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84話 剣聖との会話

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 地面に突き刺さる無数の十字架の形をした石像。そのどれもが綺麗に一直線に地面に立っている訳ではなく、中途半端に斜めっていたり、横倒れになっていたりする。オマケに地面は所々掘り返されたり、雑草が生え放題になっており、もうかなりの間ここが手入れされていないことが目に見えて分かる。

「なんでお前がここに……!?」

 そんな言っては悪いが殺風景な場所にこの二日間探し続けた剣聖、レイボルト=ギルギオンが一人の少女とそこに居た。

 『学園には行っていない』と聞いていたがレイボルトは綺麗な白を基本に赤の差し色が特徴的なスレイヴン魔法騎士学園の制服を身に纏いこちらを無言で見つめてくる。

 隣にいる奴の魔装機であろう黒い髪の少女は髪と同じ色の黒いワンピースを身に纏い、主人と同じようにこちらを無言で見てくる。髪やワンピースの色と反発するように綺麗な白い肌に水色の綺麗な瞳はまるで宝石のようで、髪の色を変えれば一瞬アニスと見間違えてしまうほどにその姿は酷似していた。

「……なに?」

 ようやく口を開いたかと思えばそんな短い言葉をぽつりと放ったのみで、それに続く言葉はなく再びこちらを観察するようにジッと見てくる。

「いや……なに?って……。俺のこと覚えてるよな?」

 そんな奴の態度に呆れ、肩を落としながらもとりあえずあちらの脳みそにこちらの記憶があるのかどうか確かめてみる。

「……どこかで会ったっけ?」

「……………え」

 少しの間を置いて、そう首を傾げながら答える剣聖に思わずそんなマヌケな声が出る。

「マスター、三日前の魔物行軍で会った冒険者では?」

「いや……」

 ド忘れしてしまった主人に補足をするように静かにそう言った黒髪の少女は俺ではなくアニスをじっと見つめている。

「ああ、そういえばいたねそんなの……」

 いやいやいや。
 それよりもずっと前に一度ではあるけど会ってるからね?なかなかにあれは忘がたいことだったと思うんですが?

 と、言いたい気持ちぐっと堪えて、

「えーと……それよりも前に戒めの洞窟で一度会ってるんだけど覚えないか? ほらアンタの行ってるスレイヴン魔法騎士学園と俺の行ってるバルトメア魔法騎士学園で合同訓練したことあっただろ? 俺はそのバルトメア魔法騎士学園のレイルって言うんだけど……ほらでっかい象の魔物から助けてくれたじゃないか」

 と、軽く自己紹介をして聞いてみる。

「戒めの洞窟……象……レイル……」

 しかしこれでもレイボルトはピンと来ないようで首を傾げている。

「………ああ、あの時のズッコケ四人組か」

 時間にしてざっと二分ほど、レイボルトは無言で思案するとそう言う。
 まさかそこまで考えないと思い出さないとは思わなかった。

 それにズッコケ四人組ってなんだよ……。コイツの中で俺たちはかなり下に見られているらしい。
 いやまあ実際、あの時は実力で言えば確実にコイツの方が上だったがなんだか『ズッコケ四人組』という表現は何かイヤだ。

「……思い出してくれたみたいで良かった。俺はアンタを──」

「それで、そのズッコケの一人が背中に死体なんか背負って何か用?」

 こちらの言葉を遮りレイボルトはつまらなそうに聞いてくる。

「あ……」

 奴に指摘されて俺は背中に担いだ死体ソレの事を思い出す。
 ずっと探していた人物にやっと会えた衝撃が大きすぎて軽く忘れていた。アニス達にも死体を持たせたままだし、話をするならばとりあえず今運んでいる死体を埋葬してからの方がいいだろう。

「悪い、この死体を埋葬するからちょっと待ってくれ。俺はアンタに話があるんだ」

 奴にそう断ると担いだ死体を埋葬するために墓地の何も無い場所に足を向ける。

「あ、そう、僕は別にお前と話すことなんてないから失礼するよ」

 レイボルトは素っ気なくそう放つとすれ違うようにしてその場を離れようとする。

「……」

 大した交流など有りはしないが、簡単に会話が出来るとはコイツのメンドウな性格を考慮して最初から上手くいくとは思っていなかったがここまでとは流石に思わなかった。

「少しくらい聞く耳持たんもんかね……」

 奴に聞こえない極小に絞った音量で呟く。

 そっちが一貫して自分に興味のある事柄にしか反応しないのならばこっちもそのある意味で扱いやすい性格を最大限使わせてもらおう。

「勇者──」

 先程よりもハッキリとしかしそれでいて耳に届くには少し不安定な声量で俺はカードを切る。
 この言葉だけで奴は反応せざるを得ない。

「……今、なんて言った?」

 予想通り、剣聖は俺の囁きにも近い言葉に反応して足を止める。

「──勇者って言ったんだよ。今この国に勇者が来ている」

「詳しく聞かせろ」

 俺の付け足した言葉にレイボルトはあからさまに興味を示し顔をこちらに向けて言う。

「それなら俺達がこの背負った死体を埋葬するまで待て、話はそれからだ」

 戦闘狂いのコイツは勇者……アリアの事を言えば直ぐに食いついてくると思っていた。『勇者』と言う単語を出した瞬間にわかり易すぎるぐらいに態度を変えたのは予想していたとは言え、どれほど自分の欲望に忠実なのか……。

「わかった」

 レイボルトは短く頷くと、その場で腕を組み俺達が死体を埋めるのを待ち始める。
 そうですか、手伝う気はないんですね……。

 ・
 ・
 ・

 簡単で申し訳ないと詫びを入れつつ、死体を埋葬すると数分ほど待たせていたレイボルトの方へ行く。

「それで、勇者っていうのは?」

 俺たちを本当にただ待っていた剣聖はぶっきらぼうに聞いてくる。

「……」

 コイツに人を思いやる気持ちと言うやつはないのだろうか?
 人一人の埋葬と言うのはそれだけでかなりの重労働だ。「待っていろ」と言って、待たせていたのはこっちだし、別に労いの言葉が欲しいとかでは無いが、妙に偉そうな奴の態度に腹が立つ。

「おい、聞いてるのか?」

 直ぐに返事を寄越さないこちらに不満全開に眉間に皺を寄せて剣聖は言う。

「……はいはい言います、言いますとも──」

 内心で腹を立てるのを止めて、直ぐにでも話を聞きたがってる剣聖の要望に応える。

「──魔王が復活したのは知ってるよな?」

「ああ、この前そっちの国で祭りをやってた時に復活したと何処かで聞いたね」

「魔王レギルギア=カラムド……前代の魔王に変わって新たに魔王名乗り、もう一度この世界を悪魔のものにすると言って騎神祭の夜、バリアントで宣戦布告をした」

「それがなんだって言うんだよ?」

 いまいち流れが掴めていないの剣聖は初めて困惑した表情を見せる。

「俺はその夜に国の人達を守るために魔王と戦って殺されかけた。本気で死ぬと思ったけど運良く祭りに来ていた勇者を名乗る女の子に助けられたんだ」

「……」

「魔王は予想だにしない勇者の出現に一旦退く選択をして、その時は何とか助かった。だが魔王が復活したことに変わりはない。魔王は世界中に散らばった魔装機を集めて再び世界を悪魔のモノにしようとしている。片や俺を助けてくれた勇者は魔王が魔装機を集め十分な力を付ける前に倒すと言って一緒に魔王倒してくれる同じ魔装機使いの仲間を探していた」

「それで?」

 困惑した表情から真面目になにか考え込むようにレイボルトは相槌を打つ。

「それを聞いた俺と、同じ学園の魔装機使いはその勇者の手伝いをすることを決めて、今は他の魔装機使いを仲間にするために旅をしているんだ。そしてその仲間候補第一号に選ばれたのがアンタって訳だ」

「だからこの国に勇者が来ているのか?」

「そういうことだ」

 レイボルトは俺の返答に再び何かを考えるように考え込む。

 さて、とりあえず剣聖の興味を惹きつつもこっちの目的を大まかに話せたし、あっちの話を聞く感触も悪くなかった。
 ここでようやくこっちの本題と行こう。

「それでだ、今言ったけど俺達は魔装機使いのアンタ……レイボルト=ギルギオンにも一緒に魔王討伐を手伝って欲しくてアンタのいるこの国に来たわけなんだが俺達と一緒に魔王を倒してくれないか?」

 俺はレイボルトに握手の意味を込めて手を前に出してそう言う。

「……」

 レイボルトは一瞬肩を揺らすと依然として目を閉じて何かを考えている。
 これでもしレイボルトが俺の誘いを断ると言っても、こっちにはまだ『勇者』のアリアと言うカードがいる。戦闘狂の奴は必ずアリアと「戦いたい」と言うはずだし断られてもまだ交渉の余地はある。

「……断る」

 暫くして目を開くと剣聖は俺の差し出した手を無視して今度こそ何処かへ行こうとする。
 天邪鬼のコイツのことだ、何が気に入らなかったのかは知らないがその答えはむしろ予想通り過ぎて驚きすらしない。

「いいのか? 自分よりも強い勇者と戦う絶好の機会じゃないか」

 俺は自身の持ちうる最大の切り札を切ってレイボルトの興味を惹こうとする。

「別に興味無いね」

 これで再びじっくりアリア達を交えて話ができると思った矢先。俺の予想に反しレイボルトの返答は短くつまらなさそうに言い放たれたその言葉だった。

「……は?」

 予想外の反応に今まで組み立てていた予定が一気に崩され、思考が止まる。

「え、いや、ちょ……興味無いってどういう──」

「そのまんまの意味だよ。どうして僕が本当かどうかも確信の持てないお前の話を鵜呑みに全部信じると思った?」

 慌てて引き留めようとする俺にレイボルトは一目もくれず歩みを止める。

「それに『自分よりも強い勇者と戦う絶好の機会』だって? 笑わせるな──」

 レイボルトは心底馬鹿にしたように鼻で笑うと続ける。

「『勇者』っていう天職は僕の持っている『剣聖』と言う天職を凌いで世界最強の天職だ。それは認める。だけど誰かと徒党を組んで群れないと魔王の一匹も殺せないのが勇者だって? 本当に笑わせる。そんな確証も持てない他人の力を借りないといけないのがお前たちの言う『勇者』だと言うのならば僕は確実にソイツよりは強い。絶対にね。だから興味無いと言ったんだよ、三下」

 今まで見た事のない怒気を孕み目の前の剣聖は忌々しそうに目の前の俺ではなく虚空を睨む。

「おい、それは違うだろ! 『勇者』だって一人の人間だ、大抵の事は一人でできたとしても、時には誰かの力を借りて問題を解決することだってある! 完全無欠じゃない、アリアだって普通の女の子だ!!」

 レイボルトの聞き捨てならない言葉に俺はついに腹の中に隠していた苛立たしさと同時に強く言葉を放つ。

「ハッ! そもそも『勇者』が女って言う時点で笑わせる! いや、まあ確かに女ならそんな軟弱な思考になっても不思議じゃないな!!」

 何が彼をここまで憤懣させているのかは分からないがそれでも俺はその言葉に耐えきれず、両手で奴の胸ぐらに掴みかかる。

「おい、本当に言っていいことと悪いことがあるだろうがッ………!」

「「マスター!」」

「レイル!」

 俺の咄嗟の行動にそれまで静観していた少女たちは驚きの声を上げる。

「そんな思考だから何時までも弱いままなんだ」

 しかし剣聖は大して俺の行動に驚いた様子はなく、むしろ酷く歪に引き攣った笑顔で俺を見据える。

「ッ! お前っ!!」

 昂る感情を押さえつけることはもう不可能で俺は本能のままに右手を強く握って振りかぶり、妙に整った奴の顔面にその拳を投げつける。

 ドンッ!!!!!

 しかしそれはどこかから聞こえてきた爆音と悲鳴によって止められる。

「なんだ!?」

 突然のことに俺は冷静さを取り戻し、爆発音のした方向へと目線を飛ばす。
「マスター! とても強い魔力反応です!!」

 慌ててこちらの元に寄ってきたアニスがそう言うとすぐさま武器の姿に変わる。

「さっき沢山死体があった場所だ!」

 そのすぐ後ろに着いていた精霊もいつもの巫山戯た様子とは打って変わって真剣な眼差しで精霊石の中に戻る。

「よし、とりあえず行くぞ二人とも!」

 ″はい!″

 ″ああ!″

 俺は身体中に魔力を回しながらその場から離れる。

「……と、この話はまた後だ。覚えとけよレイボルト」

 しかし、すぐさま足を止めて先程まで一触即発だった剣聖に向き直り一言釘を刺しておく。

「……エリス、かなりの大物だな」

「はい、そうですねマスター」

 レイボルトはこちらに一切見向きもせず爆発のした方を見て何やら魔装機と話している。

「おい聞いてんのか!」

 その態度に腹が立ち再び声が荒れる。

「煩い、黙れ三下。お前と話すことなんてもう無い。それと今回のは僕の獲物だから勝手な事はするなよ」

 レイボルトは脇目でこちらを見るとすぐさま視線を外し、直ぐに爆発のした方へと走り出す。

「あ! おい待て!」

 俺もすぐさま奴の後ろを追いかけその場から離れる。
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