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出会い

16 Side櫂斗

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Side櫂斗

「櫂、斗、さん。」にっこり笑って名前を呼んでくれたシグ。
なんて可愛いのだろうか。俺の番は可愛すぎる。名前を呼ばれただけで幸せだ。

「ああ。」
満面の笑みだっただろう。仕方あるまい、可愛いのだから。
「出会ってすぐではあるが、俺は時雨に一目惚れをした。もう離すことは出来ないくらいに。俺と番ってくれないか?」
こんな可愛い時雨を、他の人に奪われたく無い。俺だけの側で笑っていて欲しい。早る気持ちを抑えられずに、時雨に番う事を願った。

「…櫂斗さんの、お申出は、大変、嬉しいです。」
おお!喜んでくれるのか!
「じゃあ!」
「ですが、出来ません。」
その瞬間、幸福だった頭が、一気に真っ白になる。

暫く考えることも出来ず、やっと絞り出せた言葉は
「……え…?なぜ…」

「見ての通り、僕は、身体に、欠陥があります。番は、αにとっても、唯一無二であると、存じます。
多分、そんなに、長くないでしょう。僕は、相手を不幸に、したくない。誰とも、番わないと、決めている、のです。」
なぜ、そんなに自分を貶める事を言うのか。身体が虚弱なのは時雨のせいでは無い。それに、いつ死ぬか何てわからないだろう。俺が番ったら不幸になる?何故?
時雨から発せられた理由に苛立ちを隠せなかった。

「……長くないから番えないと?そんな理由では納得できないな。」
「…え?どう、して?」
困惑した様子で、こちらを見つめる紫眼。

「人はいつ死ぬかわからない。余命1年と宣告されたものが20年生きた場合もある。時雨の命だって、後50年生きるかもしれない。医療の進歩は目覚ましいしな。わからない未来を決めつけて、生きる希望を無くしているのは時雨だろう。
俺が生きる意味になってやる。俺の側で、生きろ!」
そうか、俺は時雨が生きようとする事を諦めているから、それに対して怒りがあるのだ。
病気の時だって、今回のように側で支えるから、どうか隣にいて欲しい。俺の番は時雨しかいないんだ。

「…ぅ…ぃ。」
暫く呆然としていた様子の時雨であったが、何かを言わんとしている。
「ん?何だ?」
その後、時雨が叫んだのは、時雨の心の内にあった事なのだろう。兄の夏樹さんから、今まで耐えて、耐えて、治療も弱音を吐かずに頑張ってきたと聞いていた。

「うるさい!50年生きるかも?医療の進歩?例え、例え生きられたとして、これまでの様に、ベッドの上で、ただ、生きながらえるだけの治療を、繰り返して、やりたい事も出来ずに、ただ生きるだけなら、すぐに死んだ方がマシだ!!
貴方なんかに、出会いたくなかった!出て行って!!」
ゼーハーと苦しい呼吸をさせながら、時雨は叫んでいた。

俺は希望を持たせようと発した願いであったが、時雨にとってはそうでは無かった。
弱音を吐かないだけで、辛く無いわけが無いだろう。沢山苦しんだに違いない。
完治または、少しでも良くなれば良かっただろう。そんな事はなく、時雨も未来に対してあまり考えられないでいる。
これまでの入院生活が続くなら死ぬ方がマシだと思えるくらいには、今まで耐えていたのだろう。だが、もう心は限界を迎えていたに違いない。
軽率な事を口にしたとは思いつつも、時雨が本心を言ってくれた事に関してはどこか多幸感があった。


「…時雨…。」
「出て行って!出てってよ…
もう、疲れたんだよ。高校も、この調子じゃ許してくれない。今後、君と会う事は無いよ。さよなら。」
時雨は乱れる呼吸の中、櫂斗に背を向け布団に潜り丸まってしまった。中からはぐずぐずと泣いている音が聞こえる。

このまま、1人にはしておけない。
俺の気持ちを、しっかりと伝えて置かなければ。

「すまない。簡単に言って良い事では無かったな…。でもな、俺はお前と、月見里時雨と共に生きていたい。俺を、生きる意味にして欲しいと言ったが、反対なんだ。
俺が、俺が生きていけるように、時雨が支えて欲しい。
俺の横に立つのは、月見里時雨以外いないんだよ。」
時雨が俺を必要としていなくとも、俺は時雨を、時雨だけを必要としているんだ。
どうか、時雨に届くようにー
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