毒吐き蛇侯爵の、甘い呪縛

卯崎瑛珠

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甘い呪縛

【閑話】仲直りは、メンズトークで。

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「ウォルトと仲直りだぁ?」
「そーです」

 お披露目夜会の出席準備をこなす毎日の中で、私がそう提案すると、ユリシーズが片眉をひそめた。

「あれは、勝手に乗り込んできたあいつが悪いだろ!?」
「王命に逆らえない騎士団長様が、わざわざ忠告に来てくれたんですよ」
「……そんなん、奴が勝手に」
「ダメです。ちゃんとごめんねとありがとうしましょう」
「……」
「友達少ないんですから。大事にしなくちゃ。ね?」
「おまえなあ」

 私が知る限り、ユリシーズが遠慮なくぽんぽん言葉を交わしているのは、騎士団長のウォルトだけなのだ。領内にいつでも入れるようにしているのは、彼だけのはずだ。
 
「彼は実直で信頼できる人だと思うんです」
「それはまあ、そうだけどよ」
「この王国で、ウォルト様のような方、貴重でしょう?」
「裏表のないバカ犬なだけだ」
「ぶふっ、ワンコ! 確かに!」

 がしがしと頭をかくユリシーズが、渋々「しゃあねえ。酒にでも誘うか」と言ったので、私は大きく頷いた。
 
「ノエルと、お料理の相談しときますね!」
「嫌な予感しかしねーけど、任せた」


 任せてもらえたことが嬉しく、嫌な予感について私はあまり深く考えていなかった。――すぐに後悔したけど。



 ◇ ◇ ◇



「本日はお招きいただき、ありがとう」
 
 ある日の夕方のこと。銀髪碧眼で分厚い体躯の、ユリシーズより一回り大きい騎士団長が、一人で馬を駆ってやってきた。
 騎士服ではなく、チュニックにトラウザというラフな格好でやってきたウォルトは、手にワインボトルを持っている。

「遠路をようこそお越しくださいました。さあどうぞ」

 執事のリニとふたりで土産のワインを受け取ると、ユリシーズの待つダイニングルームへと案内をする。
 
「まさか呼んでいただけるとは」
「ふふ。あの時のご忠告、夫婦ともども感謝いたしております。ウォルト様の正義感と友情に、感銘を受けました」
「っ! 嬉しく思う」
 
 がちゃり、と開けられた扉の向こうには、黒いローブ姿のユリシーズが既に座っていた。

「よお、ウォルト」
「リス!」

 両腕を広げて近寄る騎士団長を、渋々立ってハグで迎える。
 ウォルトは嬉しそうに、ユリシーズの肩をぽんぽん叩き、体を離すと今度は真剣な顔で

青晶石せいしょうせきの件は、すまなかった」

 と謝罪した。
 
 ユリシーズの実験の過程で偶然精製できた石、と言ってある。
 私の歌声で偶然できた石、なのだが「大して違いはないだろ」と言われて、それもそうだなと受け入れた。
 ちなみに、私の声の力で無理やりウォルトを退室させたのは「結界が作動した」ということになった。

「いい。王国も必死だったってことだろう」

 真剣な表情で話し出すのを、私は脇で黙って見ている。この時ばかりは侯爵と騎士団長の顔で、ふたりとも凛々しい。
 
「今や資源が枯渇していっているのは、目に見えているからな」
「騎士団長の耳に入るほど深刻か」
「その通りだ。貴族たちは自分の財産を守ることしか頭にない。民の暴動を抑えるのは俺たちの役割だが……切ないよ」
「だろうな……まあ、座れ。我が妻がウォルトのために色々作ったそうだぞ」
「え、まさか手料理! ですか!」
「はい! お口に合えば嬉しいのですが」

 リニがワゴンに乗せて運んできたのは、ノエルと一緒に作った料理の数々だ。
 とうもろこしをすりおろして作ったコーンポタージュに、燻製くんせい肉のチーズ焼き。新鮮な野菜を使ったサラダや、鳥のステーキなど。
 がっつり楽しんでもらいましょう! と腕によりをかけたものばかり。ちなみに食材や調味料は、中庭で採れたものと、ディーデから分けてもらったものだ。
 
「うわぁ」

 座ったウォルトが目を輝かせたのが、単純に嬉しい。
 一つ一つサーブするのではなく目でも楽しめるよう、一気にテーブルに並べていく。

「どうぞ召し上がれ」
「はい! ……その前に、奥方にも謝罪をしたい」
「え?」

 ウォルトは座った姿勢のままサーブしている私に体を向け、深々と頭を下げた。

「ウォルト様!?」
「近衛の一部が腐っていた。そのせいでいわれなき中傷を許してしまった。申し訳ない!」
「どうかお顔を上げて下さいませ」

 責める気持ちは、今の私にはない。
 だってそのおかげでユリシーズと結婚できたのだから、恨みよりも幸せな気持ちの方が強いのだ。恥ずかしくて、言えないけれど。

贈賄ぞうわいの証拠は掴めなかったが、陛下と殿下には報告をした」
「それだけで十分ですわ! さ、もう気にせず思いっきり召し上がってくださいませ。遠慮は無用ですわよ」

 ウォルトが顔を上げ、不安げにユリシーズを見ると、彼は肩をすくめて苦笑した。
 
「セラがいいならいいだろ。セラ。こいつ、ほんとに遠慮しないからな?」
「言うなよリス~! では、お言葉に甘えて」
「どうぞ!」
「食え、食え」

 あっという間に空になっていくお皿の勢いに、はしたないがゲラゲラ笑ってしまった。
 さすが騎士、食欲がものすっごい!

「うまい! うまい! これもうまい! うわあ、うまい!」

 
 ――れんご〇さんかな?

 
「はあ。なんて素晴らしい奥さんなんだ……羨ましいぞ、リス」

 食事後は腹ごなしの散歩をしながら、中庭のガゼボへ案内した。
 さわさわと揺れる季節の花々と、ハーブの香り。月明かりの下でそれらを楽しみながら飲むワインは、また格別なのだ。
 ガゼボには半円になる形でソファが設置してあり、ユリシーズ、ウォルト、私の順に座った。私の真向かいに、ユリシーズ。横にウォルトだ。
 ローテーブルには、リニが予め軽食をセットしてくれている。
 
 ユリシーズがワインボトルを傾けて、ウォルトのグラスに注ぎながら早速毒づいた。
 
「お前も早く嫁見つけろ」
「って言われてもなぁ」
「えっ!? ウォルト様、独身!?」
 

 騎士団長ってモテないのかな?

 
 そんな私の疑問が、言わなくても分かったようだ。
「我が家は男爵家でして……しかも遠征も多い身で」
 いじいじしながらグラスを回すウォルトの耳は垂れ、尻尾は完全に足の間に入っている(幻だけど)。
 
「そんなのただの言い訳だろ。鈍感でガサツだからだ。女心も分かってないしな」
「ああ!? リスだって何回もキレられてただろう!」
「おっま! それ言うかぁ!?」
「セラちゃん、なんでも聞いて! 俺、全部知ってるから!」
「えっ、全部!?」


 どうしよ、リスの過去の恋バナ聞いちゃう? 聞いちゃうー!?


「言うな! 聞くな!」
「えーと。えへへ」
「うわーかっわいいなー。えへへだって」
「見るな」
「なんでだよ。見るぐらいいいだろ! 可愛い女の子を見る機会、ないんだよ!」
「俺の嫁だっつの」
「セラちゃん! 今から乗り換える気はない? 俺、優しいよ!」

 
 はーーいーーーー?
 

「だってリスはさぁ、寄ってくる女が金目当てだからって、てめえにやる金は幻ですらねえよ! って魔法で雷出したんだよ。すごいでしょ」
「わーお!」

 かっけえ! って思っちゃった。
 
「てめ、まじで言ったな? 信じらんねぇ!」
「それでもすり寄ってくるのがいたから、今度は紫の霧出したんだよね。近づくと毒で死ぬぞって。ぶっはは! あれはおかしかったなー!」
「え!! 毒吐いたの?」
「吐いてねーよ。色だけだっつの」
「すっご! 見たい!」

 思わず立ち上がって、ユリシーズに駆け寄った。
 
「やんねぇ! 座れ!」
「見たい~! 見たい~!」
「やんねーっつの」

 脇に立って、袖を持ってぐいぐい引っ張ってたら
「おねだり可愛い~俺にもやって~」
 とだんだんウォルトがうざくなってきたので、無視してたら――

「あー。可愛い嫁が欲しい~シクシク」

 泣きだした。

「だから嫌だったんだ。こいつ、酔うと泣いて大変なんだよ」
「だいぶ鬱陶うっとうしいですね」
「だろ?」
「これ、どうするんです?」
「寝たらリニに運ばせる」
「うわー。リニごめーん!」
「気にすんな、慣れてっから。それより……セラの手料理、本当に美味かった」

 微笑むユリシーズが、私の手を握った。相変わらず、温かい。
 夜風で前髪が舞って、瞳が輝いて見える。

「ほんと? また作ってもいい?」
「ああ。また食べたい」

 嬉しくて、抱き着きたいけど我慢してたら
「うわーん! おれも嫁ほしーよーーーあああーーー! ……ぐー」
 という断末魔でもって、ウォルトが膝に突っ伏して寝た。


 顔を見合わせて、ふたりで笑った。

 

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 お読み頂き、ありがとうございました。
 番外編いかがでしたでしょうか? リスの過去話とか、楽しそうです。グレてそうで……笑
 
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