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102話 トワール一家への恩返し
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「ルートにアズミは二人で二階の部屋を、ルリルとマーネルは台所とお風呂場の方を、おばあちゃんとこのレイルお兄ちゃんは大広間を掃除するからお願いね?」
「「「はーいっ!!」」」
大変美味な朝食を頂いてから少しした頃。俺たちはトワール一家の家事やその他もろもろのお手伝いをすることになった。
これはローグの唐突な提案だった。
「タダで泊めてもらう訳にはいかないから一宿一飯の恩義ということで何か手伝えることはありませんか?」
食事を食べ終わり、食後のティータイムまで楽しんでいるとローグがそう言った。
確かにさすがにここまでして貰って何も恩返ししないのは申し訳ないし、とても良い提案なのだがそれは話すことを話してからでも良くないか?
と、そう思ったが、ローグはまったく止まる気配なく。決まった瞬間にすぐ行動に移し始めた。
どれだけアラナドさんにいいところを見せたいんだよ……。
と思いながらも口には出さない。出しても無駄だから。
ということで話したいことや話さなければいけないことがお互いにある筈なのに、全く出来ないままこうしてトワール一家への恩返しが始まった。
細かい振り分けはこうだ。
買い物
アラクネさん。
庭の掃除
ローグとレイボルト。
屋敷の掃除
俺とアラナドさん、そして子供たち四人である。
さらに細かい振り分けは今の通り。
「それでは始めましょうか」
「は、はい。そうですね……」
子供たちがいなくなった大広間はやけに静かで妙な緊張感が走る。
……別にローグと同じように俺がアラナドさんをそっち方向で意識しているとかそういうのでは無い。俺は至って普通だ。
「レイルさんはこのはたき棒で棚の上や花瓶、届く範囲の高いところの埃を落として貰えますか? 私はその落ちたゴミをかき集めます」
「わ、分かりました」
テキパキとした指示で棒の先端に無数の羽が付いた所謂、羽たたきと言うやつを俺に手渡し、アラナドさんはほうきとちりとりを右手と左手に持つ。
「……」
「……」
そこから暫く無言で埃を落とすパタパタとした羽たたきの音と、ほうきでその落ちた埃をかき集める子気味よい音だけが広間中に響く。
な、なにか話題を振った方がいいだろうか?
何となくその無言の時間が気まづくてそんなことを考え、アラナドさんの様子を盗み見るが真剣に掃除をするその姿から話を振るのが躊躇われる。
「……」
こういう時、ローグならば空気を読まずにガツガツとアラナドさんを口説くなり、口説くなり、口説くなりと色々な話を振るのだろうが俺にはそっちの趣味はないし、どう立ち回るべきなのか全く分からない。
そのままズルズルと俺はどうすることも出来ないまま次々と溜まりに溜まった広間の埃を落としていく。
随分と掃除がされていなかったのか、壁の縁や花瓶、壁にかけられた絵の裏を除くと見ただけで咳き込みそうなほどの埃が溜まっていた。
まあこれだけ広い屋敷ならば毎日隅から隅まで掃除をするのは難しいだろうし、使用人があの老紳士だけではさらに困難だろう──。
「……これでは?」
その埃を見た瞬間、ある話題を思いつく。
「随分と埃が溜まってますね、掃除は「少し休憩しましょうか」
反射的に思いついた掃除の話題を依然として真剣に掃除に取り組むアラナドさんに振ろうとしたところで身に覚えのある流れで言葉を遮られる。
「……え?」
突然の申出に俺は首を傾げる。
まだ掃除を始めて20分も経っていない。他の子供たちもまだ掃除を終えて戻ってきてはいないし、休憩にはだいぶ早いと思うのだが……。
「お互いにお話ししなければいけないことがあるはずですが?」
アラナドさんは答えを聞かずに椅子に腰を掛けると俺の瞳を真っ直ぐと見据えてくる。まるでそこから俺の思考や内面を見定めるかのような鋭い瞳で。
「……そうですね。少し休憩をしましょうか」
俺はその瞳に押されて、どうすることも出来ないまま向かい合うように反対側の椅子に座る。
時々感じていた不思議な感覚。
彼女の瞳は時々、ただの老婆のものではなく何かを推し量るような、はたまた全てを見透かしたような得体の知れない何かへと変化する。
この人は只者では無い。
本能がそう直感する。
先程感じていた緊張感とは別格の重圧的な緊迫感に自然と体は身構えてしまう。
「そんなに警戒することはありません。何も取って食おうなんていうわけではないのです。少し老いぼれとお喋りをするだけです、どうか肩の力を抜いてくださいな」
「ッ……そうですよね、お話をするだけですよね」
全てを分かっているとでも言いたいかのように老婆は優しく微笑む。
「……どうして『今』お話をする気になったんですか?」
老婆のその笑顔がなんだか不気味に感じられて、それを誤魔化すように俺は質問をする。
「はて? 『今』とはどういうことです?」
俺の質問にアラナドはわざとらしく首を傾げて、分からないフリをする。
「お互いにお話しなければいけないことがあるはずですが」と言っておいて、あくまでもとぼける気かこの婆さん。……まあそれなら、それでいい。どの道、お互いに腹の中をさらけ出すことになるんだ。
一瞬、初めて目の前の化けの皮を被った老婆に対して不快感を覚えたが直ぐにその感覚は拭い捨てる。
「とぼけないでくださいよ。もっとすぐにでも話をすることだってできたです、それこそ自己紹介が終わったあとに直ぐにでも。ですがどういう訳かこちらから話を振ろうとすれば貴方は尽くそれを遮って、話をしようとしない。自己紹介の時といい、さっきの朝食の間や後といい。……少しの間、俺たちを観察をして何か分かりましたか?」
そっちがその気なら、こちらも少し態度を改めさせてもらおう。
俺は少し煽るようにアラナドに聞き返す。
「……バレていましたか。……いえ、これぐらいわかってもらえないとこちらも困ります──」
それに対し、アラナドもなにか吹っ切れたように優しい微笑みから挑発的なモノに変化する。
「──レイルさん。人の内面が見えるのはどんな時だと思いますか?」
「……内面?」
突然なのんの話だ?
「そうです。その人の為人です。何を考えているのか、誠実な人なのかどうなのか、色々とありますが一番はその人が悪い人なのかどうかです」
「……どんな時にその内面は見えるんですか?」
俺は少しの間老婆の質問を考え、良い答えが思いつかず問い返す。
「私はその人の内面を見る時に掃除をその人と一緒にするのです」
「掃除……ですか」
「はい。掃除は自然とその人の考えることや内面が見えてくると私は思ってるんです。例えば表面上では真面目に掃除をしている人でも細かく見ていけばその仕事はとても雑であったり、面倒くさそうに掃除をしている人ほど細部まで気を使って掃除をしたりと掃除はその人の表面と内面の違いが大きくわかると思うんです」
「……それで、俺と掃除をしていてその内面とやらはわかったんですか?」
いまいち話の脈絡がつかめず、アラナドに自分はどうだったのか聞いてみる。
「ええ、それはもうはっきりと」
老婆はそれにかなりの自信の篭った表情で答える。
「レイルさん、貴方はとても優しい人なんですね──」
「どうも……?」
「──それはもう詰まらないほどに」
「……は?」
続いた老婆の言葉に俺はそんな素っ気ない返事しかできない。
え?俺は今、喧嘩売られたのか?
老婆の最後に付け足した言葉に少なからずの怒りを覚えた。流石の俺でも今のアラナドの言葉は全く褒め言葉ではないことぐらいわかる。
「あら、ごめんなさい。別に馬鹿にしたつもりじゃないのよ、今のは心から出た褒め言葉なの。貴方ほど誰にでも対して誠実な人を久しぶりに見たものだから……」
アラナドは慌てて言い繕うと申し訳なそうに謝る。
「はあ……そうなんですか……」
今の老婆の言葉を聞いても俺は彼女の言った事が納得が出来なかった。
理由は自分が『誠実』だなんて大層な人徳を積んだ人間とは到底思えないからだ。
ただ自分勝手に欲望のままに俺は今まで生きてきた。威張ることではないが、たくさんの人に迷惑をかけてきた自負もある。
そんな俺が誠実な人間だとこの老婆は言った。
本当に人を見る目があるのかこの人は?
段々とアラナドに対する評価が悪い方向に変化していく。
「そうして私は貴方の内面を見極めたところで、貴方達は信用に足る人物と判断して、こうしてお話をすることを決めました」
「俺一人の内面を見ただけで他の二人も信頼するんですか? 随分と適当な見極めなんですね。普通はここに俺と他の二人もまとめてアラナドさんの言う『内面』を見るべきでは?」
続けられた彼女の言葉に俺は更にそう返す。
「いえいえ、適当なんてことはありません。あの三人の中で一番異質な貴方のことを見れば十分にあなた方三人が正義なのか悪党なのかは分かります」
「異質に正義か悪党……ですか。まあお話ができるくらいまでには信頼して貰えて良かったです──」
色々と腑に落ちない点は多いが今はそこに突っ込むより本題に入った方がいいだろう。
「──それじゃあお話ができるということでアラナドさん、貴方はどこまで魔装機の事についてご存知なんですか?」
まず大前提としてこの人はどこまでの事を知っているのか確認が必要だ。そのために初めてこの老婆の前で『魔装機』という単語をハッキリ使って質問をする。
「どこまで……ですか、難しい質問ですね。知っているといえば知っていますが、知らないといえば知らない。少なくとも貴方よりは知りませんね」
アラナドは少しの間考えそう答える。
回りくどい答えだがその反応だけで十分だ。今の物言いならば基本的な魔装機のことは知っているという口振りだ。
「そうですか……もう分かりきっているとは思いますが確認としてこちらのお話しをしましょう。俺たちは魔装機使いである貴方のお孫さんであるアラクネさんに頼みがあってこのオーデーに来ました。魔王が復活したことはご存知ですね?」
「勿論知っています。この国もその影響でとても慌ただしいですから」
「ここまできて聞く必要はないと思いますが確認として……。私たちもアラクネさんと同じ魔装機使いと言うことはわかっていますよね?」
「ええ、あの子から話を聞いた時にそれはわかっていました」
アラナドは短く頷く。
「それなら話は早いです。私たちは──」
そこから俺はアラナドに簡単ではある俺たち魔装機使いのこと、勇者と共に魔王を倒すために旅をしていることや、旅の目的である魔装機使いの仲間を集めていること、その仲間の候補としてアラクネの噂を聞きつけてオーデーに来たという説明をした。
アラナドは特に質問などをせず俺の話が終わるまで静かに話を聞いていた。
「アラクネさんに頼みがあるというのは今の話を聞いて察しは着いていると思いますが、アラクネさんにも俺たちと一緒に魔王を倒すために力を貸していただけないかということです」
最後にもう一度明確に今回ここに訪れた目的を言って俺はアラナドさんの反応を伺う。
「──」
アラナドさんはただ何も言わずに閉じていた瞼ををゆっくりと上げて、俺の瞳を真っ直ぐに見てきた。
「──あの子がフルーエルを見つけてきた時からいつかこんなことが起きるんじゃないかと思っていましたが、まさかここまで大事になるとは思いませんでしたね」
しばらくの沈黙の後、アラナドさんは何かを思い出すかのように呟く。
「──やはりこれがあの子の運命なのですね」
その表情はとても優しくて、寂しそうなものだ。
「──アラクネ、話は聞いていましたね? 入って来なさい」
「はい……お祖母様……」
そうしてアラナドさんに呼ばれて一人の買い物に出かけたはずの女性が大広間に入ってくる。
途中から話を聞いていたことは気配でわかっていた、それも相当前から。買い物に行くというのは嘘だったようだ。
そのため特に突然に思える彼女の登場に驚くことも無い。
「……」
広間に入ってきてすぐにアラクネさんはその足を止めてその場で立ち尽くしてしまう。
「これは貴方が決めることです」
「ッ……」
アラナドさんのその言葉で彼女の表情は強ばったものに変わる。
長い静寂が大広間を支配する。
この部屋にいる全員が彼女の答えを待つ。
とても困ったようにアラクネさんは何度もアラナドさんに視線を送る。
しかしアラナドさんはそれに目を合わせようとしない。
「……私は──」
そうしてやっと出た彼女の言葉は、
「──私はあなた達に協力することはできません」
断りのものだった。
「「「はーいっ!!」」」
大変美味な朝食を頂いてから少しした頃。俺たちはトワール一家の家事やその他もろもろのお手伝いをすることになった。
これはローグの唐突な提案だった。
「タダで泊めてもらう訳にはいかないから一宿一飯の恩義ということで何か手伝えることはありませんか?」
食事を食べ終わり、食後のティータイムまで楽しんでいるとローグがそう言った。
確かにさすがにここまでして貰って何も恩返ししないのは申し訳ないし、とても良い提案なのだがそれは話すことを話してからでも良くないか?
と、そう思ったが、ローグはまったく止まる気配なく。決まった瞬間にすぐ行動に移し始めた。
どれだけアラナドさんにいいところを見せたいんだよ……。
と思いながらも口には出さない。出しても無駄だから。
ということで話したいことや話さなければいけないことがお互いにある筈なのに、全く出来ないままこうしてトワール一家への恩返しが始まった。
細かい振り分けはこうだ。
買い物
アラクネさん。
庭の掃除
ローグとレイボルト。
屋敷の掃除
俺とアラナドさん、そして子供たち四人である。
さらに細かい振り分けは今の通り。
「それでは始めましょうか」
「は、はい。そうですね……」
子供たちがいなくなった大広間はやけに静かで妙な緊張感が走る。
……別にローグと同じように俺がアラナドさんをそっち方向で意識しているとかそういうのでは無い。俺は至って普通だ。
「レイルさんはこのはたき棒で棚の上や花瓶、届く範囲の高いところの埃を落として貰えますか? 私はその落ちたゴミをかき集めます」
「わ、分かりました」
テキパキとした指示で棒の先端に無数の羽が付いた所謂、羽たたきと言うやつを俺に手渡し、アラナドさんはほうきとちりとりを右手と左手に持つ。
「……」
「……」
そこから暫く無言で埃を落とすパタパタとした羽たたきの音と、ほうきでその落ちた埃をかき集める子気味よい音だけが広間中に響く。
な、なにか話題を振った方がいいだろうか?
何となくその無言の時間が気まづくてそんなことを考え、アラナドさんの様子を盗み見るが真剣に掃除をするその姿から話を振るのが躊躇われる。
「……」
こういう時、ローグならば空気を読まずにガツガツとアラナドさんを口説くなり、口説くなり、口説くなりと色々な話を振るのだろうが俺にはそっちの趣味はないし、どう立ち回るべきなのか全く分からない。
そのままズルズルと俺はどうすることも出来ないまま次々と溜まりに溜まった広間の埃を落としていく。
随分と掃除がされていなかったのか、壁の縁や花瓶、壁にかけられた絵の裏を除くと見ただけで咳き込みそうなほどの埃が溜まっていた。
まあこれだけ広い屋敷ならば毎日隅から隅まで掃除をするのは難しいだろうし、使用人があの老紳士だけではさらに困難だろう──。
「……これでは?」
その埃を見た瞬間、ある話題を思いつく。
「随分と埃が溜まってますね、掃除は「少し休憩しましょうか」
反射的に思いついた掃除の話題を依然として真剣に掃除に取り組むアラナドさんに振ろうとしたところで身に覚えのある流れで言葉を遮られる。
「……え?」
突然の申出に俺は首を傾げる。
まだ掃除を始めて20分も経っていない。他の子供たちもまだ掃除を終えて戻ってきてはいないし、休憩にはだいぶ早いと思うのだが……。
「お互いにお話ししなければいけないことがあるはずですが?」
アラナドさんは答えを聞かずに椅子に腰を掛けると俺の瞳を真っ直ぐと見据えてくる。まるでそこから俺の思考や内面を見定めるかのような鋭い瞳で。
「……そうですね。少し休憩をしましょうか」
俺はその瞳に押されて、どうすることも出来ないまま向かい合うように反対側の椅子に座る。
時々感じていた不思議な感覚。
彼女の瞳は時々、ただの老婆のものではなく何かを推し量るような、はたまた全てを見透かしたような得体の知れない何かへと変化する。
この人は只者では無い。
本能がそう直感する。
先程感じていた緊張感とは別格の重圧的な緊迫感に自然と体は身構えてしまう。
「そんなに警戒することはありません。何も取って食おうなんていうわけではないのです。少し老いぼれとお喋りをするだけです、どうか肩の力を抜いてくださいな」
「ッ……そうですよね、お話をするだけですよね」
全てを分かっているとでも言いたいかのように老婆は優しく微笑む。
「……どうして『今』お話をする気になったんですか?」
老婆のその笑顔がなんだか不気味に感じられて、それを誤魔化すように俺は質問をする。
「はて? 『今』とはどういうことです?」
俺の質問にアラナドはわざとらしく首を傾げて、分からないフリをする。
「お互いにお話しなければいけないことがあるはずですが」と言っておいて、あくまでもとぼける気かこの婆さん。……まあそれなら、それでいい。どの道、お互いに腹の中をさらけ出すことになるんだ。
一瞬、初めて目の前の化けの皮を被った老婆に対して不快感を覚えたが直ぐにその感覚は拭い捨てる。
「とぼけないでくださいよ。もっとすぐにでも話をすることだってできたです、それこそ自己紹介が終わったあとに直ぐにでも。ですがどういう訳かこちらから話を振ろうとすれば貴方は尽くそれを遮って、話をしようとしない。自己紹介の時といい、さっきの朝食の間や後といい。……少しの間、俺たちを観察をして何か分かりましたか?」
そっちがその気なら、こちらも少し態度を改めさせてもらおう。
俺は少し煽るようにアラナドに聞き返す。
「……バレていましたか。……いえ、これぐらいわかってもらえないとこちらも困ります──」
それに対し、アラナドもなにか吹っ切れたように優しい微笑みから挑発的なモノに変化する。
「──レイルさん。人の内面が見えるのはどんな時だと思いますか?」
「……内面?」
突然なのんの話だ?
「そうです。その人の為人です。何を考えているのか、誠実な人なのかどうなのか、色々とありますが一番はその人が悪い人なのかどうかです」
「……どんな時にその内面は見えるんですか?」
俺は少しの間老婆の質問を考え、良い答えが思いつかず問い返す。
「私はその人の内面を見る時に掃除をその人と一緒にするのです」
「掃除……ですか」
「はい。掃除は自然とその人の考えることや内面が見えてくると私は思ってるんです。例えば表面上では真面目に掃除をしている人でも細かく見ていけばその仕事はとても雑であったり、面倒くさそうに掃除をしている人ほど細部まで気を使って掃除をしたりと掃除はその人の表面と内面の違いが大きくわかると思うんです」
「……それで、俺と掃除をしていてその内面とやらはわかったんですか?」
いまいち話の脈絡がつかめず、アラナドに自分はどうだったのか聞いてみる。
「ええ、それはもうはっきりと」
老婆はそれにかなりの自信の篭った表情で答える。
「レイルさん、貴方はとても優しい人なんですね──」
「どうも……?」
「──それはもう詰まらないほどに」
「……は?」
続いた老婆の言葉に俺はそんな素っ気ない返事しかできない。
え?俺は今、喧嘩売られたのか?
老婆の最後に付け足した言葉に少なからずの怒りを覚えた。流石の俺でも今のアラナドの言葉は全く褒め言葉ではないことぐらいわかる。
「あら、ごめんなさい。別に馬鹿にしたつもりじゃないのよ、今のは心から出た褒め言葉なの。貴方ほど誰にでも対して誠実な人を久しぶりに見たものだから……」
アラナドは慌てて言い繕うと申し訳なそうに謝る。
「はあ……そうなんですか……」
今の老婆の言葉を聞いても俺は彼女の言った事が納得が出来なかった。
理由は自分が『誠実』だなんて大層な人徳を積んだ人間とは到底思えないからだ。
ただ自分勝手に欲望のままに俺は今まで生きてきた。威張ることではないが、たくさんの人に迷惑をかけてきた自負もある。
そんな俺が誠実な人間だとこの老婆は言った。
本当に人を見る目があるのかこの人は?
段々とアラナドに対する評価が悪い方向に変化していく。
「そうして私は貴方の内面を見極めたところで、貴方達は信用に足る人物と判断して、こうしてお話をすることを決めました」
「俺一人の内面を見ただけで他の二人も信頼するんですか? 随分と適当な見極めなんですね。普通はここに俺と他の二人もまとめてアラナドさんの言う『内面』を見るべきでは?」
続けられた彼女の言葉に俺は更にそう返す。
「いえいえ、適当なんてことはありません。あの三人の中で一番異質な貴方のことを見れば十分にあなた方三人が正義なのか悪党なのかは分かります」
「異質に正義か悪党……ですか。まあお話ができるくらいまでには信頼して貰えて良かったです──」
色々と腑に落ちない点は多いが今はそこに突っ込むより本題に入った方がいいだろう。
「──それじゃあお話ができるということでアラナドさん、貴方はどこまで魔装機の事についてご存知なんですか?」
まず大前提としてこの人はどこまでの事を知っているのか確認が必要だ。そのために初めてこの老婆の前で『魔装機』という単語をハッキリ使って質問をする。
「どこまで……ですか、難しい質問ですね。知っているといえば知っていますが、知らないといえば知らない。少なくとも貴方よりは知りませんね」
アラナドは少しの間考えそう答える。
回りくどい答えだがその反応だけで十分だ。今の物言いならば基本的な魔装機のことは知っているという口振りだ。
「そうですか……もう分かりきっているとは思いますが確認としてこちらのお話しをしましょう。俺たちは魔装機使いである貴方のお孫さんであるアラクネさんに頼みがあってこのオーデーに来ました。魔王が復活したことはご存知ですね?」
「勿論知っています。この国もその影響でとても慌ただしいですから」
「ここまできて聞く必要はないと思いますが確認として……。私たちもアラクネさんと同じ魔装機使いと言うことはわかっていますよね?」
「ええ、あの子から話を聞いた時にそれはわかっていました」
アラナドは短く頷く。
「それなら話は早いです。私たちは──」
そこから俺はアラナドに簡単ではある俺たち魔装機使いのこと、勇者と共に魔王を倒すために旅をしていることや、旅の目的である魔装機使いの仲間を集めていること、その仲間の候補としてアラクネの噂を聞きつけてオーデーに来たという説明をした。
アラナドは特に質問などをせず俺の話が終わるまで静かに話を聞いていた。
「アラクネさんに頼みがあるというのは今の話を聞いて察しは着いていると思いますが、アラクネさんにも俺たちと一緒に魔王を倒すために力を貸していただけないかということです」
最後にもう一度明確に今回ここに訪れた目的を言って俺はアラナドさんの反応を伺う。
「──」
アラナドさんはただ何も言わずに閉じていた瞼ををゆっくりと上げて、俺の瞳を真っ直ぐに見てきた。
「──あの子がフルーエルを見つけてきた時からいつかこんなことが起きるんじゃないかと思っていましたが、まさかここまで大事になるとは思いませんでしたね」
しばらくの沈黙の後、アラナドさんは何かを思い出すかのように呟く。
「──やはりこれがあの子の運命なのですね」
その表情はとても優しくて、寂しそうなものだ。
「──アラクネ、話は聞いていましたね? 入って来なさい」
「はい……お祖母様……」
そうしてアラナドさんに呼ばれて一人の買い物に出かけたはずの女性が大広間に入ってくる。
途中から話を聞いていたことは気配でわかっていた、それも相当前から。買い物に行くというのは嘘だったようだ。
そのため特に突然に思える彼女の登場に驚くことも無い。
「……」
広間に入ってきてすぐにアラクネさんはその足を止めてその場で立ち尽くしてしまう。
「これは貴方が決めることです」
「ッ……」
アラナドさんのその言葉で彼女の表情は強ばったものに変わる。
長い静寂が大広間を支配する。
この部屋にいる全員が彼女の答えを待つ。
とても困ったようにアラクネさんは何度もアラナドさんに視線を送る。
しかしアラナドさんはそれに目を合わせようとしない。
「……私は──」
そうしてやっと出た彼女の言葉は、
「──私はあなた達に協力することはできません」
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