は、個人相談といってもご飯を一緒に食べたり、毎日のようにいらっしゃるのは良くないようです。私としても不本意ですが……」
「しかし、レオナは」
フィリベルトはフォローしようとしてくれるが、レオナとしては迷惑をかけることは本意ではない。
「お兄様。大丈夫ですわ。先生、正直に言って下さってありがたく存じます」
冷静に端から見れば、確かに贔屓と言われても仕方がない。(もちろん、成績や待遇を考慮されたことはないが)
カミロが王国のお抱え魔道具師であることは、公にされていないにしても、ハイクラスの担任だ。
研究室にジョエル副団長や、ラザール副師団長が出入りしているとなると、学院だけではなく王国騎士団、魔術師団という組織にも関わる。
この国で『公爵家』というネームバリューは非常に強いのだ。拒絶反応を起こしたり、権力集中を危惧したり、重箱の隅をつついて足を引っ張ったり、の貴族社会である。もう少し配慮すべきであった、とレオナは後悔する。
「確かに、皆さんとのランチが楽しすぎて……度を越してしまったことは否めませんわ……差し入れも、良くなかったですわ」
「……そうかもしれないな」
フィリベルトも苦しげだ。妹を守りたいが、先生に迷惑はかけたくない。こういったことに『正解』はないのだ。
「今後はお昼は、食堂で頂くようにしますわ。お陰様でだいぶ論文も読み進められましたし、もっと必要になった時には、お兄様を経由してお借りしても?」
「貸し出すのはもちろん構わないよ」
カミロの返事を聞いてフィリベルトも同意する。
「そうしよう。私も食堂で食べるようにする。レオナの料理が食べられなくなるのは非常に残念だが」
「お兄様の分はお作りしますわよ?」
「いや、こういう輩には、自分の要求が通ったと見せた方が良い。私も対応したとあれば、それなりの効果はあるだろう」
「皆さん、申し訳ない」
カミロが深々と頭を下げた。
「とんでもないですわ! どうかお顔を上げてくださいませ」
「謝罪の必要はない。貴方の上司は学院長だ」
「……でも、今後ももし困ったことがあれば、いつでも知らせて欲しいのです。担任としてそこは譲れない」
「感謝いたします、カミロ先生」
「私からも礼を言おう」
責任感の強い先生で有難い。出会いに感謝である。
「さて、レオナ。午後は剣術でしょう? 着替えに時間がかかるのではなくって?」
シャルリーヌが空気を変えてくれた。
「は! そうでしたわ!」
バタバタとランチボックスを片付ける。後で食堂の方(主にハリーさん)が取りに来て屋敷に届けてくれるのだが、このやり取りもしばらくお休みと連絡せねば。
「私からハリーには言っておこう。心配せず講義に行っておいで」
フィリベルトが送り出してくれたので、その言葉に甘えることにした。
研究室を出て更衣室に向かうレオナは、クラスルームに向かうシャルリーヌと途中で別れる。
「レオナ……今日はお家に寄ってもいい?」
「もちろん!」
王国史のある日はなるべくシャルリーヌとお茶をするようにしている。
「ありがとう! では、寄らせてもらうわね」
「ええ、後でね」
※ ※ ※
一方研究室にて。
「申し訳ない、フィリベルト」
カミロは情けない、と肩を落とした。
「謝罪には及びません。理解できますゆえ」
居住まいを正し、淡々と答えるフィリベルトは、適した口調に戻している。
「力になると言ったのに、結局は身動きが取れなくなるんだな。情けないよ……」
おでこに手を当て、大きく息を吐くカミロは、弱々しい。
「カミロ様。あなた様には色々制約があることは存じておりますよ。私も、もちろんジョエルもラザールも」
「ありがとう……しかしあれほど聡明で優しいご令嬢はそうはいないであろう。力を持てば驕り高ぶる部分もあろうに……ましてや公爵令嬢であの魔力。それでも変わらないというのは奇跡の存在だと言える。せめて不安ぐらい拭う手伝いをしたかったのだが」
「そのお申し出だけでも、妹は救われております。兄として感謝申し上げます」
フィリベルトは畏まって礼をする。
「そういってもらえると助かる。ローゼン公爵家への恩は、これからも返していきたいんだ」
「恩などと。その高い技術力を我が国に提供頂けるだけで、十分です」
「はは。王宮設置の結界石を、魔力制限ではなく一時的に魔力無効にするんだったな」
「ええ。念のために」
「……魔石の消費が激しいが、結界を上書きしよう。それにあたって……」
また今日も二人は、研究室から帰れないのであった。
-----------------------------
お読み頂きありがとうございました。
2023/1/13改稿
0
お気に入りに追加
886
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました
黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました
乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。
これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。
もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。
魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。
私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる