13 / 43
新婚生活
密輸疑惑
しおりを挟むアロマキャンドル作りには、アロマオイルが必要だ。
前世なら、オシャレショップにいくらでも売っているけど、ここでは自分で抽出するしかない。
私はどうしたかと言うと……作ってもらいました、水蒸気蒸留装置! 行ってて良かった、アロマセラピストスクール!
というのも、モラハラ旦那から逃げる術を模索していましてね……結局お金の無駄だってグシャッと握り潰されましたけどね。
で。ユリシーズの執務室で、ガラスのフラスコとかグルグルの管とか紙に書いてプレゼンしたら――
「ふむ……なるほどな。ハーブに水蒸気を当てて香り成分を湯気で取り出し、冷やして抽出するわけか。良くできている」
「ふおおお」
「おま、どっから声……新しいなそれ。くっく」
私の簡単なスケッチで全部理解する旦那様、すごくない!? やっば、かっけぇ!!
「だがこの装置の大きさだと、量産はできないだろ」
「良いんです。高価な贈り物にしてもらえればと」
「なるほどな。ロウソクなら消耗品だし、後腐れなくて良いな」
「言い方! でも事実!」
「はっは! 貴族向きだ。よく考えたな」
「えへへ」
「となると、セラの作業部屋がいるか。中庭に近いところがいいな。リニ」
「は」
「金に糸目はつけん。自由に整えてやってくれ」
「仰せのままに」
「ぎょわ!?」
「お。その声はいつものやつだな」
クックック、とまた目がなくなるユリシーズは、愉快そうだ。
「お金の無駄とか、意味がないって、言わないんですか」
前世で、散々言われてきたことだ。
「あ? やりたいんだろ?」
「はい」
「なら、やれば良い。やりたいって気持ちには、それだけで価値がある」
「っ!」
「それにな。この俺様を誰だと思ってる? 大魔法使いユリシーズ様だぞ。嫁一人ぐらい、何不自由なく養う甲斐性はある」
この人、一体何回私の心臓鷲掴みにする気なのかな。
「嬉しいです!」
「あーでも二つ、約束しろ」
「二つ?」
「ちゃんと寝ろ。朝食は、いつも通りに」
じゃないと際限なくなるだろ、とちょっと頬を赤らめるユリシーズに、また抱き着きたくなったけれど……執務机越しのここからじゃ、遠かった。
「分かりました!」
うん、遠くて良いんだ。だってこれは、白い結婚だから。
◇ ◇ ◇
「奥様ー! オラのご飯、不味かっただか!?」
「あーごめんノエル! 違うの、食べるの忘れてただけ……」
「作るの夢中になりすぎですだ! ごはん忘れたら、ダメですだ! 倒れるだよ!」
「あとで食べるよ~」
「だめだ。今すぐ食べるだ! 食べ終わるまで、見張るだよ!」
「はいっ!」
ぷんすこして腕を組んで立っているノエルは、私の作業部屋まで食事を運んでくれている。
彼は遠い田舎の孤児院を出された後(十六で出ないといけないそう)、行くあてもなく彷徨っていたところをユリシーズが拾ったらしい。
ちなみに、髪の毛はふわふわの猫っ毛だ。ここでも猫。猫……
「わたくし、カエルですもんね……」
パンをかじりながら、思わず呟く。
目の前には、型に流し込み冷えて固まるのを待っている、たくさんのロウソク。割りばしのような棒を型枠の上に渡して、芯を差して……と全てが細かい手作業。
ノエルはさすが、片手でも食べられるようにとサンドイッチを作ってくれていた。
「何か言っただか?」
「ううん。ノエルはここに来た時、獣人とか平気だったの?」
「それどころじゃなかったですだ。オラすんげえきったねえ恰好で死にそうだっただよ。リニさんにゴシゴシ洗われて助かっただ。あ、ミンケさんは怖いですだな」
「ぶっふ!」
「内緒ですだよ!」
「わかったわ」
たぶん心音でバレてると思うよ、とは言えないなぁ~。
「それ、キレイですだね~」
「あ、ひとつあげるわ。寝るときに灯してみてね」
「え! でででもこんな高価な!」
「ううん。いつもありがとうの気持ちだから。これね、ラベンダー。よく眠れるのよ」
ロウソクの側面には、ドライフラワーにしたラベンダーの花をつけて成型してある。
つまりは、ボタニカルアロマキャンドル。目にも楽しくした自慢の品だ(高級感大事!)。
それを受け取ったノエルは、目に涙を浮かべている。
「オラ、オラ……大事にするだ……」
「ううん、使って! 気に入ってくれたらまた何個でもプレゼントするから。ね?」
「はい……奥様……お優しくてオラ……うう」
「奥様っ」
すると、ミンケが珍しく焦って走り込んできた。
「ノエル、何泣いて……いやそれより、大変です」
「え? どうしたの?」
「旦那様が、拘束されるかもしれません」
――は?
「拘束、て何!」
私は勢いよく立ち上がった。
作業机に置いていたトレーの茶器がガチャンと派手な音を立てる。ノエルも動揺して顔が青ざめている。
「獣人王国への密輸疑惑だそうです。王国資源である青晶石を流した疑いで、騎士団長が直々に来ました」
耳が良いミンケは、部屋の外からその会話を聞いて走って来てくれたのだろう。
「なんですって……!」
隣国である獣人王国ナートゥラとは、正式に国交を結んでいるわけではない。
ユリシーズはあくまで『個人』の範囲で交流しているにすぎず、それは何ら咎められるものではなかったはずだ。
確かに青晶石のいくつかは、日ごろの感謝としてディーデにプレゼントしたが、ユリシーズもそれは問題ないだろうと了解していた。それを、誰かが捻じ曲げて……
「リス様は今どちらに」
「執務室においでです」
背筋に悪寒がぞわりと走る。
疑惑だけで、騎士団が動く訳がない。
――私は、考える前に走り出していた。
1
お気に入りに追加
436
あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
責任を取らなくていいので溺愛しないでください
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
漆黒騎士団の女騎士であるシャンテルは任務の途中で一人の男にまんまと美味しくいただかれてしまった。どうやらその男は以前から彼女を狙っていたらしい。
だが任務のため、そんなことにはお構いなしのシャンテル。むしろ邪魔。その男から逃げながら任務をこなす日々。だが、その男の正体に気づいたとき――。
※2023.6.14:アルファポリスノーチェブックスより書籍化されました。
※ノーチェ作品の何かをレンタルしますと特別番外編(鍵付き)がお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる