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出会い

10 Side櫂斗

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Side 櫂斗

俺は来栖櫂斗(くるす かいと)。
来栖財閥の嫡男で、由良学園中等部3年に所属している。

本来、今日は外部生や高等部からの入寮者の説明会であり、中等部から寮に入っている俺は高等部に用はない。

中等部で生徒会長をしていた俺は、1つ上の代の生徒会長に誘われ、高等部でも1年から生徒会会長補佐として参加する事が決定してしまった。

高等部は今日の説明会に駆り出されてる人以外は講義があるから、16時に生徒会室ね~っと召集がかかった。
説明会は卒業式の1週間前という事もあり、生徒会長ではなく、有志を募ってそっちで運営しているらしい。
講義は15時半には終わると聞いている。
一応後輩である自分が最後に来るわけには行かないと時間に余裕をもって15時半前に寮を出た。


まだ高等部に進学してはいないが、高等部は憂鬱だ。
まだ子どもとされていた初等部、中等部と異なり、会社ぐるみの付き合いや駆け引き、そしてなるべく良い家に嫁ごうと有象無象が寄ってくる。

中等部の今でさえ、煩わしいと感じているのに気が重くなるのは当たり前だ。
別に付き合いが嫌いな訳ではない。何人かとは今までも付き合ったし、体の関係も持った。
だが、相手を愛そうと大切にしても何処かで違うという感情が湧き、長続きはしなかった。

はぁ、と今から憂鬱な足取りで道を進んでいく。
中等部の寮から高等部へとつながる道に曲がる。
その瞬間、ふわりと甘いアップルパイの様な香りが漂ってきた。

何だ?ケーキでも焼いてるのだろうか。

足を進めるごとに香りは強くなっていく。
何故か心臓がドクドクと鼓動を鳴らす。

良い匂いだ…ずっと嗅いでいたい。食べたい……
香りに頭が支配されていく。

人の気配を感じ、やや俯きがちだった視線を上げる。

50mほどだろうか。
小柄なマスクをかけた人がコチラを見た。

目があった瞬間、ドクリと胸が音を立てる。
この人は、俺のΩだ。
視線が交差した瞬間から、名前も知らないその人が頭に焼き付く。

お互いが惹かれ合う様に、一歩ずつ歩みを進める。

残り10mほどだろうか。香りはますます強くなり、俺の思考を奪う。

一言も発する事なく、ただお互いを見つめ合っていた。
後ちょっとで触れられる…

ニコリと微笑みかけようとしたその瞬間、その人は急にふらつき、倒れ込みそうになる。

このままでは地面に叩きつけられると、僅かな距離を今までにない速度で駆け、地面に崩れる寸前で抱え込んだ。

「大丈夫か⁈」
先ほどまで強く感じていた香りが急激に弱くなっている。
「おいっ!しっかりしろ!」
苦しげに、ニコリと少し微笑んだかと思うと完全に力が抜けた。

「なぁっ!聞こえるか⁈おい!」
呼びかけるも返答がない。
時折ハクハクと喘ぐ様な呼吸があるが、頸部で脈を測ると全く触れない。

心臓が止まっている…………?
折角会えた番が、話す事もなく命を終えようとしている。
一瞬頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。

~お兄ちゃん!しっかりして!!!~
何処からか、もう居ないはずの妹の声が聴こえる。
はっと意識を現実に戻した。

死なせるわけにはいかない!
周囲に人はいない。高等部の方が中等部より近い事を確認し先輩に電話を繋げスピーカーモードにし、服を思いっきり裂いて胸骨圧迫を開始する。
講義は終わっているし、携帯を手放さない人なのですぐに出るはずだ。

マスクも取り、顔を露わにする。
本来はふるりとピンクなのだろうか。
小さな柔らかい唇は今や紫になっており、顔色も白を通り越し、真っ青だ。

3コールして、先輩が出た。
「おつぽん~。櫂ちゃんどした~?まさか道に迷った~?」
にやにやとした様な声で茶化してくるが、今はそれどころではないとイラつきを隠せない。

「119!早く!高等部校舎に向かう表通りにだ!心停止起こしているから、AEDも全力でもってこい!」
蘇生を繰り返しながら、必要事項を怒鳴りつける。

「わ、分かった。ノリ、119に電話。高等部表通りで心停止者あり。
奏、悪いけど、お前が1番足が速いからAED全力で持ってって。俺は白ちゃんに連絡を取る。急げ!」
電話越しに指示が飛んでいるのがわかる。

ハッハッと何度目かわからない蘇生を行う。

「櫂ちゃん、救急車手配したよ。運良く近くにいるみたいで2分程で到着する。」
前からバタバタと足音がして、AEDを片手に持ち目の前で止まった。

「ハッハッハッ。AED。胸骨圧迫変わるから、お前はAEDの準備を。」
先輩らしき人が1•2•3と声を出し、テンポ良く役割を交代する。

どうしても疲れが出てくる為、リズムが狂いやすい。途中で交代するのが最善だ。
手早く装置を起動し、パッドを胸に貼り付ける。

ー充電完了しました。ショックが必要です。ー

「離れて!!」
先輩が離れたのを確認してボタンを押す。

音声が再開すると再度蘇生を開始する。

ー生きろ!戻ってこい!こっちだ!戻れ!戻れ!ー

3回ほど繰り返しただろうか。かなり弱いが脈が戻った。

「ハッハッハッハッハッハッ」
ー帰ってきた……
ピーポーピーポーと救急車の音がして、救急隊員が駆け寄ってくる。
救急車が来るまでに先輩の電話の時間を確認すると6分。

迅速な対応であっただろう。
急いでストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。

「君のお陰で彼の命は繋がったよ。ありがとう。」
救急隊の人に別れ際にいわれ、搬送先の病院と連絡先を受け取った。


身体が力が抜け、その場に座り込む。
校舎から白屋先生を連れた先輩が走ってきた。

「先輩、ありがとうございました。皆さんも協力ありがとうございます。」

「君もよく頑張りましたね。ところで、倒れた子はどんな子でしたか?」
「名前はわかりません。160cmくらいの艶のある黒髪にマスクをつけたタートルネックの男子です。アップルパイの香りがする……」
「!!…そうですね。本来個人情報は教えられませんが、その子は月見里時雨君といって、今年度から入学する外部生です。今日の説明会にきてたんですよ。事情は話せませんが、名前を知る権利くらいはあるでしょう。私は病院に知り合いがいるので、少し行ってきます。君たちは今日はゆっくり過ごしてくださいね。」
死の間際を見ると言うのは、体にも心にも大きな影響がありますから。とスタスタと歩いて去っていった。

「櫂ちゃん、大丈夫?顔が真っ青だよ。今日はもう寮に帰って休んで。」
心配そうに先輩が覗き込んできた。人から見ても分かるくらいには青ざめているのだろう。

「…多分、俺の、俺の番なんです…。いや、絶対、俺の運命だった。目があった瞬間惹かれあったのに、触れられると思ったのに、目の前で冷たくなっていって…」
最愛を失うと思った。二度と大切な人の死は見たくない。
手が震えているのが自分でも分かる。

ぎゅっと先輩に抱きしめられると
「櫂ちゃん、大丈夫だよ。彼は大丈夫。よく頑張ったね。」
日頃であれば、鬱陶しいと払い除けていた身体が今は暖かく感じる。

「…ありがとうございます…。」
暫くそうしていたが、落ち着きを取り戻すとふっと離れて寮へと送られた。



ー月見里、時雨。俺の運命。
 会いに行くから、次は温かな温もりを感じさせてくれ。待っていて…
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