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夫婦生活
来客、襲来
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いよいよ第二部、開始です!
楽しんでいただけますように。
◇ ◇ ◇
「ああ~ミンケ~~~どうしようぅ~~~~」
アロマキャンドル製作の作業自体は雇った人たちに任せられるようになり、私は主に企画や会計の仕事をしているので、工房の隣に書斎を作ってもらった。
机の天板に右の頬をべしゃりとつけてうつ伏せになっている姿を、ミンケは冷めた目で横から見下ろしている。
「ぶっさいくですよ、奥様」
「う~! 相変わらず容赦ない~」
「失礼いたしました」
王子であるエイナルの口添えによって、アロマキャンドルの売上は安定している。
が、伸び悩んでいた。
私の目標は、ユリシーズがごにょごにょしているお金に頼らずに孤児院を運営できること。我が領の孤児院はおかげさまで評判も良く、徐々に受け入れ数が増えてきている。つまり必要な職員の数は増えるし、食事や備品の管理もしなければならない。とても賄えない(もちろんユリシーズは好きに使え、というけれど、監査入ったらやばいな~なんて元現代日本人は考えるのである)。
「世の中、やっぱりお金なんだねええええ、っくー」
「奥様が無理する必要はないです。エーデルブラートの運営なのですよ」
「うん……そうなんだけどね……」
こればっかりは、私の性格や考え方の問題である。
前世のモラハラ旦那に「役立たず」「不要」「養ってやってる」などと延々言われてきたトラウマが、出てしまっているのだ。自力でやるということにこだわってしまうし、居場所を探してしまう。
自覚はあれど、直しようがない。あがくしかないと思っている。
「獣人王国へのお土産も、悩んでるの。アロマって獣人にはよくないでしょう」
「まあ、どちらかというとそうですね」
ミンケに試してもらったけれど、ほのかなラベンダーでも少しキツく感じるのだとか。
「私が得意なのってあとなんだろう。うーん」
ただただ自分を殺して、目立たないように生きてきた。まさか今、自分探しが始まるとは思っていなかった。
突っ伏した私の横に、温かいお茶の入ったティーカップを置きながらミンケが言う。
「旦那様に相談されては」
「あんなに忙しいんじゃ無理だよぉ」
「そうですか」
ユリシーズとは今、話すことすら難しい。なぜなら、魔法学校の校長業務すら多忙なところに、さらにエーデルブラート領から獣人王国へ通じる街道整備へ駆り出されているからだ。まさかディーデが文字通りの『けもの道』を走って通っていたとは思ってもみなかった。さすが虎。速くて力持ち。
ここから一番近い獣人の農村には、たまたま王族の別荘があって、そこでのんびり過ごしていた白虎の第三王子、ディーデ。
数年前、森でひとり『五重の枷』を破ろうと四苦八苦していたユリシーズが、魔力暴走で倒れたところを偶然通りかかり、助けてくれたのをきっかけに(獣人に魔力はないけれど、弱った生き物を助ける儀式があるらしい)豊かな農作物を提供してくれているのはありがたいが。
「ほんとにもー、『国交樹立の大見得を切ったからには、侯爵領でやれ』って、国王陛下の器小さすぎない?」
「口が悪いですが、同意します……湖でも行きますか?」
「そうね。お部屋でぐずぐずしてても、落ち込むだけだもんね」
お茶を飲んでひと息入れてから、ノエルに軽食でも作ってもらおう。
ようやく上体を起こすと、
――コンコンコン。
書斎の扉が遠慮がちにノックされた。
ミンケが素早く扉口まで歩いていき、誰かを確認する。
「……奥様、お客様だそうですが、いかがしましょう」
「へ?」
今日は誰も来る予定がないはず、と首を捻っているうちに、勝手に扉が開き――
「ごきげんよう!」
プラチナブロンドに翠の瞳の女性が、勢いよく入ってきた。仕立ての良いパステルピンクのアフタヌーンドレスに、煌びやかなショールを巻いている。私より少し年上と思われる、見知らぬ貴族の女性だ。とりあえず慌てて立ち上がり丁寧なカーテシーで迎えた。
「ごきげんよう?」
「まあ! 水色の髪の毛ですのね! 可愛いですわー!」
「えっと」
「わたくしも、セラちゃんと呼んでも? いやーん、会えて嬉しいーーー!」
有無を言わさない。
圧が、もんのすごい。
なんとなくこの押しの強さに覚えがあった。
「もしかして、ユリシーズの」
「マージェリーよ! 妹が欲しかったのー!」
がばりと抱きしめられて、わしゃわしゃと色々撫でられたので、とりあえず好きなようにさせることにした。
――蛇侯爵の妹様でしたか……確か二十五歳で未婚なのよね。あっちが黒蛇なら、こっちは白蛇ですわぁ……ゲコゲコ……
「で。口も目つきも悪い兄はどう?」
「うぶっふ。えーっと」
「大丈夫? 脅されてない? ほんとに結婚しちゃったのよね? 怖かったらわたくしの家に逃げて来ても良いのよ!」
すごいパワフルで明るい人!
ユリシーズによると、家族は『人質扱い』くらいの説明だったのに。
「あの、今お住いはどちらに?」
「王都よ。父は本当は王宮役人で、行政官なの。子爵位ね。でも生活が制限されてから薬草研究を始めて、どハマりしているわ」
「薬草研究!?」
「ふふ。魔法に頼らなくても怪我や病気を治すんだー! ってね。でも変な汁ばっかり作るのよ~」
「変な汁!」
侯爵位はユリシーズがもぎ取った地位で、実家の家格は低いと言っていたっけなーと色々思い出していると、執事のリニが呼びに来た。
「こちらでしたか。ユリシーズ様がお呼びですよ、マージェリー様」
「分かったわ、猫ちゃん! セラちゃん、また後で来るわね!」
「え、はい」
リニは私に深く礼をしてから、マージェリーを促す。
「リス……家に居るのね」
帰ってきたんなら、教えてくれたって……ああでも忙しいのか。
妹さん呼んだのは、何でだろう。呼んだの、なんで教えてくれなかったの?
獣人って、お土産何が良いのかな……
――私、いったい、何ができるのかな。
「奥様?」
情緒不安定なの、なんでだろう。
とにかく、泣いたらダメだ。
こんな気持ちで泣いたらきっと、雨が降っちゃう。
そしたらユリシーズ、絶対心配する。街道整備の邪魔になっちゃう。
「あー、ミンケ、甘いの食べたいね! 取ってきてくれる?」
「……分かりました」
ミンケの耳は私の不安定な心音を聴いているんだろうけど、気づかないフリをしてくれた。
楽しんでいただけますように。
◇ ◇ ◇
「ああ~ミンケ~~~どうしようぅ~~~~」
アロマキャンドル製作の作業自体は雇った人たちに任せられるようになり、私は主に企画や会計の仕事をしているので、工房の隣に書斎を作ってもらった。
机の天板に右の頬をべしゃりとつけてうつ伏せになっている姿を、ミンケは冷めた目で横から見下ろしている。
「ぶっさいくですよ、奥様」
「う~! 相変わらず容赦ない~」
「失礼いたしました」
王子であるエイナルの口添えによって、アロマキャンドルの売上は安定している。
が、伸び悩んでいた。
私の目標は、ユリシーズがごにょごにょしているお金に頼らずに孤児院を運営できること。我が領の孤児院はおかげさまで評判も良く、徐々に受け入れ数が増えてきている。つまり必要な職員の数は増えるし、食事や備品の管理もしなければならない。とても賄えない(もちろんユリシーズは好きに使え、というけれど、監査入ったらやばいな~なんて元現代日本人は考えるのである)。
「世の中、やっぱりお金なんだねええええ、っくー」
「奥様が無理する必要はないです。エーデルブラートの運営なのですよ」
「うん……そうなんだけどね……」
こればっかりは、私の性格や考え方の問題である。
前世のモラハラ旦那に「役立たず」「不要」「養ってやってる」などと延々言われてきたトラウマが、出てしまっているのだ。自力でやるということにこだわってしまうし、居場所を探してしまう。
自覚はあれど、直しようがない。あがくしかないと思っている。
「獣人王国へのお土産も、悩んでるの。アロマって獣人にはよくないでしょう」
「まあ、どちらかというとそうですね」
ミンケに試してもらったけれど、ほのかなラベンダーでも少しキツく感じるのだとか。
「私が得意なのってあとなんだろう。うーん」
ただただ自分を殺して、目立たないように生きてきた。まさか今、自分探しが始まるとは思っていなかった。
突っ伏した私の横に、温かいお茶の入ったティーカップを置きながらミンケが言う。
「旦那様に相談されては」
「あんなに忙しいんじゃ無理だよぉ」
「そうですか」
ユリシーズとは今、話すことすら難しい。なぜなら、魔法学校の校長業務すら多忙なところに、さらにエーデルブラート領から獣人王国へ通じる街道整備へ駆り出されているからだ。まさかディーデが文字通りの『けもの道』を走って通っていたとは思ってもみなかった。さすが虎。速くて力持ち。
ここから一番近い獣人の農村には、たまたま王族の別荘があって、そこでのんびり過ごしていた白虎の第三王子、ディーデ。
数年前、森でひとり『五重の枷』を破ろうと四苦八苦していたユリシーズが、魔力暴走で倒れたところを偶然通りかかり、助けてくれたのをきっかけに(獣人に魔力はないけれど、弱った生き物を助ける儀式があるらしい)豊かな農作物を提供してくれているのはありがたいが。
「ほんとにもー、『国交樹立の大見得を切ったからには、侯爵領でやれ』って、国王陛下の器小さすぎない?」
「口が悪いですが、同意します……湖でも行きますか?」
「そうね。お部屋でぐずぐずしてても、落ち込むだけだもんね」
お茶を飲んでひと息入れてから、ノエルに軽食でも作ってもらおう。
ようやく上体を起こすと、
――コンコンコン。
書斎の扉が遠慮がちにノックされた。
ミンケが素早く扉口まで歩いていき、誰かを確認する。
「……奥様、お客様だそうですが、いかがしましょう」
「へ?」
今日は誰も来る予定がないはず、と首を捻っているうちに、勝手に扉が開き――
「ごきげんよう!」
プラチナブロンドに翠の瞳の女性が、勢いよく入ってきた。仕立ての良いパステルピンクのアフタヌーンドレスに、煌びやかなショールを巻いている。私より少し年上と思われる、見知らぬ貴族の女性だ。とりあえず慌てて立ち上がり丁寧なカーテシーで迎えた。
「ごきげんよう?」
「まあ! 水色の髪の毛ですのね! 可愛いですわー!」
「えっと」
「わたくしも、セラちゃんと呼んでも? いやーん、会えて嬉しいーーー!」
有無を言わさない。
圧が、もんのすごい。
なんとなくこの押しの強さに覚えがあった。
「もしかして、ユリシーズの」
「マージェリーよ! 妹が欲しかったのー!」
がばりと抱きしめられて、わしゃわしゃと色々撫でられたので、とりあえず好きなようにさせることにした。
――蛇侯爵の妹様でしたか……確か二十五歳で未婚なのよね。あっちが黒蛇なら、こっちは白蛇ですわぁ……ゲコゲコ……
「で。口も目つきも悪い兄はどう?」
「うぶっふ。えーっと」
「大丈夫? 脅されてない? ほんとに結婚しちゃったのよね? 怖かったらわたくしの家に逃げて来ても良いのよ!」
すごいパワフルで明るい人!
ユリシーズによると、家族は『人質扱い』くらいの説明だったのに。
「あの、今お住いはどちらに?」
「王都よ。父は本当は王宮役人で、行政官なの。子爵位ね。でも生活が制限されてから薬草研究を始めて、どハマりしているわ」
「薬草研究!?」
「ふふ。魔法に頼らなくても怪我や病気を治すんだー! ってね。でも変な汁ばっかり作るのよ~」
「変な汁!」
侯爵位はユリシーズがもぎ取った地位で、実家の家格は低いと言っていたっけなーと色々思い出していると、執事のリニが呼びに来た。
「こちらでしたか。ユリシーズ様がお呼びですよ、マージェリー様」
「分かったわ、猫ちゃん! セラちゃん、また後で来るわね!」
「え、はい」
リニは私に深く礼をしてから、マージェリーを促す。
「リス……家に居るのね」
帰ってきたんなら、教えてくれたって……ああでも忙しいのか。
妹さん呼んだのは、何でだろう。呼んだの、なんで教えてくれなかったの?
獣人って、お土産何が良いのかな……
――私、いったい、何ができるのかな。
「奥様?」
情緒不安定なの、なんでだろう。
とにかく、泣いたらダメだ。
こんな気持ちで泣いたらきっと、雨が降っちゃう。
そしたらユリシーズ、絶対心配する。街道整備の邪魔になっちゃう。
「あー、ミンケ、甘いの食べたいね! 取ってきてくれる?」
「……分かりました」
ミンケの耳は私の不安定な心音を聴いているんだろうけど、気づかないフリをしてくれた。
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