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世界のおわり
第45話 言葉と心を繋いで
しおりを挟む【なーにか言ったかにゃ?】
白い光を帯びた鋭い剣を突き付けるリリを見て、さすがにマードックは驚きを隠せない。
「貴様……確かに焼いたは……ずッ!」
【しゃべってる余裕はないにゃよ】
リリの剣は、マードックが咄嗟に自身を庇っていた腕を切りつけ――さらに彼を驚かせた。
「な……!」
しゅたん、と地面に降り立つリリを自然と目で追うマードックは、今度は自身が絶望することとなる。
「リリ、でかした!」
とジャスパーとハイタッチを交わし
「よし! 勝てるぞ!」
とダンが周辺を鼓舞し
「魔王! 下りてこい!」
ネロが強がりを言い、
「皆の者っ、陣形を組めっ」
アンディは剣を掲げて騎士たちを勇気づける。
「「「「おおー!」」」」
そうして人間たちが、獣人やエルフたちと協力して、迎撃の準備をしているからだ。
黒い炎で焼き尽くしたはずの命が、何もなかったかのように躍動している様を見て、
「ど、ういう、ことだあああああああ!」
と叫ぶマードックに、杏葉は淡々と
「滅びの炎を、幻に変えただけ」
その冷たい目線を投げつけた。
「ま、ぼろし……?」
「あなたが、あまりにも自分の心しか見ていないから」
杏葉は、静かにマードックを見つめる。
「どうだった? 焼き尽くした世界は。望み通りのものだった?」
「……」
◇ ◇ ◇
一方で、王都に到着していたセル・ノアは、頭の中に流れ込んできた映像に戸惑いつつ、それを打ち払うように歩いていた。
【……こざかしい!】
動きを止めた魔獣と瓦礫の山を越えて、ソピア王都へ一歩足を踏み入れる。
入ってすぐの広場で、黒い魔王と白く輝く人間が対峙しているのを、見上げた。
今やセル・ノアにとって、どちらも敵だ。
子供の自分を誘拐し、目を抉った人間という種族そのものを。それに組する獣人やエルフを。
父を貶めるための幻惑を垂れ流す魔王を。
【ぐるるる、全て、倒す!】
だがセル・ノアには今、その牙と爪しか武器がない。
仕方がなく、近くに倒れていた人間の手から剣を奪おうと屈むと――目の前に建つ詰所のような建物の影から、こちらを怯えながら見つめる小さな涙目の少年が一人、目に入った。
【!?】
額や膝から血が流れているのが見て取れ、逃げ遅れたのだと思い至る。
視点が下がったからこそ気づいた、そのか弱い存在に
「わたしの! のぞみは! わたしだけの世界だあああああ!」
上空で叫んだ魔王が放つ、黒い炎が迫っているのが分かり。
セル・ノアは、走った。
――咄嗟に。何も考えず。
走って、人間の少年を胸にかき抱く。
【え】
かき抱いてから、戸惑った。
自分でも、意味が分からない。
分からないのに、庇っている。
ぎゅ、と少年がセル・ノアに抱き着いた。その小さな背中が、なぜか心地よい。
【はは。あたたかい……な……】
背中が焼ける匂いがした。
◇ ◇ ◇
【アズハッ!】
【ちいっ、届かねえ】
ガウルとレーウは、空に居る存在を倒す術を探っていた。
武器や拳を構えるが――なにせ届かない。
そうこうしているうちに、魔王に影響されたのか、魔獣たちが再び動き始めた。
【ガウルー!】
【! ランッ】
と、遠くからランヴァイリーが大弓を振っている。目が合うと、一斉に弓を構えるエルフたち。そうしてランヴァイリーが出したハンドサインは【行け】だ。
【上等だな。暴れるぞ、ガウル!】
動き始めた魔獣たちに恐れおののいていた人間たちも、ガオオオオン! と咆哮するレーウに勇気づけられていく。
さすが金獅子だな、と銀狼は大きな声で応える。
【おうっ!】
剣を構えると、すぐ横に杏葉が空から降り立った。
「滅びの炎なんて! そんなの絶対認めないから!」
強い目でマードックを睨む杏葉の横顔を、ガウルは心から愛しいと思った。
【アズハ……俺もだ。あんな自分勝手でワガママなやつ。認めないぞ】
「ガウルさん!」
杏葉は、輝く笑顔でガウルを見、そして真剣な顔で魔王に向き直る。
そうして生み出す白い光が、黒い炎を凌駕していき、ついにマードックは地に足をついた。
「なん、なん……きさまあああああああ!」
【ガウル! こっちは任せろ】
【!】
レーウの声に頷き、ガウルは躊躇いなく進んだ。
魔王に集中するために。
「銀狼……人間の犬め!」
【……】
ガウルは剣の柄を両手で持ち、剣先をマードックの眉間へぴたりと合わせる。
杏葉の白い光が銀の毛並みを一層輝かせ、その表情は先ほどまで苦戦にあったとは思えないほどに充実していた。
歯茎をむき出しにして威嚇する、気高い気迫が刃先に乗り、煌めく。
【行くぞっ】
「生意気な!」
――キーンッ……
耳に痛いほどの耳鳴りは、魔王に斬りかかったガウルの剣を、魔法で弾く音だ。
【ふんっ】
それでもガウルは、何度も何度も剣を振るう。
黒い炎は、杏葉が白い光で包み込んでいくために、ガウルへ届くことはない。
金属音のような音が、ガキン、キン、キンッと広場で弾けている。負けじと、魔獣たちと戦う者たちの怒号と、剣戟音と、打突音。王都で響く戦いの音が、大気を震わせる。
「っくそ!」
魔王は火の魔法を唱え始め――そのいくつかが、銀狼の体の一部を焼いた。銀毛が黒くなるのを目の端で捉え、焦るのはジャスパーだ。
「やっべ!」
「ジャス、いけるか!?」
「きびしー!」
ガウルへシールドを、と思ったジャスパーとダンだがしかし、リリと三人で地上の魔獣に対応するので精一杯。
そこへ――
【まに、あったー!?】
【ギリギリってところか】
ドカドカと走り込んできたのは、クロッツとバザン。そしてウネグと――マントの二人だ。
【加勢します!】
【じゃーそっち任せたにゃよ!】
【っ、はい!】
リリがすぐ背中を預けてくれたことに、ウネグは泣きそうになる。
「うわ! 熊の耳ー! すっげえええええ! 殿下っ、見てくださいよ!?」
「ネロ、うるさい」
そんなネロとアンディに、思わず苦笑いする娘婿との再会を、顔じゅうで喜んで見せたダンはだが
「バザン! ガウルのところへいってくれるか!」
とすぐに気持ちを切り替えた。
「ワカッタ」
マントの二人を伴って、バザンは頷く。
【ちょおー! こんな時まで、ボク、無視されてるっ!】
クロッツは、半泣きで魔獣に相対し――
【やつあたり、してやるーーーーーーっ!】
猛攻を開始した。
「ははっ、頼んだぞクロッツ!」
ダンはクロッツの肩を後ろからポンポンと叩いて激励してから、
「ダンさん! 絶対勝つっすよ!」
「おう!」
ジャスパーと一緒にバザンの背中を追いかけた。
【あおおおおおおおん!!】
お馴染みのクロッツの遠吠えは、あとから騎士たちの間で「犬獣人、めちゃくちゃ強かった」「遠吠えの人、半端なかった」と有名になったとかなんとか。
◇ ◇ ◇
【あれが魔王か】
「バザンさん! 来てくれたんですねっ!」
【アズハ、挨拶は抜きだ。パンタラ、ガウルにシールド】
【はい】
パンタラ、と呼ばれたマントのひとりが、ガウルに魔法防御を施す。
【ひえええ、やっぱり、こ、こわい~~~!】
ひょこり、とフードを取ったもうひとりはなんと
「ワビー!?」
【えへ、来ちゃった。回復魔法、できるから】
ウサギの半獣人で、薬草を育てるのが得意な彼女は、ガウルの焦げた肩に向かってヒールをする。
「ありがと!」
【うん!】
【俺は加勢するぞ】
「もふっ……き、気を付けてっ!」
また熊耳をもふもふしたい欲を抑えつつ、杏葉はバザンに声を掛ける。
「ははっ、こんな時まで」
「もふもふかよ!」
「ダンさん! ジャス!」
「魔王倒すぞ!」
「あじゅー、黒い炎、このまま頼んだぞー!」
「はいっ!」
ガウルは黒焦げになりながらも、魔王と果敢に戦い続けていた。
その背中は獣人だけではなく、人間やエルフにも希望をもたらし、そしてそれは、魔王の力を奪うことでもあった。
「なぜだ! なぜ、あきらめん!」
【好きだからだ】
「な」
ガウルは、剣を振るいながらマードックに語り掛ける。
【種族など、関係ない。好きなものは、大切だ。だから、守りたい】
「綺麗事を! どうせ人間は、裏切るのだ!」
【裏切るから、なんだ】
「獣人と人間は、相容れん!」
そんなマードックに向かって
【そんなことはないぞ】
バザンも、声を張り上げる。
【俺は熊獣人と人間の間に産まれた! 妻は人間だ! 子供もいる!】
「……!」
そして、そのバザンの横に立っていたマントのひとりが、フードを取った。
【オレはパンテラ――】
現れたのは、黒髪黒目の人の青年だが、黒くて丸い耳と、黒いしっぽを持っていた。
【黒豹と人間の子。あんたの一族だよ】
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