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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈20〉女子トークは容赦がないのです
しおりを挟むアデリナのノロケは、ここからが長いのはいつものことである。
要約すると、七歳差のベルナルド(レオナの父)とアデリナは、ガルアダ王国での夜会で出会ってお互い『一目惚れ』だったのだそうだ。
当時二十五歳のベルナルドは、体調の思わしくなかった当主の代理で訪れており、王妹が降嫁した程の、由緒あるフリンツァー公爵家三女であった十八歳のアデリナ・フリンツァーに恋をした。アデリナも、精悍で頭が良く、立ち居振る舞いが完璧なベルナルドに一目惚れ。ロマンティックなプロポーズを受けたそう。映画みたいだなー! と娘ながら毎回他人事のように思うレオナである。
ガルアダ王国は、マーカム王国の西に位置し、肌寒い気候で鉱山を有している国だ。
採掘や宝飾品作りが盛んであるため、王族は自然と宝石の鑑定眼も養われるそう。
昔からマーカム王国とは友好関係にあり、お互いの王族や貴族と婚姻関係を結んできたので、親戚筋も多い。マーカム王国第一王子のアリスター殿下も、ガルアダ留学中にご学友であった第一王女との婚約が決まったくらいだ。
しかし。とレオナは思う。
個人的見解でいうと、主産業が宝石や鉱石という有限資源しかなく、魔力も軍事力も低い。貴族は宝石を餌に傭兵を雇っている国であるからして、農業と魔力大国でのほほん気質なマーカム王国に、一部特権階級が富をチラつかせてすり寄っている感じに見えてしまっている。
下級層の人々は、重労働と重税に苦しんでいると噂に聞くし、国としては末期状態なのではないか? と懸念している。学院で国際政治学や経済学の講義を取っているだけなので、的はずれだと願いたいが。
「恋は落ちるもの、かあ~憧れます」
「あら、シャルはもう初恋を経験したのでしょう?」
うっとりするシャルリーヌに、悪戯っぽくアデリナが笑む。ノロケは終わったらしい。
「もおおお! アデリナ様まで! 忘れてください!」
壁際でお茶の補充をしている、メイドのマリーまでクスクス笑っている。
ちなみに、シャルリーヌのヒューゴーへの淡い恋心にはマリーも気付いていて、一過性の誰もが経験する性質のものだと、早くから分かっていたらしい。大人だなー! と感心した。
でも肝心のヒューゴーは全く気付いていないので、奴の方がよっぽど子供ですけどね、とはマリー談である。
二人の馴れ初めは、恥ずかしいからという理由で、二人とも絶対に教えてはくれない。気になる! が、頑として秘密なのだそうだ。
「レオナはねえ、まず人を観察しちゃうんですよ」
紅茶のお代わりを飲むシャルリーヌは、会話ミサイルの軌道をレオナへと修正する。
「話してみないと分からないのに……所作とか、言葉の選び方とかで先に判断しちゃう。それで少しでも合わないなってなったら、深入りしないんです」
うぐ。なんもいえねえ!
「公爵令嬢としては、満点なのだけどねえ」
アデリナがやれやれと息を吐く。
「なんでこんな子になっちゃったのかしら」
「それは閣下とフィリ様の過保護のせいでしょう」
「そうかしらねえ……」
――うぐぐぐぐ。
理屈っぽいのは自分でも自覚しているけど、しょうがないんだよ、前世からの性分だもん。
伊達に経理は選ばないし、地味喪女にもなってないよ!
「うふふ、初々しいことですこと。女は、恋をすると綺麗になるもの。レオナお嬢様がこれ以上輝いたらと思うと、閣下のご心労がうかがえますわね」
さあ、この中から選んで下さいませ、とマダムは宝石箱をいくつも開けてテーブルに並べる。
輝きすぎていて、どれを選べば良いのやらサッパリ分からない。目がチカチカするう~! と面食らっていると
「レー・オー・ナー!」
丸投げする気満々なのが、とっくにシャルリーヌにはバレていた。
「アクセサリーぐらい、自分で選べるようになりなさい! そんなんじゃ、将来殿方におねだりもできないわよ!」
――ぐうの音も出ねえ!
「……私が選ぼうか?」
「いや、私が選ぼう!」
「お兄様! お父様まで!」
いつの間にやら、ベルナルドとフィリベルトが、部屋の扉からヒョコリとこちらを窺っていた。
「マリーからヒューゴー経由で、仮縫いが終わったと聞いてね。ランチを誘いに来たのだが」
二人ともデレデレで部屋に入ろうとしたのだが、
「「甘やかさない」」
アデリナとシャルリーヌにピシャリと言われて、あっという間にしゅーんとした。
レオナは、容赦ないな! でも確かにそうね、自分のことだもの……と思い直す。
「アドバイスくらいは、良いだろう?」
開き直って、ドカドカとソファに腰掛けるベルナルドは隈が酷い。ゲルゴリラがまたやらかしたのかな? と不憫に思う。
フィリベルトは立ったまま、顎に手を添える考えるポーズで、テーブルに広げられた宝石を眺めている。マリーが二人のお茶を追加してくれた。
マダムが丁寧に挨拶をし、説明を始める。
「こちらのネックレスは、サファイアとダイヤ、台座の銀も全てガルアダ産にございます」
二重に連なる銀の鎖は、細かなダイヤが連なっていて、ペンダントトップはサファイア。その周りも小さなダイヤで装飾されている。
「こちらは、ブルザーク帝国産のパールがあしらわれているもので、ルビーは大変希少な『皇帝の赤』と呼ばれる、深紅のものです。またそちらのネックレスはシンプルなダイヤですが、トップが珍しい黄色ダイヤですの」
「どれも良い品物だね。ドレスの色は?」
「下地は瑠璃色ですが、赤薔薇のコサージュもございますので、どれも合うと思いますわ」
「ふむ……」
ベルナルドが真剣に悩んでいるが、レオナは
「お父様、せっかくですが……私はこのパールが良いですわ」
と告げた。
「おお、そうか?」
三連パールチョーカーに、大きなルビーというシンプルさが、気に入った。ギラギラは、性にあわないのだ。
「これなら、お兄様のペンダントと重ね付けできますわ!」
大きなルビーの下に、ゴールドの薔薇のペンダントトップが見える。我ながら、良いんじゃないか? と思った。
「レオナ!」
フィリベルトに、ソファの上からバックハグされると
「……私のいない間に、プレゼントしたのか?」
むっすーと、ベルナルドがあからさまにご機嫌を損ねる。
あらあら、とアデリナ。大人気ないですよー? と冷たい目線のシャルリーヌ。
「お父様、私……このペンダントに合うイヤリングも、欲しいですわ」
フィリベルトにバックハグされたまま言ってみるレオナが、どうですか、こんな感じですか、と内心ビクビクしてしまうのは、オネダリすることに慣れていないからである。
「んん。マダム、最高級のパールとルビーのものを、すぐに用意しなさい」
「かしこまりましたわ。選んで頂いたものに合わせて作らせようと思っておりましたの。お任せ下さいませ」
ここでお値段は考えたら負け。負けなのである。
「お誕生日パーティの方は、どうされますか?」
このチョーカーだけで十分……
「そちらはサファイアにしようか」
……だが、置いてけぼりである。
「重ね付けされたいのであれば、金の土台が宜しいかもしれませんわね。いくつかまたお持ちしますわ」
「頼む」
そしてニコニコ笑顔で両手を広げるベルナルドに、レオナはフィリベルトのハグを解き、飛び込みに行った。
「ありがたく存じますわ! お父様」
ぎゅぎゅーぐりぐり。閣下、力がお強いです!
今日一日でいくら使ったのかなんて、考えるだけ野暮なのだ。公爵家なのだ、うん。と言い聞かせるレオナ。
ランチの後、せめてお茶を淹れて差し上げよう、と現実逃避する。
「……なんていうか、女子らしくないのよねー選び方が。そう思わない? シャル」
「ええ奥様。理屈なんですもんねえ、レオナってば」
――ダメ出しは後にして下さい! 落ち込むから!
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/13改稿
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