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第一章 世界のはじまりと仲間たち
〈10〉受け入れて生きるのです
しおりを挟む魔力測定の日の後、ベルナルドは溜まった執務で三日間家に帰れず、副師団長の臨時予算案は、無事宰相稟議を通り陛下の署名待ち。
フィリベルトは、カミロとの共同研究を再開し、アデリナは、たくさんのハグをレオナにくれた。
「どんな力があろうと、これから何が起ころうと、あなたを変わらず愛しているわ」
ともすれば、恐れから監禁されかねない魔力持ちである。しかしアデリナは、産まれた赤子の瞳が深紅だと分かったその瞬間から、何があっても愛し守り抜くと誓ったのだ、と教えてくれた。
そう、アデリナは、レオナが平静を装って不安を押し殺し、無理をしていたことをすっかり見破っていたのだ。さすが母親である。
その夜は、執事のルーカス、専属侍従のヒューゴー、その妻で専属メイドのマリーにも打ち明けながら、自分が怖いの! 恐ろしいの! と泣きじゃくったレオナは、結局泣くのを止められず、アデリナに抱きしめられて、子供のように泣き疲れて眠った。
ヒューゴーいわく、お嬢様のために何ができるんだろうと、マリーも夜通し泣いていたらしい。
――正直すまんかった……でも夜通しって。
暗に惚気けてないか? 気のせいかな?
「俺がやることは変わらないっすけどね。ただ護るだけっす」
とは、ヒューゴーの弁。
ありがとう。ノロケはスルーしとこう。
(恥ずかしいから、泣いたのはすぐに忘れてね)
シャルリーヌにどこまで話すべきかは、レオナも散々迷ったのだが。
アデリナが『あなたが決めたことを尊重するわ』と背中を押してくれたので、真実を言うことにした。
親友として秘密を誓うわ! とシャルリーヌは宣言をした後に
「私のくだらない愚痴が、言えなくなっちゃったじゃない!」
と半泣きで逆ギレしながら、教えてくれてありがとう、とハグしてくれた。
愚痴はちゃんと聞こう、と決意したレオナである。
「レオナ」
ここ数日、学院から帰るとすぐに部屋に籠っていたフィリベルトに、久しぶりにお茶に誘われた。
中庭のテーブルに、マリーがアフタヌーンティーをセットし、ヒューゴーも背後に控えている。
爽やかな風が、新緑を撫ぜていく。
六月の花といえば前世の日本では紫陽花だが、今年は気候が良いため、五月の薔薇がまだ残っていた。
庭師が丁寧に世話をしてくれているオフィーリアが美しく咲き乱れて、香しい。
――ミレイの絵画も、美術館へ見に行ったな、とふと思い出したレオナは、そういえば香りに記憶が刺激されて、急に何かを思い出すことがあるなあ、と一人思いを馳せた。
可憐な花と横たわる美女に、時間を忘れて見入った覚えがある。
今オフィーリアを背負うフィリベルトの、儚げな微笑みもまた、絵画のごとく美しいと思った。
「……身に付けて欲しいものが、あるのだが」
おずおずと差し出された、簡易な木の箱に納められている金の鎖のペンダント。ペンダントトップは直径二センチほどの金細工の薔薇。
「カミロに相談しながら、作った魔道具でもある。きっとレオナを守ってくれると信じている」
入学式の時に付けていた髪飾りとも合う。レオナのことを良く考えたのが分かる、素敵なデザインだ。
「ありがたく存じます、お兄様。とっても可愛いデザインですのね。これでしたら小ぶりですし、学院にも付けて行けそうですわ!」
「うん……すまない」
「お兄様?」
「本当なら、初めてもらうアクセサリーは、その、レオナの恋した相手からが良かったのだろうが……」
眉根を寄せて、苦しそうなフィリベルトに対し、なんてお優しい方なのだろう、とレオナは嬉しくなる。
いつも自分のことを思い、愛し、何よりも尊重してくれるのだ。愛しのお兄様だな、と改めて実感する。
たかが小娘の戯言、なんてことが絶対にない、尊敬すべき公爵令息。
レオナは、静かに立ち上がった。
お茶の途中でなんて、無作法だけどごめんなさい! と心で詫びながら。
「レオナ?」
向かいに座っているフィリベルトに、そのまま横からぎゅうっと抱きついた。
「わたくし、自慢しますわ!」
「!?」
面食らっていたフィリベルトの、体温がぐーっと上がるのを感じた。
「初めて頂いたアクセサリーは、お兄様からですのよ! これ、とっても素敵でしょう! って」
「レオナ……!」
ぎゅうっと抱きしめ返してくれる熱さに、レオナの胸も熱くなる。
「愛しています、お兄様」
「私もだよ、可愛い妹」
離れがたく、そのままぎゅうぎゅうしていると
「あー、おっほん……茶、冷めますよ」
ヒューゴーが止めた。
「ふふ、そうね。ありがとう」
しれっとした顔の侍従に、ちょっとしたイタズラ心が沸き上がった。
「ヒュー?」
「はい」
席に戻ると見せかけて、むぎゅうっ! と彼にも飛びついてみた。
「!? あ?? はっ!? ……えっ!?!?!!」
「ヒューのことも大好きよ! いつもありがとう!」
完全に油断していたらしい彼は、とんでもなく動揺していて――段々可笑しくなってきて、抱きついたまま、はしたなくゲラゲラ笑ってしまったレオナである。
「……あーう、あー……」
あれ? 壊れたロボットみたいに動かなくなったぞ?
「ヒュー、怒った?」
抱き着いたまま見上げてみると、真っ赤なお顔。
ええーっ! 初めて見たんだけど! そんな顔!!
「もー、心臓に悪すぎるっすよ……」
はあ、と大きく息を吐いて、吸った後で。
「……俺も、です」
ぎゅうっと抱き返してくれたことに、また驚くレオナ。
細身だが、しっかりと鍛えられた筋肉と体幹に、陽だまりのような香り。いつでも安心する、優しい専属侍従の温もりだ。
「……お嬢様、そこまでにしてあげて下さいませ。使い物にならなくなります」
マリーの苦笑が、背中に降りかかる。
「マリーも大好き! これからも、ずっと側にいてね!」
柔らかく微笑むメイドが、心なしか寂しそうだったので、彼女にも飛びついた。
「はい、レオナ様。ずっとずっと、お側に」
小柄で華奢だけれど、毎日鍛錬してくれていることをレオナは知っている。
想像を絶する努力を感じさせず、いつも明るい笑顔で寄り添ってくれる彼女に、何度も気持ちを救われた。
まだ怖くて堪らないけれど、きっと皆と一緒なら乗り越えていける、と確信した。
「さあ、本当に冷めてしまうよ?」
フィリベルトが、美しく微笑んでいる。
「はい! 頂きますわ!」
ペンダントの効果はあえて聞かなかった。付けるのを躊躇うのも、頼りすぎるのも嫌だった。
「うん、良く似合っている」
お茶のお代わりを淹れてもらっている間、フィリベルトが早速付けてくれた。
「……ところで、もうそろそろ剣術の実習が始まる頃かな」
言われた通り、家族の反対を押し切って受講を決めた剣術の実習が、いよいよ始まるのである。
「何もレオナ様が学ばなくても……」
ヒューゴーが渋る。護衛としてはそうだろう、とレオナも思うが
「もちろん、私自身が強くなる必要はないと思っているわ」
「レオナらしい選択だね」
フィリベルトにはお見通しである。
「レオナは、頼りっぱなしが苦手だからね。理解したいんだろう? 鍛錬がどれほどの辛さで、どれほど大変なのか。有事の際に、効率よく護られるためには、どう振る舞うのが正解なのか」
「ええ。私はできるだけ知りたいんですの。理解せずにただ護られるだけだなんて、私には無理ですわ」
「はー! 意外とじゃじゃ馬っすよねー!」
そんなんじゃモテないっすよ? とヒューゴーの反撃に、いいもん、モテなくても! 誰か一人だけにモテればいいの! と心の中で強がってみるが、所詮ただの強がりである。
「お嬢様の良さが分かる方が、絶対にどこかにいらっしゃいますわ!」
マリーのフォローに泣きたくなるのはどうしてか。
「ふふ、レオナを託せる男が現れるといいね」
は! ちょっと待って。
だが断る! の宰相閣下に、シスコン兄、おまけに元ヤン護衛って、これ鉄壁の布陣じゃないっ!?
未来のダーリン、この壁を乗り越えられるのかな!?
っていうか、この世の中に、そんな人が存在する!?
頭痛がしてきたのは気のせい!?
ま、なるようになるかー! えーん!
前世の記憶があるとはいえ、この世界ではまだ十四歳だもんね。
家族や友達に頼っても良いんだ。許されるんだよね。
薔薇魔女の再来って言われても、実感は全然ないけれど、こうなったら精一杯魔法修得、頑張っちゃうぞ!
この世界で生きるからには、やれるだけやってみなくちゃ。ね!
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お読み頂きありがとうございました。
2023/1/13改稿
応援ありがとうございます!
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