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93話 わかれましょう

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『勇者対剣聖』とかいう歴史的決闘が行われてから3日ほどたった。

 思ったよりも剣聖……レイボルトの負った傷は重傷だったようですぐには次の目的地へとは出発せず療養期間として3日ほどレイボルトの傷を完全に治す時間を取った。

「公平なくじ引きによりこの班分けでいいわね?」

「色々と納得できないが……まあ抗議したところで受け入れては貰えないんだろうな……」

 帰ってきた俺たちはすぐさま今後の予定について改めて話し合いをした。議題は『仲間集めの進捗速度悪くね?』というものだ。

 俺達の旅が始まってから栄えある仲間候補第一号のレイボルトを仲間にするのに療養期間も合わせて1週間もかかるとは議題に参加する全員が思ってもいなかった。

 完全なる見積もりの甘さ。
 このままのペースで仲間集めをしていたら、魔王が復活する前に先行して魔王を倒すどころか余裕で魔王が復活するまである。本当にまずい。

 と、それを危惧した俺たちは会議を開いた。
 重々しく厳粛な雰囲気で執り行われた会議によって導き出された進捗速度の改善案は『二手に分かれて仲間集めをする』という単純明快なものだった。

 レイボルトを合わせてアリアが今のところ情報を掴んでいる魔装機使いは3人。その3人から今回仲間になったレイボルトを引くと残る仲間候補は2人。

 アリアは後この2人を勧誘した後に魔王レギルギアを撃ちに行く予定だったようで、このままのペースで仲間集めをしていては良くてあと1人しか仲間にできない。あと2人の魔装機使いを仲間にする予定ならば、この進捗具合の悪さから見ても3人1組の班を2つ作ってそれぞれ勧誘をした方が効率、時間的にもいいという話になった。

 そうと決まったのならば次にすることは色々と出てくる。班わけに、馬の手配、旅路の食料や水の十分な確保などなどやることは山積みとなった。

 俺たちは「これ以上無駄なところで遅れを作る訳にはいかない」とすぐさま諸々の準備に取り掛かった。
 生憎、レイボルトの傷を完全に治すために3日間という十分な時間が取れてはいたが、それでもその時の俺たちの心情は何かしていないと落ち着かない状況にあり、想定よりも1日早く出発の準備が終わっていた。

 そうして現在早朝、出発前。
 3人1組の班を作るためにクジ引きをしたところだった。

「よろしくねレイボルト!」

「こちらこそよろしく頼むよローエングリン」

 俺の後ろには熟女大好き爽やかイケメンと金髪自殺志願者が仲良く握手をしている。

「なんだかこういう班わけってワクワクしますよねラミア!」

「そうだね……なんだかちょっと不思議な感じかも……」

 片や真紅のマントを翻したアリアの後ろには、長旅にも慣れており常識人の紫髪の少女と、最近とても思いやりの精神が身に付いてきた黒髪を一つ結びにした少女がキャピキャピとはしゃいでいる。

 俺、ローグ、レイボルトの3人、そしてアリア、マキア、ラミアの3人が公平なクジ引きで決まった班だ。

 ……どう見てもバランスが悪すぎる。いや、男女が綺麗に別れたと言う点だけで言えばとても綺麗に分かれたと思うが、納得がいかない。常識度と言いますか、道徳的と言いましょうか……せめてどっちか片方交換してくれませんか?俺がそちらに行くでも可。

「なにかあるのなら聞くわよレイル?」

 わざとなのか、それとも素なのかは分からないがとても勝ち誇った笑顔をアリアに俺に向けてくる。

「あ、いえ……なんでもありません……」

「そう? それじゃあ班わけも終わったことだしこの間のおさらいをしましょう」

 全くなんていい顔でこっちを見やがりますかねこの勇者様は……。

 そんな思考を心の奥に隠して、アリアが今後の話を始めるのを黙って聞く。

「色々とトラブルがあって1週間もマーディアルに滞在してしまった私たちに残された時間は余り多くはないわ。そこで今回は二手に分かれてそれぞれ魔装機使いがいる目的に向かってもらう」

 アリアはそう言うと腰に提げたポーチから地図を出して広げる。

「レイル達にはここらから西、馬車で5日ほどかかるオーデー王国に。私たちは北西、4日ほどかかるリンエン渓谷にある集落に向かいます」

 俺たちはアリアが出した地図の周りを囲んで見る。

「距離的にはそこまで変わらないけれど道の険しさから言えばレイル達の方が危険。さっきおしどり亭の店主に話を聞いたところ、オーデー王国に行く途中の森で最近盗賊が出てるって言うから気おつけてね」

「わかった」

 アリアの説明を頭に入れて頷く。

「私たちの行くリンエン渓谷はレイル達よりも距離はないけれど、確実な集落の場所は分かっていないから渓谷に着いたとしても直ぐに集落が見つかるとは限らないから2人はそこら辺、頭に入れておいてね?」

「山篭りは得意です!」

「うん、得意分野」

 頼もしくマキアとラミアが頷く。

「往復の時間、仲間勧誘の時間を考えても2週間……うん、2週間後にまたここマーディアルで落ち合いましょう」

 地図をしまいアリアは俺たちを見回す。

「しつこく言ってしまって悪いけれど本当に時間がなくなってきて、私の見立てではあと一ヶ月で魔王レギルギアは完全覚醒をする。それまでにアイツを殺さなければいけない……本当に計画性が無くて申し訳ないわ。ごめんなさい」

 そうして彼女は柑子色の髪を揺らしながら頭を下げる。

 アリアは勇者のスキルによって魔王レギルギアと接触した時点で奴のある程度の場所と今どんな状況にいるのかが解る。逆に魔王レギルギアもアリアの状況把握できるらしいのだがそれにしても便利なスキルだ。

 次に魔王が目覚めた時、つまり『覚醒状態となった魔王を倒すのは難しくなる』アリアは以前そう言っていた。魔王レギルギアの覚醒が現実味を帯びてきて彼女も焦っているのだろう。

「こうなってしまった以上は仕方がない、俺たちは限界まで出来ることやろう。だから謝るなよアリア」

「そうだよアリア!」

「気にする必要ない……」

「大丈夫ですよ!」

「楽しい旅路になりそうだね」

 弱気な彼女に俺たちはそう言葉をかけて、彼女を鼓舞する。

「……ありがとうみんな」

 どうもアリアは謝るのが癖になっている節がある。謝るのは大事な事だが、こうも頻繁に頭を下げられると困ってしまう。

「よし! アリアの弱気泣き虫も直ったことだし出発するか!」

「な!別に弱気だから謝ったとかじゃないわよ!それに泣き虫でもないわ!私は本当にみんなに悪いと思ったから……」

 顔を真っ赤にして言葉を返してくる勇者さまに俺はおどけたようにさらに返す。

「わかってるって、それだけ元気なら安心だな」

「~~~っ!」

 からかわれたのがそんなに悔しかったのかアリアはさらに顔を熟したリンゴのように赤くする。

「レイルの意地悪! おかげですっかり元気になりましたっ、ありがとうございますぅ!」

 精一杯の抵抗なのか子供のように下をベーっと出してアリアは背を向けて馬車に乗り込む。

「……なんだそりゃ」

 決してバカにしているつもりは無いのだが、そんなアリアが可笑しくて俺は思わず息を吹き出すように笑ってしまう。

「まあ、お互いに無事にまた会おうな」

「はい、レイルさん達もお気おつけて!」

「気おつけてね……レイルくん」

「おう」

 マキアとラミアにも挨拶を済ませ、御者台で馬の手綱を握ったギガルドに手を振りアリア達が出発するのを見送る。

 馬車は石畳の道をガタガタとうるさい音を立てて門の方へと走っていく。馬車の後ろ姿が目視で確認できなくなったところで俺は自分の馬車の方に足を向ける。

 "しばしの別れだな"

 すると今朝から静かだった精霊のリュミールがぽつりと呟く。

「ああ」

 "私達も頑張っていきましょう!"

 続いて銃剣姿のアニスが元気に鼓舞してくれる。

「そうだな頑張ろう」

 二人の言葉に頷き大きく伸びをする。

 ここからは少し変則的な旅になる。今までは大人数での旅立ったから個々の負担が少なかったがこれからの旅は今まで通りにはいかない。戦闘の面は問題は無いとしても絶対に他のところで問題が出てくる。気を引き締めていこう。

「相棒ー、僕達もそろそろ出発しよー!」

 そう気持ちを入れ直していると馬車の方からローグの呼ぶ声が聞こえてくる。

「すまん、待たせた」

 俺は早足で馬車の御者台に乗り、ローグ達に謝る。

「水とか食料、その他諸々は大丈夫だったか?」

「ああ、問題ないよ」

 荷物の確認をお願いしていたレイボルトは短く頷く。

「そうか、ありがとう……じゃあもう出発するけど……レイボルト、本当に挨拶してかなくていいのか?」

 最後の確認として剣聖に確認を取る。

 この男、俺が「親御さんに挨拶をしなくてもいいのか?」とどれだけ念を押して聞いても「問題ない」「大丈夫」とそれだけしか答えないのだ。それならば置き手紙を書いたらどうだと言ったのだがそれも「問題ない」「大丈夫」と言いやがる。

 どれだけ親が嫌いでも決して短くはない旅路なのだ、この際、直接挨拶はしなくても両親や友人に置き手紙の1つや2つぐらいは礼儀として書いて行くべきではなかろうか?

「何度も言うけど問題ないよ。別にあの人たちは僕がいなくなったところで気にもしないだろうからね。それにこの国に親しい友人はもう居ない」

 結局、俺のお節介も虚しく、レイボルトは予想していた返事を返えしてくる。それに「そうか」と短く答えることしかできず、俺は前の方に向き直り馬の手網を掴む。

 これだけ言っても頑なに何もしないのだ。ならばもう何も言うまい。

「話は終わったね? それじゃあ、しゅっぱ~つっ!!」

 俺達の会話が終わったのを見て、ローグは意気揚々な掛け声で前方を勢いよく指さす。

 それを見て俺は握った手網を軽く撓らせて馬に出発の指示をする。
 馬は軽く鼻を鳴らすと、パカパカと蹄鉄の子気味よい音を立てて馬車を引き始め、門へと走り出す。

 そうして俺たちはマーディアル王国を後にした。

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