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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈8〉規格外にも程があるのです 後

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 コンコンコン
 

「閣下。ご令息フィリベルト様、ご令嬢レオナ様がいらっしゃいました」
 
 護衛官が声高にそう扉をノックすると、すぐに室内へ招かれた。
 あの後無事に馬車広場でフィリベルトと合流したレオナだったが、『父上がお呼びだ。これから一緒に王宮へ行こう』と言われ、学院から真っ直ぐ制服のまま、王宮にある宰相執務室までやって来たのだった。
 
 背もたれと脚が金で縁取られた、豪奢な紺色のソファには、既にラザールとカミロの姿があった。対面には同じデザインの一人掛けチェアが二つ並べてあり、テーブルは磨かれた白い大理石、脚はやはり金。さすが宰相執務室、豪華な家具だ。
 
 二人が部屋に入るなり、ベルナルドは足早につかつかとレオナに歩み寄り
「おかえり」
 とギュッとハグをした。ウッド系のスパイシーな香りを纏った父親の温もりに、少しだけ心を緩めることができたレオナ。
「お待たせ致しました」
 フィリベルトは、ラザールとカミロに挨拶をし、一人がけチェアに腰掛けた。
「急に呼び出してすまなかったな」
 と、ベルナルドはレオナをエスコートして、もう一つの一人がけチェアに座らせる。
 それから軽く手を振って人払いをし、補佐官もメイドも素早く部屋から出て行った。

 パタン、と扉が閉められ静寂が訪れると、ベルナルドが執務机に座りながら
「始めてくれ」
 とラザールに硬い声で告げた。
 レオナは緊張のあまり、ゴクリと唾を飲み下すが、口の中はカラカラに乾いたままだ。
「では。まずは宰相閣下。急にも関わらずお時間を賜りありがとうございます。わざわざこちらで皆様にお集まり頂きましたのは、本日、学院にて測定したレオナ嬢の魔力量と属性判定の結果を、迅速かつ正確にお伝えしたいがためです」

 再びゴクリ。
 手のひらと脇に汗がじんわり。

「確認ですが、今後の学院での配慮と安全確保のため、勝手ながら担任のカミロにも同席を依頼しております。異論ございませんか」
 部屋を見回すと、全員頷いていた。
 
 テーブルの上に置いてあった青色の水晶玉に向かって、カミロが厳かに発言を開始した。
 
「ローゼン公爵家の全幅なるご信頼を頂けましたこと、このカミロ・セラ、心より感謝申し上げます。――この部屋で見聞きしたことは決して口外しないと、イゾラに誓います」
 
 両手を開いて手のひらを胸に向けた状態で、カミロは右親指と左親指を交差させる。
 まるで影絵の鳥のようなそれは、創造神イゾラに誓う時の祈りのらポーズであり、この国では非常に強い宣誓を意味する。裁判でも、宣誓の魔道具とセットで行うことにより、効力を発揮するほどのものだ。――水晶玉が白く光った。宣誓が確かに記録されたようだ。

 ベルナルドが頷くと、カミロはポーズを解き、今度はラザールが同じポーズで宣誓を始める。
「これからの私の発言は、イゾラに誓って真実である。王国法に基づき、ベルナルド・ローゼン宰相閣下同席のもと、王国魔術師団、副師団長ラザール・アーレンツの権限にて口頭での通達とし、秘匿する」
 また水晶玉が白く光り、ベルナルドの確認を経てポーズを解いた副師団長は、硬い声でレオナを呼んだ。
「レオナ・ローゼン殿」
「はい」
 びしり、と背を伸ばすレオナ。
 他の三人が固唾を飲んで見守る中、淡々とラザールが告げる。
 
「貴殿の魔力量はクリスタルの破裂により測定不能となった。つまり、我が国では現状測定不可能且つ膨大な魔力量を有していると推察される」


 はい?


「また、属性については属性クリスタルの七色を視認した。これは記録によると、過去唯一の全属性保持者、ニナ・ローゼンと同様であるため、貴殿も全属性保持と判断する」 


 はい??


「以上、真の測定結果の通達とする」


 ちょ!?!?!?!?


 レオナは目を白黒させているが、それを置き去りにふー、とラザールは肩の力を抜いた。
 
「……想像以上だな……」
 ベルナルドの深い溜息に
「はい」
 同調するフィリベルト。
「うちに攫いたいと言った意味が分かったか?」
 ニヤリとするラザールは、爆弾投下魔としか思えない。
 わたしのキャパは既にオーバーよ! と叫びたいが
「……は?」
 その前にベルナルドとフィリベルトが静かにキレた。


 お父様、お兄様!
 殺気! しまって! 雪! 降ってきた! 寒い!
 大丈夫! 攫われないからー!


 カミロが見かねて、先生らしい助け舟を出してくれた。
「レオナ嬢、突然のことで色々驚いただろう。何か聞きたいことはあるかい?」


 優しい~
 助かる~
 あ、雪やんだ。


「あの……」
 ベルナルドをチラっと見やる。
 スーパーウルトラ超絶多忙な宰相閣下のお時間をこれ以上頂戴しても大丈夫なのかしら? と不安に思ったからだ。
「レオナ。私にはお前より優先するものはないよ」


 お父様ー! 大好き!
 ――と飛びかかりたくなるのをすんでで堪えた。


「ありがたく存じます、お父様。……私、実は緊張で喉が乾いてしまいましたの。質問の前に、皆様が宜しければ、お茶を淹れさせて頂いても?」
「レオナが?」
 驚くベルナルド。
「ええ、練習中ですので、多少は目をつぶって頂けたら嬉しいですわ!」
 
 スッと立ち上がり、執務室脇の小部屋――ミニキッチンになっている――へ向かうと、ラザールがついてきてくれた。
「湯は私が用意してやろう」
 彼がポットに触れると、途端に湯気が。


 すっご!
 あ、ドヤ顔してる。


 この人って神経質そうな見た目と中身にギャップがありすぎるなあと、お茶を準備しながらレオナは思った。
 意外と女子学生の人気が高いのも、地位だけでなく茶目っ気だったりするのかも、と考えていると
「運ぶの手伝うよ」
 フィリベルトが張り合ってきた。
 大丈夫、私のブラコンは鉄壁よ! と思わずレオナは笑顔になる。
「お兄様、ありがたく存じます。助かりますわ!」
 
 茶葉を蒸らしている間に、疲れが取れますように! と願いながら軽くポットに触れる。気持ちをこめたら美味しくなる、と信じてやり始めたことだが、実際美味しくなった気がするから不思議だ。
「お待たせいたしました」
 ストックにあった焼き菓子も、トレイに並べた。
「ありがとう」
 香りを楽しんだ後、ゆっくりとカップを口に運ぶベルナルドに、まるで試験のような感覚でドキドキしてしまうレオナである。
 
「!」
 一口飲んだ後、なぜか大変に驚かれた。
 ラザールもカミロも、静かに目を見開いている。
 
「レオナ」
「お口に合いませんでしたか? お父様」
「いや美味いが……何をしたんだ?」
 
 今度は、フィリベルトがなぜかドヤ顔をしている。
 
「私も最初は驚きました。レオナの淹れてくれたお茶には、どうやら疲労回復効果があるようなのです」


 はい? 本人も知りませんでしたけど?
 

「お茶も特別仕様か。ますます欲しいな」 


 だーかーらー!
 燃料投下はもうやめれ、ラザール! 


「レオナはやらん!」
 だが断る! はベルナルドの標準装備。今日も健在で安心だ。
「あー、レオナ嬢。何か聞きたいことや、不安なことはありますか?」
 苦笑しながら、カミロが促してくれる。
「ありがたく存じますわ。カミロ先生」
 ティーカップを置き、レオナは深く息を吸い込む。
「初歩的な質問で恐縮ですが……」
 と前置きし、なるべく簡潔にを心がけて問うた。
 
 まず、なぜ測定結果が口頭通知なのかと、登録内容との差異について。
 次に、魔力が多いことや複数属性持ちであることの弊害の有無。
 それから、ニナ・ローゼンとは? と、今後学院生活で待遇は変わるのか。
 
「学院生活について以外は、私が答えよう」
 ラザールが副師団長の顔に戻り、軽く咳払いをする。
「口頭通知の理由だが、レオナ嬢の身の安全のためだ。あの名簿は、一定の地位以上の人間に閲覧権限がある」
 
 途端にベルナルドが苦い顔をする。
 
「若い才能は、残念ながら安易に悪用されがちだ。王国法では、一定以上の魔力保持者を保護するよう定めている。名簿には私の権限で『支障のない結果』にて記録させてもらった。ちなみに、黒の十は最高評価の意味だ。白の一から黒の十まで、百段階の魔力量の最高位だが、魔術師団にも何人かいるから気にせずとも良い。水属性はローゼン家の伝統だからそれに倣ったまで」
 
 目で納得したか? と確認されたので、頷く。
 
「次に弊害についてだが、魔力量も複数属性も、想像通り制御が非常に難しい。実際、私自身最高評価の二属性持ちだが、制御できるまでが地獄だった。万年頭痛持ちだしな」


 さらっと暴露しましたよ、この人!
 やっぱり規格外なお方なんですね!


「ニナ・ローゼンについては閣下の方がお詳しいだろうが、魔術師団の記録では、三百年程前にローゼン家に産まれた稀代の魔法使い、となっている。この世界唯一の赤い瞳で、国内外問わず多数の人間を魅了した、とあったな」
 そして
「別名、薔薇魔女だな」
 とのたまう。
「傾国の美女で、その強大な魔力と美貌を欲しがって、国同士の戦争が起きた悪女だそうだぞ。良かったな」


 何が!?


「ラザール……」
 はあ、とカミロが溜息をつく。
「私の生徒を、そうあまりいじめないでくれ。レオナ嬢、心配いりませんよ。閣下もフィリベルトも、もちろん私も、君についていますからね」
「先生……」
「特に魔法制御については、私の専門だから、いつでも相談に来ると良い。学院生活については、何ら変わらないよ。君はたまたま特別な力を持ってしまったかもしれないけれど、私の生徒なのは変わらないからね」
「カミロ先生が担任で、本当に良かったと思うよ」
 フィリベルトがしみじみ言うと、
「宰相閣下のご配慮の賜物だな」
 とラザールがまたニヤリ。
 
 ご配慮って!? 聞きたいようで聞きたくないな! とレオナは思わず半目になる。
「学院長へ直々に『うちのレオナを頼む』とお願いされたそうで。お陰様で、私も講師に返り咲きです」

 
 お父様ーーーーー!?


 副師団長自ら、なんておかしいと思っていたら、そういうことだったのか! と変に納得した。
「予算の件も、是非ご高配賜りたいものです」
「……はー、分かった分かった。クリスタルの代金と併せて書類を回せ。明日中にだ」
 苦笑の宰相閣下に
「仰せのままに」
 と副師団長は、お手本みたいな騎士礼をした。


 なんだかどっと疲れました。お茶飲もうっと……



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改稿2023/1/4
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