アングレカム

むぎ

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甘く深く

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櫂斗は30分程で起き、PHSを使って、城に電話をかけた。

『おう、終わったか?』
「はい。終わりました。疲れて寝てしまっていますが、今のところ呼吸は問題無さそうです。脈は少し速いですが。」

『運動した後だからな。特に顔色や体調が悪そうでなければ様子見でいい。ああ、噛んだ頸の部分だが、消毒してくれ。出血部から菌が入って感染するかもしらん。床頭台の1番下の引き出しに、消毒薬とガーゼ入れてるから、頼むな。』
時雨が起きたらナースコールで呼んでくれ、といい、巡回があるらしく電話が切られた。 





時雨を眺めているうちにまた眠ってしまったらしく、起きたら2時間近く経過していた。
ゆっくりと起こさない様に起き上がったが、時雨は櫂斗の暖かさが消え、寒かったのか、ううんと唸りながら丸まろうとした時、「ひぅ!」と悲鳴を上げて目を覚ました。

「おはよう。腰痛いよな。マッサージするからうつ伏せにするぞ。」
「ゲホッケホッん”ん” 」
声を出そうとしたが、散々喘いだ喉は枯れている。ペットボトルの水を渡してストローを刺し、口に含ませる。

「ケホッケホッあ”り…ど…。」
「ごめんな。途中から歯止めが効かなくてがっついてしまった。」
「だいじょうぶ…。ちゃんど、つ”がぇた?」
「ああ。バッチリだよ。消毒してガーゼ貼ってるから今は触れないと思うが。」
「ぞう…よがっだ…」

話しながら、軽くマッサージをした後、身体に問題ないかだけは先に診ておこうと、ナースコールで城を呼んでもらう。
時雨はまだ怠そうで、横になったままウトウトしている。
トントンとノックが響いた後、ガチャリと鍵が開いた。

「よぉ。シグ、生きてるか~?」
「だいじょーぶ。声が、でにぐぃげど。」
「ふひゃひゃひゃひゃっ!喉やられてんなぁ。そんなに喘がされたか笑」
「う”るざぃ…」
「はいはい、悪ぅございましたぁ。」
診察のために服を上にあげたが、あまりの瘢痕に城も顔を歪める。

「おま、やりすぎだろ。」
「すみません、途中理性が途切れました…」
そっと聴診器を当てて、聴診していく。

「うん、大丈夫そうだな。きっと、夜に熱が出るから解熱剤処方しとくわ。トローチもな。」

「ゲホッゲホッん。っいでに、湿布も…」
「体痛ぇんだな。まぁ、お前にしちゃ、初めての運動みたいなもんだな。わかったわかった。もう寝て良いぞ。」
「ん…。」

診察があるからと頑張って起きていたが、体は限界だったらしく、城からの許しを得るとぐっと眼を瞑り、布団に包まり寝息を立て始めた。

「朝まで起きんだろうから、坊ちゃんは俺と飯食いに行くか?何、お前さんの羽織を置いておくだけで少しなら大丈夫だ。」
「では、ご一緒させて頂きます。」
着ていた服を脱いで、時雨の手元に置くと、ぎゅっと握りしめる様に服を直ぐに掴み手繰り寄せている。

仕草にきゅんっとしながらも、新しい服を取り、着替える。

「近くに美味いハンバーガー屋があるんだ。奢ってやるからそこでいいか?」
「はい、大丈夫です。」

病院から3分程歩いた人並外れの裏路地に店は存在し、入り口の扉は塗装が剥がれかけ、ポロポロに見える。迷いなく扉を開けると、男性の店員がこちらに気づき、「いらっしゃい。いつもの?」と声をかけられていた。どうやら常連らしい。
店内はバーの様な雰囲気であり、外観とはかけ離れたオシャレな印象だ。
「久しぶり。俺はいつもの頼むよ。お前も同じのでいいか?なら、2人分頼む。今日は連れがいるんだ。あっこの席借りるな~。」
「了解。」
そう言って連れて行かれた席はそこのテーブルだけ奥の凹みに当たる部分で、パーテーションで隠されていた。

「研修医時代からの常連なんだよ。夜はバーになるから、大人になったら誘ってやるよ。」
いつものニヤリとした大人の余裕をかましてくる。

「俺を連れ出したのは、何か訳があるんですよね?」
「ああ。学園での注意を暫しな。」
グラスに入った氷をバリバリと噛み砕く音を立てながら続けた。

「発作の対応はわかってんだろ?保健医とも話はつけてあるからいいとして。
1番お前に気をつけて欲しいのは食事だ。シグは生まれてからの付き合いだからな。どんなものが駄目でってのは1番理解してる。ただ、元より食事量は足りてないし、体調を崩すと殆ど口に出来なくなる。」
確かに、今も発作を起こしてからは殆ど食事が進まないみたいで、一口二口で食事を終えてしまう。薬や食べれそうなら栄養補助食品、無理であれば静脈に栄養を入れるなどして補助している。
経管栄養は栄養剤が合わない体質らしく、嘔吐や下痢を頻回に繰り返し、一度酷い事態になったようで用いていないそうだ。

「無事に番った事だし、食事量をこれからは増やすリハビリを行う。学園では、最低限食べれる様に坊ちゃんが管理しててくれ。
本当に無理な場合は無理に食べさせんでいいが、そこは見極めだな。
あんまり言い過ぎると楽しく無くなるし、何か食べた時のご褒美でも考えといてくれ。」

そこまで話し終えた時に、パーテーションが開き、店員が食事を持ってきた。

「お話中、失礼致します。いつもの、照り焼きチキンバーガーセット、キャベツ増です。飲み物はコーラで。」
皿にはアメリカンサイズのバーガーと、オニオンリング、フライドポテトが山の様に盛られていた。コーラもジョッキだ。

「ジャンキーですね…」
「いい事があった日は食うって決めてんだ。いいんだよ。今日は。」
城はガブリとバーガーに齧り付いている。

「いい事?」
「そ。俺の場合は、難しいオペが上手くいったとか、長期入院してた患者が退院したとか、そんなの。」
「今日は先生にとって、どんないい事があったんですか?」
「ブッ!ゲホッそれ聞くかぁ??
まぁ、そうだな。心臓が悪くて、番を持つことは難しいと言われた少年が、番をもてたっつー、いい事があったな。」
照れ臭いようで、ポテトがどんどん口に放り込まれて行く。

「それって…」
「……シグの事だ。お坊ちゃんと出会った時は心停止を起こしている。別にあれが初めてって訳ではない。必ずしも、CPRで心臓が動くとは限らない。
…あいつにとって、発情期を起こす事は今回賭けでもあった。」
櫂斗から連絡があるまでは、気が気では無かった。
番うと言われたのが直前であり、急遽ではあったが、同僚に診察の変更をお願いし、何があっても良い様にと、緊急カートを準備し病棟に願い出て、近くの部屋で待機していた。
6歳でアメリカむこうに渡ってしまったが、出産した時からそれまで、城が受け持っていた。一月生きるのは難しいと最初は診断をした。だが、家族の協力や、本人の気力もあり何とか命を伸ばしてきた。
アメリカに行っても定期的に電話や手紙でやりとりをし、気にかけていた。
それからも、何度も危機を乗り越えながら小さかった赤子が高校生になるまで大きくなった。

急に真面目な顔になり、櫂斗をじっと見つめる。
「礼を言う。時雨が希望を持てたのは、お前のお陰だ。番う事は無いと、昔から頑なだったんだ。相手を残して直ぐに死ぬなら、持たないって、自分が死ぬ事しか考えてないアホンダラだった。
俺は、アイツが番いたいって言った時は命のリスクと共に、未来を見始めたと嬉しくも思ったさ。」
たまに送る手紙やメールに、彼氏は出来たかと書いた時にいつも書かれていたのは、絶対に番わない、であった。城も番がいる為、愛する人がいる喜びを時雨にも知っていて欲しかった。
「…先生。」
「まぁ、しみったれた事はもう無しだ。
時雨にとって、学校生活は初めてだ。青春の楽しさを教えてやれよ。坊ちゃん。」

「はいっ」
時雨との学園生活は、もう直ぐそこだ。

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