3 / 15
1968年晩秋、その2
しおりを挟む
「我々はぁ~~ 日本帝国主義打倒のぉ~~ 闘争に~~ 勝利しい~~ 今こそ~~ 革命の時が近づいた~~ 」
占拠中のE光館の前、黒字で中核と記した白ヘルメットのナベがアジっていた。僕、神尾、美沙はシンパを装った聴衆だった。
「異議なし! 」と僕は叫びながら、その後小声で、
「何を言うとるんか、まるっきし解からん」と言った。
その時、その時だ。ナベと同色のヘルメットを被ったゲバ学生が、
「ナンセンス! 帰れ、帰れ」と叫び、ナベに襲いかかった。
その男はゲバ棒を振り下ろす。ナベは一瞬ひるんだがすぐに相手の脚を取ろうとした。だが空振り、その男は疾風のように走り逃げていった。
「革マルだ」とナベが叫ぶ。
数名の中核派の学生が追っていった。髪をシヨートにした美沙は心配そうにナベに近寄っていった。ナベは大丈夫と手で合図をし、
「殺るか、殺られるかだ」と言った。そしてアジ演説を続けた。
ナベに会うことが出来たのは十一月になってからであった。やはり、ナベは新宿騒乱で検挙されていた。
僕とナベは幼なじみだった。ナベは昔から寡黙で常に何かを追及していた。特に興味を抱いていたのは物理。中学の時、既に高校物理を独学していた。
「すごいやん! 」僕は言った。
彼はその言葉に答えるように先へ先へと独学、「高校物理も終わった」と話した。
また彼は空手の真似事もしていた。手刀で木片を割った。彼は教室で木片割りを披露した。クラスの仲間が驚けば驚く程、彼はその強さを誇った。
高校に入り、彼は柔道部に所属した。寝技が得意で寝かしたら離さない『すっぽんや』と部員が口を揃えて彼のことを言った。
「すっぽんナベか」僕は茶化した。
柔道は彼の寡黙さ、鷹揚さに似合っていた。でも反面、彼の鷹揚さは敵をもつくった。高校時代は番長にいつも睨まれていた。あげく、そのグループの三人に殴られ、ボコボコにされたこともあった。でも彼はどこ吹く風と歩いていた。
「柔道に比べれば何のことはない」と飄々としていた。
僕はそんなナベの情報を神尾と美沙に話した。それから、
「僕らの計画を実行するにはナベの協力が必要や」そう言った。
「だから、ナベを怒らしたらアカン、アカン」なおも言った。
「ナベを怒らせば沸騰する」神尾が言う。
「それはナベちゃう、ヤカンやろ」僕はそうツッコんだ。
上出来! 神尾はそんな顔をした。
僕らの計画というのは、建物を占拠しているゲバ学生の前で漫才をやる、ということだった。僕らはその突拍子もない計画をナベに話した。
僕らとナベは、烏丸今出川のひとつ北の交差点、相国寺の向かい側にある「栞」という名前の喫茶店にいた。
店内にはサイモン&ガーファンクルの曲が流れていた。
「危ない、危ない。ヘタすりゃ袋叩きだ」ナベの第一声だった。そして、
「ジコマンやろ」と続けた。
ジコマン? 確か美沙も同じようなことを言っていた。
「そげな饅頭あったんか」神尾が呟いた。ナベは神尾の言葉を無視し、
「やめとけ」と言った。
「あっ、前にもこんな風景に出会ったことある」美沙が遠くを見るように言った。
「いつだったかな? 思い出せない。奇妙な異和感」
「前世の話だろ」スピリチュアル神尾の真骨頂だ。
ナベは興味深げに美沙を見ていた。
ジコマン? おまえらのやってることやろ、僕はナベに言いかけてやめた。その代わりに、
「そうかもしれない」と僕は話を戻した。
ナベの言葉を否定すれば話が前へ進まないからだ。
僕らはなおもバリストのなかで全共闘相手に漫才できるようナベを説得した。
「ナンセンスやろ」ナベの否定的な言葉だった。
「そうや、芸名は『ナンセンス』や」僕はボケた。
「相変わらずやなぁ~ 人を食ったような言い方や」ナベは言った。それから、
「我々は異議を唱えるとき『ナンセンス』と言う。ナンセンスは帰れコールの枕言葉みたいなもんや」、「芸名『ナンセンス』と聞いてどう受け止めるか、我々へのアイロニーとして受けとめる奴もいる。我々は過敏だ」と続けた。
僕は反射的に、かびん? 一輪挿しか、それは花瓶や、心のなかでひとりボケ、ひとりツッコミをしていた。
「おかしくない? 変だよ」塩のような沈黙を破るように美沙が言った。
「我々は真剣だ」ナベは鋭い眼をして言い切った。
ナベは学生運動に参加して随分と饒舌にーー それに繊細になっていた。僕の知っているナベと今のナベ、どちらが本当のナベ?
昼下がり、サイフォンコーヒーの泡がまるで時を刻むように規則正しくぷくぷくとあがっていった。それに同化するように神尾からの紫煙が昇っていく。時が、泡が、煙が、刹那的な饒舌さで動いていく。そして次から次へとまるで人生の必然かのように消えていく。僕はその様を見ていた。ナベは腕を組んで考えているふうであった。そんななか、
「強硬突破するか」、「革命家が死を恐れんなら、パフォーマーも死を恐れん」神尾が続けて言った。その言葉は沈滞した空気を動かした。
「ひとつ方法がある。シンパになることや」ナベが言った。
「シンパでもカンパ(寒波)でも、ナンパ(軟派)でもなるでぇ~ 」僕はナベに言った。
ナベはOKの合図のように人懐っこく笑った。サイモン&ガーファンクルの曲がなおも流れていた。
占拠中のE光館の前、黒字で中核と記した白ヘルメットのナベがアジっていた。僕、神尾、美沙はシンパを装った聴衆だった。
「異議なし! 」と僕は叫びながら、その後小声で、
「何を言うとるんか、まるっきし解からん」と言った。
その時、その時だ。ナベと同色のヘルメットを被ったゲバ学生が、
「ナンセンス! 帰れ、帰れ」と叫び、ナベに襲いかかった。
その男はゲバ棒を振り下ろす。ナベは一瞬ひるんだがすぐに相手の脚を取ろうとした。だが空振り、その男は疾風のように走り逃げていった。
「革マルだ」とナベが叫ぶ。
数名の中核派の学生が追っていった。髪をシヨートにした美沙は心配そうにナベに近寄っていった。ナベは大丈夫と手で合図をし、
「殺るか、殺られるかだ」と言った。そしてアジ演説を続けた。
ナベに会うことが出来たのは十一月になってからであった。やはり、ナベは新宿騒乱で検挙されていた。
僕とナベは幼なじみだった。ナベは昔から寡黙で常に何かを追及していた。特に興味を抱いていたのは物理。中学の時、既に高校物理を独学していた。
「すごいやん! 」僕は言った。
彼はその言葉に答えるように先へ先へと独学、「高校物理も終わった」と話した。
また彼は空手の真似事もしていた。手刀で木片を割った。彼は教室で木片割りを披露した。クラスの仲間が驚けば驚く程、彼はその強さを誇った。
高校に入り、彼は柔道部に所属した。寝技が得意で寝かしたら離さない『すっぽんや』と部員が口を揃えて彼のことを言った。
「すっぽんナベか」僕は茶化した。
柔道は彼の寡黙さ、鷹揚さに似合っていた。でも反面、彼の鷹揚さは敵をもつくった。高校時代は番長にいつも睨まれていた。あげく、そのグループの三人に殴られ、ボコボコにされたこともあった。でも彼はどこ吹く風と歩いていた。
「柔道に比べれば何のことはない」と飄々としていた。
僕はそんなナベの情報を神尾と美沙に話した。それから、
「僕らの計画を実行するにはナベの協力が必要や」そう言った。
「だから、ナベを怒らしたらアカン、アカン」なおも言った。
「ナベを怒らせば沸騰する」神尾が言う。
「それはナベちゃう、ヤカンやろ」僕はそうツッコんだ。
上出来! 神尾はそんな顔をした。
僕らの計画というのは、建物を占拠しているゲバ学生の前で漫才をやる、ということだった。僕らはその突拍子もない計画をナベに話した。
僕らとナベは、烏丸今出川のひとつ北の交差点、相国寺の向かい側にある「栞」という名前の喫茶店にいた。
店内にはサイモン&ガーファンクルの曲が流れていた。
「危ない、危ない。ヘタすりゃ袋叩きだ」ナベの第一声だった。そして、
「ジコマンやろ」と続けた。
ジコマン? 確か美沙も同じようなことを言っていた。
「そげな饅頭あったんか」神尾が呟いた。ナベは神尾の言葉を無視し、
「やめとけ」と言った。
「あっ、前にもこんな風景に出会ったことある」美沙が遠くを見るように言った。
「いつだったかな? 思い出せない。奇妙な異和感」
「前世の話だろ」スピリチュアル神尾の真骨頂だ。
ナベは興味深げに美沙を見ていた。
ジコマン? おまえらのやってることやろ、僕はナベに言いかけてやめた。その代わりに、
「そうかもしれない」と僕は話を戻した。
ナベの言葉を否定すれば話が前へ進まないからだ。
僕らはなおもバリストのなかで全共闘相手に漫才できるようナベを説得した。
「ナンセンスやろ」ナベの否定的な言葉だった。
「そうや、芸名は『ナンセンス』や」僕はボケた。
「相変わらずやなぁ~ 人を食ったような言い方や」ナベは言った。それから、
「我々は異議を唱えるとき『ナンセンス』と言う。ナンセンスは帰れコールの枕言葉みたいなもんや」、「芸名『ナンセンス』と聞いてどう受け止めるか、我々へのアイロニーとして受けとめる奴もいる。我々は過敏だ」と続けた。
僕は反射的に、かびん? 一輪挿しか、それは花瓶や、心のなかでひとりボケ、ひとりツッコミをしていた。
「おかしくない? 変だよ」塩のような沈黙を破るように美沙が言った。
「我々は真剣だ」ナベは鋭い眼をして言い切った。
ナベは学生運動に参加して随分と饒舌にーー それに繊細になっていた。僕の知っているナベと今のナベ、どちらが本当のナベ?
昼下がり、サイフォンコーヒーの泡がまるで時を刻むように規則正しくぷくぷくとあがっていった。それに同化するように神尾からの紫煙が昇っていく。時が、泡が、煙が、刹那的な饒舌さで動いていく。そして次から次へとまるで人生の必然かのように消えていく。僕はその様を見ていた。ナベは腕を組んで考えているふうであった。そんななか、
「強硬突破するか」、「革命家が死を恐れんなら、パフォーマーも死を恐れん」神尾が続けて言った。その言葉は沈滞した空気を動かした。
「ひとつ方法がある。シンパになることや」ナベが言った。
「シンパでもカンパ(寒波)でも、ナンパ(軟派)でもなるでぇ~ 」僕はナベに言った。
ナベはOKの合図のように人懐っこく笑った。サイモン&ガーファンクルの曲がなおも流れていた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
ファンファーレ!
ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡
高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。
友情・恋愛・行事・学業…。
今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。
主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。
誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
【完結】ホウケンオプティミズム
高城蓉理
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞ありがとうございました】
天沢桃佳は不純な動機で知的財産権管理技能士を目指す法学部の2年生。桃佳は日々一人で黙々と勉強をしていたのだが、ある日学内で【ホウケン、部員募集】のビラを手にする。
【ホウケン】を法曹研究会と拡大解釈した桃佳は、ホウケン顧問の大森先生に入部を直談判。しかし大森先生が桃佳を連れて行った部室は、まさかのホウケン違いの【放送研究会】だった!!
全国大会で上位入賞を果たしたら、大森先生と知財法のマンツーマン授業というエサに釣られ、桃佳はことの成り行きで放研へ入部することに。
果たして桃佳は12月の本選に進むことは叶うのか?桃佳の努力の日々が始まる!
【主な登場人物】
天沢 桃佳(19)
知的財産権の大森先生に淡い恋心を寄せている、S大学法学部の2年生。
不純な理由ではあるが、本気で将来は知的財産管理技能士を目指している。
法曹研究会と間違えて、放送研究会の門を叩いてしまった。全国放送コンテストに朗読部門でエントリーすることになる。
大森先生
S大法学部専任講師で放研OBで顧問
専門は知的財産法全般、著作権法、意匠法
桃佳を唆した張本人。
高輪先輩(20)
S大学理工学部の3年生
映像制作の腕はプロ並み。
蒲田 有紗(18)
S大理工学部の1年生
将来の夢はアナウンサーでダンス部と掛け持ちしている。
田町先輩(20)
S大学法学部の3年生
桃佳にノートを借りるフル単と縁のない男。実は高校時代にアナウンスコンテストを総ナメにしていた。
※イラスト いーりす様@studio_iris
※改題し小説家になろうにも投稿しています
恋とは落ちるもの。
藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。
毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。
なのに。
恋なんて、どうしたらいいのかわからない。
⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓
https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911
https://www.comico.jp/challenge/comic/33031
この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。
※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。
M性に目覚めた若かりしころの思い出
kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。
一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる