森の中で偶然魔剣を拾いました。

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95話 ヘンデルの森にて

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「この感覚も久しぶりだな」

 体にある空気を全部入れ替えるような気持ちで深く呼吸をする。
 緑生い茂る草木や土、獣の入り交じった独特な空気がなんとも懐かしく感じる。

 ヘンデルの森に入ってから約3時間。森に入った最初は魔物や噂の盗賊に強襲されないか強い注意を払っていたが、とりあえずは問題なさそうだ。

「静かだね~」

 レイボルトと交代で御者台から荷台に戻ってきたローグは大きく伸びをしながらそう言う。

「だな……でも気は緩めるなよ」

「もちろんだとも相棒。僕はいつだって臨戦態勢さ!」

「ならいいんですけどね……」

 俺の小言にローグは気にした様子もなく右腕で力こぶを作ってやる気をアピールする。

「臆することは無いよレイル。君たちは一騎当千の騎士なんだ、ある程度の問題はどうとでもなる」

 俺の煮え切らない答えにレイボルトは前を向いたままそう言ってくる。

「一騎当千ってまた大袈裟な例えだな……確かに俺たちは強いかもしれないけど、だからといってその強さに驕り高ぶるのは違うだろ。『聡明な騎士はいついかなる時も最悪の事態を想定するものだ』」

「あ! アルバーンの『騎士道十ヶ条』その五だね!」

 俺の最後の文言にローグが反応を見せる。

「アルバーン……バリアントの精鋭騎士団の言葉か」

「そ。だから「何とかなる」とか楽観的な考えじゃなくて、常に今の自分にできる最善の行動をとるんだ。今なら大きな戦闘を起こさず、この森を抜けることだな」

 魔装機使いが3人(アニスは魔装機ではないが面倒なので魔装機換算)もいれば不測の事態が起きてもある程度の対処は効く。しかしだからといって余裕をこいて何もしないのは違う。なるべく安全に戦闘を控えて、体力が温存出来れば本当に大事な場面で力を使う事が出来る。

 またいつ魔王レギルギアの手先や、四天王が来るかわかったもんじゃないからな。ここにきて動きが活発になってきているし常に警戒しなければ……。

「なるほど……強者の心持ち、参考になる……」

「強者って……レイボルトも強いじゃないかよ」

 手網を握ったまま、何かに納得し深く頷くレイボルトにつっこむ。
 剣聖に煽てられても素直に喜べないのはどうしてだろうか?

「いや、僕は弱い。変な勘違いはよしてくれ」

「……あーはいはい、そうでしたね……」

 そういえばコイツ、自殺志願の他にも自己肯定感の圧倒的欠如があったのを忘れていた。

 被せるように俺の言葉を否定してくるレイボルトにそう思い出す。

「わかってもらえて何よりだよ。それで強者なレイルに質問だ、辺りの視界が暗くなってきたけど、どうする? まだ先に進むかい?」

 満足したように頷いた剣聖は続けて質問をしてくる。

「そうだな──」

 今日の天気が曇りということもあって、森の中は既に視界が暗くなってきている。まだ先に進むことはできるが完全に安全という保証はない。先程まで真上にあった太陽もかなりその身を隠し始めている。

 ここまで魔物や他の邪魔が入らなかったおかげか、順調に森の中腹……半分ほどの所まで来れただろう。開けた場所の確保や、野営の設営を考えても今日のところはこの辺で進むのはやめておいた方がいいかもしれない。

「──日もだいぶ落ちてきたし、ここまで馬にもかなり無理をさせてきている、開けた場所に出たら今日はそこで進むのはやめておこう。それでいいか?」

 数秒の沈黙の後、そう結論付けて休憩を提案する。

「そうだね、そうしよう!」

「了解した」

 2人は同時に首を縦に振る。
 そのまま馬車はある程度、開けたところに出ると緩やかに速度を落として停車した。

「よし、それじゃあ日が落ちる前に野営の準備をすませよう。レイボルトは馬に水とか食べ物をあげてくれ、ローグは焚き火をするための薪集め、俺はテントの設営やその他もろもろの雑用をやっておく」

「「わかった」」

 俺の簡単な支持で2人は直ぐに動き出す。

 遠征や日々の森での訓練で野営の準備にはもう慣れたものだ。
 野営の設営はそれから10分もかからずに終わった。

 ・
 ・
 ・

 煌々と光る炎が、すっかりと暗くなった辺りを照らす。薪の「バチッ」と爆ぜる音と黙々と立ち上る黒煙はそのまま夜の空に掻き消えていく。

 今日は残念ながらお月様は顔を見せてくれないようだ。

 地べたに座り、俺たちは焚き火の周りを囲む。

「……」

 呆然と燃え上がる炎にローグが取ってきてくれた薪を適当に焚べて、硬い干し肉を無理やり噛みちぎる。

「大抵のことは我慢できるけど、やっぱり食事だけは何とかしたいよね……」

 すると焚き火を挟んで正面に座ったローグが恨めしそうに手に持った干し肉を睨みつけている。

「こればっかりはどうしようもないな。あと数日の我慢だ」

「うー……アリスさんのご飯が恋しいよォ」

 ローグはうわ言のように愛しの人を連呼しながら干し肉を噛み続ける。

 ほんとにブレないなコイツは……。

 そんなイケメンに呆れながら、俺もこの干し肉と無駄に硬いパンの組み合わせには飽き飽きしていた。

 一応、料理をする道具はあるにはあるのだが、残念な事にこの中でまともな料理を作れる人間は誰1人として居なかった。
 この3人で旅を初めて最初の頃は全員が料理という名の魔法に挑戦してみたのだが、結果は今黙って干し肉とパンを食べていることでお察し。全滅だった。

 スープを作ってみようものならば、味が薄すぎたり、濃すぎたり、ただの苦い草の味がするお湯だったり。硬くて味気ないパンを美味しく加工する術はそもそも思いつかない。かろうじて捕まえた魚や動物をただ焼くだけならできるが、手間を考えるのならば元々持ってきている干し肉を食べた方が効率が良かった。

 言っても数日の辛抱だとばかり思っていたがかなり精神的にキテいた。食事の大切さを改めて痛感した。

「度々ローグからアリスという女性の名前を聞くが誰なんだい?」

 散々たる過去の苦い記憶を思い出して青ざめているとレイボルトが不思議そうな顔をして聞いてくる。

 そう言えばレイボルトはまだローグがアレでアレなのをしっかりと認識していないんだったな……さて何て説明したもんか。いや別にね?簡潔に「こいつは熟女が好きなんだ」って言えばいいだけなんだけどそれはなんか嫌だ。友人がちょっと普通とは違うご趣味をお持ちだって説明するのはかなり気が引ける。

「あー……それはだな……「よくぞ聞いてくれたよレイボルト!!」

 そして俺が説明に困っていると、虚ろげだった熟女好きが覚醒して、剣聖の方にすごい剣幕で迫る。

「アリスさんはね、僕達の学園の食堂で料理を作ってくれている女性でね! とても優しくて美しくて、それはそれはもう素敵な人なんだよ!! 何が素敵かと言うとね!?──」

 そこから始まるのは永遠と続くローグのアリスさん語り。彼女の素敵な人格から話は始まり、容姿、仕草、料理の美味しさなどなど、よくもまあそれだけ出てくるなと感心するほどのアリスさんに関する事の熱弁。

 最初の方はアリスさんを俺たちより少し年上の女性だと勘違いしていたレイボルトは微笑ましいものを見るような目で話を聞いていたのだが、アリスさんが四十代後半のマダムだと分かるととても難しそうな顔で話を聞いていた。

「そ、そんなに素敵な人なんだな」

「そうなんだよ! レイボルトにもこの良さがわかってくれて嬉しいよ!!」

?」

 同士が増えたと勘違いして嬉しそうに喋るローグを横目に俺とレイボルト目線がかち合う。

「……」

 俺はただ無言でかぶりを振って、レイボルトから直ぐに視線を外す。

「あー……」

 それでレイボルトは何かを察して、諦めたように再び静かにローグの話に耳を傾ける。

 ローグは呆れずに話を聞いてくれるレイボルトが本当に嬉しかったのか、さらにその熱く語る拳に力が入る。

 申し訳ない……だがこれはローグの友ならば一度は通る道なのだ……。

 内心、そんなレイボルトには聞こえるはずのない懺悔の言葉を呟き、俺はただ気配を消し去りただの影になった。

 そこから3時間ほどたっただろうか。

「ローグ、アリスさんの素晴らしさはもう充分にわかったから今日はそれくらいにしてもう休もう」

「え……でも相棒、ここからがいいとこなんだよ!!」

「それはまた今度聞いてやるから」

 一向に終わる気配のないローグの熱弁に、さすがにこのままでは明日に支障をきたすと思った俺はまだ喋り足りないと不満そうな表情のローグを宥める。

「……」

 眠いのを無理やり我慢して話を聞いていたのか、レイボルトの目は白目を向いてもうほとんど意識を失いかけている。

「最初の火の様子見と見回りは俺がやるからそこから3時間交代にしよう。ほらさっさとほぼ気を失ってるレイボルトを担いでテントにいけ」

「……絶対また今度この話の続きするからね!」

「はいはい、わかってるよ」

 ギリギリまで引こうとしないローグを無理やりに丸め込んで、レイボルトと一緒にテントで休むように言う。

「それじゃあお休み相棒。何かあったらすぐに起こしてね」

「ああ」

 そう言ってローグとレイボルトがテントに入ろうとした瞬間だった。

「「「ッ!!!」」」

 突然、その場の空気が血の気を帯びていく。無数に向けられる殺気に全神経が早鐘を鳴らすように反応する。

 それは他の2人も感じたらしく、先程まで緩んでいた気を一気に引き締めて即座に臨戦態勢に入る。

「アニス……」

「申し訳ございませんマスター。全く気が付きませんでした」

 状況の確認をするために銃剣姿の少女を呼ぶと直ぐに悔やしそうな声がする。

「いや、俺も気を張っていたが気づかなかった。相手はかなりの手練だ……状況は分かるか?」

「はい、今ははっきりと気配が分かります。人間が20人、私たちの周りを囲んでいます」

 アニスとの感覚共有で殺気の気配がする距離、位置、数を瞬時に把握する。その隙のない包囲網に虫1匹すらも逃さないという意思を感じる。

「ここでご登場か……」

 無駄のない気配遮断、統率の取れた行動、そして下卑た笑い声が聞こえてきそうな殺気の数々。
 そこで完全に自分たちが話にあった盗賊団に包囲されているのだと理解した。

 夜襲警戒の為に結界はしっかりと張っていた……誰かが結界内に入った時点で反応があるはず、しかし結界は何にも反応しなかった。念を入れてアニスには常に結界の方に注意を払ってもらっていたにも関わらずだ。

 この数の人間の気配を一気に消せていたことから、かなり洗練された隠密系のスキルか魔法、それもレイボルトや俺を凌ぐほどの奴がこの包囲網の何処かにいる。

「本当に申し訳ございません……私の力不足のあまり……」

 再び少女の悲しげな声が聞こえてくる。

「ここまでこられたらしょうがない、相手さんを褒めよう」

 それよりも気になることがある。

 それはどうしてわざわざ気配を表したのかだ。完全に気配を悟られずこの近距離まで距離を詰めれたのだ、あとはそのまま俺たちの首を斬れば簡単に事は済んだはずだ。

「……いくぞアニス、リュミール」

 思考したところで相手が何を企んでいるかなんて分かるはずなんてない。今はただこの状況を何とか打破しなければ。

 俺は未だその姿を表さない無数の闇に向かって銃剣を構えた。
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