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第一章 世界のはじまりと仲間たち

〈7〉規格外にも程があるのです 前

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「私は、テオと組みたいの!」
 突如言い出したユリエに、思わずレオナはポカンと口を開けてしまった。
「えっ」
 驚く当人のテオ。猫がびゃっと背中を丸めたみたいだった。
「えっと、……ごめん、君は誰?」
 恐る恐る問い返す彼に、レオナは、知らんのかーい! と思わず心の中でツッコミをしてしまった。
 
「ユリエよ! 一緒に猫にエサあげたじゃない!」
 
 ――猫繋がりかーい!
 
「えーと……そうだっけ……」

 ――覚えてないんかーい!

 と、やはり脳内ツッコミが止められなかった。
 
「ありがたいけどごめん、僕は、レオナさんと組んだから」
 申し訳なさそうに断るテオ。
「でも、テオは私と組むべきだから」
 引き下がらないユリエ。
 
 テオとレオナは、困惑したまま顔を見合わせた。
 とはいえ何かしない限り、彼女は引かないであろう予感もして、レオナは意を決して
「ユリエ様」
 と名前を呼ぶが、案の定無視された。
 それでもお構いなしに
「なぜ貴方とテオが組むべきなのか、理由をお聞かせ下さるかしら?」
 と問うた。


 
 ――どうか今だけでも、お父様やお兄様のようにブリザードが出てきて欲しい! レリゴーッ!!


 
「私が先に、テオを誘おうと思っていたのよ!」
 ユリエの勝手すぎる回答に、ええ~、と思わず白目を剥きそうになり『あ、やっべ! 私公爵令嬢だったわ』と自制できた自分を褒めたいレオナである。
 
「却下」
 代わりにブリザードボイスで答えてくれたのは、ラザールだった。やり取りを見守ってくれていたのが、むしろ意外だった。
「合理的な理由がない。元になおれ」
「でも!」
「……叩き出すか?」
 
 ぴきり、と固まる学生達全員。
 ラザールは絶対に怒らせない方が良い、という共通認識が生まれた瞬間である。
 
 ユリエは、
「なんで? ……おかしい……」
 などと意味不明なことを呟いているが、ラザールの態度が変わらないのを見て、ようやく渋々離れていった。
 何故かユリエの代わりに、パートナーと思われる女子学生がペコペコとお辞儀をしている。
 なぜあなたが? 理不尽すぎやしないか? と思いつつ、レオナは礼を返した。
 
「さて」
 学生達に向き直り、ラザールは続ける。
「二人一組にした目的は、大きく三つだ。――一つ、互いを観察し、問題点を洗い出し合え」
 杖の先を光で灯し、スラスラと空中に数字を描く。滑らかで綺麗だ。
「二つ、互いに協力し、他の組に勝て」
 なるほどチーム戦ということか、と学生達は理解する。
「三つ……最後に、魔獣に勝て」
 ニヤリ、と彼は笑んで、今度は黒い光で渦巻きを作る。
 
「一つ目については定期的に座学で報告させる。二つ目はある程度技能を身につけたら、模擬戦をやる。三つ目は、知っている者もいるかもしれんが、卒業試験は実地での魔獣との戦闘だ。互いを理解し合い、実戦で生き残れるよう切磋琢磨しろ。ここまでで質問は?」
「はい」
 ある男子学生が手を挙げた。
「何だ」
「相手と属性の相性が極端に悪かった場合は、組み直し可能でしょうか?」
「良い質問だな」
 ラザールは、今度は赤と青の光をぽん、ぽん、と杖の先で生み出し、空中で混ぜた。
 紫になって、キラキラと爆ぜる。
 案外ロマンチストなのかな? と女子学生達は少し色めき立った。独身の伯爵家子息、かつ魔術師団副師団長。
 婚活相手に不足はない! と若干ギラついたものを感じるのは気のせいか。
 
「答えは、原則不可だ。実戦においていつでもベストな状況で居られる訳では無い。試行錯誤も学びの一つだ」
「分かりました、ありがとうございます」
「だがあまりにも支障が出る場合には、再考慮しよう。他には?」
 シン、と静まりかえる。
 
「では、今から魔力測定と属性判定を行い、登録をしてもらう。面倒だが魔法使用者の義務なので従ってくれ。測定結果登録済の者はペア登録だけで構わないので、申し出るように。諸君には、実習用のローブと杖を支給する。支給品は魔術師団の標準品だ。大事に扱うように」
 
 そして、長机の方へ学生達を促す。
「右端の、金髪で頭が軽そうな奴のところから並べ」
「ちょ! 副師団長、酷いですぅ~~~」
 金髪君がすかさず反応すると、ドッと学生達が笑い、場が和らいだ。

 さて、並びましょうとレオナが移動しかけると、ラザールが近寄ってきて
「レオナ嬢は、すまんが一番最後に並んでくれ」
 と囁いてから長机に向かって行く。
 意図が全く読めないが、レオナはとりあえず素直に指示に従うことにした。
「じゃあ、僕も最後に並ぶよ」
 近くに居たテオの耳にも入ったようだ。
「まあ、ありがとう! テオ」
「こちらこそ、さっきはありがとう、レオナさん」
「いいえ、私はなにも……」
 二人で話しながら列の最後尾に移ると、テオがすまなそうに小声で
「ほんとごめんね、覚えが全くないんだけど」
 と。
「お知り合いではなかったのね?」
「うーん。……僕、野良猫にエサをあげるの好きで。……あ、そういえば、前やたらうるさく話しかけられたことがあったや。猫が逃げちゃうから黙って、って思って、顔も見ずに無視してた。もしかしたらその時の人かも……」
 コメントに窮するな、とレオナは苦笑いしかできなかった。
「レオナさんは、あの人と同じクラスなんでしょ? なんか、大変だね」
 これにも、あはは~と、乾いた笑いしか出てこない。
「それはそうと、なぜ私に声を掛けてくださったの?」
 こんな時は話題の転換に限る。
「えっとね……今はまだ言いたくないかな……」
 なるほど、ある程度は信頼関係を築かないと言えない、と了解した。
「分かったわ。そのうち教えてね」
 テオは、目をパチクリさせて言う。
「ほんと、噂ってアテにならないね」
「薔薇魔女だとか、冷酷だとか?」
「あと、高圧的だとか、気に入らないと消されるだとか」
「け!?」
 やっべ、思わず出ちった、油断した! と内心激しく慌ててつつ口を塞いだレオナだったが、どうやら遅かったようだ。
「わっは! 『け』って! うくくくく……」
 
 
 テオが笑ってくれたので良しとしようと、レオナは思った。


 ※ ※ ※
 
 
 もうすぐ順番が来そうだ。列の最後尾で、レオナは軽く身だしなみを整える。緊張してしまい、無駄にそわそわしているだけなのだが。

 本日の攻撃魔法実習は、支給品をもらって解散ということらしい。早く魔法を唱えてみたかったレオナだったが、ラザールの魔法の光が見れたから良しとしよう、と神経質そうな彼を見やる。
 
 どうやら右の机から、魔力測定、属性判定、名簿登録、支給品の受領、の順番らしい。
 入学前にも魔力は簡易測定しているが、魔術師団で改めて測定して情報管理するのだろう。目の前だと、不正や改ざんもできないため、本日の結果が公式記録となる。ペア登録はお互いの名前を登録することで合意を確認するらしい。今から卒業実習に備えてということだろう。

 

 ちゃんとペア組めて良かったあ……神様仏様テオ様!


 
「じゃあお先に。またね」
「ええ、ごきげんよう」
 テオとは最初の机の前でお別れだった。
 詳細な魔力量と属性、のちの魔法修得レベルは、基本的に個人情報として保護されるため、クリスタルは周りから容易には見えないように仕切りで囲われており、学生と学生との間は測定結果が漏れないよう、十分に空けられている。
 
 テオが次の机に移ったところで、名前を確認された。なんだか前世の健康診断みたいだ、とレオナは思う。
「はーい、じゃあこのクリスタルに手をかざしてくださーい。緊張しなくていーですよー」
 金髪君のゆるいナビで、言われた通りクリスタルに手をかざすと、なんと、ビシッと大きなヒビが入った。
 
「っ!!」
 無言で驚く金髪君。
「やはりか」
 とは、いつの間にか背後にいたラザール。
 もしかして最後にした理由は……とレオナが動揺していると
「測定はもう無理だな。トーマス、撤収作業しておけ」
 静かで簡潔な指示に
「は? はっ!」
 慌てて返事する金髪君ことトーマス。
 
 周りを見渡すと、支給品を受領し終わって演習場から出て行くテオの背中が、遠くに見えた。つまり、他の学生は残っていない。レオナは自分が最後で良かった、と思うと同時に
「あ、あの」
 とんでもないことをしてしまったのではと、若干パニックに陥っていた。
「気にするな。次」
「でも」
 固まっているとラザールは更にフォロー? を入れてくれる。
「ちょうど新しい測定クリスタルが欲しかった。公爵閣下に強請るさ」
「は、はあ」
 納得できたようなできないような? と思わず小首を傾げてしまうレオナを見て、優しく背中を押しながらエスコートするラザールは、やはりさすが伯爵家子息。洗練された所作だ。
 
「属性はどうだ?」
 促されて、レオナは次の机で別のクリスタルにも素直に手をかざす。
 
「――えっ!?」
 今度は属性判定担当が、驚いて固まってしまった。
 
 属性クリスタルは、火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら茶、光なら白、闇なら黒く光る性質で、基本的にヒトは一人一属性を持って産まれる。ちなみに属性クリスタルは魔術師団しか保有しておらず、大変貴重な魔道具である。
 
 レオナの魔力を受けて、属性クリスタルは今『七色』に輝いていた。交互に光るプリズムが、囲いを虹のように照らしている。
 
「副師団長……」
 戸惑う彼に、なんだかごめんなさい、とレオナは思わず下を向いてしまった。
「くは」
 だが、楽しげに笑うラザール。
 別の意味でも、この場にいる全員が衝撃を受けていると
「今すぐうちに攫いたいところだが、ローゼン公爵閣下とフィリベルトに殺されたくないしな」
 と、かなり物騒なことを独りごちられる。
 キョトンとするレオナに、くくくく、と笑いながら頷くラザール。


 うちに攫う、って魔術師団にってことよね!?
 無駄にドキドキさせるのやめて~!
 男性に耐性はないのよ~!


 口には出せない分、若干白目になりつつある公爵令嬢である。
「ブランドン、分かっているとは思うが、結果は決して口外するなよ。速やかに撤収しろ」
 はっ! と返事をし、属性判定係の団員も、後片付けを始めた。レオナは訳の分からぬまま、今度は支給品の机に促される。
 
「あの……?」
 名簿係の女性の魔術師団員が、突然順番を飛ばされて戸惑っていた。
「ブリジット。レオナ嬢は『魔力量黒の十、水属性』と記録しておいてくれ。撤収後任務に戻って構わない」
 またもラザールの簡潔な指示。
「は、はい! 承知しました!」
 
 レオナは促されるままに、支給品の杖(木製の簡易なもの)とローブ(学生は青色だそうだ)を受け取る。
 続けて
「今日、フィリベルトはここに来ているか?」
 と聞かれたので、素直にハイと応えた。
「講義は何時までだ? どうせフィリベルトと一緒に帰るのだろう?」
 どうせ、だとう! と一言物申したくなるが、グッと我慢をして
「三時には終わりますわ」
 とまた素直に答えた。
「分かった。後で詳しく説明させてもらいたい。フィリベルトには言っておく」
 副師団長自ら、ということに若干戸惑いつつも
「ありがたく存じます。ではお手数ですが、お願いいたします」
「ああ」
 礼をして別れた。 

 念のため、今日はフィリベルトと用事があり、帰りのお茶ができない、とシャルリーヌに告げると
「えー! 基礎外交の時の愚痴、聞いて欲しかったあ」
 と泣き真似をされた。
 最近シャルリーヌは、一緒に馬車に乗ってローゼン家に寄り道して、お茶とお喋りをしてから帰ることが多い。
 愚痴をすぐに聞いてあげられなくてごめんね、と謝ると
「それよりレオナ、様子が変よ? 何かあった?」
 と心配された。
 あははー、ととりあえずレオナは笑って誤魔化す。
 誤魔化しきれていないが、今は聞くべきではないのだな、と引いてくれる親友に、感謝した。

 馬車広場でシャルリーヌを見送ると、珍しくローゼン家の馬車はまだ来ておらず、フィリベルトの姿もなかった。
 すると
「ちょっと!」
 突然女性の金切り声がした。
 レオナは気にせず広場のベンチに腰掛けたわけだが。
「無視する気!?」
 
 えー、めんどくさいー、と溜息が出るのは仕方がないだろう。声の主は分かっている。ユリエだ。関わりたくはないのだが、話しかけられた? のであれば、無視する訳にはいかない。座ったまま首だけで振り返る。
「わたくしのことですの?」
「そうよ!」
 
 人として、最低限のマナーすら身につけていないのだろうか、とレオナは呆れた。
 せめて前に回って名前くらい呼んだらどう? 攻撃魔法実習の時は無視したくせに、と言いたいが耐える。
「何か御用?」
 こういう人種と同じステージには立ちたくない。努めて冷静に対応するしかない。
「テオに、何したのよ!」
 背後から怒りの感情が流れてきて、空気が淀むようだ。
「あの……?」
「ちゃんとフラグ立てたはずなのに……やっぱりあなたって卑怯者なのね! 絶対負けないから!!」
 彼女はそれだけを言い捨てて、走っていってしまった。
 相変わらず会話にならないな、とレオナは溜息をつく。

 
 ……ん?
 フラグ?
 今、フラグって言った??
 この世界にそんな単語あるっけ?
 聞き間違いかな……
 

 腑に落ちないまま噴水を眺めていると、ローゼン家の馬車が門から入って来るのが見え、なぜだかすごく緊張してきた。
 
 
 とりあえず、今のレオナには、全く心の余裕がなかった。
 ラザールに何を言われるのか? の不安でいっぱいであり、さらにこの後のことで、ユリエのこの『フラグ』発言については、綺麗にすっかりさっぱり忘れ去ってしまうのである――



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改稿2023/1/4
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