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91話 勇者対剣聖

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 荒々しい剣閃が少女に襲いかかる。それは魔力を帯びることによりさらに加速していく。

 常人では到底躱すことは不可能であろうその刃を少女は器用に、まるで『躱すことが当然』かのように振る舞う。

 ───ッッッ!!!

 再び黒剣と大鎚が撃ち合う。

 そのまま何度目かの鍔迫り合いの形となり、両者の鋭い眼光が入り交じる。
 次はどちらがこの均衡を打ち破るのか、その結果はすぐにわかる。

「停滞しろ──」

 魔を帯びた剣聖の言葉で辺りの空気が瞬間にして凍えていく。

「ッ!!」

 あからさまな空気の変化にアリアは魔法の予兆を感じ取り、レイボルトとの距離を離そうとするがそれはもう手遅れだった。

 すぐさま足元に視線をやると爪先から脛の辺りまで地面から生えた青白い氷の荊棘で彼女の足は強固に束縛されており、自由に身動きを取ることが出来ない。

「我が凍結は伝染する──」

 しかもそれだけで剣聖の魔法は終わることなく、アリアの足元に生えた氷の荊棘は彼女の体を蝕むように下から上に伸びていき、急速に全身の動きを奪っていく。

「──荊棘ノ姫」

 数秒と待たずに荊棘はアリアの全身に巻き付く。
 アリアは身を捩り、何とか荊棘から抜け出そうとするがそれは全く意味をなさず。むしろ彼女が体を動かす度に荊棘の締めつけは強くなる。

「う……あ……ぐッ……!!」

 苦悶の声と共に荊棘の放つ冷気によってアリアの体は極度に体温を低下させていく。

 青白く、死人のように顔色が悪くなる。荊棘の締めつけもあって呼吸もままならず、その変化は顕著に現れていた。

「フッ──!!」

 完全に動きの止まった勇者にレイボルトは上段に構え、トドメに入る。
 このままいけばアリアはレイボルトに頭から真っ二つに斬られてしまう。

 命の奪い合いを目的としていない決闘なら、ある程度の節度を持って相手に負けを認めさせるために攻撃を寸止めることは当然。
 今回のこの決闘も命の奪い合いを目的としたものではなく普通ならば攻撃を寸止めするものだ。

 しかし、目の前で剣を構えた剣聖にその様子は見られない。
 完全に思考が殺し合いに切り替わっているのか、彼の瞳は初めて戒めの洞窟で出会った時のように詰まらなさそうに静んだものだ。

 このままでは一線を超える。

「そこまで──」

 そう思い。二人の間に割って入りレイボルトの攻撃を中断させようと地面を蹴ろうとしたその刹那、

「ギガ……ル……ド……ッ!!」

 一言、苦しげに短く言葉が囁かれ状況が変化する。

 彼女が魔装機の名前を呼ぶと、大鎚の魔装機はその獅子の鬣に雄々しい光を帯びていく。

「魔法ッ……!」

 相手の身動き、細かく言えば口を封じて魔法の使用を制限してアリアの打開方法に魔法はもう無いと思っていたレイボルトは突然の魔法の予兆に構えた剣を咄嗟に下げて、後ろに思い切り飛ぶ。

 光はその強さを増していき、瞬く間にアリアの全身を包み込む。

「溶けていく……」

 隣で呆然と決闘を見ていたローグの言葉の通り、アリアの纏った光は氷の荊棘をまるで太陽の光で溶かすかのように蒸発していく。

「危なかったわ……もうちょっと遅かったらやられていた」

 氷の束縛から開放されたアリアは空気を求めて何度も肺を急速に動かす。

「光魔法か……」

 依然として全身に淡い光を纏うアリアをレイボルトは睨む。

「その通りよ。勇者と言えばやっぱり光魔法よね」

 アリアは素直に頷くとおどけたように両手を上げる。

「でもどうして……。アリア、君はレイルみたいに精霊と契約しているわけじゃない、そんな君がどうして光の属性魔法を……」

 レイボルトの疑問は俺達も同時に抱いたものだった。

 光魔力は人間の体には存在しない魔力だ。光の魔法を使うためには俺のようにリュミールのような精霊と契約することが必要不可欠。それは勇者のアリアも同じことだ。
 しかしアリアと出会ってから、彼女が光の精霊と契約をしていることなど俺たちは知らないし、聞かされてもいない。それにアレは普通の光魔法ではない。

 そんな素振り見せたことが無かったし。それどころか俺たちはここまでの旅の途中、アリアが魔法を使っているところをまともに見た事がないし、どんな属性の魔法を使うのか把握すらしていなかった。

 何度か魔物と戦う事はあったが、普段の戦闘で俺達魔装機使いが魔法を使うほど苦戦する魔物と出会うことも無い。
 そのためか別に普段の戦闘で魔法を使わないことをおかしいとは思わなかったし、出会って間もなく、旅のゴタゴタでアリアに魔法の質問を今までしてこなかった。

「確かに今の私は精霊と契約していないわ──」

 アリアの言葉にレイボルトの表情は疑問の色が強くなる。

「──だとしたら私が光魔法を使える理由はコレしかないじゃない」

 勇者は楽しそうに笑うと手に持った魔装機を指した。

「僕も真っ先にそう思った……けど、だとしてもおかしい。魔装機は五つの元素魔力、そして悪魔の闇魔力のどれか一つが強化、使えるようになる。けれど精霊だけが使える光魔力はその中に含まれていない。君が光魔力を使えてる意味が分からない」

 レイボルトの言う通りだ。
 精霊と契約してない以上、アリアが光魔力を使える道理がない。

「うーん、そうね。それじゃあ私の魔装機ギガルドが悪魔の魔力が籠った魔石じゃなくて精霊の入った精霊石で作られたモノって言ったら?」

「なッ──!!」

 勇者の思わぬ発言に俺たちの思考は止まる。

 それはつまりずっと悪魔だと思っていたギガルドが実は精霊だったということ。
 アリアが魔界領に行って直接ヤジマさんと会い、魔装機を作ってもらったというのは知っていたが今の話は初耳だ。

「……何してんだよあの悪魔……」

 限度を知らない幼い子供のように物作り熱中した笑顔の悪魔が脳裏に過ぎる。

「さて、お話はここまでにしましょ? まだ決闘は終わっていないんだから……ねッ!!」

 未だ驚いて動きが鈍っているレイボルトにお構いなくアリアはさらに光を纏って地面を強く蹴る。

「──!!」

 急接近してくる大鎚に何とかレイボルトは反応する。

「自分が衝撃的な事を言った自覚はあるけど、いつまでもそんなびっくりした様子だとあっさり終わるわよ?」

「…………まだだッ!」

 勇者の挑発的な言葉で剣聖は思考を切り替える。

 今は戦っている最中……ならば疑問や迷いなどは不要。
 そう意志を燃やすように剣聖は瞳をギラつかせる。

 気力を取り戻しレイボルトは力を込めて勇者と衝突する。

「我が氷結は全てを貫く!!」

 それと同時に短縮詠唱をして魔法を紡ぐ。
 すぐに剣聖の周りには十数個の氷の礫が出現した。

 礫は引き放たれた矢のように四方八方に飛んでいくと、アリアの瞬時に防御の及ばない後方の死角に回り込み射抜こうとする。
 このまま礫を受ければ確実に致命傷は逃れられない。
 だと言うのにアリアは数瞬も礫には視線を動かさず、目の前の剣士と互いの得物を競わせ合う。

 剣聖も魔法が通ったことを確信した様子だった。
 目にも留まらぬ速さで二十合と打ち合う中、パキンッと言う子気味良い音と共に勇者の背後に回り込んでいた十数の礫が炸裂する。

 刹那、勇者の動きがそこでズレる。

「今度こそッ……!!」

 それを見て剣聖は魔法の着弾を確信し、魔力を自身が耐えうる限界まで纏い剣速を上げ、今度こそ締めに入る。

 もう隙を逃すまいと、下段から鋭く斬り上げられた剣聖の一振は、流星の如き速さで僅かに空いた勇者の右腹部へと吸い込まれていく。
『今度こそ勝負は決した』
 誰もがそう思った────彼女のその口元に僅かに浮かんだ笑みに気づくまでは。

 罠に掛かった獲物を見るかのように鋭く眼が光る。

「……かかったわね」

 そんな囁きと同時にアリアは確実に当たると疑われなかった剣聖の洗練された一撃をギリギリで躱す。

「───」

 確信していた手応えとは裏腹に、無惨にも黒い剣は空を切る。「どういうことなのか」と、そこで剣聖の思考は一瞬鈍る。
 1秒が1時間にも2時間にも感じられる。
 それほどまでにレイボルトの感覚は停滞し、狂っていた。

 ゆっくりと舞う細かい砂埃。
 その先には口元に笑みを浮かべた少女。

「──ッッック!」

「誘われた」そこでレイボルトの思考はアリアに追いつく。

 しかし、今更それに気づいたところでもう手遅れだ。
 後のことなど考えず、全身全霊を込めた放った一撃。防御などすぐに体を立て直せる体制ではない。
 レイボルトは完全に無防備だった。

 それを見逃すほど、勇者は優しくはない。すぐさま彼女は反撃をするべく、どっしりと地面に足をつき軽く腰を落として、大鎚を大きく振りかぶる。

「お返しよ──」

 勇者は先程の剣聖の一振と同等の魔力を大鎚に乗せる。
 段々と光の魔力は全てを噛み砕く獅子の牙へと形を成していく。

 今にも爆発しそうな光を一点に留め、剣聖を打つ準備は整う。

「結構痛くするから歯を食いしばりなさいッ!!」

「─────ッッッッ!!」

 勇者の忠告の言葉の次には横薙ぎに振るわれた牙が轟速に、驚愕した剣聖に襲いかかり、勢いよく横に吹っ飛ぶ光景が映る。

「………………」

 10秒ほど呆然と勢い収まらず明後日の方向へ飛ばされていくレイボルトの姿を見つめて、ふと安全の為に張っていた結界が破られたことに気づく。

 あれ?決壊が破られたってことはこのままだとレイボルトはどこまで何処かへ吹っ飛ばされ、昨日より怪我が重症になるのでは……?
 てか、それなりの強度で作った結界を壊すってかなりの速度では……。

「……やばい!!?」

 そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間には体はレイボルト救出の為に全速力で飛ばされた方向を追いかけていた。

 後ろからは「私の勝ち!!」と自分がやり過ぎた事を理解していない勇者の珍しく無邪気な声が聞こえてきた。
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