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109話 姉弟の再開

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 懐かしい匂いで目を覚ます。

 後頭部に柔らかい感触が襲う。
 どういう状況だ?

「……俺ァ負けたのかァ?」

 眼を開けると俺は仰向けになって地面に寝ていた。その視界に移るのは真っ暗な天井ではなく久しぶりに見た家族の顔。

 翡翠色の綺麗な長髪が鼻先をくすぐる。

「目が覚めたのねアラドラ!!」

「ゲッ!? 姉さんがなんでここに!!」

 急に顔を近づけてまじまじとこちらを見てくる姉に完全に予測外の再会を果たした俺は思わずその場から直ぐに逃げ出そうとする。

「痛ってェ……!!」

 がしかし、体を動かそうとした瞬間両手足に激痛が走り体の力が一気に抜けていく。

 そこで想起する。
 自分があのガキに負けたのだと。

「まだ動いてはダメよ、傷は塞がってもまだ完治していないんだから……というか「ゲッ」って何よ? 久しぶりに再開したお姉ちゃんに随分な挨拶じゃないアラドラ?」

「え、いやァ~そりゃァなんてェ言うかァ~……」

「言い訳の前に先ずは言うことがあるでしょ?」

 姉はとても綺麗な笑顔で優しく諭してくるが俺からすれば恐怖でしかない。

 笑ってない、目が絶対的に笑っていない。めちゃくちゃにご乱心でいらっしゃる。

「お、お久しぶりです姉さん……?」

 思わず昔の口調に戻り恐る恐る答える。

 怖い、マジで怖すぎる。

「……はあ、一言足りないけどいいわ。どうせ直ぐに問い詰めるし……とりあえず久しぶりねアラドラ」

 姉は呆れたように大きな溜息をつく。

「えーとひとつ聞いてもいいですか姉さん?」

「何かしら? 言ってみなさい」

 とりあえず俺があのガキに負けて、奴に貰った傷のせいでこの場からすぐに逃げることが不可能なのは分かった。
 だがどうしても分からないことがある。

「姉さんはどうしてここにいるんですか?」

 そう、どうしてこんなところに姉がいるのかと言うこと。
 俺の情報はオーデーに出回っていないはずだし、奏者の姉がこんなところまで来れるはずがないと思っていた。
 だから、どうしてこんなところに……。

「どうしてって、そんなの決まってるじゃない。急に居なくなった馬鹿な弟が帰ってきたと聞かされたら色々と白状させる為に会いに来るでしょ」

 俺の質問を聞いて姉は額に青筋を浮かべながら答える。

「あ、あははは………」

 やべぇ怖い。

 凄まじい剣幕にから笑いしか出てこない。

「だから、まずは一発──」

「……え?」

 姉は徐ろに右手で握りこぶしを作ると天高くそれを掲げる。

「──今までどこほっつき歩いていたのこのバカドラッ!!」

 そのまま勢いよくその拳を俺の頭目掛けて振り下ろす。
 所謂ゲンコツだ。

「痛ッッッてぇッ! 怪我人にいきなり何すんだよ姉さん!!」

 途端に激しい衝撃が頭部を襲い、なんの抵抗も出来ずに悶絶しながら俺は抗議の声を上げる。

「自分がやった事をよく考えてから言ってみなさい! アンタの自業自得でしょうが! 皆に沢山心配かけた挙句にこんな盗賊団なんか作って──」

 姉はそう激昂したかと思うと後半につれて勢いが無くなっていく。

「──本当に心配したんだから……どうして何も言わないで居なくなったのよ……!」

 そのまま言葉を続けて、姉は涙を流しながら優しく俺を抱きしめた。

「姉さん……」

 そこで俺はどれほどこの人が……家族が自分のことを心配してくれていたのか思い知る。

 自分勝手で独り善がりな事をしていたのかと後悔する。

「ごめん──ごめん……なさい……!」

 自然とついて出たその言葉は俺の本当の気持ちだった。

 強く抱きしめられる度に、姉の泣きじゃくる声を聞く度に傷が痛んだ。
 それが体か心、どちらかなのは明白。
 次の瞬間には俺も姉さんと一緒に泣いていた。

 強く、最愛の家族との再会を喜ぶ。

 俺はやっと本当に自身の故郷、オーデーに帰ってきたのだと実感した。

 ・
 ・
 ・

「家出の理由を聞いてもいい?」

「うん。話すよ」

 一頻り泣いたあと、俺は家出の理由を姉さんに話した。

 自分の天職の所為で家族まで差別されるのが耐えられなかったこと。自分が居なくなれば全て解決すると思ったこと。

 その他にも家を出てからあった出来事を簡単ではあるけれど全て話した。

 最初、姉さんはとても悲しそうに俺の話を聞いて何度も何かを言いたそうにしていたが我慢をして最後まで俺の話を静かに聞いてくれた。

「本当に馬鹿なんだからアラドラは……」

 やっと泣き止んだかと思いきや姉さんは俺の話を聞き終わると目じりにまた涙を貯めてそう言う。

「ご、ごめん……」

「どうして話してくれなかったの? 一度でも相談してくれれば──」

 姉さんは昔のことを思い出しているのか悔しそうだ。

「……ごめん……」

 相談なんて出来るはずがない。
 あの時、婆ちゃんが倒れて姉さんも身体的にも精神的にも疲弊しきっていたことを俺は知っていた。
 少しでも負担にはなりたくなかったのだ。

 それでも置き手紙もせず金を全部持って家を出て心配をかけたことは許されることではない。
 こんなのは言い訳に過ぎないのだ。

「──いいえ、違うわね……話せるはずないわよね、アラドラは昔から優しい子だったもの、あの時私が大変だったのを気遣って負担にならないように家を出ていったのよね」

「ッ!!」

 優しく頭を撫でられ俺は目を見開く。

「全部話してくれてありがとうアラドラ」

 その優しい笑顔にまたたくさんの感情が込み上げてきそうになる。

「……それにしても、あの優しかったアラドラがまさか盗賊団の団長だなんてね。本当に驚いたわよ」

 話に一段落つけてると姉さんはここまで来る過程で見たものを思い出して考え込む。

「ま、まァ……ね」

 今まで盗賊になったことを後悔、ましてや恥ずかしく思ったことなんて一度もなかったが、いざ家族に面と向かってそんなことを言われるとどんな顔をすればいいのか分からなくなる。
 気まずいというか何と言うか居心地が悪い?まあそんな感じだ。

「それに随分と盗賊が板についてる見たいね? あんな女の子を甚振る趣味なんて昔はなかったはずなのに……」

 姉さんはクソガキの精霊を見てまたも溜息をつく。

「え……! いや、あァれは違うんだァよ姉さん! 何とォ言うゥか興味本位でェ……精霊なァんて初めェて見ィたからでェ……とォにかく俺にそォんな幼女を甚振る趣味なァんてのォはない!」

「それとちょくちょく気になってたけどその変な喋り方はなに? かっこいいと思ってるの?」

「うぐッ!!?」

 在らぬ誤解を受けて何とか弁明しようとするが今度は口調を突っ込まれ、俺の精神はガリガリと削られていく。

 え……この喋り方カッコよくないの?
 昔見た旅芸人の道化師はこんな喋り方してたぞ?
 カッコイイだろこの喋り方。

「まあいいわ、きっとどこかの国の変な訛りが移ったのね」

「……」

 容赦のないその一言で俺は完全に立ち直れなくなる。

「そ、その辺にしといた方がいいんじゃないかアラクネ?」

「あらレイル、そっちはもういいの?」

 するとそこに一人の男が近づいてくる。
 それは先程殺し合いをした精霊の契約者のガキだ。

「ああ、そっちも大方言いたいことは言えたか?」

「まあ最低限かしら。後は帰ってからゆっくりとすることにするわ」

 何やら姉さんと親しげに話しているようだがこのガキと姉さんの関係はなんなんだ?

「よう、死なずに済んでよかったな」

 そんなことを考えているとガキは俺の方を見て声をかけてくる。

「……フンっ!」

 皮肉にしか聞こえないその言葉に腹が立ち俺はそれを無視する。

「こら、アラドラ! あんたレイルの大事な女の子を攫っておいてその態度は何なの。何か言うことがあるんじゃないの?」

 姉さんは俺のその態度が気に入らなかったのかそんなことを言ってくるが俺はこのガキに別に言うことなんてない。

「別にねェよ。俺ァは盗賊だァ、だァから人の物を盗むのォなんて当ァたり前のこォとだァ。盗まれる方がァ悪ィ」

 その盗みを誇りはすれど恥だとは思わないし、ましてや謝るなんてことはしない。

「アラドラ!!」

「いいんだアラクネ。盗賊の言い分としては何ら間違ったことを言っているとは思わないよ。盗まれる方が悪い、確かにその通りだ」

 姉さんは再び俺の事を叱ろうとしてくるがそれをガキが止める。

「確かにリュミールを攫われた時は物凄い怒ったけど、その借りはしっかりとさっき返した。別にもう怒ってない……と言ったら嘘だけど気持ちの整理はついている、だからいいんだ。それに今度は離さない」

「フンっ……ガキのクセになァにを一丁前なこと言ィってやァがる」

 ガキは続けていい子ぶった事を抜かすが俺はそれがとても気に入らない。

「……はあ、ありがとうレイル、そう言って貰えると助かるわ。それじゃあ帰りましょうか」

 姉さんは俺の顔をじっと見つめるとまた呆れたような溜息をつく。

 何がそんなに気に入らないというのか?

「お、帰るかァ。そんじゃあなァ姉さん」

 何とも腑に落ちないが俺を抱えて立ち上がった姉さんにそう言う。

 久しぶりに家族に会えて良かった。
 腹を割って話せたし、もうこの国に思い残したことはない。
 次どうするかは傷を治してから考えよう。

 少し名残惜しい気もするが別れを渋っては心が揺らぐ。ここは漢らしくキッパリと姉さんを見送ろう。

「何言ってるのよアラドラ。あなたも一緒に帰るのよ?」

 俺が心の中で決意を決めていると姉さんは不思議そうに首を傾げる。

「……え? 俺ァも帰るのかァ?」

 予想外の発言に俺の脳みそは混乱する。

「当たり前じゃない。逆になんで帰らないのよ? せっかくオーデーに帰ってきたんだからお祖母様や弟妹に普通会ってくでしょ」

「え? いや、別に、俺は姉さんに会えたらそれでもう満足というか……もう悔いはない的な……?」

 思わず昔の口調がまた出てしまう。

「何を訳わかんないこと言ってんの、帰るったら帰るのよ。そうだわ、盗賊団の皆さん全員……は多すぎるからアレだけど数人ぐらいなら盗賊団の人を家に招待してもいいわよ?」

「え……は……?」

 どんどんと帰る流れになってしまっている。

「ほら早く、誰でもいいから」

「え、えーと、それじゃあ一人だけ」

 姉さんの有無を言わせぬその圧力に俺は思わずそんなことを言ってしまう。

「そ。それじゃあその人のいる所まで行くわよ」

「あ、その必要は無い。来た道を戻ると遠回りだから要件を伝えて外で待つように言っとく。この部屋から外へ行くならあっちに隠し通路があるからそっちから行こう」

 俺を担いで来た道を戻ろうとする姉さんを止めて俺は逆方向の壁の方を指さす。

「え……そんなことできるの?」

「うん、だから隠し通路から行こう」

 不安そうに聞き返してくる姉さんに頷いて俺は意識を集中させる。

 拡張スキル『落ちこぼれどもの絆』によって俺の補佐、副団長のガルと意識を共有して簡単に要件を伝える。

 拡張スキルとはある特定の天職が使えるスキルの上位版みたいなものだ。
 俺の拡張スキル『落ちこぼれどもの絆』の効果は『落ちこぼれどもルインサーカス』の全団員とのスキルの共有と一定範囲の意思疎通の可能。

 これによって『落ちこぼれどもルインサーカス』の団員とならこのヘンデルの森の中ぐらいならばどこでも意思疎通が可能となる。

「わ、わかったわ。それじゃあその隠し通路から外に出るけど本当にいいのね?」

 まだ俺の言葉に納得出来ない姉さんはしつこく確認をしてくる。

「大丈夫だって」

 それを軽く宥めて俺は抵抗出来ぬまま実家に連行されることになった。

 ……なんで俺は団員と一緒に実家に帰らないと行けないんだ?

 隠し通路を行く途中、ふと我に返りそう思うがもう既にそんな事を思ったところで手遅れになっていた。
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