【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
13 / 229
第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈10〉受け入れて生きるのです

しおりを挟む


 魔力測定の日の後、ベルナルドは溜まった執務で三日間家に帰れず、副師団長の臨時予算案は、無事宰相稟議を通り陛下の署名待ち。
 フィリベルトは、カミロとの共同研究を再開し、アデリナは、たくさんのハグをレオナにくれた。

「どんな力があろうと、これから何が起ころうと、あなたを変わらず愛しているわ」

 ともすれば、恐れから監禁されかねない魔力持ちである。しかしアデリナは、産まれた赤子の瞳が深紅だと分かったその瞬間から、何があっても愛し守り抜くと誓ったのだ、と教えてくれた。
 
 そう、アデリナは、レオナが平静を装って不安を押し殺し、無理をしていたことをすっかり見破っていたのだ。さすが母親である。

 その夜は、執事のルーカス、専属侍従のヒューゴー、その妻で専属メイドのマリーにも打ち明けながら、自分が怖いの! 恐ろしいの! と泣きじゃくったレオナは、結局泣くのを止められず、アデリナに抱きしめられて、子供のように泣き疲れて眠った。
 
 ヒューゴーいわく、お嬢様のために何ができるんだろうと、マリーも夜通し泣いていたらしい。
 


 ――正直すまんかった……でも夜通しって。
 暗に惚気のろけけてないか? 気のせいかな?

 
 
「俺がやることは変わらないっすけどね。ただ護るだけっす」


 
 とは、ヒューゴーの弁。
 ありがとう。ノロケはスルーしとこう。
 (恥ずかしいから、泣いたのはすぐに忘れてね)


 シャルリーヌにどこまで話すべきかは、レオナも散々迷ったのだが。
 アデリナが『あなたが決めたことを尊重するわ』と背中を押してくれたので、真実を言うことにした。
 
 親友として秘密を誓うわ! とシャルリーヌは宣言をした後に
「私のくだらない愚痴が、言えなくなっちゃったじゃない!」
 と半泣きで逆ギレしながら、教えてくれてありがとう、とハグしてくれた。
 愚痴はちゃんと聞こう、と決意したレオナである。

「レオナ」
 ここ数日、学院から帰るとすぐに部屋に籠っていたフィリベルトに、久しぶりにお茶に誘われた。
 
 中庭のテーブルに、マリーがアフタヌーンティーをセットし、ヒューゴーも背後に控えている。
 
 爽やかな風が、新緑を撫ぜていく。
 
 六月の花といえば前世の日本では紫陽花あじさいだが、今年は気候が良いため、五月の薔薇がまだ残っていた。
 庭師が丁寧に世話をしてくれているオフィーリアが美しく咲き乱れて、かぐわしい。

 ――ミレイの絵画も、美術館へ見に行ったな、とふと思い出したレオナは、そういえば香りに記憶が刺激されて、急に何かを思い出すことがあるなあ、と一人思いを馳せた。
 
 可憐な花と横たわる美女に、時間を忘れて見入った覚えがある。
 今オフィーリアを背負うフィリベルトの、はかなげな微笑みもまた、絵画のごとく美しいと思った。

「……身に付けて欲しいものが、あるのだが」
 おずおずと差し出された、簡易な木の箱に納められている金の鎖のペンダント。ペンダントトップは直径二センチほどの金細工の薔薇。
 
「カミロに相談しながら、作った魔道具でもある。きっとレオナを守ってくれると信じている」
 
 入学式の時に付けていた髪飾りとも合う。レオナのことを良く考えたのが分かる、素敵なデザインだ。
 
「ありがたく存じます、お兄様。とっても可愛いデザインですのね。これでしたら小ぶりですし、学院にも付けて行けそうですわ!」
「うん……すまない」
「お兄様?」
「本当なら、初めてもらうアクセサリーは、その、レオナの恋した相手からが良かったのだろうが……」
 眉根を寄せて、苦しそうなフィリベルトに対し、なんてお優しい方なのだろう、とレオナは嬉しくなる。
 いつも自分のことを思い、愛し、何よりも尊重してくれるのだ。愛しのお兄様だな、と改めて実感する。
 たかが小娘の戯言、なんてことが絶対にない、尊敬すべき公爵令息。

 レオナは、静かに立ち上がった。
 お茶の途中でなんて、無作法だけどごめんなさい! と心で詫びながら。
 
「レオナ?」
 向かいに座っているフィリベルトに、そのまま横からぎゅうっと抱きついた。
「わたくし、自慢しますわ!」
「!?」
 面食らっていたフィリベルトの、体温がぐーっと上がるのを感じた。
「初めて頂いたアクセサリーは、お兄様からですのよ! これ、とっても素敵でしょう! って」
「レオナ……!」
 ぎゅうっと抱きしめ返してくれる熱さに、レオナの胸も熱くなる。
「愛しています、お兄様」
「私もだよ、可愛い妹」
 離れがたく、そのままぎゅうぎゅうしていると
「あー、おっほん……茶、冷めますよ」
 ヒューゴーが止めた。
 
「ふふ、そうね。ありがとう」
 しれっとした顔の侍従に、ちょっとしたイタズラ心が沸き上がった。
「ヒュー?」
「はい」
 席に戻ると見せかけて、むぎゅうっ! と彼にも飛びついてみた。
「!? あ?? はっ!? ……えっ!?!?!!」
「ヒューのことも大好きよ! いつもありがとう!」
 完全に油断していたらしい彼は、とんでもなく動揺していて――段々可笑しくなってきて、抱きついたまま、はしたなくゲラゲラ笑ってしまったレオナである。
 
「……あーう、あー……」


 あれ? 壊れたロボットみたいに動かなくなったぞ?


「ヒュー、怒った?」


 抱き着いたまま見上げてみると、真っ赤なお顔。
 ええーっ! 初めて見たんだけど! そんな顔!!


「もー、心臓に悪すぎるっすよ……」
 はあ、と大きく息を吐いて、吸った後で。
「……俺も、です」
 ぎゅうっと抱き返してくれたことに、また驚くレオナ。
 細身だが、しっかりと鍛えられた筋肉と体幹に、陽だまりのような香り。いつでも安心する、優しい専属侍従の温もりだ。
 
「……お嬢様、そこまでにしてあげて下さいませ。使い物にならなくなります」
 
 マリーの苦笑が、背中に降りかかる。
「マリーも大好き! これからも、ずっと側にいてね!」
 柔らかく微笑むメイドが、心なしか寂しそうだったので、彼女にも飛びついた。
「はい、レオナ様。ずっとずっと、お側に」
 小柄で華奢だけれど、毎日鍛錬してくれていることをレオナは知っている。
 想像を絶する努力を感じさせず、いつも明るい笑顔で寄り添ってくれる彼女に、何度も気持ちを救われた。
 まだ怖くて堪らないけれど、きっと皆と一緒なら乗り越えていける、と確信した。
 
「さあ、本当に冷めてしまうよ?」
 フィリベルトが、美しく微笑んでいる。
「はい! 頂きますわ!」
 
 ペンダントの効果はあえて聞かなかった。付けるのを躊躇うのも、頼りすぎるのも嫌だった。
「うん、良く似合っている」
 お茶のお代わりを淹れてもらっている間、フィリベルトが早速付けてくれた。
 

「……ところで、もうそろそろ剣術の実習が始まる頃かな」
 言われた通り、家族の反対を押し切って受講を決めた剣術の実習が、いよいよ始まるのである。
「何もレオナ様が学ばなくても……」
 ヒューゴーが渋る。護衛としてはそうだろう、とレオナも思うが
「もちろん、私自身が強くなる必要はないと思っているわ」
「レオナらしい選択だね」
 フィリベルトにはお見通しである。
 
「レオナは、頼りっぱなしが苦手だからね。理解したいんだろう? 鍛錬がどれほどの辛さで、どれほど大変なのか。有事の際に、効率よく護られるためには、どう振る舞うのが正解なのか」
「ええ。私はできるだけ知りたいんですの。理解せずにただ護られるだけだなんて、私には無理ですわ」
「はー! 意外とじゃじゃ馬っすよねー!」
 そんなんじゃモテないっすよ? とヒューゴーの反撃に、いいもん、モテなくても! 誰か一人だけにモテればいいの! と心の中で強がってみるが、所詮ただの強がりである。
「お嬢様の良さが分かる方が、絶対にどこかにいらっしゃいますわ!」
 
 マリーのフォローに泣きたくなるのはどうしてか。
 
「ふふ、レオナを託せる男が現れるといいね」


 は! ちょっと待って。
 だが断る! の宰相閣下に、シスコン兄、おまけに元ヤン護衛って、これ鉄壁の布陣じゃないっ!?
 未来のダーリン、この壁を乗り越えられるのかな!?
 っていうか、この世の中に、そんな人が存在する!?
 頭痛がしてきたのは気のせい!?

 
 ま、なるようになるかー! えーん!

 
 前世の記憶があるとはいえ、この世界ではまだ十四歳だもんね。
 家族や友達に頼っても良いんだ。許されるんだよね。
 薔薇魔女の再来って言われても、実感は全然ないけれど、こうなったら精一杯魔法修得、頑張っちゃうぞ!
 
 この世界で生きるからには、やれるだけやってみなくちゃ。ね!



 -----------------------------

 お読み頂きありがとうございました。

 2023/1/13改稿
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...