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90話 交渉成立?
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「────私と決闘をしなさいッ!!」
「は……?」
突拍子のないアリアの言葉。
そのあまりにも唐突すぎる言葉に気の抜けた声が出てしまっても仕方の無いことだと思う。
「えーと、アリアさん一旦落ち着いて?」
とりあえず今にもレイボルトに噛みつきそうな勢いの彼女を宥める。
「私は至って冷静よ!!」
「いや、冷静じゃない人はみんなそう言うんですよ……」
なんというかこの部屋に入ってからアリアの様子がおかしい。
今日はなんだか感情的で過激的な感じがする。
いや……もしかしたらこれが本当の彼女なのかもしれないが、だとしても人の変わりようが凄い。
「……」
あまりのアリアの豹変ぶりに先程まで感情が昂っていたエリスが若干……いやかなり引いている。
そりゃそうなるよ。
「とりあえず、いきなり決闘を申し込んだ理由を聞いてもいいですかね?」
下手なことを言ってこれ以上アリアを怒らせるのは得策では無いので、刺激しないように丁寧に敬語で質問をしてみる。
「理由は単純明快よレイル! エリスのような一緒に支え合って強くなれる仲間がいるのに『自分はもう駄目だ』とか弱気なこと言ってるのが気に食わないの! それに彼はとても強い人よ! これからもっと強くなるかもしれないのになんで私が殺さなきゃいけないのよ! 私に殺してほしかったらねぇ……私との決闘で勝ったら殺してあげるわよッ!!」
「最初の方は分かるけど最後はハチャメチャだあ……」
言っていることが滅茶苦茶だ。『殺してくれ』と他人に頼む時点でおかしいのに、殺してほしかったら『私との決闘で勝て』と彼女は言っているのだ。
いや、本当にわけがわからん。色々と矛盾している気がする。
殺してもらう為に戦うって何?
「そしてもし私との決闘で貴方が負けた場合はその正式な決闘の日まで生きてもらうわ! そして私たちの仲間集めの旅にも着いてきてもらう!!」
付け足してアリアは捲し立てるように言う。
「うん、確かにレイボルトだけお願い聞いてもらうのズルいよね。ならこっちもお願い聞いてもらおうか……ってこっちの方が条件が多いんですが!?」
アリアの止まることを知らない謎の勢いに思わずつっこんでしまう。
『殺してほしかったら勝て』でもおかしいのに『私に負けたらこっちの出した条件を飲め』ってもう普通に考えてレイボルトはアリアに殺してもらう必要ないのでは?
「……そうか……わかった。なら──」
そんなことを考えていると少しの間なにかを考えていたレイボルトが口を開き、
「──決闘をしよう」
と静かに答えた。
「いや、了承するんかい!!」
予想外の発言に予想外の発言で返すレイボルト。
どんだけアリアに殺されたいんだよ……。
誰かに『殺してくれ』って頼むのでも頭おかしいのに、そんなに殺してもらうならアリアがいいのか?ゾッコンなのか?
俺はお前が怖いよ……。
「あー……レイボルト? わかってるのか? 自分がかなりおかしなこと言ってるの?」
ここまで来ると奴の思考回路が正常か心配になってくる。
「レイル……君の言いたいことは分かる。僕の願いもおかしければ、彼女の提案も正直わけがわからない」
俺の質問にレイボルトは意外と冷静に返してくる。
「じゃあなんで決闘をする流れになってるんだよ……」
それがわかっているというのになぜ戦うのか全く理解できない。
「元々僕は目覚めた瞬間に自分で死ぬつもりだった。でも最後に自分がどんな無様な敗北をしたのか気になって君たちと話すことにした。そして彼女……アリアと話してみて思ったんだ。彼女になら殺されてもいい……いや最期は彼女の手で殺されたい、とね」
傍から聞けば愛の言葉にも聞こえなくないレイボルトの言葉。
しかし、実際はそんな甘く、惚気けた話ではない。
「それに気になったんだ、彼女の強さに──」
そのレイボルトの瞳は少し前の彼を思い出させる。
「──おかしな話だよね。最初にレイルの話しを聞いた時は全く興味なんてなかったのに実際に会ってみたらコレだ。身勝手な自分に今更だけど呆れてもいるんだ」
レイボルトは自嘲すると俺から視線を外しアリアへと戻す。
「決闘は明日の昼頃でいいかしら? 申し訳ないけどあまり長く時間は取れないの」
アリアが時間を確認する。
「ああ、問題ないよ。明日には全快にしよう」
急すぎる展開に両者、戸惑うことなく話は決まっていく。
「決まりね。それじゃあ今日のところは失礼するわ。ゆっくり休んでちょうだい」
「ありがとう。またあしたに」
そうしてそこでここでの話は終了し、俺とアリアは部屋を後にする。
「ねえ、レイル──」
部屋から出て下に戻るべく廊下を歩いていると前で歩いていたアリアがピタリと足を止める。
「ど、どうしたんだ?」
変に緊張してしまい顔が強ばる。今のアリアはいつもと様子が違うのでいきなり何を言い出すか分からない。
「──う……そんなあからさまに警戒しなくていいじゃない……私だって恥ずかしかったんだから……」
次はどんな奇行をしでかすのかと身構えていると、返ってきた言葉と振り向いた彼女の表情は羞恥の色に染まっていた。
「……ん? アリア……?」
予想と違う彼女のように首を傾げる。
「そうよアリアよ、レイルのよく知っている勇者アリア=インディデントよ。そんなにさっきの私おかしかった?」
「いや、それはもうかなり……一瞬アリアに化けた悪魔か魔物だとも思った」
「そんなに!?」
アリアは顔を真っ赤にさせて、大きく肩を落とす。
ん?どゆこと?
そんな疑問が駆け巡る。
さっきと今とでは様子が偉く違う。今は俺のよく知っているアリア=インディデントだ。
「もう……本当にどうしようか焦ったんだからね……。剣聖……レイボルトはいきなり『殺してくれ』とか言うし、説得しようとしても聞く耳もないんだもの。彼はここで死ぬべきじゃないし、まだ強くなれる、何より彼は一人じゃない。話をしていくうちに私は彼を生きて欲しかった。だからあんな方法を取るしか無かったのよ……」
何か失ったものを取り繕うかのようにアリアは早口で喋る。
「えー、つまりあれは……」
彼女の早口言葉を聞いていくうちに色々と察しが着いてきて、嫌な汗が止まらない。
「演技よ、演技! 怒ってたのは本当だけど……殺してほしかったら私に勝てとかは完全に出任せよっ! 相手が正気じゃないんだからこっちも正気だったら勝ち目なんてないじゃない!!」
彼女は瞳に涙を溜め込んでひたすらに弁明をする。
うん……本当に何かすみません……。
そんな彼女に罪悪感が段々と募っていく。
「もう私も途中から理由が分からなかったわよ! どうしてか彼はやる気だし……本当にどういうこと!?」
仕舞いには高ぶる感情が抑えきれなかったのか泣いてしまう。
「本っ当にお疲れ様です」
俺はもう彼女のその身を削る努力に頭が上がらない。
そしてせめてもの労いの言葉として、
「名演技でしたよアリアさん……」
彼女にいとことそう言った。申し訳なさ過ぎて彼女の顔を見ることはできなかったがそれは勘弁して欲しい。
「こっち向いて言ってよぉ!!」
彼女の叫びが耳に木霊するが俺は顔を上げることができなかった。
・
・
・
「ねえ相棒、どうしてこんなことになってるの?」
天気の具合はすこぶる良好。「今日はとても洗濯日和だ」なんてどうでもいいことを考えながら空を仰いでいると隣の爽やかイケメンから疑問の声が聞こえてくる。
時刻は昼過ぎ。
軽めの昼食をおしどり亭で済ませて、草原の方に来ていた。
理由はもちろんアリアとレイボルトが決闘をするからだ。
最初はわざわざ外に出て戦うつもりはなかったのだが、勇者と剣聖が街中で決闘をすることになれば人目を集めてしまうどころの騒ぎではなくなってしまうし、決闘の余波で確実に絶対に街に被害が出てしまうので人に迷惑が全くかからない外のそこら辺の草原ということになった。
昨日のあの後、下に戻りアリアに事の顛末となる理由を聞いたローグ達は未だに理解が追いついていないようでかなり戸惑っている様子だ。
まあそりゃそうだ。
話し合いをしてくると出ていった仲間がいきなり「明日、決闘をすることになった」とか言い出すのである。しかも言った本人もどうしてこうなったのか明確に説明することが不可能。なんてタチの悪さだ。
ここにいるほとんどの人間が状況を理解出来ていない。
「俺も知りたいよ……」
明後日の方向を遠く見つめながら乾いた笑みを零す。
俺にはこう返すことしか出来ない。
「でも勇者と剣聖のどちらが強いのかって言うのは純粋に興味があります。ね、ラミア!」
「うん……!」
ローグの隣でマキアとラミアが今か今かと決闘が始まるのを待っている。
確かに正直なところそれは気になる。
世界でもっとも有名と言っても過言ではない勇者と剣聖の決闘。
見たくてもそう簡単に見れるものでは無いモノが今目の前で始まろうとしているのだ。
過程はどうあれ気にはなる。
「それじゃあもう一度確認をしましょう。レイルが結界を張ってくれているから魔法やスキルは思う存分に使用しても大丈夫。どちらかが戦意喪失、戦闘不能になった時点で終了。負けた方は勝った方の提示した条件を飲む、でいいわね?」
アリアが準備運動をしながらレイボルトに確認をする。
アリアの言った通り俺たちがいる場所から半径50メートルに結界を張っている。
被害拡大防止のためとそこら辺を歩いていた冒険者や行商人が近づかないようにだ。
かなり強力なものを張っているので簡単に入ってくることは不可能。
誰か俺たち以外の人や魔物、悪魔が入ってきたらすぐにわかるので強襲にも対応ができる。
「ああ、問題ないよ。始めようか」
レイボルトも屈伸や肩を回しながら自身の調子を確かめる。
見たところ昨日の疲労は無くなったように思える。
「そうね。それじゃあレイル、合図をお願い」
俺は彼女の言葉に無言で頷き、二人の準備が整うのを待つ。
10メートルほどの距離を保ち、互いに魔装機を構える。
レイボルトは美しい漆黒の片手直剣、アリアは獅子の鬣を思わせる雄々しい大鎚だ。
アリアが魔装機を使って戦うところを見るのは今回で二回目。一回目は魔王レギルギアの襲撃の時で、それ以降の旅の道中での戦闘やこの前の魔物行軍ではアリアは腰に携えた鉄剣で戦っていた。
いまいちアリアが魔装機を持った時、どのような戦い方をするのかは想像がつかなかった。
それ故にここに来て今回の決闘への興味関心が高まる。
無言のまま二人は視線を絡ませ合う。
瞬間。
緩んでいた空気が引き締まり、鋭く尖りを見せる。
やるとなったら本気。おふざけは一切なし、今の二人の間に余計な感情は無く。ただ目の前の敵を倒すことだけ考えているのだろう。
「始め」
俺のその一言で両者は小さな砂埃を上げて地面を蹴り、急接近して行く。
そしてお互いの獲物が届く間合いまで距離が縮まり、衝撃が起きる。
鋼鉄がぶつかる甲高い音。
そのまま力較べをするように勇者と剣聖は武器を退くことはなく鍔迫り合いの形になる。
「はぁあぁああああッ!」
「うぉおおおおおおッ!」
雄叫び、力が拮抗する。
どちらも押し負けていない。
その競り合いも数瞬しか続かず、レイボルトが仕掛ける、
「……ふっ!」
突っ張っていた剣を緩めてアリアの体勢を崩す。そのまま前のめりになったアリアの左側腹部に鋭い蹴りを入れる。
アリアはそれを何とか防ごうとするが体勢が崩れていることもあり、間に合わず諸に足蹴りを喰らう。
「クハッ……!!」
肺から一遍に空気が漏れ出る苦痛の声。
横っ腹に剣聖の足がめり込み、そのまま蹴られた方向に勇者は体を飛ばされる。
先制はレイボルトが勝ち取った。
「まだだ……」
しかしだからと言ってレイボルトは攻撃の手を緩めることはなく、下段に剣を構え直し、追撃のために飛ばしたアリアの方へ再び接近する。背後に回り込むように追いつくと、構えた剣を上に斬りあげるようにして背中めがけ剣を振る。
再び攻撃が通る。
そう思われたがアリアは蹴り飛ばされ滞空中にすぐさま体の向き反転させて大鎚で斬撃を受け止める。
「なんのッ!」
そのまま打ち付けた大槌を振り上げ、剣聖を逆に弾き返す。
一定の距離を保ったまま二人は地面に難なく着地する。
「エリス」
「ギガルド」
勇者と剣聖は自身の魔装機を呼ぶと再び動き出す。
再び刃と大鎚が撃ち合う。
高速で放たれる雑味のない洗練された剣聖の連撃。それを難なく受け止め、流す勇者。
目視で分かるほど多量の魔力を二人は纏っており、それにより身体の速さは桁違いに上がる。
いつ魔法が飛んできてもおかしくない状況となった。
さらに剣戟は加速していく。
「は……?」
突拍子のないアリアの言葉。
そのあまりにも唐突すぎる言葉に気の抜けた声が出てしまっても仕方の無いことだと思う。
「えーと、アリアさん一旦落ち着いて?」
とりあえず今にもレイボルトに噛みつきそうな勢いの彼女を宥める。
「私は至って冷静よ!!」
「いや、冷静じゃない人はみんなそう言うんですよ……」
なんというかこの部屋に入ってからアリアの様子がおかしい。
今日はなんだか感情的で過激的な感じがする。
いや……もしかしたらこれが本当の彼女なのかもしれないが、だとしても人の変わりようが凄い。
「……」
あまりのアリアの豹変ぶりに先程まで感情が昂っていたエリスが若干……いやかなり引いている。
そりゃそうなるよ。
「とりあえず、いきなり決闘を申し込んだ理由を聞いてもいいですかね?」
下手なことを言ってこれ以上アリアを怒らせるのは得策では無いので、刺激しないように丁寧に敬語で質問をしてみる。
「理由は単純明快よレイル! エリスのような一緒に支え合って強くなれる仲間がいるのに『自分はもう駄目だ』とか弱気なこと言ってるのが気に食わないの! それに彼はとても強い人よ! これからもっと強くなるかもしれないのになんで私が殺さなきゃいけないのよ! 私に殺してほしかったらねぇ……私との決闘で勝ったら殺してあげるわよッ!!」
「最初の方は分かるけど最後はハチャメチャだあ……」
言っていることが滅茶苦茶だ。『殺してくれ』と他人に頼む時点でおかしいのに、殺してほしかったら『私との決闘で勝て』と彼女は言っているのだ。
いや、本当にわけがわからん。色々と矛盾している気がする。
殺してもらう為に戦うって何?
「そしてもし私との決闘で貴方が負けた場合はその正式な決闘の日まで生きてもらうわ! そして私たちの仲間集めの旅にも着いてきてもらう!!」
付け足してアリアは捲し立てるように言う。
「うん、確かにレイボルトだけお願い聞いてもらうのズルいよね。ならこっちもお願い聞いてもらおうか……ってこっちの方が条件が多いんですが!?」
アリアの止まることを知らない謎の勢いに思わずつっこんでしまう。
『殺してほしかったら勝て』でもおかしいのに『私に負けたらこっちの出した条件を飲め』ってもう普通に考えてレイボルトはアリアに殺してもらう必要ないのでは?
「……そうか……わかった。なら──」
そんなことを考えていると少しの間なにかを考えていたレイボルトが口を開き、
「──決闘をしよう」
と静かに答えた。
「いや、了承するんかい!!」
予想外の発言に予想外の発言で返すレイボルト。
どんだけアリアに殺されたいんだよ……。
誰かに『殺してくれ』って頼むのでも頭おかしいのに、そんなに殺してもらうならアリアがいいのか?ゾッコンなのか?
俺はお前が怖いよ……。
「あー……レイボルト? わかってるのか? 自分がかなりおかしなこと言ってるの?」
ここまで来ると奴の思考回路が正常か心配になってくる。
「レイル……君の言いたいことは分かる。僕の願いもおかしければ、彼女の提案も正直わけがわからない」
俺の質問にレイボルトは意外と冷静に返してくる。
「じゃあなんで決闘をする流れになってるんだよ……」
それがわかっているというのになぜ戦うのか全く理解できない。
「元々僕は目覚めた瞬間に自分で死ぬつもりだった。でも最後に自分がどんな無様な敗北をしたのか気になって君たちと話すことにした。そして彼女……アリアと話してみて思ったんだ。彼女になら殺されてもいい……いや最期は彼女の手で殺されたい、とね」
傍から聞けば愛の言葉にも聞こえなくないレイボルトの言葉。
しかし、実際はそんな甘く、惚気けた話ではない。
「それに気になったんだ、彼女の強さに──」
そのレイボルトの瞳は少し前の彼を思い出させる。
「──おかしな話だよね。最初にレイルの話しを聞いた時は全く興味なんてなかったのに実際に会ってみたらコレだ。身勝手な自分に今更だけど呆れてもいるんだ」
レイボルトは自嘲すると俺から視線を外しアリアへと戻す。
「決闘は明日の昼頃でいいかしら? 申し訳ないけどあまり長く時間は取れないの」
アリアが時間を確認する。
「ああ、問題ないよ。明日には全快にしよう」
急すぎる展開に両者、戸惑うことなく話は決まっていく。
「決まりね。それじゃあ今日のところは失礼するわ。ゆっくり休んでちょうだい」
「ありがとう。またあしたに」
そうしてそこでここでの話は終了し、俺とアリアは部屋を後にする。
「ねえ、レイル──」
部屋から出て下に戻るべく廊下を歩いていると前で歩いていたアリアがピタリと足を止める。
「ど、どうしたんだ?」
変に緊張してしまい顔が強ばる。今のアリアはいつもと様子が違うのでいきなり何を言い出すか分からない。
「──う……そんなあからさまに警戒しなくていいじゃない……私だって恥ずかしかったんだから……」
次はどんな奇行をしでかすのかと身構えていると、返ってきた言葉と振り向いた彼女の表情は羞恥の色に染まっていた。
「……ん? アリア……?」
予想と違う彼女のように首を傾げる。
「そうよアリアよ、レイルのよく知っている勇者アリア=インディデントよ。そんなにさっきの私おかしかった?」
「いや、それはもうかなり……一瞬アリアに化けた悪魔か魔物だとも思った」
「そんなに!?」
アリアは顔を真っ赤にさせて、大きく肩を落とす。
ん?どゆこと?
そんな疑問が駆け巡る。
さっきと今とでは様子が偉く違う。今は俺のよく知っているアリア=インディデントだ。
「もう……本当にどうしようか焦ったんだからね……。剣聖……レイボルトはいきなり『殺してくれ』とか言うし、説得しようとしても聞く耳もないんだもの。彼はここで死ぬべきじゃないし、まだ強くなれる、何より彼は一人じゃない。話をしていくうちに私は彼を生きて欲しかった。だからあんな方法を取るしか無かったのよ……」
何か失ったものを取り繕うかのようにアリアは早口で喋る。
「えー、つまりあれは……」
彼女の早口言葉を聞いていくうちに色々と察しが着いてきて、嫌な汗が止まらない。
「演技よ、演技! 怒ってたのは本当だけど……殺してほしかったら私に勝てとかは完全に出任せよっ! 相手が正気じゃないんだからこっちも正気だったら勝ち目なんてないじゃない!!」
彼女は瞳に涙を溜め込んでひたすらに弁明をする。
うん……本当に何かすみません……。
そんな彼女に罪悪感が段々と募っていく。
「もう私も途中から理由が分からなかったわよ! どうしてか彼はやる気だし……本当にどういうこと!?」
仕舞いには高ぶる感情が抑えきれなかったのか泣いてしまう。
「本っ当にお疲れ様です」
俺はもう彼女のその身を削る努力に頭が上がらない。
そしてせめてもの労いの言葉として、
「名演技でしたよアリアさん……」
彼女にいとことそう言った。申し訳なさ過ぎて彼女の顔を見ることはできなかったがそれは勘弁して欲しい。
「こっち向いて言ってよぉ!!」
彼女の叫びが耳に木霊するが俺は顔を上げることができなかった。
・
・
・
「ねえ相棒、どうしてこんなことになってるの?」
天気の具合はすこぶる良好。「今日はとても洗濯日和だ」なんてどうでもいいことを考えながら空を仰いでいると隣の爽やかイケメンから疑問の声が聞こえてくる。
時刻は昼過ぎ。
軽めの昼食をおしどり亭で済ませて、草原の方に来ていた。
理由はもちろんアリアとレイボルトが決闘をするからだ。
最初はわざわざ外に出て戦うつもりはなかったのだが、勇者と剣聖が街中で決闘をすることになれば人目を集めてしまうどころの騒ぎではなくなってしまうし、決闘の余波で確実に絶対に街に被害が出てしまうので人に迷惑が全くかからない外のそこら辺の草原ということになった。
昨日のあの後、下に戻りアリアに事の顛末となる理由を聞いたローグ達は未だに理解が追いついていないようでかなり戸惑っている様子だ。
まあそりゃそうだ。
話し合いをしてくると出ていった仲間がいきなり「明日、決闘をすることになった」とか言い出すのである。しかも言った本人もどうしてこうなったのか明確に説明することが不可能。なんてタチの悪さだ。
ここにいるほとんどの人間が状況を理解出来ていない。
「俺も知りたいよ……」
明後日の方向を遠く見つめながら乾いた笑みを零す。
俺にはこう返すことしか出来ない。
「でも勇者と剣聖のどちらが強いのかって言うのは純粋に興味があります。ね、ラミア!」
「うん……!」
ローグの隣でマキアとラミアが今か今かと決闘が始まるのを待っている。
確かに正直なところそれは気になる。
世界でもっとも有名と言っても過言ではない勇者と剣聖の決闘。
見たくてもそう簡単に見れるものでは無いモノが今目の前で始まろうとしているのだ。
過程はどうあれ気にはなる。
「それじゃあもう一度確認をしましょう。レイルが結界を張ってくれているから魔法やスキルは思う存分に使用しても大丈夫。どちらかが戦意喪失、戦闘不能になった時点で終了。負けた方は勝った方の提示した条件を飲む、でいいわね?」
アリアが準備運動をしながらレイボルトに確認をする。
アリアの言った通り俺たちがいる場所から半径50メートルに結界を張っている。
被害拡大防止のためとそこら辺を歩いていた冒険者や行商人が近づかないようにだ。
かなり強力なものを張っているので簡単に入ってくることは不可能。
誰か俺たち以外の人や魔物、悪魔が入ってきたらすぐにわかるので強襲にも対応ができる。
「ああ、問題ないよ。始めようか」
レイボルトも屈伸や肩を回しながら自身の調子を確かめる。
見たところ昨日の疲労は無くなったように思える。
「そうね。それじゃあレイル、合図をお願い」
俺は彼女の言葉に無言で頷き、二人の準備が整うのを待つ。
10メートルほどの距離を保ち、互いに魔装機を構える。
レイボルトは美しい漆黒の片手直剣、アリアは獅子の鬣を思わせる雄々しい大鎚だ。
アリアが魔装機を使って戦うところを見るのは今回で二回目。一回目は魔王レギルギアの襲撃の時で、それ以降の旅の道中での戦闘やこの前の魔物行軍ではアリアは腰に携えた鉄剣で戦っていた。
いまいちアリアが魔装機を持った時、どのような戦い方をするのかは想像がつかなかった。
それ故にここに来て今回の決闘への興味関心が高まる。
無言のまま二人は視線を絡ませ合う。
瞬間。
緩んでいた空気が引き締まり、鋭く尖りを見せる。
やるとなったら本気。おふざけは一切なし、今の二人の間に余計な感情は無く。ただ目の前の敵を倒すことだけ考えているのだろう。
「始め」
俺のその一言で両者は小さな砂埃を上げて地面を蹴り、急接近して行く。
そしてお互いの獲物が届く間合いまで距離が縮まり、衝撃が起きる。
鋼鉄がぶつかる甲高い音。
そのまま力較べをするように勇者と剣聖は武器を退くことはなく鍔迫り合いの形になる。
「はぁあぁああああッ!」
「うぉおおおおおおッ!」
雄叫び、力が拮抗する。
どちらも押し負けていない。
その競り合いも数瞬しか続かず、レイボルトが仕掛ける、
「……ふっ!」
突っ張っていた剣を緩めてアリアの体勢を崩す。そのまま前のめりになったアリアの左側腹部に鋭い蹴りを入れる。
アリアはそれを何とか防ごうとするが体勢が崩れていることもあり、間に合わず諸に足蹴りを喰らう。
「クハッ……!!」
肺から一遍に空気が漏れ出る苦痛の声。
横っ腹に剣聖の足がめり込み、そのまま蹴られた方向に勇者は体を飛ばされる。
先制はレイボルトが勝ち取った。
「まだだ……」
しかしだからと言ってレイボルトは攻撃の手を緩めることはなく、下段に剣を構え直し、追撃のために飛ばしたアリアの方へ再び接近する。背後に回り込むように追いつくと、構えた剣を上に斬りあげるようにして背中めがけ剣を振る。
再び攻撃が通る。
そう思われたがアリアは蹴り飛ばされ滞空中にすぐさま体の向き反転させて大鎚で斬撃を受け止める。
「なんのッ!」
そのまま打ち付けた大槌を振り上げ、剣聖を逆に弾き返す。
一定の距離を保ったまま二人は地面に難なく着地する。
「エリス」
「ギガルド」
勇者と剣聖は自身の魔装機を呼ぶと再び動き出す。
再び刃と大鎚が撃ち合う。
高速で放たれる雑味のない洗練された剣聖の連撃。それを難なく受け止め、流す勇者。
目視で分かるほど多量の魔力を二人は纏っており、それにより身体の速さは桁違いに上がる。
いつ魔法が飛んできてもおかしくない状況となった。
さらに剣戟は加速していく。
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主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
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