アングレカム

むぎ

文字の大きさ
上 下
49 / 56
学園入学編

46

しおりを挟む
「入学おめでとう。体は大丈夫か?」
翌日は無事に熱が下がり、車椅子の操縦の一切を櫂斗もしくは他の人にしてもらうと言う条件で登校をもぎ取った。

今日は校舎見学で、説明会の時に担当してくれた久木が時雨につく。櫂斗の方は生徒会長である長松が担当らしく、「面倒くせぇから月見里と一緒に周れ」と言われ今も一緒に後ろにいる。

「ありがとうございます。病み上がりなもので、車椅子ですが気にしないで下さい。紹介しますね、僕の番の来栖櫂斗です。カイ、こちらは2年生の久木朧先輩。」

「よろしくお願いします。久木先輩。」
「ああ、よろしく。じゃあ行こうか。このまま3階から降りて行って、昼時になったらそのまま食堂で一緒に食事を摂るまでが一連なんだ。その順番でいいか?」
「はい。大丈夫です。」

校舎はコの字型でありA棟と呼ばれる片方は教室ばかりであるため、廊下を挟んだB棟を主に見学する。

4階は一般生徒が使う事はないらしく、3階からだ。
3階には理科室や化学室、調理室などの実験系の教室が、2階にはPC室や技術室のようなコンピュータ・工業系でまとめられている。また、離れた場所であったが、美術室や音楽室も2階にあり時雨はテンションがあがる。

「中に入るか?普段は施錠されているんだが、中に今日は教員がいるから入れるぞ。」
「ぜひ!!」
無類の読書好きの時雨だったが、アメリカでは母さんパパに習いピアノも体調の良い日は弾いていた為、たまに弾きたくなるのだ。

久木先輩が軽くノックをして失礼しますと中に入る。

ドキドキしながら中を見ると、真っ黒のフルコンサートグランドピアノが鎮座していた。
世界的にも有名なブランドのもので滅多に御目にかかる事はないだろう。

「凄い…。カイ、この学校来てよかった…」「あはは…。良かったな。」
目をキラキラさせて見ていると、櫂斗からは苦笑される。

「先生が弾いてみても良いと言っているが、弾くか?」
「えぇ⁉︎いいんですか⁈…その先生はどちらに…?」
「ああ、天城先生は重度の人見知りで人前には出たがらないから陰でそっと見てらっしゃるから心配しなくていい。」

それなら、と何処にいるかわからない為空間に向かって「ありがとうございます。」と一言言って、車椅子でギリギリまで椅子に近づきゆっくりと移動した。

蓋を開けるとそこには美しい鍵盤が並んでいる。
恐る恐る手を伸ばし、ポロンっと最初の和音を奏でる。
ピアニストでも何でもない時雨にも分かるくらい、音の響きが格別だ。

「シグ、何か弾いてみてくれ。」
「いいよ。何がいい?」
「何が弾けるんだ?」
「んー、聴けば大抵何でも?」
「は?」
「分からない譜面でも、一回聴けばある程度は弾けるよ?パパもそうだったし、普通だよね?」

その瞬間、櫂斗も久木も、見えない先生も固まる。
「シ、シグ?それは当たり前じゃないからな…。」
「絶対音感があるかもしれないが、それでも弾くのは別だろ。」
ウンウンと2人して唸っている。

「じゃあ、これ弾けるか?」
最近発売されたばかりのJ-POPのアップテンポな曲をサビだけ久木がスマートフォンで流す。

30秒程で聴き終わると、ふむ、と一呼吸置いたかと思うと、次の瞬間にはそのメロディがピアノで奏でられていた。

「…凄いな。表現力もプロ並みだ。」
「ですね。俺もシグがピアノ弾けるのは知ってましたが、ここまでとは思っていませんでした。」

最後の1音まで奏で終えると、本人はニコニコと「やっぱりこのピアノは綺麗な音が出るなぁ」と指慣らしを始め出した。

見学であることを完璧に忘れている…
まぁ、暫くは良いかと2人ともが音に耳を傾け目を瞑り美しい音色に暫く酔いしれていたところで、「ヒッ」と時雨の悲鳴がした。

「シグ⁈」
ハッと開けると、見知らぬブロンドヘアのロン毛の人物が時雨に迫っていた。

櫂斗は急いでその人物を時雨から離し、時雨を守る様に抱き締める。
「シグ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。カ、カイ、多分その人…」

櫂斗に投げ捨てられた人物はイタタタと腰を摩りながらノッソリと起き上がる。
「大丈夫ですか、天城先生。」
久木がその人物に駆け寄る。

「だ、だいじょーぶじゃ、ないですぅ~」
怖かった!!ただ近くに寄っただけなのにぃ~とワンワンと泣いている。

「はぁ…。そりゃ運命の番ですからね。突然知らない人が相手に迫っていたらこうなりますよ…。」
呆れた様に久木が言うも、久木の後ろに隠れて出てこなくなってしまった。

「あ…カイが申し訳ありません…。ピアノ弾かせて頂いてありがとうございました。1年の月見里です。また、機会があれば弾かせて下さい。」
ピクリと時雨の言葉に反応し、ソロソロと顔を覗かせる。

「…月見里って…、樹雨さんと時季さんの息子…ですか…。」
「両親をご存知なんですか?」
「…ぼ、僕も、グズっ、ここの、卒業生なんです。お2人の一個下の、後輩でした…」
「そうなんですね。」
「時季さんと、グスン、音色が似ていたので…つい…。私も突然、ズズッ申し訳ありませんでした…」

「僕は気にしてないので大丈夫ですよ。ほら、カイも謝って。」
「…突き飛ばしてしまい、すみませんでした…。」
「グズッ…いえ。当たり前の反応です…。
また、弾きに来て、下さいね。」
「はい。ありがとうございます。」

音楽室を出ると、久木がポツリとつぶやいた。
「あの人があのピアノをまた弾いて良いって言うところを初めて聴いた。
天城先生は、国際コンクールでも入賞するくらいの実力者なんだが、いかんせんあの性格でな。滅多に人前にも出ないから今日は吃驚だ。」

「あの先生、最初端で丸まってたな。天才は繊細と言うが難儀なものだな…。」
「あはは…。」

「さぁ、気を取り直して、一階と外に行こう。」
そう言ってエレベーターに向かいまた案内が再開される。
別の建物として孤立している図書室や温室、サロンなども案内され、一通り見終わった。

「他に気になるところはあるか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」

「そうか。生活していてわからなくなったり、気になる事があればいつでも来ると良い。2年S組だ。ああ、連絡先も交換しておこう。来栖も、いいか?」
櫂斗も了承し、3人で連絡先を交換する。

時間はお昼であり、良い感じに久木のお腹が鳴った。苦笑しながら、
「昼時だな。食堂に行こう。午後の部活紹介は体育館であるから体育館まで一緒に。」

今日は櫂斗が準備したお弁当(1/3人前ほど)を何とか8割方食べたが、やはり食の細さに久木にも驚かれた。

このままだと保護者がどんどん増えていきそうだ。
学校生活をしっかり送るためにも、食事を取る事は今1番の目標だな、と時雨自身も流石に思う。

食べながら、学校生活や部活動の事を聞いたり、雑談をしながら和気藹々と過ごし、体育館へと移動した。





中途半端ですが、2021年の更新はこの話で終わりになります。
ノロノロ更新ですが、いつもご覧頂きありがとうございます。
年明けは1月5日から更新させて頂く予定です。(出来たら3日にUPします。)
皆様にとって良い年末年始を迎えられます様に…
来年もよろしくお願い致します☺️
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

処理中です...