転生女騎士は、元殺し屋だけど殺さない!

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
4 / 18

4 乗りかかった船、というのだ

しおりを挟む


「やはり、どんな女性か直接会って確かめたい。ろくなもんじゃないにしてもな」

 焼き菓子をかじりながら、ラウリは言う。

「だが、王宮に呼びつける訳にはいかないだろう」

 それこそ、王子との仲が露見してしまう。
 ラウリはもぐもぐと菓子を飲み込んでから、意を決したように切り出す。

「……なあアレックス……前々から聞きたいことがあったのだが……」
「なんのことだ」
「さっきも、毒をようとしていただろう?」
「!!」

 アレクサンドラは咄嗟に立ち上がって間合いを取り、剣の握りに手を掛ける。

「うん。その殺気はしまって欲しいが」

 対するラウリは、ほとばしる殺気を真正面から受け止めつつも、両手を軽く挙げる姿勢で苦笑する。
 
「貴様っ」
「もう、お互いに打ち明けないか? 愛しい人よ」
「なにをだ」
「この機会に、貴女と秘密を共有したいんだ」
「意味がわからん」
「貴女の本当の心に触れるためには、それしかないだろう」

 ラウリの持つ雰囲気は変わらない。
 いつも通り飄々と、声質も軽く明るい。だが、その言葉は――

「私は、いつだって真剣だ。貴女と共に在りたい」

 ずしん、とアレクサンドラの肩にのしかかった。

「っ」
「今までは、その『気づかないフリ』にも付き合ってきたが。それではアレクサンドラの『特別』には絶対になれない。そうだろう?」
「な、ぜ……そこまでして」
「貴女がいつも、由来の分からない苦しみの中にいるみたいだから、とでも言おうか」
気障きざな詩人のようだな」
 精一杯のアレクサンドラの嫌味は、
とおなじで」
 その一言で一蹴された。


 ――さあっ、と黒い霧が空中に霧散したかと思うと、目の前に現れたのは。


 つややかな黒髪に、燃える夕日のような赤く鋭い目。薄い唇は少し口角を上げていることで、自信に満ち溢れた表情に見える。
 分厚い体躯で、椅子に腰かけているが、高身長であることはすぐにわかった。
 普段はアレクサンドラと目線の変わらない、ひょろひょろな中肉中背の宰相が、あっという間に覇気をまとう美丈夫に変身している。

「……、それが、本来の姿か」
「そうだ」
「声まで」

 低音で腹に響く。

「ふ。驚いた顔もまた、美しいな」
「きさまっ」

 性格は、変わらないらしい。
 
「俺に愛されてくれないか、アレクサンドラ」
 
 いつも分厚い眼鏡の向こうでへらへら笑っていた男が、自信満々なオーラで口説いてくるのを、いったい誰が想像できただろうか。

「これを知っているのは、ごくごく一部の人間だけだ」
「どうだか」
「誰にも本当の自分を見せずに生きる辛さを、俺は知っている」

 
 ――やめてくれ。

 
「責める気は、ない。ただその苦しみを、一緒に持たせて欲しいのだ」
「っ、無理だ」
「分かるさ……怖いだろう。だから、先に見せることにした。今はそれだけ、覚えておいてくれ」


 何度か瞬きをする間に、いつものラウリに戻っている。――目を凝らしても、先程の男の姿は見えない。


「今までも、これからも。の気持ちが本当なのは、信じて欲しい」

 顔を合わせるたびに、好きだ、美しい、デートしよう、と言われてきた。ただの挨拶だ、本気では無い、とまともに取り合わなかったのは――自身の弱さからだというのは、自覚している。
 
 混乱。戸惑い。心を許したい気持ちと、警戒心。それから、恐怖。
 
 珍しく戸惑うアレクサンドラの様子を、ラウリは眉間にしわを寄せて、眺める。

「やはり困らせてしまうな。私らしくない、こんな……感情的なのは」
「ラウリ……」
「アレックスが、あんなにくだらない悩み事なのに、真剣に考えているのが分かったら――なんだか愛しくてたまらなくなってしまったのだ。止められなかった」
「くだらない、とは思っているぞ」
「ふは。でも、羨ましいと思っただろう?」
 

 ――見抜かれるのには、慣れていない。

 
「人を好きになることは、それだけでとても幸せなことだ。私は幸いにも、それを貴女からもらうことができた。だから、貴女もそうなって欲しいと願っている」
「……貴様の願いが本心だというのは、。だが」
「当然、今は良いよ」
「勝手に先回りするな――私の苦しみと言ったか。それを、ひとつだけ暴露しよう」

 ラウリが、驚愕で息を止めたのが分かった。

「っ、ちょっと待てアレックス、そんな簡単に……いいのか?」
「貴様の偽りの姿は、見抜けない。だが、貴様は
「!!」

 ラウリの先ほどの言葉は、重石おもしでも重圧でもない。

 
 心強い、盾だ。

 
 ――そう思ってしまった時点で、私の負けだろう。認めたくはないし、言うつもりもないが。


「試しに、あからさまな嘘をついてみてくれないか」
「それなら……うん。私はアレックスのことなんて、愛していないよ」
「……」

 ラウリの周辺の空気が醜く歪む。
 明らかに、嘘の空気だ。ニヤついているその頬を殴りつけたい気持ちを、アレクサンドラはかろうじて抑えた。
 
「まったく、どうしようもない奴だな……貴様の言う通り、私には。この能力は恐らく」
「全能の目」
「! やはり知っていたか」
「予想して、この変化魔法に対策を施した。その目でも見破れないだろう? これでもかなり苦労しているからな。アレックスのは、光属性の究極スキルさ」
「ふ。光と闇なら、相反するものだな」

 ラウリがきょとりとした。

「だからいいんじゃないか」
「え?」
「違うからこそ、惹かれ合う」
「……喉が渇いたな」

 アレクサンドラはラウリの発言を当然無視して、どかり、と無作法に椅子に腰かけた。
 
「じゃあ、元に戻そう」

 ぱちん、とラウリが指をはじくと、ポットの口から湯気が立つ。

「宰相が闇魔法使いとはな……『消費を消す』か」
「その通り。そしてまあ、私のこれからの提案なんだけどね」

 トポトポと手ずからハーブティーを注ぎながら、ニヤリと笑う男は、ただ面白がっているようにしか見えない。

「潜入しようと思って」
「は?」
「学院に、学生として」
「容姿を偽れるとはいえ、易々と入れる場所ではないぞ? 名前と身分を偽造するのか?」

 エッジワース学院は、貴族の子息が通う。その警護体制も、受け入れる基準も、この上なく厳しい。

「それなんだが、もうひとつの私の秘密を、暴露しなければならなくなる」
「……」
「どうする?」
「愚問だな、ラウリ」

 あえて見せつけるように、グサリとアップルパイにフォークを突き立てながら、アレクサンドラは不敵に笑った。
 そのまま身を乗り出すようにして、『乗りかかった船には躊躇ためらわずに乗るのが信条だ』と説くと、

「アレクサンドラ! やはり貴女は最高だな」

 ラウリは破顔はがんした。
 アップルパイは、一口で食べた――美味しかった。


 -----------------------------

 
 お読み頂き、ありがとうございました!
 
 本日の一殺:アップルパイ(刺殺)
 理由:ドヤ顔のため
 
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...