彼岸花

司悠

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1968年師走、その1

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 漫才の決行日は十二月二十一日、土曜日だ。
あと三週間、僕が部室へ行くと、正志(タダシ)がソファーで寝そべっていた。
「よぉ~、正しくないのに正志! 久しぶり」
「何んや、幸せじゃないのに幸子みたいに言うな! 」
彼はそう言いながら続けて、
「よぉ、久しブリっと屁をこいた」と本当に放屁した。 
「臭い奴やな」。
「神尾は? まだ生きてるか? 」
「多分」
「全共闘の前で漫才やるってーー 」
「せやねん」
「一歩間違うたら、殺られるでーー 」
「覚悟のうえや」
「そうでっか」
「そうでおま」                       
 正志が部室を出ていき、しばらくして神尾がやって来た。
彼と一緒に蛾が迷いこんできたのを僕は見つけた。小雪のように小さくて白い蛾だ。
「あっ、蛾や! 冬やのに蛾がおるんや」
「死に場所を探しているんだ」神尾が言う。
その蛾は音もたてず探し物をするかのようにあっちへヒラヒラこっちへヒラヒラ飛んでいく。
冬に蛾は似合わない。生きていく辛さが飛んでいく。僕はそんなことを考えながら蛾を追いかける。蛾は壁に留まる、僕は近寄る。
「逃げろよ」神尾が言う。
その言葉が伝わる、冬の蛾はヒラヒラ逃げた。
また壁に留まる、僕は近寄る、逃げたヒラヒラ。何回か同じことを繰り返した。そして、僕は窓を開けた。冬の蛾は外へ。死に場所を探せよ、僕は思う。
白い蛾は桜のようにヒラヒラヒラと回った。そして青空へ消えていく。多分死ぬのだろう。               
「バァ~イ、菜の花咲けば、今度は紋白蝶になって帰ってこいよ」神尾が呆けた。
「なんでやねん」
「死んで生まれ変わるのさ」神尾が言った。
僕は窓を閉めながら、
「ほんの今まで、正志が部室で寝とった」と神尾に言った。
「生きとったんか」
「生き恥さらしとった」
「ラブ チェンジレスか」サークルで英語の直訳が流行っていた。
「??? 愛、変わらない? 愛、変わらない? か」
「相変わらずだ」と神尾は笑った。
「ずらわかいあーー 」僕は逆さ言葉で応酬した。
          ☆
 ロングヘアーの美沙はいなくなった。今はショートカット、髪の毛を切った分、美沙は遠くなった。半年前からその兆候はあったのかも。あの時、
「ごめんネ」と美沙は泣いた、未来のパラダイムが消えた日。
「世のなかは面白くない真実と面白い虚偽でできている」神尾は言った。
「その裏もありよ、面白い真実と面白くない虚偽、そうとも言えない? 」美沙は言った。
僕らから距離を置くこと、過去のパラダイムからの脱却、彼女の中ではそれが必然だったのかも。今は全共闘のなかで自分のアドレスを探している美沙ーー それが現在のパラダイム? トライアングルが崩れていく。
寂寥感、欠落感、そして喪失感、それらが僕の心に拡がりつつあった。
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