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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈16〉味方は多い方が良いのです
しおりを挟むコンコンコン。
カミロ研究室の扉をノックすると、
「はいはーい」
となぜかジョエルが開けてくれた。
「やあ、さっきぶりだねー。レオナ。制服良いねー、似合ってるー。あれ? 大荷物だー中身なにー?」
ささっと、手に持っていた大きなバスケットを持ってくれる。
「サンドイッチですわ。差し入れにお持ちしましたの」
「おおー、嬉しいー! 腹ペコー」
「ジョエル、それは私のだと思うんだが」
フィリベルトが、横から不機嫌な声で、バスケットを奪い去る。
「うふふ、たくさん作って持ってきましたのよ。皆さんで召し上がって欲しいですわ。今お茶をお淹れしますわね」
レオナにとっては、すでに勝手知ったる研究室である。まっすぐ脇のミニキッチンに向かうと、別の部屋から
「湯は? いるか?」
と聞かれた。ラザールだ。
「いります!」
「わかった」
出てきた副師団長は隈が酷い。思わずレオナはドン引いた。
「レオナ嬢の茶が飲みたかった……」
――ええ、ええ、疲労回復の気持ちを、たーっぷり込めて淹れさせて頂きますとも!
「助かります、ありがとう。昨日から食事を取る余裕もなくてね」
苦笑しながら出て来たカミロも、心なしかボロボロだ。
「一体どうなさったのですか?」
聞きながら、レオナはフィリベルトとカミロに加えて、ラザールとジョエルにもお茶を淹れ、サンドイッチを食べやすいように広げた。
さすがに五人腰掛ける場所はないので、応接テーブルにいつもの三人、あとの二人はテーブルにお茶は置くものの、研究机に寄りかかって立って食べている。
「今年、北都復興十周年祭があるのは知っているだろう?」
ラザールが、眉間を揉みつつ言う。
本当にお疲れのご様子で、思わず肩でもお揉みしましょうか? と言いたくなるレオナであったが、この世界では家族以外の異性に触れることは、かなりハードルが高い。自重した。
北都復興祭というのは、十年前スタンピードに襲われた、北の辺境ダイモン領の中心である北都が、ヴァジーム伯の尽力によって、見事に復興したことをお祝いする祭りだ。
亡くなった数多の命の慰霊の意味もあり、国王の権威を示すためにも、毎年ダイモン伯爵家と辺境騎士団を王都に招いて行われるのだが(騎士団の交流試合もある)、今年の秋で記念すべき十周年を迎える。
ところでマーカムの貴族の令息令嬢には、成人(十六歳)の年に社交界デビューとして、然るべき夜会で国王へ挨拶し、王族とファーストダンスを踊る慣例がある。
今年は十周年祭。
大変おめでたいということで、特例として第二王子エドガー、公爵令嬢のフランソワーズとレオナの、早めのデビューの場に決まったそうだ。
レオナにとっては有難迷惑でしかない。
「ええ、先日招待状が届きましたわ」
「うむ。実はまだ機密情報なのだが」
サンドイッチをかじりながら続けるが、え? 私聞いても良いやつ? と内心慌てるレオナに
「どうせ噂になる。気にするな」
勝手に心を読んで、ニヤリとする。
えー、ラジってレオナにそんな感じなのー? とカミロにヒソヒソするジョエル。
レオナはそんな感じがどんな感じなのかはさっぱり分からないが、仲の良さに驚いていた。
「ガルアダ王太子が来る」
はい?
「ブルザーク帝国皇帝もだ」
はい?
「薔薇魔女を見に、な」
意地悪な笑みが似合いすぎる。
酷い隈なので、若干ホラーだった。
「ラザール」
カミロが咎める。
「最後のはおふざけだから気にしないで、レオナ嬢。十周年の機会に交流を深めたいとのご要望だそうです。つまりは警備体制強化のために、補助の魔道具が必要と、魔術師団に相談されましてね」
「騎士団は近衛配備しておしまいなんだろうがな、魔術師団はそうはいかん。魔法への警戒、結界魔道具の検討と設置、近衛と連携した魔術師配備、毒への備え。考えることがありすぎる」
睨むラザールに
「ごめんてー」
ジョエルが軽く謝る。
軽いな! とレオナは仰け反りそうになった。
「レオナのサンドイッチうまいなー! ……ところでさ、薔薇魔女ってどういうこと?」
そういえば、ジョエルにはまだ伝えていなかったな、とレオナは気づく。
「……言うか言うまいは、自分の判断だぞ」
ラザールにまた思考を読まれる。
結果通達は宣誓記録が必須だが、その後の情報管理はあくまで個人情報。本人に委ねられているのだ。
「レオナ……」
フィリベルトは、あくまでもレオナを気遣う。
無意識にギュッと握りこんでいた拳を、柔らかくその両手で包んでくれた。
「お兄様。ご心配ありがたく存じますわ。私は、ジョエル兄様にも知っていてもらった方が良いと思いますの」
レオナはその手にまた自分の手を重ねて、見返す。
フィリベルトの瑠璃色の瞳が揺らめいていた。
不謹慎かもしれないが、吸い込まれそうなくらい綺麗だと、レオナは思った。
「レオナがそう言うなら」
とはいえ、また心にずしりと重みが増していく気がした。まだ、覚悟が足りていないのだ。
ラザールにお願いをする形で、魔力測定結果をジョエルに説明してもらうことにした。
「なるほど。だから薔薇魔女、ね」
悪口なら切って捨ててやろうと思ってたー、とジョエル。
物騒だけれども、レオナはその気持ちが嬉しかった。
「それでレオナが研究室に来ているんだね、納得したよー」
紅茶の最後の一口を流し込み、ジョエルは深く息を吐いた。
「ジョエル兄様は……私のことが恐ろしいとは思いませんか?」
聞いてみたかった。
ここにいるのは少なくともこの王国で、それぞれの分野のトップを走る人達だ。その中でジョエルはいわば、レオナにとって最も『聞きやすい人』であった。
「んー、正直言うとねー……」
前髪をかきあげて、ジョエルは両目でレオナの瞳を見つめる。
魔眼に全てを見透かされたら、という不安を拭うための気遣いだと、咄嗟に気づいた。
「大変だな、覚えること多そうだなーって。あとラザールが絡んでくるだろうから、すっごいめんどくさそうだなーって」
そしてささっと前髪を戻すと
「つまり、レオナはレオナ。何か力になれることがあったら、おにーちゃんに頼りなさーい!」
どんと胸を叩いて、いいね? とクシャリと笑ったので
「おにーちゃん、ありがとう!」
と思わずレオナが抱きつくと、途端に研究室が吹雪いた。
「あーあ」
ラザールが苦笑している。
ジョエルが呆れ声で言う。
「フィリベルトー、吹雪しまってー」
「…………」
「もー、僕、滅多にレオナに会えなかったんだよ? 少しハグするくらい、いーでしょ?」
「…………」
「もー。ほら、離れたよ。フィーリー?」
「……はぁ」
渋々ハグを解くジョエルを見て、ようやく力を抜くフィリベルト。
レオナは場の雰囲気を変えようと、ランチボックスと茶器を片付けることにする。
「くく、怒ると吹雪くとか、さすがローゼン家ご子息だな」
「ラジってば良いように言うけどさー、宰相閣下がガチギレした時なんか、もっともーっと大変なんだよー? こないだまたゲルゴリラが、王宮会議でやらかしてさあ」
――ゲルゴリラって!!
どう考えても騎士団長ゲルルフのことである。
ハマりすぎて、レオナは思わず吹きそうになった。慌てて片付けるフリをして誤魔化すが、誤魔化しきれていない。頬がぷるぷるしている。
「ジョエル」
声音だけで、咎めるカミロ。
「あー、レオナには刺激強いかー、ゴメンゴメン」
ゲルゴリラがパワーワードすぎて、反応できないだけなの!
と言いたいが言えないので、とりあえず笑いながら片付けは終わらせ、ふう、とテーブルに戻る。
「相変わらず、ゲルゴリラとは秀逸だな」
肩を揺らしてラザールが笑う。どうやらジョエルが名付けたらしい。
「ははは。でっしょー。ハゲ筋肉に、残念王子にー……あ、ナヨ金君は元気?」
残念王子とはエドガーのことだ。
「ナヨ金君、というのは、ラザールの右腕の、なよなよしてる金髪君ね」
疑問がレオナの顔に出ていたのか、ジョエルが補足してくれた。
「毎日元気に床に転がっているぞ。あれだ、レオナ嬢がクリスタル割った時の奴だ」
なるほど、鑑定の時の方かと腑に落ちたが、元気に床に転がるとは、どういう状態なのだろう? それは元気とは言わないのでは? と思わず首を傾げてしまうレオナ。
「うっそ、鑑定のクリスタル割ったの!?」
ジョエルが衝撃を受けている。
「はい……私が割りました……」
途端に犯罪者気分になり、わーん! と泣きたくなったレオナである。
「初めて聞いたなー! そりゃラザールがベタ惚れするわけだー。でもうちの妹はやらんけどなー」
「うちのだ。だが概ね同意だ」
「ケチ兄貴」
「私の研究室は、じゃれる場所ではないですよ」
カオスだわこれ、とレオナは思わず半目になる。
「……私、そろそろ論文を読みたいのですが……?」
「あ、やっばい、僕もそろそろ戻らないと。ゲルゴリラが暴走する」
――それは一大事ね! 暴走ゲルゴリラ! ウホウホ!
カミロがそれを受けてさっと立ち上がるや、ジョエルに魔弓を渡しながら、説明を始めた。
「調整は終わっているけれど、まだ照準が甘いようなら、新しい魔石に入れ替えた方が良いかもしれないよ」
「そっかあ。ラジ、今度魔獣狩る時さあ、魔石もよろしくー」
「自分で狩れ」
「矢で潰しちゃうのー」
「あぁそうか……魔石は魔獣の核の近くにあることが多いから、魔眼矢の標的になってしまうんだったな」
「そうなのよん」
「レオナ嬢をくれるならいいぞ?」
「「やらんっ!」」
レオナは、そんな最強の兄コラボ拒否に背中を押された気分になり
「私、そういう打算的な方は、ちょっと無理ですわ」
嫌々、と首を振ってみせた。
「は?」
ラザールが固まる。
三人同時にブホッと吹く。なんとカミロまで肩が震えているではないか。
「ふ、ら、れ、て、るうー! ゲホゴハッ」
ジョエルに、副団長の空気が全く感じられないのはなぜだ。
「……お前なかなか言うな……くそ、見てろよ」
これでラザールが魔石を取りに行ってくれたら良いんだけど、と思いながらレオナがジョエルを見やると、プルプル震えながらウインクを返された。
どうやら作戦成功らしい。
フィリベルトも、笑いながらぽんぽんと肩を叩いてくれた。
一方ラザールは、カミロに慰められていた。
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/13改稿
応援ありがとうございます!
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