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変化
しおりを挟むこの1週間
本当に何も起こらなかった。
何かに怯えることもないし
苛立つこともない
トランペットの調子も良く
アンサンブルコンテストの
選考メンバーも決まったため
やる気がみなぎっている
親友の藍も
落ち着いてよかったじゃん、安心した!
と言ってくれる
私もよかったと思っている…
でもそれは上部だけで
妙な物足りなさを感じていた
恋人なのに連絡しない隆弘先輩
散々わたしを怖がらせた東城千尋
1週間以上経ち
この何も起こらない状況に
とうとう耐えきれなくなり
わたしは自ら行動した
………
「部活おわったら
話したいことあるからいいかな?
……隆弘先輩」
どう考えてもこの状況はおかしい、
そう思ったのは
恋人である隆弘先輩のほうだ。
付き合っているのに話さない
連絡もとらない
これは世間一般の恋人同士が
することではない
隆弘先輩は
気まずそうに
わかった…
とだけ言いクラリネットの練習室へ向かった
私も練習室へ向かう
木管楽器と違って
金管楽器のアンサンブルコンテストは
全ての金管でアンサンブルをする
今回わたしたちの高校は
金管アンサンブルが2組 組まれていて
私の率いる1年生チームには
東城もいる。
トランペット3本
ホルン1本
トロンボーン2本
ユーホニューム1本
チューバ1本
の一般的な八重奏だ。
曲は
八重奏のなのに
二手に分かれて演奏する構成になっていて、
一つ目が
私のトランペット1
誠二くんのトランペット2
トロンボーン
チューバ
二つ目が
東城のトランペット
ホルン
トロンボーン
ユーホニューム
といったチーム構成に決まった
私はこの曲が
昔から好きで
いつか演奏してみたい…
と思っていたので
とてもわくわくしている。
しかし不安要素は消えてくれない。
二手に分かれるスタイルのこの曲では
4人づつで向き合って吹くという事になる。
つまり
必然的に私と東城は
常に正面を向き合って吹くことになる。
そう、
あの頭から離れてくれない
鮮明な音色が
私の目の前で出されるのだ
がんばろう、負けたくない、
という気持ちが
ズタズタになりそうで少し怖い…
そんなことを考えていたら
あっという間に
練習室へ着いてしまった
ドアの前で深呼吸をする
(うん、大丈夫そう)
自分にそう言い聞かせ
私がドアを開け教室へ入ると
個人で練習していた7人が
吹くのをやめ私の方を向く
誠二くんが先陣を切る
「今日から金管アンサンブルの
全体練習を始めます!
よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!!」
7人が声を揃えて私に挨拶をする。
その瞬間私も熱が入った
今この時間は東城のことも
隆弘先輩のこともどうでもいい
このアンサンブルを最高させたい…………!
私も力強く
よろしくお願いしますと
挨拶を返した。
私はスコアという全体楽譜を見ながら
話を進める
「個人で練習してきたと思うので
まず最初に通しで吹いてみます。
間違えてもいいので
楽譜の指示通り、
強弱や表現する所は意識して。
練習と思わず
本番の会場だと思って吹いてください」
「はい!」
その返事を聞いて私も位置へつく。
正面を向くと東城と目があった
しかし東城は
今までとはまた違う
表情をしていた
強い眼差しで私の方を見る。
そして頷いた。
真剣に音楽と向き合っているのだと
感じた。
東城は私の事が
恐らく嫌いだろう…
でも音楽に対しての想いは本物だ
そういう熱意が
眼差しから伝わってくる
私も東城へむけて頷く。
メトロノームでテンポを確認し
8人で息を揃える
このメンバーで吹く初めての全体合奏が
幕を開けた
2時間半…
いつのまにか
練習を終える時間になってしまった
まだまだ今日中に
やりたかった所はいくつもある
一日の練習時間が本当に足りない。
どうやらその気持ちは
他の7人も感じているようだった
納得のいかない表情、
悔しそうな目、
どの顔も
決して満足している顔付きではない
それが私にとって嬉しかった。
同じ目標へ向かっているのだと
強く感じる。
「時間になったので終了します。
各自また明日の放課後に向けて
楽譜の確認、
朝練での復習を
しておいてください!」
「はい!」
「ありがとうございました!!」
練習が終わり
ぞろぞろと音楽室へ
みんなが戻っていく。
私も戻ろうとしたその時、
呼び止められた
「柏木さん!
ちょっといい?」
東城だった。
彼が思いの外、
無表情だったため
私も普通に接する事ができた
「…質問?」
それだけ聞くと
東城は小さな声で私に
話し始めた
「俺…
詳しく話す気にはなんないけど
お前の音…………
昔から好きなんだよね…」
その言葉には正直驚いた
1週間前に
私を殺したい、と脅した奴の言動とは思えない
しかし東城の目は
練習時同様、やはり真剣だ
わたしはなるべく平静を装う
「なんで?
あんたの方が断然上手いのに?」
本当に思っていることを
素直に伝えた。
事実、
わたしと比べられては可哀想なくらい
東城のトランペットは
いい音がしているし
表現力もとても豊かだ。
それは今日
アンサンブルをしていて
目の前で音を浴びていた私が一番実感していた
そう言うと
彼は少し照れくさそうな顔をし
一度目を背けた
しかしそれからすぐに
私の方をまっすぐ向いた
「俺が上手くなったのはお前のおかげ…
そこは感謝している…」
その言葉にまたも驚いてしまった。
こいつとの過去なんて
私は知らない
でももしかしたら
私が覚えてないだけなのかもしれない…
そしていつのまにか
東城を傷付けてしまっていたから
彼が私を責めたのかもしれない……
そこまで思うようになった。
そう思えるほど
彼を信じる事ができた。
なぜか
今の東城の顔を見て
とても私に嘘をついているとは
思えなかったからだ。
「…自分よりも
上手い人にそう言ってもらえて
素直にうれしい…。
ありがとう」
自然に出た言葉。
彼も私からの礼を聞いて
少し驚いているように見える…
少し間があいて
先に口を開いたのは私だった。
「今日これからね、
隆弘先輩と話すの。
きっと…
別れ話になると思う。」
それを聞いて
東城はさらに驚く。
何か言いたそうだ
「でもね、悲しくないんだ。
怒ってるわけでもなく、
別れるのが正解…
なんて思ってる。
たった一つの行動で幻滅してしまって…
あんなに先輩の事好きだと思ってたのに何でかな?
短い付き合いって
こんなものなのかな?」
こんな話を急にされても
東城には関係のない話だ、って
重々わかってる。
しかしなぜか
こいつに話したくなったのだ。
実際に今話したら
心がすっきりしたように思えた。
先ほどまで驚いていた表情が
一変して
真剣な目つきに変わる
東城のこの表情の変化も
少し慣れてきた
「莉奈はさ…
愛されてたって自覚ある?」
「……え?」
「自分だけが好きで好きで付き合うのと、
相手からも愛を貰って付き合うのって
まるで違うんだよ?
相手からも愛を貰っていれば
きっとそんな考えには
簡単にならないはずだよ?」
それだけ私に伝えると
東城は教室を去っていった。
私には今言われたことが
理解できなかった
わたしは先輩のことが好きだった
それは紛れもない事実。
好きだから抱きしめて欲しいし
キスもしてほしい。
悩みがあったらいつまでも聞いてくれ
大丈夫!と1番に慰めて欲しい。
でもそれは私だけの気持ちであって
先輩はそうは思ってなかったかも知れないってこと…?
いや、そんなはずはないでしょう!
と言い切りたいのに
何故かそれは出来なかった。
今まで
そんなふうに考えたこともなかったため
ただただその場で
呆然と立ち尽くしてしまった。
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