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15 愛の行方は、誰も知らないものだ
しおりを挟む「クロード様……」
訓練場の脇のベンチに座っているフローラは、初めて見る婚約者の姿に戸惑っていた。
アレクサンドラの鮮やかな手腕も、カッコイイ! よりも、少し怖い、が先立った。
戦うということを目の前で見る機会は、当然今までなかったからだ。
それに加えて、いつも日向のように明るくニコニコ微笑んでいる態度しか知らなかったクロードが――言葉遣いはいつも通りだが、明らかに激しく怒っている。
「なぜ、あのように……」
すると、何かあった時の護衛のためにと隣に控えていたアレクサンドラが、眉尻を下げながら告げた。
「殿下は、王国民のために怒っておいでです」
「王国民のため?」
「はい。将来騎士団の上に立つかもしれない人間の、度量に対する懸念――それから、殿下にとって『魔法などと』のような考えは決して許せないのです。王国の魔法使いのために。そして、貴女様が頑張っていらっしゃるから」
「!」
フローラの専攻は、魔法研究だ。
「え……?」
「貴女様にご苦労をおかけしたくない、少しでもお力に、と努力していらっしゃる」
フローラは、涼やかな目をぱちぱちと瞬かせて、訓練場に立つ婚約者を見つめる。
「殿下が、わたくしのために?」
「はい。常に為政者たる態度であれ、とご自身を厳しく律していらっしゃいます」
「そ、んなこと……」
知らなかった。そして、今まで知ろうとしていなかったことに、フローラは気づく。
いつもニコニコしていることに、疑問すら抱いてこなかった。
「さすがにあの努力が伝わっていらっしゃらないのは、少し不憫に思った次第です。差し出がましい発言、失礼致しました」
アレクサンドラが謝ると同時に、クロードの手からは炎が生まれている。
「あれが殿下の得意とする、炎剣です」
「えんけん」
「はい」
模擬剣を覆う炎は、クロードの手から生み出され、刃を一周してその手に還っていくのを繰り返している。
それを見たルトガーが、ごくりと生唾を飲み下したように見えたのは、気のせいではないだろう。
「では……はじめ!」
タイストの合図で、同級生同士の手合わせが、始まった。
フローラは、目をつぶりたくなるのを必死で我慢し、最後までそれを見届けた。――
◇ ◇ ◇
「あーあ。かっこ悪いなあ」
クロードが苦笑いをしている。
頬は少し焦げ、髪の毛は汗でびっしょりと張り付いて――だが表情は充実していた。
「うるせえ! ほとんど剣での勝負で俺が負けたら、それこそ面目丸つぶれだろうが!」
ルトガーが、吼えながら腕で額の汗を乱暴に拭く。
フローラはメイドの静止を振り切って、ハンカチを片手に訓練場へ降り立った。アフタヌーンドレスの裾に砂が付くのもいとわず駆け寄るその姿に、アレクサンドラはそっと眉尻を下げる。
「殿下! お怪我は!」
「あー、大丈夫だよ」
汗を払うように頭を振る第一王子は、ばつが悪そうだ。
ルトガーとクロードの勝負は拮抗していたのだが、やはり魔法を制御しつつルトガーの剣筋を捉えきることは難しく、タイストが安全のためルトガー勝利でその手を止めさせた。
「かっこ悪いなあ……これじゃあ、フローラに好かれないのも当然だよ」
フローラの差し出すハンカチを丁寧に断ってから、にっこりとクロードは微笑む。
「君が、本当に嫌だというのなら、破棄しよう」
「え」
「婚約のことだよ」
「でん……」
「私はっ……。君のことがずっと大好きで、こうやって努力はしてきたけれど。人の心はほら、努力ではどうにもならないだろう? 安心して欲しい。父上には私から話しておくから」
皆も、貴重な時間をありがとう! と再び綺麗に口角を挙げて、素早く歩き出すクロードは、すたすたとあっという間にその背を小さくしていった。
アレクサンドラの目にはもちろん、彼の苦しみ、悔しさ、葛藤そして悲しさが視えている。
だがその態度はあくまでも柔らかく、かつ洗練されていて、いつもと変わらない。
そのことに、たちまち尊敬の念が沸き起こり、自然と、深々と首を垂れていた。
「ふん、カッコつけ野郎が」
「っ!」
フローラが、即座に振り返ってルトガーの頬を張った。
ばちぃん!
「わたくしの、婚約者を! バカにするなどと!」
「ああ!?」
「今度そんなこと言ったら、その口、永久に凍らせてやるんだから」
「は!?」
驚いてフローラに何らかの反応をしようとしたルトガーの膝から下が――凍っている。
「うわ!」
「そんな鈍感さで騎士団長を目指している、ですって? 百年早いわ」
「てんめえ!」
一気に怒りが沸騰したルトガーに、フローラは冷え冷えと言い放つ。
「あなたは、弱いじゃない」
「あんだと!」
「今わたくしがその首を掻っ切ったら、死ぬわ。分からないの?」
「っ」
「知識もない。この魔法の解き方は? それも分からないの?」
「っっっ……」
「それでも王国を守りたいのなら! やり直しなさいよ!」
きっ、とルトガーを睨むフローラは、
「わたくしは、たった今からやり直すわ!」
と高らかに宣言をして、クロードが行った道を、スカートを翻して走っていく。
「はは。若いとやり直しもすぐだな。どうだ、ルトガー。お前はどうするんだ」
タイストが真剣な眼差しで、未来の騎士団長を見つめる。
「っ」
「お前の親父のことを、どうこう言うつもりはない。お前が、どうしたいかだ」
「!」
「俺は剣術指南だ。いつでも相手になってやるぞ」
にか、と笑うタイストがルトガーの足元を「ふっ」と吹いただけで、氷が解けた。
「え……どうしたい……?」
「まあ、焦るな。酒でも飲みに行くか」
ガハハハと笑うタイストがガシッとその肩を掴んだのを見たアレクサンドラは
「念のため、フローラ様の様子を見に行きます」
と、そそくさとその場を去った。
――タイストの酒には、付き合いきれないからな……
そっとルトガーに同情する、アレクサンドラだった。
◇ ◇ ◇
「えっ、フローラ!? どうし……」
「汗が冷えたら、お風邪を召しますわ」
私室へ戻る廊下の途中。
後ろから走ってくる足音に振り向いたら、フローラだと分かり、クロードは心底驚いた。しかも、甲斐甲斐しく額の汗を拭いてくれるではないか。
「あの、いやほら、大丈夫だよ……ね?」
「その笑み。嫌いです」
「うっ」
「わたくしにぐらい、本心で接していただかないと。これから一生添い遂げるのであれば」
「え」
「父にも言われておりますの。頼むから婚約破棄だけはやめてくれ、学院運営に差し障ると」
「はは。そんなの、そうならないようにちゃんと」
「……あきらめるんですの?」
「ん!?」
クロードは、思わずぱちくりしてしまった。
眼前に、頬を膨らませた侯爵令嬢が、迫ってくる。
「わたくし、たった今殿下……ロディの本心を知ったところなんですのよ」
「フローラ……ローラ」
幼馴染の愛称で呼び合うのは、何年ぶりのことなのだろうか。
「エミリアナにデレデレしていたこと、怒っているんですからね」
「いやあ、あれは演技だってば」
「わたくし、学院で色々言われて」
「陰口言った奴ら全員の家に、きつめに警告してあるよ? ――まだ何か言われてるの? すぐ潰すけど」
「ロディーーーーー!」
クロードは全面降伏、とばかりに両手を挙げた。
「はいぃっ」
「わたくし、何にも知らされないの、嫌いです!」
フローラが、ぎゅうっとクロードに抱き着いた。
「あれ!? これ、夢かな!?」
「ほんっと、かっこばっかりつけて! 嫌いっ」
「ええ~? ごめん~」
クロードは自分が汗臭いのも忘れて、その華奢な体を抱きしめ返した。
フローラの髪の毛からレモングラスの香りがして、愛しくてたまらなくなる。彼女らしい、瑞々しくてさわやかな香りだ。
「……あきらめないよ」
そんな二人をそっと見つめる、大人が二人いる。
「なあ、アレックス」
「なんだ、ラウ」
「女性ってのは、好きなのに嫌いと言ったりするんだな」
「……」
「なあって」
「うるさいぞ、ニヤけ宰相」
「それ、ただの悪口だろ!?」
「護衛の邪魔だ、さっさと行け」
「いや、殿下に書類を届けにゃならんのだよ」
「ちっ、なんで宰相自らなんだ」
「だって機密だもん……アレクサンドラ」
いきなり変わった声音に思わず振り返ると、ラウリが変化魔法を解いて立っていた。
「ついに馬脚を現したかもね、黒幕さん」
「なるほどな」
アレクサンドラは、ノーアクションでラウリの肩越しにナイフを投げる。
――ぎゃっ!
肩を押さえた影がひとり、天井から降ってきた。巡回していた近衛騎士を、手で呼び寄せる。
「ったくこのバカ王弟殿下が。そうやって安易に自らを的にするな」
「うーわ、めちゃくちゃ愛を感じるね!」
じろり、と睨んだものの全く堪えないラウリの様子に、アレクサンドラはまた、色々諦めることにした。
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お読み頂き、ありがとうございました!
本日の一殺:ラウリの死亡フラグ(影の肩をナイフで刺したよ)
理由:王宮に侵入を許すな、役立たず近衛が!
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