上 下
15 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈12〉令嬢だって剣術を習うのです 前

しおりを挟む


 剣術や体術の実習に使われている屋外演習場は、簡易的な観客席が木柵の向こうにしつらえてある野球場のような場所である。
 ここで模擬試合が行われる時は、盛り上がるイベントとして学院中の人達が見に来るのだ。
 剣術実習の学生達は、おのおの楽な服装――レオナは、上はシンプルな白いブラウス、下は細身の黒いパンツに黒革のロングブーツ。乗馬術でも同じ格好だ――に着替えており、正面近くにたむろしていた。
 残念ながら、女子はたった一人だ。

「……こんな感じかな?」
 テオが跳ね、右手にナイフを持ったまま、空中でくるりと回転して着地する。
「すごいっ! 素晴らしい身のこなしですわ!」
 レオナは興奮しすぎて、思わず敬語になってしまっている。
 
 テオとは攻撃魔法でペアを組んでいるが、剣術の講義も同じく取っていたらしい。
 公爵令嬢なのに剣術? と話しかけてくれたので、内心嬉しい! と飛び跳ねながら、念のため護身用に、と答えたら。
 
「護身用って……護衛いっぱい居るんじゃないの?」
「ええ。でも不測の事態には、自ら備えるべきでしょう?」
「まぁ……そうかもしれないけど」
 
 確かに、同じ時間の王国史とどちらを取るか迷ったのは事実だが、元々歴史本が好きで、普段から読みまくっていた。
 家族やルーカスは、とっても過保護で武器など絶対に持たせてはくれない。という訳で、あえて剣術を選択したのだ。
 ちなみにフィリベルトは、渋々レオナがやりたいなら、と許可してくれていた。

 講師を待っている間、テオがレオナのリクエストに応えてサクッとデモンストレーションしてくれたのだった。
 レオナは、さすがジャ●ーズJr(違)! ファンサあざーすっ! と心の中でうちわを振ってしまった。
『尊い』と『滾る』が、最近の心の声のマイブームである。
 
「テオは、本当に凄いわね」
「そんなことはないよ。僕はこの見た目通り非力だから、実戦では残念ながら使い物にはならないんだ」
 精々逃げるための時間稼ぎだね、と自虐して彼は言う。
「体術も、向いてないって講師に言われて、強引に攻撃魔法に変えられちゃったし。魔力も少ないんだけどね~」


 ――ちょっと体術の講師に物申したい!
 誰か知らないが、ゼルといいテオといい、学生の扱いに疑問が残る。
 講師としてちゃんと適性あるのか? と問い正したいところだ。
 思春期ぞ? 我々こう見えて繊細なんだぞ!?


「レオナさんも華奢だから、武器はナイフがいいと思うよ。レイピアも軽いけど、長さがあると扱いが大変だし、護身用なら、簡単に持ち歩ける方がいいし」
 
 今日はとりあえずレイピア(細剣)を持参していたのだが、それを見てテオが色々教えてくれるのがまた嬉しいレオナである。
 
「そうね! 小さいナイフなら、どこかに忍ばせて持てそうだわ」
「スカートの中とか、な。大歓迎だぞ!」
 ニヤーッと横でゼルがいやらしい笑みで言う。
 そう、彼もいるのだ。座学ではほとんど寝ていたのを知っているぞ、と毒づきたいところだが
「……」
 とりあえず、しらーっと無視のレオナ。
 セクハラ反対! のスタンスである。
 
「……えーっと、ゼルさんは二刀流なんですね」
 テオは気遣い屋さんだなあ、と感心しながら、レオナはゼルの武器を見やる。
 見事な装飾の、蛇のようにしなった曲刀(練習用で刃は潰してあるらしい)を二本、左右にぶら下げていた。
「ああ、防御は性にあわん」
 


 うん、知ってた。

 

 ゼルも、先程自己紹介代わりだと軽く見せてくれたが、まるで舞のような二刀流はあでやかで、しかも隙がないように見えた。
 あんまり本気出すと、講師が霞んじゃうと思うの……と、すーんとなったのは秘密だ。
 
「今度は骨のある講師がいいなあ」
 パキポキ、と首を回しながらのたまうゼルは、完全に肉食系。
 せめて外されている上三つのシャツのボタンは、閉めて頂きたい、とどうしても目が行ってしまうレオナだ。褐色の胸筋がチラチラとセクシー過ぎなのである。色気まで獰猛! 刺激が強すぎる! と溜息が出てしまう。
 
「そんなに腕に自信がおありなら、王国史を取るべきだったのではなくって?」
 セクハラの仕返しに、わざと高飛車に言ってみた。
 ちなみに、シャルリーヌ、エドガーとユリエ、フランソワーズは王国史を選択している。
「うぐ、レオナ嬢が急に貴族令嬢みたいなこと言う」


 
 こう見えて公爵令嬢なんですけどー?


 
「まー、そんなとこも可愛いけどな」
 とゼルにやり返されるが、ちょっと意味が分からなかった。
 テオも首を捻っている。
「ゼルさんも変わってるね」

 

『も』ってなんだ、『も』って!


 
「まあでも、確かにレオナさんて、時々可愛いよね、令嬢らしくなくって」
「!?」
「うくく、ほら。目がまんまるだ~」
 うくくくく、とテオは腕で顔を隠すようにして、丸まった姿勢で笑う。
 肩が揺れているが、小声だ。
 彼は、決して顔を上げて笑わないし、声も抑えている。いつか満面の笑顔を見てみたい! と密かに思っているのだが。

 

 あれだな、てことは、私のことは動物的な可愛さだよね。
 間違いなくあなたの方が可愛いよ、テオ。
 悔しいけど!


 
「おお、可愛いな……撫でて良いか?」


 
 ちょっとー、ゼルー!

 

「えっ、僕!?」
 ゼルが、ガハハと笑いながら、テオの頭をわしゃわしゃしている。


 
 羨ましいんだけど!


 
 思わずレオナが、両手をワキワキしながら近寄っていくと、テオは
「……ダメ」
 とすごく冷たい声で言ってきたので、ションボリしてしまった。

「ほんとにもう、レオナさんたら……」
 

 ――レオナさんたら、何!?
 わたくし、ちゃんと我慢しましてよ!?
 
 
 そんなこんな、三人で戯れていると
「ちゅうもーく!」
 と誰かが叫んだ。
 

 
 -----------------------------

 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/13改稿
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...