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87話 追想
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「とりあえず大事無いわ。今は脈も安定してるし魔力も落ち着いている。もう少ししたら目を覚ますと思うわ」
ベッドに寝かせた剣聖の容態を見てアリアは安堵の表情を見せる。
「そうか、ありがとうアリア」
「………ありがとう」
俺と隣で暗い顔をした剣聖レイボルト=ギルギオンの魔装機である黒髪の少女エリスはお礼を言う。
「……」
エリスはそのまま静かにベットのそばに椅子を置いて座る。
「……ぁ──」
なにか言うべきかと声をかけようとしたがアリアに肩を掴まれて止められる。
確かに今はそっとしておいて方がいいのかもしれない。
四天王フレディン=ガスターと亡霊ワルドを逃がしたあと俺達はすぐにレイボルトの元に戻り、そしてここ宿屋おしどり亭に運んで来た。
おしどり亭に着いたのがちょうど夕暮れ時という事もあり、他の場所にレイボルトを探しに行っていたアリア達は既におしどり亭に戻っており、俺達が戻ると驚いた様子だったが事情を聞かずにすぐにレイボルトの具合を見てくれた。
「それじゃあレイル君、疲れているところ悪いけれど事情を説明して貰ってもいいかしら?」
「ああ、もちろんだ」
今は下の酒場。
レイボルトの目が醒めて何か問題が起きないようにアニス達魔装機に様子を見るように任せて、俺はみんなに先程あったことを話す。
レイボルトを貧民街で見つけたこと、仲間にならないか誘ってみたが余りいい答えは貰えなかったこと、そしてレイボルトの魔装機を狙って魔王レギルギア直属の配下である四天王が現れたこと、事細かにあったことを話す。
「四天王……存在はレイル君から聞いていたけどついにあちらも活発に動き出したのかしら……?」
アリアは何かを考え込むように腕を組む。
「恐らくそうだろうな、あっちも最後の仕上げまで来ていると考えていいのかもしれない。俺達の時と言い、今回の事と言い、奴らはある程度、魔装機使いの場所を把握している可能性は高い」
「そうね。一体どうやってあっちが魔装機を見つけているかは謎だけど私達もなるべくあっちより早く魔装機使い達に接触する必要があるわね」
俺の言葉に頷くとアリアは今後の予定について再び考え込む。
「幽霊ってのも気になるよね? 相棒の物理攻撃も効かなかったんならどう対処すればいいんだろう? 魔法とかかな?」
「どうなんでしょうか? 幽霊の魔物……そんなの見たことないですしおとぎ話や絵本の中だけの存在ばかりと思っていました」
ローグとマキアがあの老幽霊の対処法について話している。
「おとぎ話や絵本……もしかしたらあの幽霊は神話級の魔物だったのかもしれないな」
「神話級かあ~、ドラゴンとかと同じ強さとなると手強そうだね。なら魔法とかでも無理かな?」
「あの時は咄嗟に魔法や魔弾で攻撃するのは無理だったから試すことは出来なかったけど弱点が無いなんて有り得ないだろうし、その線が妥当なんじゃないか?」
二人の会話に混じって俺もあの幽霊について思考を巡らせるが曖昧で確信のない答えしか出ない。
「レイボルト……くんはどうして貧民街にいたんだろう……?」
この三日間他の場所に全く姿を現さなかったレイボルトがどうして貧民街にいたのか、その理由を考えてもラミアは分からないようで眉をひそめていた。
「アイツ本人の口から聞いたわけじゃないから確かではないけどレイボルトは貧民街……それもそこにある廃教会を気に入ってるみたいだったけどな」
あの時、レイボルトは意味もなくあの場所で黄昏ていた。とても穏やかで、落ち着いた様子で俺の知るいつものアイツではなかったのを覚えている。
「そうなんだ……誰か大事な人でもいたのかな……」
俺の言葉にラミアは頷き、そんな考えを漏らす。
「色々と興味は尽きないけれど、レイボルト=ギルギオンが仲間に誘っても余り感触が良くなかったというのが痛いわね」
うんうんと何やら唸っていたアリアはさらに難しそうな顔をする。
「う……そうなんだよな……」
そう、今回の目的であるレイボルトの勧誘を一度俺がしてみたがその感触はイマイチ……と言うより断られている。
どういう訳かは分からないがレイボルトは『仲間』と言うのを毛嫌いしている。
合同訓練の時も一人だったが剣聖が誰かと一緒にいる所を見たことがない。一体アイツに何があったのだろうか。
「もう一度話をしてみていい答えが聞けるといいのだけど。今回の四天王のことも考えると少し機会が悪いわね……」
「そうだな……」
俺の説明の仕方が悪すぎてレイボルトは難色を示したのかもしれない。
アリアがアイツと話をしていい方向に進むと信じたいがこればかりは神のみぞ知ると言ったところか……。
「マスター、レイボルトさんが目を覚ましました」
そんな心配をしていると上で寝ているレイボルトの様子を見てくれていたアニスがこちらにやってきてそう知らせてくれる。
「ん、わかった。ありがとうアニス」
「いえ、大したことでは」
遠慮がちに頷くアニスを見て俺とアリアが立ち上がる。
「行きましょうか」
「ああ」
余り大勢で行ってもレイボルトに迷惑だし、混乱させるだけなのであの場にいた俺と俺達のリーダーであるアリアが目覚めたレイボルトの所へ行くと決めていた。
「それじゃあみんな、少し行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい!」
「戻ってきたらすぐに食事ができるようにお料理を決めて待ってますね!」
「……行ってらっしゃい」
下で待つ三人とそう言葉を交わして俺達は2階へと向かう。
・
・
・
「出来損ないが」
唸るように低い聞き慣れた声が反響する。
「レイボルト、貴方は魔術師である私の息子であるにもかかわらず魔法の才能も皆無ね」
酷く冷い、針のように鋭く高い声がこびりつく
「あの子が剣聖の……まともに剣を持つことも出来てないじゃないか……」
僕を見た大人たちの哀れみ、又は蔑むような声音は忘れたくても忘れられない。
「はいまた俺の勝ち~! 俺がお前の代わりに剣聖になってやるよ!!」
心に切り刻まれた、純粋無垢とは到底思えない下卑た煩い笑い声たち。
「本当にこの俺の息子か?」
「本当にこの私の息子なの?」
「本当に剣聖の血筋なのか?」
「本当に剣聖かよ?」
「本当に───」
「本当に───」
「本当に───」
─────────。
僕が何をしたというのか?
最初から完成された、完璧な人間なんているはずないんだ。
なのになんでお前たちはそんなにすぐ結果を求めようとするんだ。
「あなたはあなたよ、レイ」
ただ一人、そう言ってくれた女の子がいた。
頬は痩せこけて、体の線もものすごく細い。いつもボロ切れのような服を着ていて、寝るところもその日によって違ったし、まともな食事もできていなかった。
その女の子は僕の家からとても離れたところに住んでいた。
「こんにちはレイ。今日もいい天気ね」
それでも僕は彼女と出会ってから毎日彼女に会いに行った。
「おはよう、そうだね──」
綺麗な長い黒髪の少女の一言で僕は救われた気がした。
「──エリス!」
彼女といる時、僕は剣聖の一族レイボルト=ギルギオンでは無くて、ただの年相応の少年レイボルトだった。
「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
僕達はいつもボロボロに壊れた教会で待ち合わせをして、そこで本を読んだ。
「今日はこれ! 白黒の勇者エデン!」
いつも家での勉強や稽古を抜け出し、書物室から一冊の本を持って彼女に会いに行った。
「白黒の勇者エデン?」
「うん、とっても強くてカッコイイんだ!」
「そうなのね……早く聞かせてレイ!」
彼女は文字を読むことができなかったからいつも僕が本を彼女に読み聞かせていた。
彼女と過ごす時間はとても楽しくて、時間が経つのはとても早くいつも苦しくて退屈な一日だったのがあっという間だった。
ずっとこんな毎日が続けばいいと思っていた。
しかしそんな願いは簡単に、踏み潰す様に終わりを告げた。
「エリス遅いな……どうしたんだろう?」
いつものように本を一冊持って家を抜け出し、彼女に会いに行っていた。
いつも僕より早く教会にいるはずの彼女の姿はそこにはなく、困っていると、
「いたいわ!やめて!!」
そんな彼女の悲鳴が聞こえてきた。
「エリスっ!!」
悲鳴のした場所へ行くとそこには三人の柄の悪そうな鎧を着た男たちに彼女は囲まれて髪を掴まれていた。
「んだとコラぁ!? 誰のお陰でお前たちみたいなゴミが平和に暮らせてると思ってんだ? 俺達、騎士様のおかげだろうがァ!」
獅子と剣の紋様が刻まれた鎧に身を包んだ一人の男が彼女の髪を掴んで怒鳴りつける。
「うぇへへ、そんな乱暴にするとすぐ壊れちまうだろうがよォ。日頃の鬱憤が溜まってるのはお前だけじゃねえんだからな」
隣にいた同じ鎧を着た男が汚い笑みを浮かべている。
「お、わりぃわりぃ。ほらよっと」
「きゃあッ!」
彼女をぶら下げていた男が隣にいた男へと彼女を投げる。
「な、なあ……やべぇ俺、ちょっと勃ってきた」
そして今まで黙りだった三人目の男がおもむろに鎧を脱ぎ始める。
「おいおい、いつも思うけどお前どんな趣味してんだよ。こんな小汚いガキにおっ勃ってやがってよ……」
「さすがに性に寛大な俺たちでもちょっと引くぜ」
それを見て他の男たちは冗談気味に笑うと、彼女を鎧を脱いで下半身を露出した男に投げる。
「げへへ、お前たちにこの良さが分からんとは勿体ない。それにこのガキ、顔面は整ってて綺麗だし全然イケるぜ」
そうして男は彼女を地面に寝かせると服を乱暴に引きちぎって、彼女を裸の状態にする。
「嫌っ! やめてっ!!」
抵抗するが彼女の弱い力では大人の男に抵抗できるはずがなく、抵抗虚しく手足を拘束されて身動きが取れなくなる。
「オホホ、いいねぇ! 活きがいいのは好きだぜェ……それにお前の体、そそるねェ~」
男は下のブツをさらに大きくさせて、彼女の体をジロジロと視姦する。
「飯もまともに食えずに浮き出た肋骨……まともに付いてない肉付きが逆にソソるぜェ……!」
そして妙に長く見える蛇のような舌をべろりと口から出すとそれを彼女の腹部から上の胸元の辺りに走らせる。
「いやぁ!! やめで! やめでよ!!」
「──っ!!」
その彼女の悲鳴で今まで金縛りにかかっていたような体が熱を帯びていき、動き出す。
「──やめろお前たちッ!!」
僕は無防備に、彼女に夢中になっていた男の急所を後ろから思いっきり蹴りあげた。
「ふぐぇッ!!?」
男は突然訪れた激痛に苦痛の悲鳴を上げて蹲る。
「何だてめぇ!」
後ろで楽しそうに男が彼女を貪るのを見ていた二人の男が僕を睨みつけてくる。
「僕はこの子の友達だ! 彼女から離れろ! どっか行け!!」
すぐに彼女の元へと駆け寄り力強く抱きしめる。
「──レイ! 怖かった……怖かった……!」
「大丈夫……もう大丈夫だから」
強く抱き締め返してきた彼女の体はとても震えていて、彼女の計り知れない恐怖を考えると体の内から怒りが込み上げてきた。
「ふざけんじゃねぇぞこのガキがァ!!」
「がハッ!」
彼女を抱き締めて落ち着かせていると横から鋭く重たい蹴りが横腹に突き刺さり、大きく飛ばされる。
僕を蹴ってきたのは未だ下半身を出している男でその表情は真赤で憤慨に満ちていた。
「俺がせっかく楽しんでるところを邪魔しやがって! ガキの癖して何様のつもりだ!? なぁおい!!」
男の怒りは一回蹴りを入れただけでは収まらず、怒鳴り散らして僕に近づくと何度も土で汚れた足で踏みつけてきた。
「ぐっ……ガッ……ぐぞ……!!」
踏み付けを躱そうと体に力を入れて立ち上がろうとするがその度に力強く再び男に踏まれて抜け出すことが出来ない。
「やめて! レイに酷いことしないで!! やめてよ!!」
何度も踏み付けられることによって上手く呼吸することができず意識が朦朧としていく。
エリスが何か言っているような気がするが上手く聞き取ることが出来ない。
「おい、俺の剣取ってくれ。こいつ殺すわ……」
「はいよ~」
「なるべく燃やしやすいように細かく斬ってくれよ?」
男は肩で息をしながら踏みつけるのを止めて、ほかの男達から鞘に収まった鉄剣を貰う。
「わーってるよ……コイツは木っ端微塵に斬る。貧民街にいるにしては整った身形してるがまあ自業自得だよなぁ?」
男は剣を抜くと深く引き攣った悪魔のような笑みで僕を見下し、振り上げた剣を僕の首目掛けて下ろす。
「レイ! 駄目……レイィィィィィイ!!」
彼女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
その声で僕は自分が死ぬのだとやっとわかった。
目を強く瞑り、体を強ばらせる。死はすぐ来る──、
「俺の愚息に何か用かな?」
──そう思っていた。
よく聞きなれた嫌いな声と共に鉄と鉄の弾ける音が聞こえた。
「……なんでここにいるんだよ───」
目を見開き顔を上げるとそこには世界で一番憎くて、嫌いな顔がそこにあった。
「──父さん……」
「何でとはまた可笑しなことを言うなレイボルト。ココ最近お前が真面目に稽古をしていないことを私が知らないとでも思ったのか?」
白地に赤色の装飾が施された騎士団の制服を身に纏った僕の父……現剣聖シュバリエ=ギルギオンは無感情な瞳で見つめてくる。
「え……は!? そこのガキが剣聖様のご子息!!?」
下半身丸出しの男は真っ二つに折られた剣よりも突然の剣聖の登場に驚きを隠せてないようだ。
「剣聖様……これは違うのです、まさか貴方様のご子息とは露知らず本当に──」
「そうです! そうなんです!!」
他の男たちも同様にあからさまに態度を変えて地面に膝まづいている。
「黙れ……今私はお前たちとは話していない」
父さんは短くそう言うと一番近くで膝まづいていた下半身を露出していた男の首を斬り落とす。
「────へ?」
そんな間抜けな男の声と共に斬られた首からは大量の血が噴水のように吹き出し辺りに血溜まりを作る。
「な、何をして……」
「どうして……」
二人の男は仲間の急な死に思考が追いつかず呆然とそこに立ち尽くし、なぜ仲間を殺したのか父さんに問うている。
「最初はすぐにお前に罰を与えようとも思ったが初めての息子の反抗だ、少し興が乗ったから監視をつけてお前を自由にさせていたのだ。そうしたらこんな所で女と遊んでいると言う巫山戯た事を監視役から聞いてな。それが本当に真実か確認するために今日は私が直々にお前の後をついて来たらこんな事になっていたのだ」
しかし父さんはそれに答えることはなく僕の方を見て再び話を続ける。
「───」
返り血を浴びて全身が血で真っ赤になり、思考が止まる。
強すぎる血の匂いに吐きそうだ。
「……まあいい、話は帰ってからゆっくりするとしよう。今はゴミを片付けなければ──」
何も答えない僕に父さんはそう言うと目線を外して未だ呆然としている二人の男へと向ける。
「ひっ……!」
「わ、悪気はなかったんです! 本当です! 信じてください!!」
一歩一歩、ゆっくりと自分たちに近づいてくる剣聖に恐怖を覚え、男達は情けない声を上げる。
「別に息子を傷つけられて怒ってるわけじゃあない。アイツが怪我をしてるのは弱いから……自業自得だ。それよりも誇り高き騎士がこんな所でしょうもない遊びをしてることに私は腹を立てている」
剣を抜き、焦ることなくゆっくりと詰め寄る。
いつも父さんが腰に据えている剣ではなく何処にでもある普通の鉄剣だ。
それだと言うのに父さんが持つだけでその剣は全てを切り裂く、決して折れることの無い剣に見えてくる。
「死ね……貴様らのような下臈は騎士に相応しくない」
「やめ────」
「たすけ───」
一振。
たった一振で男達は肉塊と成し、小さな血しぶきの花火が打ち上がる。
こんな簡単に人とは死ぬモノなのだろうか?
そんな光景を見てふとそんなことを思った。
「………あ! エリス!!」
そして数秒、やっとまともに思考が働き出すと彼女のことを思い出し、まだ全身が痛む体を無理やり起こして彼女の元に行く。
「……レイ、私、助かったの?」
目の前で起こった光景を見て放心状態の彼女に声をかけるとそんな小さな声が聞こえてきた。
「うん……そうだよ、助かったんだ」
「そうなのね……助かった……たすか──」
今度こそ助かったことを確認して僕は彼女の体を強く抱きしめる。
「──怖かっだ……怖がっだよぉぉぉぉ!」
彼女は僕の体を強く抱き締め返すと安心しきって大声で泣いた。
自分の力ではないけど助かった。
彼女は酷い辱めを受けて絶望することなく済んだ。
今はそれだけでよかった。
そう思うと自然と目頭が熱くなって、僕も涙が流れてくる。
「よかった……エリスが死ななくて本当に良かった……」
泣いた。溢れんばかりの涙が頬を伝った。今までは悔しくて涙をする事はあっても嬉しくて涙を流すのなんて初めての感覚だった。
お互いが生きていることを確かめ合うように僕達は泣いていた。
「───何を泣いている──」
するとそこに斬り伏せた三人の男達を処分した父さんがこちらにやってくる。
「──っ」
そうだ、ここに今この人がいなければ僕達は死んでいたかもしれないのだ。
ならばこの瞬間は感謝しなければいけない「僕の大切な友達を助けてくれてありがとう」と。
そう思い父さんの方を向いた時のあの感覚は忘れないだろう。
「──そうか、そんなモノに縋るからお前は弱いんだ」
感情の死んだ、酷く恐怖感を覚えるその表情は初めて見る父の顔だった。
「……………え?」
ぼとり、と何かが転げ落ちた音がした。
同時に何かが飛び散り、僕の視界を瞬く間に朱色に染めた。
今で暖かった抱き締めていた彼女の体は急激に冷たくなっていく。
グチャッ、と父さんが何かを踏む音がしてそこには視線を移すとそこには先程まであったはずの綺麗な黒髪の女の子の顔が転がっていた。
「あ……ああ……あああああッ──────」
そこで記憶は途切れる。
ベッドに寝かせた剣聖の容態を見てアリアは安堵の表情を見せる。
「そうか、ありがとうアリア」
「………ありがとう」
俺と隣で暗い顔をした剣聖レイボルト=ギルギオンの魔装機である黒髪の少女エリスはお礼を言う。
「……」
エリスはそのまま静かにベットのそばに椅子を置いて座る。
「……ぁ──」
なにか言うべきかと声をかけようとしたがアリアに肩を掴まれて止められる。
確かに今はそっとしておいて方がいいのかもしれない。
四天王フレディン=ガスターと亡霊ワルドを逃がしたあと俺達はすぐにレイボルトの元に戻り、そしてここ宿屋おしどり亭に運んで来た。
おしどり亭に着いたのがちょうど夕暮れ時という事もあり、他の場所にレイボルトを探しに行っていたアリア達は既におしどり亭に戻っており、俺達が戻ると驚いた様子だったが事情を聞かずにすぐにレイボルトの具合を見てくれた。
「それじゃあレイル君、疲れているところ悪いけれど事情を説明して貰ってもいいかしら?」
「ああ、もちろんだ」
今は下の酒場。
レイボルトの目が醒めて何か問題が起きないようにアニス達魔装機に様子を見るように任せて、俺はみんなに先程あったことを話す。
レイボルトを貧民街で見つけたこと、仲間にならないか誘ってみたが余りいい答えは貰えなかったこと、そしてレイボルトの魔装機を狙って魔王レギルギア直属の配下である四天王が現れたこと、事細かにあったことを話す。
「四天王……存在はレイル君から聞いていたけどついにあちらも活発に動き出したのかしら……?」
アリアは何かを考え込むように腕を組む。
「恐らくそうだろうな、あっちも最後の仕上げまで来ていると考えていいのかもしれない。俺達の時と言い、今回の事と言い、奴らはある程度、魔装機使いの場所を把握している可能性は高い」
「そうね。一体どうやってあっちが魔装機を見つけているかは謎だけど私達もなるべくあっちより早く魔装機使い達に接触する必要があるわね」
俺の言葉に頷くとアリアは今後の予定について再び考え込む。
「幽霊ってのも気になるよね? 相棒の物理攻撃も効かなかったんならどう対処すればいいんだろう? 魔法とかかな?」
「どうなんでしょうか? 幽霊の魔物……そんなの見たことないですしおとぎ話や絵本の中だけの存在ばかりと思っていました」
ローグとマキアがあの老幽霊の対処法について話している。
「おとぎ話や絵本……もしかしたらあの幽霊は神話級の魔物だったのかもしれないな」
「神話級かあ~、ドラゴンとかと同じ強さとなると手強そうだね。なら魔法とかでも無理かな?」
「あの時は咄嗟に魔法や魔弾で攻撃するのは無理だったから試すことは出来なかったけど弱点が無いなんて有り得ないだろうし、その線が妥当なんじゃないか?」
二人の会話に混じって俺もあの幽霊について思考を巡らせるが曖昧で確信のない答えしか出ない。
「レイボルト……くんはどうして貧民街にいたんだろう……?」
この三日間他の場所に全く姿を現さなかったレイボルトがどうして貧民街にいたのか、その理由を考えてもラミアは分からないようで眉をひそめていた。
「アイツ本人の口から聞いたわけじゃないから確かではないけどレイボルトは貧民街……それもそこにある廃教会を気に入ってるみたいだったけどな」
あの時、レイボルトは意味もなくあの場所で黄昏ていた。とても穏やかで、落ち着いた様子で俺の知るいつものアイツではなかったのを覚えている。
「そうなんだ……誰か大事な人でもいたのかな……」
俺の言葉にラミアは頷き、そんな考えを漏らす。
「色々と興味は尽きないけれど、レイボルト=ギルギオンが仲間に誘っても余り感触が良くなかったというのが痛いわね」
うんうんと何やら唸っていたアリアはさらに難しそうな顔をする。
「う……そうなんだよな……」
そう、今回の目的であるレイボルトの勧誘を一度俺がしてみたがその感触はイマイチ……と言うより断られている。
どういう訳かは分からないがレイボルトは『仲間』と言うのを毛嫌いしている。
合同訓練の時も一人だったが剣聖が誰かと一緒にいる所を見たことがない。一体アイツに何があったのだろうか。
「もう一度話をしてみていい答えが聞けるといいのだけど。今回の四天王のことも考えると少し機会が悪いわね……」
「そうだな……」
俺の説明の仕方が悪すぎてレイボルトは難色を示したのかもしれない。
アリアがアイツと話をしていい方向に進むと信じたいがこればかりは神のみぞ知ると言ったところか……。
「マスター、レイボルトさんが目を覚ましました」
そんな心配をしていると上で寝ているレイボルトの様子を見てくれていたアニスがこちらにやってきてそう知らせてくれる。
「ん、わかった。ありがとうアニス」
「いえ、大したことでは」
遠慮がちに頷くアニスを見て俺とアリアが立ち上がる。
「行きましょうか」
「ああ」
余り大勢で行ってもレイボルトに迷惑だし、混乱させるだけなのであの場にいた俺と俺達のリーダーであるアリアが目覚めたレイボルトの所へ行くと決めていた。
「それじゃあみんな、少し行ってくるわね」
「うん、いってらっしゃい!」
「戻ってきたらすぐに食事ができるようにお料理を決めて待ってますね!」
「……行ってらっしゃい」
下で待つ三人とそう言葉を交わして俺達は2階へと向かう。
・
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・
「出来損ないが」
唸るように低い聞き慣れた声が反響する。
「レイボルト、貴方は魔術師である私の息子であるにもかかわらず魔法の才能も皆無ね」
酷く冷い、針のように鋭く高い声がこびりつく
「あの子が剣聖の……まともに剣を持つことも出来てないじゃないか……」
僕を見た大人たちの哀れみ、又は蔑むような声音は忘れたくても忘れられない。
「はいまた俺の勝ち~! 俺がお前の代わりに剣聖になってやるよ!!」
心に切り刻まれた、純粋無垢とは到底思えない下卑た煩い笑い声たち。
「本当にこの俺の息子か?」
「本当にこの私の息子なの?」
「本当に剣聖の血筋なのか?」
「本当に剣聖かよ?」
「本当に───」
「本当に───」
「本当に───」
─────────。
僕が何をしたというのか?
最初から完成された、完璧な人間なんているはずないんだ。
なのになんでお前たちはそんなにすぐ結果を求めようとするんだ。
「あなたはあなたよ、レイ」
ただ一人、そう言ってくれた女の子がいた。
頬は痩せこけて、体の線もものすごく細い。いつもボロ切れのような服を着ていて、寝るところもその日によって違ったし、まともな食事もできていなかった。
その女の子は僕の家からとても離れたところに住んでいた。
「こんにちはレイ。今日もいい天気ね」
それでも僕は彼女と出会ってから毎日彼女に会いに行った。
「おはよう、そうだね──」
綺麗な長い黒髪の少女の一言で僕は救われた気がした。
「──エリス!」
彼女といる時、僕は剣聖の一族レイボルト=ギルギオンでは無くて、ただの年相応の少年レイボルトだった。
「今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
僕達はいつもボロボロに壊れた教会で待ち合わせをして、そこで本を読んだ。
「今日はこれ! 白黒の勇者エデン!」
いつも家での勉強や稽古を抜け出し、書物室から一冊の本を持って彼女に会いに行った。
「白黒の勇者エデン?」
「うん、とっても強くてカッコイイんだ!」
「そうなのね……早く聞かせてレイ!」
彼女は文字を読むことができなかったからいつも僕が本を彼女に読み聞かせていた。
彼女と過ごす時間はとても楽しくて、時間が経つのはとても早くいつも苦しくて退屈な一日だったのがあっという間だった。
ずっとこんな毎日が続けばいいと思っていた。
しかしそんな願いは簡単に、踏み潰す様に終わりを告げた。
「エリス遅いな……どうしたんだろう?」
いつものように本を一冊持って家を抜け出し、彼女に会いに行っていた。
いつも僕より早く教会にいるはずの彼女の姿はそこにはなく、困っていると、
「いたいわ!やめて!!」
そんな彼女の悲鳴が聞こえてきた。
「エリスっ!!」
悲鳴のした場所へ行くとそこには三人の柄の悪そうな鎧を着た男たちに彼女は囲まれて髪を掴まれていた。
「んだとコラぁ!? 誰のお陰でお前たちみたいなゴミが平和に暮らせてると思ってんだ? 俺達、騎士様のおかげだろうがァ!」
獅子と剣の紋様が刻まれた鎧に身を包んだ一人の男が彼女の髪を掴んで怒鳴りつける。
「うぇへへ、そんな乱暴にするとすぐ壊れちまうだろうがよォ。日頃の鬱憤が溜まってるのはお前だけじゃねえんだからな」
隣にいた同じ鎧を着た男が汚い笑みを浮かべている。
「お、わりぃわりぃ。ほらよっと」
「きゃあッ!」
彼女をぶら下げていた男が隣にいた男へと彼女を投げる。
「な、なあ……やべぇ俺、ちょっと勃ってきた」
そして今まで黙りだった三人目の男がおもむろに鎧を脱ぎ始める。
「おいおい、いつも思うけどお前どんな趣味してんだよ。こんな小汚いガキにおっ勃ってやがってよ……」
「さすがに性に寛大な俺たちでもちょっと引くぜ」
それを見て他の男たちは冗談気味に笑うと、彼女を鎧を脱いで下半身を露出した男に投げる。
「げへへ、お前たちにこの良さが分からんとは勿体ない。それにこのガキ、顔面は整ってて綺麗だし全然イケるぜ」
そうして男は彼女を地面に寝かせると服を乱暴に引きちぎって、彼女を裸の状態にする。
「嫌っ! やめてっ!!」
抵抗するが彼女の弱い力では大人の男に抵抗できるはずがなく、抵抗虚しく手足を拘束されて身動きが取れなくなる。
「オホホ、いいねぇ! 活きがいいのは好きだぜェ……それにお前の体、そそるねェ~」
男は下のブツをさらに大きくさせて、彼女の体をジロジロと視姦する。
「飯もまともに食えずに浮き出た肋骨……まともに付いてない肉付きが逆にソソるぜェ……!」
そして妙に長く見える蛇のような舌をべろりと口から出すとそれを彼女の腹部から上の胸元の辺りに走らせる。
「いやぁ!! やめで! やめでよ!!」
「──っ!!」
その彼女の悲鳴で今まで金縛りにかかっていたような体が熱を帯びていき、動き出す。
「──やめろお前たちッ!!」
僕は無防備に、彼女に夢中になっていた男の急所を後ろから思いっきり蹴りあげた。
「ふぐぇッ!!?」
男は突然訪れた激痛に苦痛の悲鳴を上げて蹲る。
「何だてめぇ!」
後ろで楽しそうに男が彼女を貪るのを見ていた二人の男が僕を睨みつけてくる。
「僕はこの子の友達だ! 彼女から離れろ! どっか行け!!」
すぐに彼女の元へと駆け寄り力強く抱きしめる。
「──レイ! 怖かった……怖かった……!」
「大丈夫……もう大丈夫だから」
強く抱き締め返してきた彼女の体はとても震えていて、彼女の計り知れない恐怖を考えると体の内から怒りが込み上げてきた。
「ふざけんじゃねぇぞこのガキがァ!!」
「がハッ!」
彼女を抱き締めて落ち着かせていると横から鋭く重たい蹴りが横腹に突き刺さり、大きく飛ばされる。
僕を蹴ってきたのは未だ下半身を出している男でその表情は真赤で憤慨に満ちていた。
「俺がせっかく楽しんでるところを邪魔しやがって! ガキの癖して何様のつもりだ!? なぁおい!!」
男の怒りは一回蹴りを入れただけでは収まらず、怒鳴り散らして僕に近づくと何度も土で汚れた足で踏みつけてきた。
「ぐっ……ガッ……ぐぞ……!!」
踏み付けを躱そうと体に力を入れて立ち上がろうとするがその度に力強く再び男に踏まれて抜け出すことが出来ない。
「やめて! レイに酷いことしないで!! やめてよ!!」
何度も踏み付けられることによって上手く呼吸することができず意識が朦朧としていく。
エリスが何か言っているような気がするが上手く聞き取ることが出来ない。
「おい、俺の剣取ってくれ。こいつ殺すわ……」
「はいよ~」
「なるべく燃やしやすいように細かく斬ってくれよ?」
男は肩で息をしながら踏みつけるのを止めて、ほかの男達から鞘に収まった鉄剣を貰う。
「わーってるよ……コイツは木っ端微塵に斬る。貧民街にいるにしては整った身形してるがまあ自業自得だよなぁ?」
男は剣を抜くと深く引き攣った悪魔のような笑みで僕を見下し、振り上げた剣を僕の首目掛けて下ろす。
「レイ! 駄目……レイィィィィィイ!!」
彼女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
その声で僕は自分が死ぬのだとやっとわかった。
目を強く瞑り、体を強ばらせる。死はすぐ来る──、
「俺の愚息に何か用かな?」
──そう思っていた。
よく聞きなれた嫌いな声と共に鉄と鉄の弾ける音が聞こえた。
「……なんでここにいるんだよ───」
目を見開き顔を上げるとそこには世界で一番憎くて、嫌いな顔がそこにあった。
「──父さん……」
「何でとはまた可笑しなことを言うなレイボルト。ココ最近お前が真面目に稽古をしていないことを私が知らないとでも思ったのか?」
白地に赤色の装飾が施された騎士団の制服を身に纏った僕の父……現剣聖シュバリエ=ギルギオンは無感情な瞳で見つめてくる。
「え……は!? そこのガキが剣聖様のご子息!!?」
下半身丸出しの男は真っ二つに折られた剣よりも突然の剣聖の登場に驚きを隠せてないようだ。
「剣聖様……これは違うのです、まさか貴方様のご子息とは露知らず本当に──」
「そうです! そうなんです!!」
他の男たちも同様にあからさまに態度を変えて地面に膝まづいている。
「黙れ……今私はお前たちとは話していない」
父さんは短くそう言うと一番近くで膝まづいていた下半身を露出していた男の首を斬り落とす。
「────へ?」
そんな間抜けな男の声と共に斬られた首からは大量の血が噴水のように吹き出し辺りに血溜まりを作る。
「な、何をして……」
「どうして……」
二人の男は仲間の急な死に思考が追いつかず呆然とそこに立ち尽くし、なぜ仲間を殺したのか父さんに問うている。
「最初はすぐにお前に罰を与えようとも思ったが初めての息子の反抗だ、少し興が乗ったから監視をつけてお前を自由にさせていたのだ。そうしたらこんな所で女と遊んでいると言う巫山戯た事を監視役から聞いてな。それが本当に真実か確認するために今日は私が直々にお前の後をついて来たらこんな事になっていたのだ」
しかし父さんはそれに答えることはなく僕の方を見て再び話を続ける。
「───」
返り血を浴びて全身が血で真っ赤になり、思考が止まる。
強すぎる血の匂いに吐きそうだ。
「……まあいい、話は帰ってからゆっくりするとしよう。今はゴミを片付けなければ──」
何も答えない僕に父さんはそう言うと目線を外して未だ呆然としている二人の男へと向ける。
「ひっ……!」
「わ、悪気はなかったんです! 本当です! 信じてください!!」
一歩一歩、ゆっくりと自分たちに近づいてくる剣聖に恐怖を覚え、男達は情けない声を上げる。
「別に息子を傷つけられて怒ってるわけじゃあない。アイツが怪我をしてるのは弱いから……自業自得だ。それよりも誇り高き騎士がこんな所でしょうもない遊びをしてることに私は腹を立てている」
剣を抜き、焦ることなくゆっくりと詰め寄る。
いつも父さんが腰に据えている剣ではなく何処にでもある普通の鉄剣だ。
それだと言うのに父さんが持つだけでその剣は全てを切り裂く、決して折れることの無い剣に見えてくる。
「死ね……貴様らのような下臈は騎士に相応しくない」
「やめ────」
「たすけ───」
一振。
たった一振で男達は肉塊と成し、小さな血しぶきの花火が打ち上がる。
こんな簡単に人とは死ぬモノなのだろうか?
そんな光景を見てふとそんなことを思った。
「………あ! エリス!!」
そして数秒、やっとまともに思考が働き出すと彼女のことを思い出し、まだ全身が痛む体を無理やり起こして彼女の元に行く。
「……レイ、私、助かったの?」
目の前で起こった光景を見て放心状態の彼女に声をかけるとそんな小さな声が聞こえてきた。
「うん……そうだよ、助かったんだ」
「そうなのね……助かった……たすか──」
今度こそ助かったことを確認して僕は彼女の体を強く抱きしめる。
「──怖かっだ……怖がっだよぉぉぉぉ!」
彼女は僕の体を強く抱き締め返すと安心しきって大声で泣いた。
自分の力ではないけど助かった。
彼女は酷い辱めを受けて絶望することなく済んだ。
今はそれだけでよかった。
そう思うと自然と目頭が熱くなって、僕も涙が流れてくる。
「よかった……エリスが死ななくて本当に良かった……」
泣いた。溢れんばかりの涙が頬を伝った。今までは悔しくて涙をする事はあっても嬉しくて涙を流すのなんて初めての感覚だった。
お互いが生きていることを確かめ合うように僕達は泣いていた。
「───何を泣いている──」
するとそこに斬り伏せた三人の男達を処分した父さんがこちらにやってくる。
「──っ」
そうだ、ここに今この人がいなければ僕達は死んでいたかもしれないのだ。
ならばこの瞬間は感謝しなければいけない「僕の大切な友達を助けてくれてありがとう」と。
そう思い父さんの方を向いた時のあの感覚は忘れないだろう。
「──そうか、そんなモノに縋るからお前は弱いんだ」
感情の死んだ、酷く恐怖感を覚えるその表情は初めて見る父の顔だった。
「……………え?」
ぼとり、と何かが転げ落ちた音がした。
同時に何かが飛び散り、僕の視界を瞬く間に朱色に染めた。
今で暖かった抱き締めていた彼女の体は急激に冷たくなっていく。
グチャッ、と父さんが何かを踏む音がしてそこには視線を移すとそこには先程まであったはずの綺麗な黒髪の女の子の顔が転がっていた。
「あ……ああ……あああああッ──────」
そこで記憶は途切れる。
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