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8 ストーカーは、この世界で何と呼ぶ?
しおりを挟む「で……何が視えている?」
気を取り直したラウリが、歩きながらこそりとアレクサンドラに問う。
だが彼女にしては珍しく、歯切れが悪い。
「まだはっきりとは言えないが――良くないものだ」
「ほほぅ」
「周辺の関係者に聞き取りをせねばなるまい」
「わかった。影を動かす。できるだけ私も動こう」
「貴様……政務はどうするんだ?」
首をすくめるこの男が確信犯的にサボる気なのを、アレクサンドラは悟った。
「これは『王命』だ。最優先事項。だろう?」
ヨウシアの散歩をカモフラージュに、だいぶ距離を取りながらも、エミリアナとショルスと同じルートを歩き出す。アレクサンドラにとって、ラウリとこれほど行動を共にするのは初めてだが――不思議と違和感はなかった。
「ずいぶん暇なんだな、宰相というのは」
「言ってくれる。ま、実際暇だな。平和だし、大体の書類は文官だけで十分処理できる」
アレクサンドラは、思わずラウリを振り返り、ぱちぱちとその目を瞬かせながらその足を止めた。
さあ、と夕方の風が二人の間を駆け抜け、舞い上がらせた銀髪でアレクサンドラの表情が隠れる。
「――その平和は、貴様の犠牲の上に成り立っているものだろう」
ラウリから打ち明けられた、もう一つの秘密。
アレクサンドラは、彼が歩んできた道を想像するだけで、胸が苦しくなる。
「ふ。やはり嬉しいものだな。俺自身を知ってもらえるというのは」
「っ」
「すごいな。アレックスの目は、見えぬものをすら、視るのだなあ。今まで、そんなことを言ってくれた人間はいないよ」
日が傾き、冷え始めた空気を運ぶ風が、次々と二人の頬を撫でていく。
「どうだかな」
言ってから前に向き直ると、目を凝らす先にいるショルスの影が、いよいよ深まる。
「ああなるほど、呪い……か?」
ラウリが感知したようだ。アレクサンドラは少しだけ頷く。
「そこまでの強さはないようだ」
「ふーむ。あ。怨念のようなものかな」
「ああ、しっくりきた。怨念か生き霊か」
「いきりょう?」
「……なんでもない」
この世界には、お化けや霊の概念はないのだった、とアレクサンドラは押し黙る。
「ま、なんにせよ物騒だなあ。殿下の恋は。まさか怨念とはね。狂犬は大したことなさそうだが」
「狂犬?」
「ルトガーのやつ、ガウガウうるせんだよ」
「口が悪いぞ宰相殿」
「失敬」
アレクサンドラは、気づく。
この心地良さは、ラウリが『女らしく、礼儀正しく、おしとやかに』などと頭ごなしに言わないからだ。
「変なやつ」
「うぐ……おや、もう解散か。つまらん」
エミリアナが、ショルスに軽く手を振ってから制服のロングスカートを翻し、学生寮へ向かって歩いていく。本来であればカーテシーまでいかなくとも、簡易の礼は行うべきであるし、位が高いショルスに促されるまで動くべきではない。
「学生とはいえ、まともに挨拶もできないもんかね」
「ラウリでも、そんなことを言うのだな」
「第一王子の婚約者になるなら、だぞ?」
「……なるほど」
ホッとしてしまった本心を見抜かれたくないアレクサンドラは、ラウリを振り返らない。
やがてエミリアナを見送ったショルスは、自分の家の馬車に乗り込んだ。今日はここまでということか。
「さあて、どうする? アレックス。帰るか」
「! 待て」
咄嗟にラウリの肘のあたりを掴んで、アレクサンドラが建物の影へ引っ張る。
「ふむ。幻惑」
「ラウッ、無茶するな」
カツカツの魔力で二人を覆う幻惑の魔法を使うのは、無謀なことだ。
「ラウって呼び方、いいな。今度からそうしてくれ」
だが当の本人は、のほほんとしている。
「ははあ、あれかあ」
「ったくおまえという奴は……まあ、側にいるだろうとは思った」
「さすがアレックス。影を動かすまでもなかったな」
学生寮へ歩いていくエミリアナの後ろを、のろのろとついていく女子学生がひとり。青白い顔で、親指の爪を噛みながらブツブツと何かを発している、その姿は
「まるでストーカーだな」
と、ぽろりとアレクサンドラからこぼれ出てしまった。
「ストーカー?」
「あー、偏愛者? ある人物に執着する者という意味だ」
下手に誤魔化すのを止め、説明を試みると
「アレクサンドラにとっての俺みたいな?」
茶化されたので、
「その通りだ」
強く肯定したら――かなりのダメージだったようだ。
うぐ、ごわ、と変な声を出しながら、寮までの追跡を続けている。
「……無理するな。その声、限界をごまかしているんだろう」
「ちぇ、バレたか。かっこつかないな」
エミリアナに続いて、女子学生も建物に入っていくのを見届け、二人はようやく踵を返した。
「あれも寮の学生だと分かれば、今日は十分だろう」
馬車止めへと歩きながら、アレクサンドラが言うと
「また明日だな」
とにやりとする宰相。
「明日もヨウシアを休ませるのか?」
「おう」
「……」
「心配するな。大丈夫だ。あいつもちゃんと分かっている」
珍しく汗を垂らすラウリは、いよいよ息が切れてきた。
「ち。初日から飛ばしすぎだぞ」
「アレックスに心配されたくて~」
「足手まといだ」
「うぐお!」
ヨウシア専用の馬車に乗るやいなや、ラウリが横倒れになる勢いだったので、致し方なく――
「えっ……肩を貸してくれるのではないのか!?」
アレクサンドラは帯剣を外すや、馬車の内壁とラウリの二の腕との間に乱暴に立てかけ、つっかえ棒のようにした。
「いだだだ! はあ、この扱い……もう、心折れる……」
柄頭に刺されて、泣きそうな顔で左腕をさするラウリに、
「私の剣に触ったのは、私以外ではお前だけだぞ」
しれっと言ってのける、アレクサンドラ。
「うーわぁ、喜んじゃったよ……俺、安いなあ」
「ふ」
王宮の馬車止めで降りる二人をたまたま見かけたタイスト(アレクサンドラの父)が、ラウリの手にアレクサンドラの剣があるのを見て、破顔しながら寄ってきて――
「宰相殿! 娘をよろしく頼むぞ!!」
と、バシバシどかどかラウリの左肩を叩きまくった。
「あー父上、どうかそのぐらいに」
「ん? そうか? ぐわはははは!」
「はは、はははは」
その夜、ラウリの左腕は死んだように上がらなくなったらしく、王宮お抱えの治癒魔法使いが呼ばれたそうだ。
「……あー、利き腕右で、よかった」
無事治癒魔法で治ったものの――さすがに謝った、アレクサンドラだった。
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お読み頂き、ありがとうございました!
本日の一殺:ラウリの左腕(刺殺と撲殺)
理由:つっかえ棒と、元騎士団長……元? 元……?
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