毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

文字の大きさ
上 下
37 / 43
もっと甘い呪縛

お久しぶりの、蛇とカエル

しおりを挟む

 夕食と湯浴みを終え、部屋着の楽なワンピースに着替え、もう後は寝るだけ! の態勢を整えた私は、ユリシーズの部屋の扉をノックした。
 
「おっまえ……いくらなんでも無防備すぎるぞ。ガゼボ行くか」
「外、寒いもん」
「火魔法してやる」
「カエルに火は禁物ですぅ」
「ぶふ。認めんのかよ、カエルちゃん」
「ゲロゲーロ」
「……鳴き声変わったな?」
「あ。ゲコゲコ!」
「くくくく、訂正すんなよ……くくくく」

 暖かい季節は終わりを告げ、エーデルブラート侯爵領に来て初めての寒い季節がやってこようとしている。自然が豊かなこの場所は、最も寒い時には雪も降るらしい。

 ユリシーズは、私とくだらないやり取りをしながら、部屋に設置されている暖炉にほんの少しだけまきをくべ、火を入れてくれた。
 ユリシーズはカウチソファ、私は一人掛けの椅子に分かれて座る。膝にはブランケット。ローテーブルの上には、ホットワインとホットミルクと、チーズ。

「遠くない?」
「なら、押し倒していいか?」
「ぎょわ!」
「くく。それも久しぶりだな」
「ふふ」
「そうか……あまりにも会話ができていなかったな……」

 こうしてふたりで話すのは、本当に久しぶりに思える。

「リスはさ。ずっとひとりでバリバリ働いてきて、それが当たり前だったよね」
「ああ。俺には、家族と暮らした経験自体がないと言っても過言ではない」

 魔力があると分かるや否や、魔法学校の寮に入れられ。
 魔法の脅威が判明すると、侯爵の地位につける代わりに辺境の地で結界の番をさせられ。
 
 ――よくグレなかったよね、と思ったけど、よく考えたらほとんどグレてたね!

「誰かと暮らし、会話をし、ましてや愛するなどと。考えたこともなかった」
「愛するなんて、照れる!」
「茶化すな」

 ホットワインのグラスを傾けるユリシーズの横顔は、暖炉の火の光を浴びて揺れているように見える。

「うん……なんとなくね、分かってたよ。危ないことや嫌なことから、遠ざけてくれていたんでしょう?」
「ああ」

 大魔法使いという、ある意味王国最強の存在であるにも関わらず、獣人王国の騎士団長を護衛につけるなど。王子の友人であることを差し引いても、大層な出来事だ。
 
 しかもそれを『抑止』と言ったのを覚えている。
 
 獣人王国の首都でも宮殿でも、あちこちで様々な気遣いをされた。
 それでも起こってしまったあの子猫獣人の事件は、のほほんと侯爵邸で暮らしてきた私にとって、初めて『命の危険』にさらされた出来事。この世界では命は簡単に奪われるのだと、肌で感じることになった。

「もちろん、話せないことも当然あるでしょう。毎日帰ってきて、が無理なのも分かってる。でも」
「……」
なのが、すごく、辛かった」
「!」

 椅子の上でひとり、私はブランケットごと膝を抱える。

「大切にすることと、鳥籠に入れることとは、違うよ」

 絶句したユリシーズが、こちらを見ている気配はするけれど、目を合わせる勇気はない。

「うまく、言えないけど。ワガママかもしれないけど。せめて今、リスが何をしていて、楽しいのか苦しいのかぐらいは、知っていたいよ。……家族として」

 それから私は、意を決して顔を上げた。

「リスは嫌かもしれないけど、前世の話をさせて」
「聞く」

 ユリシーズはグラスをことりとテーブルに置き、カウチソファの背もたれに片肘を乗せ、足を組みながらこめかみに手を添える。たったそれだけの仕草で、私の心臓は早鐘を打った。本当はあの腕の中に収まりたい。愛しい匂いに包まれたい。

「……あのね、私、前世でも婚期を逃がしかけててね。ほとんど勢いで結婚したの。そしたらその相手が……」

 言葉を選びながら説明をしていくうちに、ユリシーズのこめかみにぼこりと大きな青筋が浮いた。

「要約すると、甲斐性のないくせに束縛するようなカスみたいな男が、セラの尊厳を言葉の暴力で潰しに潰しまくっていたわけだな。前世ということはそいつはもう死んでいるのか。チッ……目の前に引きずり出せたらひき肉にしてやったものを」
「ひっ」

 
 ひ・き・に・く・ですっ!
 いやいや、危うく旦那様が殺人犯になるとこだった!
 

「やっと腑に落ちた。いつもどこか自信がないように感じていたのは、それだけ人格否定の記憶があるからか」
「うん……別人だって分かってはいるんだけど。だからリスや、周りの人々の言葉が信じられないとかではないの」
「ならば、どうしたら良い」
「え」
「セラの希望はなんだ。どうしたら、鳥籠などではなく、自由に生きられる? 俺にとってセラが何よりも大切な存在だと実感することができる?」

 ――ああ。この人はやっぱり、本当に優しい人。
 
「私ね、リスとほんとの夫婦になりたい」
「結婚は、したぞ」
「そうじゃなくて。私が思う夫婦ってね、共有することなんじゃないかなって」
「共有」
「うん。情報も感情も、体調も希望も、嫌なことも好きなことも」
「楽しいことも、ムカつくこともか」
「そう。美味しいご飯も不味い料理も、失敗しちゃった実験も。怒って、喜んで、笑って、泣く。リスと、ずっとそうやって生きていきたい」
「セラ」
「ん?」
「……抱きしめていいか」

 返事の代わりに、私は椅子を蹴る勢いで飛び上がって、腕の中に飛び込んだ。ソファの上に足を投げ出して、ユリシーズのみぞおちに鼻を埋める。力強く、抱き締められた。

「リス、大好き」
「俺もだ」
「ふっふ」
「なんだよ」
「ほら、首都で観光してた時に、サユキ嬢にものすごい理詰めで攻めていったリス、思い出したの」
「あのヒス猫、本気でムカついたからな。雷落としてやろうかと思った」

 それ、比喩じゃなくて物理のやつだね!

「その時ね、さりげなく大切な妻とか言うし、絶対脅しじゃなくて本気の抗議文送っただろうし」
「? 当然だろ」
「めっちゃくちゃ愛を感じたの! 口が緩む緩む! 危うくだらしない顔になるところだったー」

 ユリシーズは、キョトンとした後真顔になった。

「……おい、そんなこと言うな」
「なんで」
「恥ずい」
「今更!?」
「あー……やべぇな……あー」

 仰け反って、ガシガシ頭をかいているユリシーズは、初めて見た!

 その、少し無精髭が生えた顎の先に、チュッと軽くキスをする。

「てめ」
「安心したら、眠くなっちゃった。添い寝して欲しいなー」
「あ? 煽っておいて、お預けかよ」
「はい。妻を放置した罰です」

 ぶつくさ言われている間に、私は寝てしまったらしい。

 翌朝、ものすごく不機嫌なユリシーズに起こされて、しかも――

「寝癖と寝相。やべぇぞ、カエルちゃん」

 って、皆に言いふらされた。恥ずかしすぎる!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

責任を取らなくていいので溺愛しないでください

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。 だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。 ※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。 ※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。

処理中です...