毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

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獣人王国

誕生日パーティ 前

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「リス……どうかな」
「とても似合っている」
「へへ。リスも、かっこいいね!」

 私のたっぷりパニエのエメラルドグリーンのドレスは、ユリシーズの目の色。大ぶりエメラルドのチョーカーを着けて、ハートカットビスチェの上から黒いショールをまとうと、背後の鱗も気にならない。髪の毛はミンケが丁寧に編み上げて、ヘアバンドのようにレースで作られたヘッドドレスを着けている。
 
 ユリシーズの燕尾服は黒ベースだけれど、襟に濃い紫の糸で細かな刺繍が入っている。
 蝶ネクタイや中に着たシャツ、光沢のあるベストは、白と見せかけてとても薄い水色だ。お互いの色を着ているだなんて、今さらものすごく照れる。
 
 
 獣人王国第三王子の誕生日パーティということで、国内の名だたる高位貴族が一堂に会している宮殿のホール。

 
 ディーデの友人であり来賓ということで、爵位に関わらず先に呼ばれた(王族と同等の扱いだそう)。次々と入場してくる人々に注目していると――皆簡易的なフォーマルということに気づいた。男性陣はレースアップシャツでタイをしない。女性陣はドレスだけれどコルセットをつけるようなものではなく、腰のあたりを紐でしばっている程度だ。尻尾周辺も、穴が開いているだけ。爪に考慮するため手袋はせず、女性の中にはアームバンドのように手先は覆わない布を手首に巻いている人もいる。

「なるほど、首元が苦しいから、あのレースアップシャツが一番フォーマルなわけね」
「そういえばタイをした獣人は見かけんな」

 騎士服も、人間のは詰襟だが獣人のは開襟かいきんだ。
 
「お衣装見るだけで楽しい~」
「セラは、小物を作るのが好きだもんな」
「うん。ちょっとしたものをちまちま作るのが好きなんだ」
 
 すると、ディーデの母親である王妃殿下がその会話を耳ざとく聞いていたようで、「セラちゃんは、どういったものをお作りになるの?」とニコニコ聞いてきた。

 王妃殿下なのに、場に下りてきているのもまた、カジュアルすぎて驚く。

「今日の主役はディーデですもの」
「なるほど」
「戸惑ってしまいました、失礼をいたしました」

 ふたりして慌てて礼をすると、目を細められた。扇を開き口元を隠すのは、人間も獣人も変わらない。
 
「……あの子がやりたいように、ね」
「はっ」
「はい!」
 
 それから、獣人メイドのヘッドドレスを作った話や、今見ていると尻尾の穴のあたりが気になるという話をした。特に女性はリボンみたいにしてちゃんと結べたら良いのに、と言ってみたら――

「あらあ! それは素敵。ズレてないか心配する必要はないわよね」
「やっぱり心配になっちゃいますよね」
「そうなのよ~。尻尾ってほら、感情によっては激しく動いちゃうし、太くもなるし」
「太く!?」
「怒ったら太くなるのよ~うふふふ」

 確かに! 怒った猫ちゃんの尻尾、ボワッ! って太くなるよね。


 そんな和やかな雑談も、きっと王妃殿下の作戦のうちだ。何も気づいていない。平和に終わっていく。そう錯覚させるに十分な空気を周辺にもたらしている。


 すると、一層恰幅の良い白虎の獣人が入室し、三段ほど高いホール前方の舞台に立つと、声を張り上げた。頭には王冠。背には分厚い毛皮の白いマント。
 ナートゥラ国王ティグリスその人だ、とすぐに分かる。


「皆の者! 本日は集まってくれてありがとう! 第三王子の誕生日パーティだ。細かいマナーなど気にするな。楽しんでいってくれ! ディーデ!」
「はい」

 脇に招かれたディーデは、襟に見事な金糸の入った白いチュニックに、黒いブリーチズ。左肩に白い毛皮のマントを着け、そこから右わき腹にかけて白いサッシュ、腰には黒いコルセットベルトを着けている。額には金色のサークレットが光るまさに『王子』であり、白い毛皮に黒い模様のホワイトタイガーによく似合っている衣装だ。
 
「みんな、ありがとう。こうして無事に成人を迎えられたことに、心から感謝する。この記念すべき日に、古くからの友人であるユリシーズ・エーデルブラート侯爵を招待できたことは、ラーゲル王国と共に未来を歩むための大きな良いきっかけになるだろう。皆の中には、人間と交流することに不安を覚える者もいるかもしれない。けれどぼく――わたし自身が何年もかけて培ってきた友情を是非、今宵この機会に確かめてもらいたい。まあ、あの白畳の見事な街道を見ても、まだ文句がある者がいたら……聞くよ?」

 いたずらっぽくウインクをする王子に、ドッと会場中が笑った。

「さあ、このよき日に、共に酒をみ交わそう。乾杯!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます、殿下!」
「おめでとうございます!」

 
 ――ディーデがものすごく王子っぽい! 意外!

 
「あいつも、やればできるもんだな」


 あ、隣で言っちゃってた。
 
 
 誕生日パーティは立食形式で、非常にカジュアルな場になっているのがありがたかった。
 
「こういう時、マナーとか席順とかめんどくさいからさ。好きに食べて好きにしゃべってもらいたくて」

 壇上から降りてきたディーデがにっこり笑う。

「とても素敵よ、ディー」
「ほんとう?」

 すうっと大きく息を吐いたかと思うと、本日の主役が大きな声で爆弾発言をする。
 
「ねえセラ。ぼくのお嫁さんになる気は、無い?」

 
 ざわ、と周囲がどよめく。
 高位貴族と挨拶を交わしていたであろう国王は、驚きのあまり口があんぐり開いたままだ。牙、すごい。噛まれたら痛そう。


「なんてこと! なんて、汚らわしい!」

 叫びながら人混みをかき分けて来たのは、ユキヒョウ族である公爵令嬢、サユキ嬢だ。背後にその両親と思われる、男女のユキヒョウ獣人を伴っている。
 
「殿下には、わたくしという正式な婚約者がいるのですよ!」
 
 キッと私を睨むサユキ嬢の耳も尻尾も、毛が逆立っている。なるほど、太くなるね。
 
「人間という下賤げせんな生き物には、『つがい』という概念がないのでしょうけれど! 獣人王国では絶対に許されませんことよ!」
 
 私は、それに抗議しようとしたユリシーズとディーデを目で止め、一歩前へ進み出た。
 私に売られた喧嘩は、私ひとりで買う。


「げせん、という言葉の意味を分かって使っていらして?」
「っ当然ですわ!」
「大変に汚いお言葉。『身分や地位、生活水準が非常に低く卑しい』という意味ですわよ。ナートゥラの公爵令嬢がそういった言葉で人間をののしった。これは獣人の総意ということでよろしいでしょうか」
 
 さっと周囲に目線を配ると、人間に好意的な獣人の数は少ない。だが同情的な目線もある。

「ということは、ディーデ殿下のご厚意を全て踏みにじっていらっしゃることも、獣人の総意ですね?」
「な!」
「さきほどのご発言、聞いていらっしゃらなかったのですか? 殿下は長年、エーデルブラートとの親交を深め、人間社会において有用な『舗装ほそう』という事業を獣人王国に持ち込まれた。わたくし、大変な感銘を受けましたの」
 
 ゆっくりと、周囲に居た獣人貴族たちと目を合わせるように首を巡らせる。

「誰もが暮らしやすく。肉食であろうと草食であろうと。大型であろうと小型であろうと。殿下はそういった大変にお優しいお心の持ち主です」
「そんなこと、知っているわ!」
「そうでしょうか? お優しいからこそ、表面にとらわれず、じっくりと相手を知り、交流し」

 私はディーデの顔を振り返る。優しいサファイアブルーの瞳が、シャンデリアの下できらめいている。
 
「身分も種族も超えて友情をはぐくまれること。本当にお分かりですか?」
「騙されているだけよ! 人間は、悪だわ! 実際、うちの召使いたちを誘拐しているじゃない!」
 
 ざわ! と喧騒が大きくなる。
 
「サユキッ」
「なにを!」

 背後にいたユキヒョウ夫妻が慌てるが、近くにいた近衛騎士がその身柄を制した。
 
「……誘拐、とは?」
「希少な獣人をさらって、毛皮をいで売りさばいているのでしょう! なんて残忍なっ」
「その情報は、どちらから?」
「人間の伯爵家がやっているって聞いたわ! お父様が、その伯爵家を取り潰そうと動いているところなのよ!」


 ――おまえのためだ! 俺がやってやってる! あいつは、害悪だ!
 

 私は、脳内で前世の夫のことをまざまざと思い出してしまい、吐きそうになる。
 でも斜め後ろにユリシーズがいるから。大丈夫だ。立っていられる。
 

「ほーう。なるほど。貴重な証言をいただきありがとう、サユキ嬢」

 
 突然鳴り響いた冷たく柔らかな声が、会場の喧騒を一瞬にしてかき消した。
 
「ではゼンデンのの元、明日にでも査察を開始いたしましょう。指揮はどうか、わたくしめに。陛下」
 
 三兄弟の中でも最も賢く冷徹であると有名なヨヘム殿下が名乗りを上げ、壇上の国王陛下へ向けてうやうやしく礼をしたのだった。
 
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