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世界のおわり

第31話 精霊の子の役割

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【ふふ。アズハさんと言ったかしら。あなたの目から見て、獣人がこういうドレスを着て、って滑稽かしらね】
「いいえ、サリタさん。とてもお美しいですし、同じような文化があるのだと、嬉しく思います。そのブルーのドレスが銀の毛色ととってもお似合いです。ガウルさんの目の色みたいですね!」
【まあ! そうなのよ。久しぶりに我が子に会えると思って選んだの。分かってくださって嬉しいわ】
【あらずるいですわ、おばさま。ねえアズハさん、わたくしのドレスはどうかしら?】
「ブランカさん! その白い毛並みとパステルグリーン、とっても可愛くてお似合いです。白いフリルが良いですね! エメラルドグリーンの目の色と合わせたのですか?」
【うふふふふ! そうなの!】

 きゃっきゃと会話をする女子たちをしり目に、はあ~と不満ありありの表情を浮かべながら、伯爵は再び椅子にどかりと腰かける。
 
【試すようなことをしてごめんなさいね。アズハさんの言う通り。かつてフォーサイス伯爵家は、人間たちと交流があったの。高い技術力と文化を得て、獣人王国に広めたのが最初よ】
「えっ!」
【なっ! 母上、それは本当ですか!?】
【ええ。だからあの橋が残っているのよ】
【ちょ、ちょっと、待ってくれ……】
「あのすみません! 言語フィールド使っても?」
【わはは、そうだね。えーと。エルフとして安全を保証するカラ。ネ? ……いいよんアズハ】

 ランヴァイリーの助けで、杏葉は遠慮なくフィールドを展開した。
 ぱあっと舞い散る魔力の光の霧に、サリタとブランカは目を輝かせる。

「ああー、よかった」
「何話してるか分からないけど、すっげえドキドキした……」

 ダンとジャスパーが、ようやく肩の力を抜く。

「言葉が……!」

 驚愕するマルセロに、ランヴァイリーが
「伯爵。彼女は『精霊の子』です。事態はひっ迫してイル。どうか話を聞いて欲しイ」
 と改めて真面目な顔で告げた。そして後ろを振り返って人間の二人に挨拶をするよう促す。
 
「人間王国ソピア、冒険者ギルドマスターのダンだ」
「同じく、サブマスターのジャスパー」
「そうか……冒険者ギルドのマスターが来るなどとは、思いもよらなかったな」

 マルセロの視線は厳しいままだが、嫌悪は感じない。そのことを、杏葉は意外だと思った。
 その証拠に、執事のオウィスが一生懸命隣にテーブルをセッティングし始めたからだ。さらに六つの椅子が持ってこられている。
 マルセロの正面にガウル、隣に杏葉、ランヴァイリーが座った。
 ブランカの隣に、ダン、ジャスパー、リリ。ダンの向かいにクロッツがずれて座り、アクイラ、ウネグが腰かける。

「ソピアの状況が悪化していることは、気づいている。なにせ、我が領が一番ソピアに近いからな」

 伯爵に促され、それぞれお茶を飲みながら耳を傾ける。

「エルフが精霊の子と共にあるということは……魔王が生まれたという噂は本当なのだな」
「恐らくは。それを確かめるためニモ、橋を使わせていただきタイ」
 
 ランヴァイリーがきっぱりと告げると、黒狼は思わず空を見上げた――ガゼボの白い木造屋根に阻まれてはいるが、今日は良い天気だ。
 ふう、と大きく息を吐いて、再び伯爵はエルフ大使に向き直る。

「エルフだ、精霊の子だ、と言っても人間が聞く耳を持つとは思えないが。どう打開する」
「冒険者ギルドから働きかけます」
 
 ダンが、目に力を入れて発言する。

「情報では、大量の人間の犠牲者が出ている。それがこちらに波及しないとも限らない。急がなければ」
「何をどう働きかける? 魔王が生まれている、戦力を集めて対応しよう、か? 伝承によれば、魔王はその存在それだけで世界を破滅に導く。対抗しようなどと、思うだろうか? 世界の果てへ逃げるだけではないのか?」
 
 二の句の継げないダンを横目に見てから、マルセロはお茶を一口飲み下して、続ける。

「長きに渡り、人間と獣人とエルフの間の関係性は失われている。今さら手を借りようとする人間などいるまい」
「だから! あの橋を!」

 ガウルが、叫ぶように言う。

「かつての俺の友人ならば、あるいは!」
「またそんな甘い目算で、これほどの人数を巻き込んだのか? 騎士団長ともあろうものが、情けない」
「っ……」

 あれほど、頼りがいがありカリスマ性に溢れていた銀狼が、伯爵の前だと形無しになる。
 そのことに、杏葉は感動を覚えた。

「すっごいですね! さすがガウルさんのお父さんです! かっこいい~」
「は?」

 さすがにマルセロは、困惑する。杏葉がキラキラした目で自分を見ているからだ。
 
「何を……」
「ガウルさんと、すっごく似てます! わざと厳しいことを言って、注意してくれてる。ね、ガウルさん。川下の町で最初に出会った時もそうでしたね。うふふ」
「アズハ……」

 ガウルは、眉尻を下げるしかない。
 言葉が分かるのが杏葉しかいないなら、杏葉を騙せばよいのだな? とすごんだことを、思い出したからだ。
 
「そうカア、精霊の子って、そういう役割なんダネ。やっと分かったヨ」
 
 その隣で、ランヴァイリーがにこにこ笑う。

「私の、役割?」
「そ。言語フィールドってさあ、言葉だけじゃない。心を繋ぐンダ。種族も超えて。だってほら見てごらンヨ」

 サリタも、ブランカも。
 オウィスも、他のメイドたちも。
 みんなが微笑んで杏葉の発言を聞いている。

「あ……!」
「心を、繋ぐ……だと? そのような怪しげな」
「伯爵。怪しげなやつなら、精霊はこんな楽しそうじゃないヨン。見せられなくて残念だケド」

 くるくる指を回しながら宙を指すランヴァイリーに対し、
「それならこれでどうですか?」
 んんん! と杏葉が意識をして魔力を使うと、なんとフワフワ飛び回る精霊たちの姿が、皆の目にも映るようになった。

「っ!」
「まあ、可愛い」
「すげえ」

 それぞれが感嘆の声を漏らす中、ガウルは
「アズハ! 無理はするな」
 と寄り添う。
「へへへ……あ、だめかも……」
 
 緊張と、急激な魔力消費で、杏葉の全身から力が抜ける。
 そして、遠のく意識の中で、思い出す。


 ――数百年前の、滅亡の時を。
 
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