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97話 強奪

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オラァこのヘンデルの森のあるじ兼盗賊団落ちこぼれどもルインサーカスの団長、アラドラっつゥモンだ! 以後お見知りィ置きヲ」

 目の前のアラドラと名乗った男はフードを下ろしおどけたようにお辞儀をする。

「……ッ!」

 そして奴の放った言葉に俺は耳を疑う。

 さっき襲われたローブ集団の仲間……盗賊だとは思っていたがまさかその大将が出てくるとは思わなかった。

 ……いや『魔力遮断』『気配遮断』の練度から見てそうだと言われても不思議なことはない。コイツはかなり異質な存在だと本能がそう告げてくる。

「ふー……」

 軽く深呼吸を気を落ち着ける。

 焦るな。幸い、お相手さんはまだ本格的にこっちとやり合うつもりでもないらしい。少しでも情報を得るためにできるだけ冷静に会話をしなければ。

 気が完全に落ち着いたところで再びアラドラと名乗った男に目をやる。

 身長は俺よりほんの少し小さいくらいか、先程言っていた盗賊団の制服的な役割なのかアラドラもフード付きの茶色のローブを身に纏っている。
 特徴的なのはお辞儀をやめた後もニッコリと貼り付けられたような笑みの左右の目元の周りに黄色と赤の染色で三日月と太陽のマークが描かれていることと、それと同じくらいに目を引いたのは短く切りそろえられた翡翠色の髪とその均整のとれた顔立ちだった。

 その顔の彫りや雰囲気から、年齢もそこまで離れていないということが分かる。同じくらい……とまではいかず、2つ3つぐらいあちらが上の年齢ぐらいだろうか。

 そこまで歳が離れているわけでもないのにヘンデルの森の主兼盗賊団……たしか『ルインサーカス』だったか?の団長をやっているというのは普通のことではないだろう。

 そうなるのに不思議ではない充分な何かがコイツにはある……はずだ。

「おいおいまァた黙りかァ? こっちィが名乗ったんだからァよォ、次はそっちの番じゃァねえのかァ?」

 男の顕になった姿に次々と無言で分析をしているとそんな不機嫌な声が聞こえてくる。

「……レイルだ」

「そんだけかァ? つまんねェ自己紹介だなァオイぃ」

 俺の短い答えにアラドラは目をひん剥いて、つまらなそうに笑う。

「……まァあいいかァ、別にお互い仲良くお喋りをしましょうよォって言ってんじゃァねェ。仲間ダチを返して貰おうかァ?」

 アラドラは続けてそう言うと腰を低く構えて、奇妙な構えで殺気を放つ。

 ……少し雑に返しすぎたか。

 頭の中で自身の返答に後悔して、殺気に自然と反応するように銃剣を男に向ける。

 こうなってしまっては悠長に話をすることはもう不可能だ。まだ聞きたいことが山ほどあったがそれはもう少し後のことになりそうだ。

「よォく見たらチラホラといいモンぶらぶらさせてェんじゃねェかよォ? こりゃイイ値になァりそうだァ!」

 アラドラは不快に舌なめずりをして俺を値踏みするように見回す。

「……」

 既に奴の気配は結界内に出ている。奴がどれほど気配遮断や盗み、暗殺を得意とする盗賊系の天職だとしても、もう先程のように背後を取られたり不意打ちを受けることはない。

 ……そう確信した瞬間だった。

「おいィ……夜だからお眠なんかァ?」

「……は?」

 突然、あと二、三歩の距離に奇天烈な顔面塗料フェイスペイントをしたアラドラの優面が映る。

 アラドラは小馬鹿にしたように人差し指で一つ、俺の胸の中心を叩くと再び元いた位置に一瞬で戻る。

「それなりィの気配だったかァら結構強いィと思ったァが俺ァの勘違いィかァ? 大したこたァねェなァ!」

 不快感を増長させる笑みでアラドラはこちらを見てくるが、俺はそれがどうでもよくなるほど目に映る盗賊の姿に目を疑う。

「ッ! お前、いつの間に髭面の男そいつを俺から奪い返した!?」

 その理由とは俺が抱えていた髭面の男をアラドラは先程の一瞬にして盗んだのだ。

「はァ? そんなんテキトぉーにお前ェに近づいて盗ったに決まってんだろォが」

 アラドラはさも当然と言ったように答え、髭面の男を抱え直す。

「な……」

 男の言葉に絶句する。

 気配は完全に把握していた、目の前にいて姿の目視もしていたと言うのに気づいたら至近距離まで間合いを詰められて、仕舞いには抱えられている髭面を目視で確認するまで自分が髭面の男を盗られたことに気づきもしなかった。

「どういうことだ……」

「だからァ、言っただァろ? テキトぉーに近づいてェ──」

 思考が麻痺する。3度目はないと思っていた気配遮断を難なく目の前の道化師はやってのけた。相当高度な盗みをこの男はしたのだ。

 見た目の若さに反して、盗賊団の団長だと自ら名乗りを上げたのだ。相当な手練だとは思っていたがここまででは無い。

「さあァてマブダチ取り返したしィ、他に捕まってる仲間ダチも助けェにいっかァ~」

 二度目の説明をアラドラは終えると面倒くさそうに頭を掻く。

「誰が行かせるかッ!」

 止まりかけていた思考を無理矢理叩き起す。

 どんな理屈、理由で何度も俺とアニスの探知を掻い潜ったのかは分からないが今はそれを悠長に考えている場合じゃない。ここで盗賊団の主を逃がす訳には行かない、喧嘩を吹っかけて来たのはあっちなのだ、やりたい放題やられっぱなしは癪だ。

「お前も寝てもらう」

 闇に潜り、一瞬にしてアラドラの背後へと出る。そして奴が反応する前に意識を刈りとるため、奴の腰部目掛けて銃剣の柄を強く打ち付ける。

「こいつァ驚いたァ。奇妙な技ァを使うんだァなァ」

 アラドラは俺が元いた虚空を見つめたまま呑気に唸る。

 入った。

 銃剣による峰打ちは確実にアラドラの腰部へと打ち込まれた──はずだった。

「ちょーどいいやァ、なァんかテキトぉーにお前ェのモンを盗んでェおくかァ……」

 ぐるりとアラドラは俺がいる背後に顔を向けてその目を見開く。

「ッ!」

 俺はその急な反応に意表を突かれ動きが数瞬鈍る。

「いいモン持ってェんなァおぼっちゃまァ? このきれェな金糸雀色のブレスレット貰うぜェ?」

 その隙を鼻先の道化師は見逃さず、瞳を愉悦の色に歪めるといつ盗んだのか俺の左手首に着いていた金糸雀色のブレスレットをぷらぷらと空いた左手で摘んで見せてくる。

「リュミールッ!!」

 ブレスレットが視野に入った瞬間、精霊石の中にいるはずの精霊の名前を叫ぶ。

「レイルっ!」

 俺の叫びと同時に精霊は何時もとは違う焦った様子で姿を見せる。

「おォ!? なんだァこのガキぃ、どっから出ェてきたァ? ……まあァいい、お前ェも一緒に来やがれェ」

 アラドラはリュミールを見て数瞬驚くが直ぐに左側にリュミールを抱えて拘束する。

「なっ! 離せこのヘンテコ野郎!!」

「おうおう、活きのいい女ァは嫌いじゃねェぜェ。もう少し色々とデェカくなってかァら俺ァを誘惑すんだァなァ!今は黙ァって付いてェこい」

「うっ……」

 アラドラの拘束から抜け出そうとリュミールは暴れるが直ぐにアラドラは腕による拘束を強めて精霊の意識を刈る。

「リュミールっ!!」

「そんじゃあァ充分盗んだァし俺は帰らァせて貰うぜェ……俺ァが行くまでもなく他の仲間ダチは拡張スキルで逃げたァみたいだしなァ。まァったくガルも他ァの奴らを見習えェってんだ、副団長が聞いて呆れるぜェ」

 アラドラは満足そうに訳の分からないことを言って未だ意識の覚醒しない髭面を揺する。

「人の大事な物と精霊奪ってんじゃねえ!」

 俺はそんな奴の態度に激しい怒りを覚え、殺すつもりでアラドラに斬り掛かる。

「おおっと危ねェ……じゃあホントォに帰るぜェおぼっちゃまァ。もう二度と会うこたァねェと思うがァ元気でなァ」

 しかしその一閃はアラドラに届くことは無く、奴はそういうと大きく後ろに飛ぶと真っ暗な茂みの中へ消えていく。

「待ちやがれこの野郎ッ……アニス! あいつの気配は分かるかッ!?」

 ″……申し訳ございませんマスター……既に結界内からの反応は消えてしまっています……″

 虚空に消えていった盗人を逃すまいとアニスと感覚を共有するが直ぐに悔しそうな少女の声が聞こえる。

「クソっ!」

 遣る瀬無い怒りを抑えきれず、近くにあった木を無造作に斬りつける。

 何もできなかった……敵の情報を得られなければ、拘束された人質を取り返され、挙句にリュミールが盗まれた。俺は今まで何をしてきたんだッ!

 1秒、また1秒と時間が無常に過ぎていく事に自身の無力さに腹が煮えくり返りそうになる。

 ″マスター……″

 こちらを心配してくれる少女の声がするが今はそれに反応することも出来ない。

 ″一旦、野営地に戻りましょう。リュミールは心配ですが、あの男の言っていた事も気になります″

「……」

 俺は無言で頷き、影渡でゆっくりと地面の闇に沈みローグ達の元へと戻る。

「……あっ! 相棒!!」

 闇の中から出ると元いた野営地に出る。それをちょうど見ていたローグがこちらに声をかけてくる。その手には薪と火付け石が握られている。

 辺りを見回すと先程まで燃えていた焚き火はすっかりと燃え尽き、大量にいたローブ集団も気配がない。

「良かった、帰ってこないからどうしたのかと思ったよ……」

 加えて、端の方に停めて置いた荷馬車の様子もおかしい。
 こっちはこっちで色々とあったようだ。

「……ローグ、さっきのローブ集団は?」

「うん、その事なんだけど……ゴメンっ! 逃げられた……」

 俺の質問にイケメンは一瞬、その整った顔立ちを曇らせて頭を勢いよく下げる。

「……そうか……こっちもさっきの奴を逃がした、すまない」

「そっ、そっか……お互いに逃がしちゃったのか……」

 ローグは下げた頭を直ぐに上げるが曇らせた表情はそのままだ。

「……荷馬車の方で何かあったのか?」

 俺は姿の見えないレイボルトを探しながら荷馬車の方に目線を移す。

「ああ、うん。その事なんだけど──」

 熟女好きは下がっていた眉宇をさらに下げて口篭る。

「──戻ったんだねレイル」

 それに被さるようにして馬車の中から姿を現した金髪自殺志願者はこちらに気づいて近づいてくる。

「レイボルト、何があった?」

 俺はそれを確認して直ぐに問う。

「ローグからアイツらが逃げたのは聞いたね?」

「詳しくはまだだけど聞いた」

「そうか。それじゃあ説明をしよう」

 そうして剣聖は言葉を続ける。

「あの集団を拘束した僕達はレイルが戻ってくるのを監視しながら待っていた。しばらくすると集団の一人が「アニキだ! アニキが来たッ!!」と訳の分からないことを言い始めて辺りを警戒していると簡単に抜け出せないようにしっかりと束縛していた縄を一人、また一人と抜け出し始めた──」

 ローグが説明中のレイボルトの横で地面にしゃがみ薪を組み立てて火をつけ始める。

「──突然縄を抜け出し始める奴らに僕達は不意を突かれ動揺したが直ぐにもう一度奴らを捕まえようとした。しかし、どういうわけかアイツら僕達を強襲した時より動く速さや気配遮断の技術が格段に良くなっていたんだ。どさくさに紛れて火も消されて視界も悪くなり、僕達は奴らを逃してしまった。そして今現在に至るって感じだよ」

「ついた!」と無邪気な声と共に辺りを暖かい炎の光が照らす。

「そうだったのか……荷馬車を確認していたのは……?」

 ローブ集団が逃げた過程を聞いて俺は頷き、続けざまに質問する。

「ああ、アイツら逃げる途中で馬車に積んであった食料や水、回復薬なんかを根こそぎ盗んでいったんだ。幸い、馬や荷馬車自体に問題は無かったが荷馬車に積んでいた荷物は全滅だ」

 先程のアラドラの言葉でローブ集団が逃げたのはわかっていたがまさか荷物までやられているとは思わなかった。視界が悪かったとは言え、一度は捕縛に成功している相手を取り逃すといった事実。しかも魔装機使いが2人も居てだ、一体どんな手品を使ったというのか?

「……それでだレイル。危険を承知で言うが今直ぐにこの森を抜けよう」

 腕を組んでアラドラの発言を思い出しているとレイボルトがそう提案をしてくる。

「今ここでもう一度奴らが体勢を整えて襲ってきたら危険だ。どういう訳か相手は僕達の索敵を掻い潜る術がある。荷物を盗まれたことでこちらの分がさらに悪い、今度奴らとやり合えば僕達が負けるかもしれない。それを考慮して今は一旦逃げよう。幸い森の半分過ぎた所までは来れた、あと3……いや4時間あればこの森を抜けられる。君と精霊の光魔法があればもっと速く、安全に森を出られるかもしれない」

「……ッ!!」

 自然とレイボルトの言葉で表情が酷く強ばるのが分かる。

「どうだろう……レイル?」

 レイボルトはそんな俺に違和感を覚えたのか首を傾げて言葉を止める。

「すまない……俺からも言わなくちゃいけないことがある」

 そこで俺はローグとレイボルトに先程あったことを詳しく説明する。髭面を逃がしたこと、アラドラ……ローブ集団の親玉が現れたこと、リュミールの事を……。

「なるほど、そんなことが……『盗賊団落ちこぼれどもルインサーカス』に君の精霊が盗まれた……」

「ああ……」

 奴らの名前を聞いて自然と握った拳がいかりで強くなる。

「……君の精霊の事は心配だが、それでも一旦この森を抜けよう」

「なっ……リュミールを助けに行かないって言うのかッ!?」

 レイボルトの言葉に俺は自然と奴の胸ぐらに掴みかかる。

「あ、相棒!」

「落ち着けレイル! 冷静になるんだ。別に助けないと言うわけじゃない、それなら尚更体勢を立て直さなければいけないと言っているんだ。今このまま奴らの本拠地に乗り込んでも僕達が奴らに勝てる確証が持てない。奴らは少し変わった力を使う、その力のタネや打開策もわかっていない。それに奴らはこの森の地理を完全に熟知していて僕達はしているわけじゃない。色々と足りないものが多すぎるんだ」

 何も抵抗せずに組み上げられるレイボルトは冷静に俺の瞳を見つめてくる。

「……ックソっ!」

「冷静になれレイル、仲間を攫われて怒るのは分かる。けどそんな時こそ冷静にならなければ助けられるものも助けられない。選択を見誤る訳にはいかないんだ」

 レイボルトにそう諭され段々と頭に登っていた血の気が引いていく。

「……少し落ち着く。悪かった……」

「わかってくれればそれでいい。確認だけどレイルは光魔法を使えないってことでいいのかい?」

 乱れた服の襟を正しながら剣聖はそう聞いてくる。

「いや、まだリュミールが廻してくれていた光魔力が少し残っているから少しなら使うことはできる」

「走る馬車の周りを半径10m照らすための光魔法を使った場合どれくらい持つ?」

「強さにもよるが1時間半~2時間持つか持たないかだ」

「充分だ──」

 レイボルトは質問の後、空を見上げて満足そうに頷く。

「──危険な橋を渡ることになると思うけどやっぱり一旦森を抜けよう。今のレイルの話を聞いてさらにその必要性が強くなった、いいかな?」

「わ、わかった!」

「……わかった」

 有無を言わせぬ迫力でレイボルトの言葉に俺たちは頷く。

 そうして俺たちは今つけたばかりの火を消して急いで馬車に乗り込む。

 馬は夜の急な移動に文句一つ言わず素直に荷馬車を引いて何時もより足早に出発する。

 真っ暗なその場に転がった消し炭が、一面灰色の雲に覆われていた空から少し顔を見せた月明かりによって少しづつ照らされ始めていた。
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