8 / 15
イカ釣り船
しおりを挟む
「ヤクザひとり殺したよ」男は名刺がわりに言った。キッツイ挨拶やん。ボクは思う。
「朝よ、家の近くでヤクザ三人に襲われた。刀で腹をさされた、背中まで突き抜けた」男は薄ら笑いを浮かべながら言った。
男は家が貧しかったから、中学を卒業して働いた。一生懸命に働いた。十年程して、独立、ちっちゃな食品スーパーをやった。昭和三十年代だ。いまから三十年も前の頃だ。男を磨くにゃ、いい時代やん。
儲かった。男は金融業・不動産業と事業を拡げていった。イカ釣り船の船主は一代記を滔々と語る。
「いまでも傷痕残ってるよ。見るか? 」と、男は勲章を見せるように言う。
「いいです、いいです」ボクは二回否定する。
「わしゃ、その刀で、ヤクザ叩き斬った」男は日本刀を振りかざすように言う。
正義の刃? ほんまかいな、なんか、ドラマチックやん。ボクは思った。
船主の家へ、よろしくーー の挨拶をしてから漁師の家へ行く。
道すがら、強い風が吹いていく。海からの風、海風ってやつ。浜通りにある小さな食堂の軒下(ほんまもんマグロ丼あります)と、稚拙な文字が風に揺れている。
風が風を追いかけ、大漁旗をあおり、グレイに翻していく。殺伐、孤独になっていく町。こんな風景、いつか見た。ボクはデジャブに苛まれる。風が風をデフォルメしていく。
すべてをさらけ出せ!
リアルの対義にあるいびつな風景。案外、そんなところに本当の姿が隠れているのかもしれない。地球が歪んで見える。丸くないのに球体、強風にあおられた奇妙奇天烈な町。
荒れ狂った海に対峙する漁師たち。でも陸に上がった漁師たちはやさしく大らかだ。
ボクもそんな心でありたいネ。でもそんな心になかなかなれないよ。
ボクはアイを捨ててきたんだ。醜いアヒル、ハクチョウになれよと、道端にひょいとゴミを捨てるみたいにアイを捨てて来た。アイは、
「アイアイサー」とーー でも声が裏返っていたよ。
海からのエネルギーは漁師たちの心を荒々しく洗っていく。海へ出ると漁師たちは強者(つわもの)になる。海と対峙する姿勢だ。
「海はやさしい、けど恐い」漁師が言ったコトバだ。
ボクの心にはまだまだ届かないよ、馴染まないよ。でもよぉ~ と自問自答する。
でもよぉ~ やさしく大らかな心って? これがなかなかむづかしいんよ。風にゆらぐ(ほんまもんマグロ丼)の文字のように落ち着きどころがない。やさしくおおらか、そんな心持ちになれないんよ。アイ、そうなんよ。
三ヶ月後に会う? とんでもない! 三ヵ月は別れへのプロローグだ。なおも自問自答する。
ボクには邪気がある。助平心がある。浮気心だってある。自己を律してりゃ、人にやさしくなれるって?
アイだってそうだった。盾はたった一回だけ矛に身体を許したんだ。ボクは店長から聞いた。アイはボクのことを思いながら店長に抱かれたってー
わからない、わからない。やっぱり醜いアヒルだよ。
アイよ、罪人だよ。罰だ、罰、罰だ。三ヶ月、放置してみるか。
ボクはポケットをまさぐり(のど飴)を取出し頬張った。頬が喉仏みたいになった。
それからボクは飴を舌の上でころころ転がした。甘酸っぱさがはじけていく。音はならないけどシュワア~ とした感じ。濃密だよ。濃密な人生でありたいね。飴を喉のなかであっちへやったり、こっちへ転がしたり、自由自在やね。自由自在の人生よ。でも、最後はいつも噛み砕いてしまう。自然に溶けるまで待てないんだ。
なんでもそうなんや。始めゆっくり、中じっくり、仕舞いはエイヤー。最後は、はしょってしまう人生なんだ。アイなら最後までゆっくり、じっくり味わうやろネ。
「わがままやし、価値感の違いやし」アイの声が聞こえるよ。
あぁ、あぁ、ため息ひとつだ。やっぱり三ヶ月後に会おう。放置はやめて会いにいこう。
ボクは翌日からイカ釣り船に乗った。夕方、海原を夕日に向かって出る。そして朝日に向かって帰る。夜を徹して働く。アイよ、労働、それは試練だ。文字通り試練の海へ。
集魚灯にイカが集まる。ボクは、漁師が釣りあげたイカを発砲スチロールの箱に詰めていく。揺れ動く甲板を磨くように人生の基盤を磨いていく。イカ? もうたくさんだよ。
漁師はタバコを吸いながらテキパキと仕事をする。いまどき珍しいタバコを吸っている。
「タバコはやっぱりエコーだよ」漁師はTVコマーシャルみたいに言う。なんか懐かしいタバコだ。エコー、だから漁師はイカを釣り上げる時、声をエコーさせるんだ。
「ソォ~レレレ、ホォ~レレレ」。
ボクは一ヶ月で真っ黒になった。夜でも焼ける。どうやら集魚灯で焼けるらしい。
「甲板に飛び込んできたフジヤマのトビウオ、真っ黒け、真っ黒け、集魚灯で真っ黒け」ダミ声だけど小節を回して漁師が歌っていく。ボクは、
「アイよ、アイよ」とアイを呼ぶように合いの手を入れていく。
ボクは夜の海でくたくたになるまで働いた。朝は漁師の家の離れで眠り、昼間はイカ、タコ、クラゲみたいに怠惰に寝そべった。時に書きかけの脚本『阿比留(アヒル)』を書いた。
「朝よ、家の近くでヤクザ三人に襲われた。刀で腹をさされた、背中まで突き抜けた」男は薄ら笑いを浮かべながら言った。
男は家が貧しかったから、中学を卒業して働いた。一生懸命に働いた。十年程して、独立、ちっちゃな食品スーパーをやった。昭和三十年代だ。いまから三十年も前の頃だ。男を磨くにゃ、いい時代やん。
儲かった。男は金融業・不動産業と事業を拡げていった。イカ釣り船の船主は一代記を滔々と語る。
「いまでも傷痕残ってるよ。見るか? 」と、男は勲章を見せるように言う。
「いいです、いいです」ボクは二回否定する。
「わしゃ、その刀で、ヤクザ叩き斬った」男は日本刀を振りかざすように言う。
正義の刃? ほんまかいな、なんか、ドラマチックやん。ボクは思った。
船主の家へ、よろしくーー の挨拶をしてから漁師の家へ行く。
道すがら、強い風が吹いていく。海からの風、海風ってやつ。浜通りにある小さな食堂の軒下(ほんまもんマグロ丼あります)と、稚拙な文字が風に揺れている。
風が風を追いかけ、大漁旗をあおり、グレイに翻していく。殺伐、孤独になっていく町。こんな風景、いつか見た。ボクはデジャブに苛まれる。風が風をデフォルメしていく。
すべてをさらけ出せ!
リアルの対義にあるいびつな風景。案外、そんなところに本当の姿が隠れているのかもしれない。地球が歪んで見える。丸くないのに球体、強風にあおられた奇妙奇天烈な町。
荒れ狂った海に対峙する漁師たち。でも陸に上がった漁師たちはやさしく大らかだ。
ボクもそんな心でありたいネ。でもそんな心になかなかなれないよ。
ボクはアイを捨ててきたんだ。醜いアヒル、ハクチョウになれよと、道端にひょいとゴミを捨てるみたいにアイを捨てて来た。アイは、
「アイアイサー」とーー でも声が裏返っていたよ。
海からのエネルギーは漁師たちの心を荒々しく洗っていく。海へ出ると漁師たちは強者(つわもの)になる。海と対峙する姿勢だ。
「海はやさしい、けど恐い」漁師が言ったコトバだ。
ボクの心にはまだまだ届かないよ、馴染まないよ。でもよぉ~ と自問自答する。
でもよぉ~ やさしく大らかな心って? これがなかなかむづかしいんよ。風にゆらぐ(ほんまもんマグロ丼)の文字のように落ち着きどころがない。やさしくおおらか、そんな心持ちになれないんよ。アイ、そうなんよ。
三ヶ月後に会う? とんでもない! 三ヵ月は別れへのプロローグだ。なおも自問自答する。
ボクには邪気がある。助平心がある。浮気心だってある。自己を律してりゃ、人にやさしくなれるって?
アイだってそうだった。盾はたった一回だけ矛に身体を許したんだ。ボクは店長から聞いた。アイはボクのことを思いながら店長に抱かれたってー
わからない、わからない。やっぱり醜いアヒルだよ。
アイよ、罪人だよ。罰だ、罰、罰だ。三ヶ月、放置してみるか。
ボクはポケットをまさぐり(のど飴)を取出し頬張った。頬が喉仏みたいになった。
それからボクは飴を舌の上でころころ転がした。甘酸っぱさがはじけていく。音はならないけどシュワア~ とした感じ。濃密だよ。濃密な人生でありたいね。飴を喉のなかであっちへやったり、こっちへ転がしたり、自由自在やね。自由自在の人生よ。でも、最後はいつも噛み砕いてしまう。自然に溶けるまで待てないんだ。
なんでもそうなんや。始めゆっくり、中じっくり、仕舞いはエイヤー。最後は、はしょってしまう人生なんだ。アイなら最後までゆっくり、じっくり味わうやろネ。
「わがままやし、価値感の違いやし」アイの声が聞こえるよ。
あぁ、あぁ、ため息ひとつだ。やっぱり三ヶ月後に会おう。放置はやめて会いにいこう。
ボクは翌日からイカ釣り船に乗った。夕方、海原を夕日に向かって出る。そして朝日に向かって帰る。夜を徹して働く。アイよ、労働、それは試練だ。文字通り試練の海へ。
集魚灯にイカが集まる。ボクは、漁師が釣りあげたイカを発砲スチロールの箱に詰めていく。揺れ動く甲板を磨くように人生の基盤を磨いていく。イカ? もうたくさんだよ。
漁師はタバコを吸いながらテキパキと仕事をする。いまどき珍しいタバコを吸っている。
「タバコはやっぱりエコーだよ」漁師はTVコマーシャルみたいに言う。なんか懐かしいタバコだ。エコー、だから漁師はイカを釣り上げる時、声をエコーさせるんだ。
「ソォ~レレレ、ホォ~レレレ」。
ボクは一ヶ月で真っ黒になった。夜でも焼ける。どうやら集魚灯で焼けるらしい。
「甲板に飛び込んできたフジヤマのトビウオ、真っ黒け、真っ黒け、集魚灯で真っ黒け」ダミ声だけど小節を回して漁師が歌っていく。ボクは、
「アイよ、アイよ」とアイを呼ぶように合いの手を入れていく。
ボクは夜の海でくたくたになるまで働いた。朝は漁師の家の離れで眠り、昼間はイカ、タコ、クラゲみたいに怠惰に寝そべった。時に書きかけの脚本『阿比留(アヒル)』を書いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
医クラちゃんドロップアウト
輪島ライ
青春
医クラちゃんは日本のどこかにある私立医大に通う医学生。ネガティブな彼女の周りにはいつも残念な仲間たちが集まってきます。
※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。
星鬼夜空~僕の夏休み~
konntaminn
青春
ぼくの夏休みに起きた、不思議な物語。必然の物語
ただ抗うことができる運命でもあった。
だから僕は頑張る。
理想の物語のために。
そんな物語
出てくる登場人物の性格が変わることがあります。初心者なので、ご勘弁を
ミニチュアレンカ
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
電車通学をしている高校生の美雪(みゆき)には最近気になるひとがいた。乗っている間じゅう、スマホをずっと見つめている男子高校生。
いや、気になっているのは実のところ別のものである。
それは彼のスマホについている、謎のもの。
長方形で、薄くて、硬そうで、そして色のついた表面。
どうやらそれは『本』らしい。プラスチックでできた、ミニチュアの本。
スマホの中の本。
プラスチックの本。
ふたつが繋ぐ、こいのうた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる