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第三章 宿縁、繋がる
第24話 再会
しおりを挟む赤く巨大な門は、向こう側にほんのわずかだけ開いた。
その隙間からふたつの人影が見えたかと思うと、あっという間に走り出て、空中でくるりと回転してから、池の淵にたんっと降り立つ。
二人のうち、一人は長い黒髪で白い狩衣姿。烏帽子には雑面と呼ばれる、白い布に黒墨で人の顔に似た記号が描かれたものを着けており、面貌は窺いしれない。
もう一人は、誰もが見上げるほど背の高い、乱れたボサボサの灰色髪に紫色の直垂姿の男。
近くへ歩み寄る二人を、ギーは舞っていた手をするりと下ろしてから出迎えた。
「……久しいな、涼月、夕星。げに恐ろしき人の子らよ。本当に生きたまま渡り、生きたまま帰るとは」
「ああ。妻共々、無事戻れた。感謝するぞ、ギー」
笑顔で挨拶をする涼月の一方で、真っ白な狩衣姿の夕星は無言で礼をし、手で素早く印を結び、口を開く。
「いみじくも、いのちのかがやきありて、うつしよにとじらむ」
と――
「があおん!」
「がおおん!」
門の向こう側で、黒い巨大な狼が吼えた。
「玖狼!? え? えっ」
沙夜が動揺して首を巡らせるが、こちらにきちんと玖狼はいるし、門の向こうの狼は頭が二つある。
あちら側に居る双頭の黒い狼は、わずかに開いた門の縁をそれぞれの額で同時に押し――ぱたん、と閉じられた門はガチンと閂が下り、じんわりと消えていった。
「ふう。なんとかうまくいったようだな」
緊張を一番に解いたのは、夕星だ。
それを受けて、周辺のあやかしを殲滅した魅侶玖と玖狼も、戦闘態勢を解く。
「ゆーつづよぉ、俺、あの幅で出るのギリギリだったぞ」
「だから痩せろって言っただろ! バカ涼月」
「えー」
はだけた濃い紫の直垂の前合わせからは、ムキムキの胸筋や腹筋が見えている。
その迫力に思わずのけぞる沙夜に気づくや、ズカズカと近寄る男は、満面の笑みで両腕を広げる。
「さーよー! あいたかったああああ」
強引に引き寄せぎゅむりと抱きしめるのだから、当然沙夜は焦った。
「えっ、ちょ、え!?」
「ちちだぞぉー! あだっ!」
後頭部を手のひらでド派手に叩いた夕星のお陰で、絞め殺される勢いからは解放される。
呆気に取られている魅侶玖を、ギーは眉尻を下げながら振り返った。
「すべては、夕星の策であった」
「うん。まだ大事なことが残ってるけどね」
ハクが苦笑すると、白い狩衣姿の白光一位は苦々しい声を出す。
「ハク様がそのような儚いお姿におなりとは……多大なるご負担を」
「ううん。君たちには感謝している。沙夜の守りのおかげで、帰って来られたね。良かった」
ハクに指さされ、沙夜は手首を持ち上げた。
「え、これ?」
「そう。夕星と僕の髪で作った道しるべ。それがなかったら、そこの二人は帰って来られなかったのだよ」
「へ!?」
「現世と幽世を結ぶ、ちぎりでね。沙夜を守るものでもあったんだけど」
どういうことかと詰めよろうとする沙夜を、ギーが遮る。
「詳しいことは後に。涼月、青剣は見つかったのか」
「こちらに、しかと」
ニヤリと笑って背中を親指で差す。その涼月の言葉に驚いたのは、魅侶玖だ。
「!! ハク様がお隠しになられていたのか!」
「うん。もう力の限界で消える寸前だったから、冥に渡すしかなかったんだ。沙夜の夢の中の冥門に、隠したんだよ。あ、覚えてないか。食べちゃったもんね」
「えっ!? 国宝……わたしが持っ……? えーっと、ええ……?」
動揺して膝のガクガク震えてくる沙夜に、魅侶玖と玖狼が寄り添う。
「深く考えたら負けだぞ、たぶん」
「わしもそう思う」
「えぇ……」
「冥にある宝剣を取って来られるのは、我らぐらいだろう」
事も無げに言う夕星に、沙夜は戸惑うばかりだ。
「母様はそれを見越して、予め渡った、ってこと?」
「そうだ。あちらの時の流れは、こちらと違うからな」
「それによぉ、向こうのあやかしは、すんげぇ強ぇの」
涼月が、言葉とは裏腹に洗練された恭しい態度で地面に片膝をつき、両手で捧げ持つように差し出したのは、凝った装飾の鞘に納まる剣だ。ぼんやりと青い光を発している。
「確かに、我が主である。ギー」
ハクがにこりと微笑んでギーを促すと、素早く手で印を切ってから右手で剣の下に手を添え、左手で上から掴んで受け取った。
「萬物をご支配あらせ給う、青剣なるを尊み敬いて。一筋に御仕え申す」
途端に眩い光が生まれ視界を覆い、またすぐに収まり――
「うん。これでしばらくはあやかしも出ないだろう……戻るよ」
青剣とハクは、あっさりとその姿を消した。
「えっ」
「ハク様っ」
呆然とする沙夜と魅侶玖とは対照的に、ギーと夕星、そして涼月は、いつの間にか地面に跪坐して深く頭を垂れていた。
「さて殿下。目下の危機は去ったとて、これからが肝要」
ギーは、宝剣が戻った余韻すら許さず、厳しい。
「分かっている。犠牲が多すぎた……国を立て直すために、一刻も早く継承の儀を執り行わなければならない」
魅侶玖もまたその決意を滲ませる。
「あのー!」
「なんだ」
だが沙夜は、ほどけた緊張と安心感からか、徐々に体から力が抜けていくのに抗えない。
「分かる、分かるんですけ……休ませ……」
とうとう、玖狼の背に突っ伏し、気絶した。
「ふは! 玖狼、そのまま離宮へ運んでやってくれるか」
「良いぞ。いつものように、添い寝してやろう」
「……そうだな。とりあえず俺も休む。ギーは宝物殿を確認後、情報収集。涼月と夕星は、明朝の朝議で説明を求めることとする。即刻九条と連携後、紫電並びに白光へ復帰、後始末せよ」
「「「は!」」」
離宮の一室で寝ていた沙夜が、魅侶玖に腕枕されているのに気づき動揺して叫ぶまで――ふたりはぐっすりと眠った。
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