上 下
7 / 18

7 病みナルシストの憂鬱

しおりを挟む


 伯爵家でもある枢機卿の息子ショルスは、背中まで伸ばした輝くプラチナブロンド。黒い瞳はミステリアスだと評判の、美麗なルックスだ。
 幼いころから、この見た目で老若男女問わず篭絡ろうらくしてきた自負があり、流し目だけで心臓を貫かれる、と噂されるほど。
 そんな彼にも「自分の内面までは、誰も見てくれない」というコンプレックスがあり、それを癒すのがヒロイン、というシナリオだった。

「どうしたの、エミリアナ。元気ないね?」
「……ルトガーも、ファージも、来ないね」

 放課後に皆で集まるはずの中庭のガゼボには今、エミリアナとショルスしかいない。皆で他愛のないお喋りをして、日が傾いてから帰宅するのが日課であるにも関わらずだ。
 欠席している第一王子クロードだけならまだしも、ルトガーは鍛錬する! と演習場に行ったままだし、ファージは図書室へ行くと言って不在。理由は分かっていても、エミリアナは不満だった。なぜならこれは、『シナリオにはないこと』だから。
 
「ふたりきりは、嫌かい?」

 眉を寄せるショルスの言葉に、エミリアナは我に返る。
 知らないストーリーでも、彼の機嫌を損なうべきではない。
 
「っ、そんなこと、ない」
「なら、少し散歩でもしようか」
「うん……」

 立ち上がるエミリアナの憂い顔は、当然晴れない。
 それを見たショルスは、私が一緒にいるというのに、とたちまち眉をひそめてしまった。
 
 ある日、クラスルームの片隅で神への祈りを捧げていたら、貴方は見た目だけでなく、心も美しい人だと褒めてくれたのに――その時の彼女と今とでは、別人のように思えて仕方がない。そして、今日の様子でますますその印象を強めている。彼女の根本的な何かが、変わってしまったように感じてしかたがないのだ。

 ショルスは枢機卿子息としての誇りを持ち、修行にも切磋琢磨してきた。だから、例え恋心が移ろっていったとしても――クロードに心変わりしたとしても――彼女への気持ちは変わらず、見守りたいとさえ思っている。だが最近のエミリアナは――

「ねえエミリアナ。覚えているかな? 僕たちが出会った最初の頃」
「うん?」

 ショルスは、試すようなことなどしたくない。
 ただ、知りたいだけだった。愛しい人のことだから。
 
「クラスルームの奥で、一緒に」

 足を止めて、じっとエミリアナの瞳を見つめる。
 
「っ、あ、うん、そうだったね!」
「でも今日は、来なかったね」
「あー……えっと、忙しくって?」
「ふうん」
「ショルス様、ごめんなさい」
「違うよ、強制するものでもない。気にしないで」
「あの、えっと……はい」
 

 ――エミリアナ。その顔は。
 君はもしかして、分からないの? 覚えていないのかい?
 まさか、そんなことがあるというのか……あのキラキラとした、ふたりだけの……
 
 
「君は……誰?」
「え?」
「いや、なんでもない。さ、このまま寮の近くまで送ろう」


 ――それとも、僕の、独りよがりだったのかな。だったら、悲しいが。

 
 手で、先を促してまた歩き出す。
 ショルスのその足は、かつてなく重くなった。
 気持ちだけではない。物理的に、何かがのしかかっているような感覚がある。
 首にまとわりついているような、息が苦しいような、それでいて――懐かしくて、温かいような。
 
「うん。ありがと」
 
 
 ――これは、なんだ。
 
 なんなんだ?
 
 僕は、病んでいるのだろうか。おかしいのは、僕なのだろうか。それとも?
 

「ねえショルス、明日も学校来る?」
「……? もちろんだよ」
「そ、う」
「どうしたんだい?」
「え? いいえ。シナリオはどうだったかなって」
「シナ……?」
「あっちがう。えっと、魔法制御の講義。いつだっけ?」
「魔法制御? 三日後だけど」
「七日休む。今日五日目だから。うん。合ってる大丈夫」
「エミリアナ?」
「ありがと!」
「……どういたしまして」
 
 そんな二人の様子を、アレクサンドラは視界の端にとらえ、ラウリは
「本命来たり、だな」
 と背伸びをしながら言う。
 
「なんだか様子がおかしい」
「ああ。少なくとも、楽しそうではないな。何か視えるのか?」

 最初にアレクサンドラの『全能の目』が捉えたのは、ショルスのだ。

「あれは……!」
「どうした」
「ラウリ、魔力は残っているか?」
「申し訳ないが、割とだ」
 
 姿だけでなく、声も変える高度な変身だ。むしろ一日やり続ける方が変態、ぐらいの魔法であるから仕方がないのだが、アレクサンドラはそれでも内心舌を打ってしまった。
 
 二人はそのまま、裏庭の方へと歩いていく。
 校舎をぐるりと散歩する、学生たちのお決まりのコースだ。

「潜入して正解だったな」
「ん?」
「殿下には申し訳ないが――色恋よりでかい事件の予感だ」
「なんだと……? まさか、陛下め……くっそ。してやられた」

 ラウリの脳内には、したり顔の国王。

「せめて、めちゃくちゃ経費請求してやる!」
「しっ」
 
 アレクサンドラの目線の先で、会話を交わす二人の様子は――おそらく普通に見かけたならば、異常はない。
 だが、『全能の目』に視えているものがある。
 
「あれはいったい……どういうことだ」
 ぼそりとつぶやく目線の先で、エミリアナの周囲が黒くなったり、白くなったりする。ショルスが微笑んだり、眉間にしわを寄せたりするのと、そのタイミングとが合致している。
「どういうこと? あ、アレックス」
「感情ではない、別の何か……」
「おーい」
「あれは、ナニモノだ?」
「おーいってば」
「ちっ」

 いい加減だまれ! と目だけで強く睨むアレクサンドラに、涙目で
「まほう、きれそう」
 と泣き言を言う、ラウリだった。
 
 
 
 -----------------------------


 
 お読み頂き、ありがとうございました!
 
 本日の一殺:目で殺す
 理由:今忙しいんだよ! 魔法切れるだと? 計画もせず無駄遣いするからだろうが!
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

星に願っても叶わないから自分で叶えることにしました

空橋彩
恋愛
子爵家の次女、オリヴィア・ワンフルールは100万人に一人と言われる『回復魔法の使い手』だった。 家族や友達に愛され、幸せな日々を過ごす一方で魔獣退治や戦いで傷ついた兵士たちを癒すために冒険者登録をして活躍をしていた。 17歳になったある日、オリヴィアの貴重な回復魔法の遺伝子と、この国の名誉公爵であり、稀代の傑物と呼ばれる、ヴィクトール・ツーデンの遺伝子を残すべく、国王より勅命がくだされる。 国のため、家族のためにと思いヴィクトールの元へと嫁ぐ決心をする。 しかし、ヴィクトールは結婚式ではベールすら上げず、もちろん初夜も訪れはない。 食事も別で、すれ違っても挨拶もしない。 主人が冷遇する女主人程立場が弱いものはなく、使用人達からも辛く当たられる事になったオリヴィアは星に願う。 『どうか、少しでも私を受け入れてくださいますように。』 しかしオリヴィアの願いは叶う事なく、冷遇はさらに続き、離れへと追いやられてしまう。 誰も助けてくれないなら自分で道を切り開くのみ、とやられたらただでは起きない逞しさを発揮して、この現状から抜け出そうとする、たくましい子爵令嬢のお話。 ファンタジー創作のご都合主義。 細かい事は気にするな!の精神で書いててます。 間違っている事だらけだけど、このお話の世界はそうなんだ、と流してください。 3話まではほぼ説明回。4話から主人公視点で物語が動き始めます。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...