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82話 彼の所業

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 それはある日のこと。
 ひとつの冒険者パーティと自己中の話だという。

「よし、これで13匹目だ!!」

 鋭く研磨された鉄の刃が獣の肉を容赦なく切り裂く音と獣の体から吹き出す血の音がその場に響く。
 少し年季の入った鉄の鎧と剣を身につけた男は威勢よく叫び魔物を斬り殺す。

「あと5匹ですね」

 魔物の息が完全に途絶えたことを確認した杖を持った白い絹のローブを身にまとった女は先程の魔物との戦いで負った男の傷を回復魔法で治す。

「このペースならば夕暮れ前にはローウルフの討伐は達成できそうじゃな」

「きゃあああっ! 何触ってんのよ!!」

「ホッホッホッ。やはり若い女子おなごの尻はええのぉ~」

 奇抜な真赤なローブを身にまとった老人は男の調子を見てそう判断すると隣に立っていた黒と橙色の動きやすそうな道着を身にまとった少女の尻を鷲掴む。

「黙れエロジジイッ!!」

 嫌らしくまとわりつく手を払い少女は老人の頭を割と本気に近い勢いで頭を叩く。

「あたっ! 軽い戯れではないか、あまり老いぼれを痛めつけんでおくれ。まあ、考えようによってはお主のその愛のムチも気持ちええんじゃがな」

 勢いよく叩かれた頭を抑えながら老人は全く反省した様子はなく頬を赤らめて少女に熱い視線を送る。

「少しは反省しなさいよ!?」

「あははは……二人の仲がいいのは分かったから次の獲物を見つけに行こう」

「やめてよ! こんなやつと仲がいいなんて思われるのは屈辱でしかないわ!!」

「ほほほ、お主は罵倒もいける口か」

「まあまあ、その辺で」

 戦士に僧侶に魔法使いに拳闘士の天職を授かったこの4人組の冒険者パーティーは中級の魔物、ローウルフの討伐をするためにマーディアル近くの平原に来ていた。
 この四人の実力からすればローウルフは何の危なげなく狩れる相手で、あともう少しで依頼達成と言うところだった。

「あ! 見てください、あっちにローウルフの群れです!」

 僧侶の女は五匹で群れをなして移動しているローウルフを見つけ嬉しそうに指を指す。
「よし! これで依頼完了だ。皆行くぞ!」

 戦士の男は剣を構えて勢いよく突進していく。
 それに続くように拳闘士の少女も魔力で拳を強化して走り出す。

「援護は任されよ!」

 魔法使いは先程の呑気な雰囲気を微塵も感じさせぬ真剣な表情で魔法を詠唱し、前衛で戦う二人に援護系の魔法をかける。

「傷を負ったらすぐに言ってください! 回復魔法の準備は出来ています!!」

 僧侶も回復魔法を唱えつつ万全の状態で待機する。

 お互いを信頼しつつ、息のあった連携で危なげなくローウルフとの戦闘を続けていると突然、彼らとローウルフの間に一陣の風が吹き抜ける。

「な、なんだ!?」

「……風?」

 あまりの強さの突風に前衛の二人は一旦ローウルフとの距離を取り、何が起きたのか確認をしようとする。

 次の瞬間、彼らの目に映ったのは鎌鼬かまいたちで切りつけられたように体に無数の傷をつけ甲高い声を上げて絶命するローウルフの姿だった。

「な……どういうことだ?」

 戦士の男は次々と起こる出来事に脳の理解が追いつかず困惑するしかできない。

 鎌鼬で斬られたとは思えない無駄のないその洗練された切り口は相当の手練のものだ。

「邪魔なんだけど……」

 彼らが息絶えたローウルフの死骸を呆然とみていると気だるげな少年の声が聞こえてきた。

「な!? お前は───!!」

 声のした方へ視線をやるとそこにはここら辺に住む人、冒険者では知らない人がいないほど有名な剣聖の天職を受け継いだ少年の姿があった。

「お、おいお前、なに俺たちの獲物を横取りしてくれてんだ! 他のパーティーが戦っている魔物を狩るのは御法度ってことぐらいガキでも知ってる事だぞ!!」

 戦士の男は突然の登場人物に驚きはしたがすぐさま剣聖の元に詰め寄る。

「は? そんなの知らないよ、僕冒険者じゃないし……」

 面倒くさそうに表情を曇らせながら剣聖の少年は男にそう言うと黒い剣を鞘に納めてどこかへ行こうとする。

「おい! 話はまだ終わってないぞ!!」

 その少年の態度に腹を立てた男は少年の肩を強く引っ張って足を止めさせる。

「え? まだなにかあるの?」

 剣聖は男に対する関心が心底失せているようで少し声に棘を感じさせながら振り向く。
「まだって……そもそも話は終わってねえだろ! もう少しで依頼がな────」

 全く悪気を感じない少年の態度に男は更に腹を立て、捲し立てるように言葉をぶつける。


 …………。


 結局のところその場で彼らのいざこざは収まることなく。ギルドを間に挟んで何とか魔物の横取りの件は解決したという。

 というかまあ、終始全くまともに会話に応じる気のなかった剣聖の態度に四人組のパーティーもギルド側も「これはどうしようも無い」と途中で悟り、彼らが折れる形で話は終わった。
 なんとも身勝手な話だ。

 しかしこんなのはまだ可愛い方の用で───。

 ・
 ・
 ・

「そこからがもう大変で! 街の修繕費用なんかは全部ウチが持つことに────」

「………」

 シガスがレイボルトの悪行を話し始めてからかれこれ二時間が経とうとしていた。いつの間に復活したのか、途中からはヘクトルも話に加わり全く終わりが見えない状況だ。

 というかこれだけの悪さをアイツはしでかしたというのか。
 最初に話された冒険者たちの魔物横取りから始まり、片っ端から国中にいる腕の立つ冒険者や騎士、ならず者に決闘を挑み街の中で大暴れ、近くの平原に一人で作るには完全に不可能な大穴を作ってみたり、マーディアル近辺の魔物や動物の生態系を壊してみたり、まだまだこんなものでは足りないがやりたい放題。
 しかも全部やったらやりっぱなしでその後の対応は全てギルドや国に丸投げ。

 いや普通に考えて指名手配されてもおかしくない所業の数々。
 しかしレイボルトがそうならないのはひとえに「剣聖の家系」、「剣聖」と言う言葉で片ずいてしまっていた。

 このマーディアルという国では強者こそが正義であり、剣聖とはこの国の最強の証そのものなのだとか。王様までとはいかないがその次くらいに権力があるらしい。
 まさに弱肉強食だ。

「ほんとに毎日毎日アレのせいでこの国は大騒ぎ、アレの名前を聞かない日はない。最近は魔王復活のせいか大人しかったのですがね……」

 ヘクトルは全く困ったと言わんばかりに頭をガシガシと搔く。

「半年前から学園にもまともに行ってないと聞く。その辺から酷くなってきた」

 話し疲れたのか息を荒くしながらシガスはゆっくりと気を落ち着かせる。

 ″お、どっかの誰かさんと一緒じゃないか″

 ″俺とアイツじゃあ状況が全く違うだろ……そもそもその原因も元はアイツだ″

 ゲラゲラと笑って茶化してくるリュミールに反論する。

「完全な私情で申し訳ないのだがそういうことで私たちは君たちの手伝いを出来そうにない。魔王の絡みでやることも山積みだし、それに加えてアレの対応の手伝いも増えるとなるとギルドの士気にもかなり響いてくる。『なんでも言え』っと言ったてまえ本当に済まない」

 愚痴の連続から一転、シガスとヘクトルは目じりを下げ申し訳なさそうに頭を下げる。

「ああいえいえ! 気にしないでください。元々自分たちで何とかしようとしていたことですし、色々と貴重なお話を聞けて逆にお礼の言葉を、ありがとうございます」

 アリアは勢いよく首を横に降り、頭を下げ返す。

 まあ確かにこんな話をされれば「手伝ってください」なんて言うのは気が引けるし、彼らも被害者だ、謝られるのはなんか違う気がする。

 そんなこんなで色んな意味で貴重な話を聞けたところで俺達は話にひと段落つけてギルドを後にした。
 今はしばらくマーディアルにいるということで拠点となる寝床を探しているところだ。
 国の構造、作りはバリアント大して変わらず酒場や宿屋、市場がある商業区や貴族たちが住む貴族街など色々な区画で別れている感じだ。

「なかなかな悪行の数々だったね……」

 ダラダラと宿屋がある商業区の方を歩きながらローグは疲れたように言う。

「はい、後半はほとんど刺激的な内容でした……」

「疲れた……」

 聞いてるだけとはいえ二時間以上も黙りっぱなしで話を聞いていれば疲労はかなりのものだ。皆随分とやつれていた。

「そう? 私は楽しかったわ。あのお話で剣聖の人柄や特徴も掴めたしとても有意義だったと思うけど?」

 ただ一人アリアだけはどうしてかシガスたちの話を興味津々に聞き続け、とても満足しているようだった。

 それはしっかりとあの自己中極まりない行動や言動を心身で感じてないから言えるんですよアリアさん……。

 なんとなく言葉にはせず心の中に止めておく。
 俺やローグ、ラミア、マキアは一度しっかりとアイツと対峙してるから気が重いがどうやらアリアはレイボルトと話すのが楽しみのようだ。

「まあなんにせよ時間はあまりないけど、とりあえず今日は長旅の疲れもあるしゆっくりと休んで、明日手分けして剣聖を探しましょう。ヘクトルさんから彼の居そうな場所はいくつか聞いたけど、神出鬼没で実際に会うのはかなり難しいみたいだから気合を入れていきましょうね」

 アリアの言葉に俺達は重苦しく頷き、雰囲気の良さそうな宿屋へと入っていく。

「何事もなければいいのだが……」

 ″そうですねマスター″

 一抹の不安を抱きながら呟いた言葉にアニスが反応する。
 その声は少しこわばっていた。

 ・
 ・
 ・

「おいワドルはいるか」

 冷たい大理石でできた大広間に一つの悪魔の声が響く。

「ハッ! ここに。なんの御用でございましょうかレギルギア様」

 名を呼ばれた人の容姿にそっくりな頭の禿げた幽霊はその場に傅きこうべを垂れる。

「先の戯れで我は疲れた、これから我は少しの間眠りに入る」

「畏まりました! ごゆるりとお休みくださいませ」

 気だるそうに欠伸をしながら悪魔は従者にそう告げる。

「その間の指揮は全て貴様に任せる。引き続き道具を集めろ」

「ハッ! この不肖ワドル、レギルギア様の期待に添えるよう尽力致します」

「うむ。精々我を失望させるなよ」

 悪魔は従者の返事を聞くと立ち上がり一瞬にしてどこかへと消えてしまう。

 大広間に残された亡霊は最後まで主に対し頭をあげることは無くただゆらゆらと蜃気楼のように揺れるのみ。

「聞いていたのだろう貴様ら」

 少しの間をとり幽霊は立ち上がると何も無い虚空にそう放つ。

 すると突然、何も無いくうから四つの影が現れる。

「おう爺さん、それで俺達は何をすればいい?」

 陽気な声でゆらゆらと楽しそうに揺れる影はしっかりと姿を出すことはなく幽霊に問う。

「……」

「……」

「……」

 他の三つの影も姿を出す気配はせず幽霊の言葉を待つ。

「なに、捨て駒も充分に集まった。やることは変わらん私たちは道具を集めるだけだ」

 四つの影を一瞥して幽霊は質問に答える。

「それで次はどれを狙う」

「ふむ、ここらでそろそろ大物でもいこうか」

 落ち着いた声音の別の影が幽霊に質問すると幽霊は既に決めていたかのように答える。

「へー、その大物って何なのかしらん?」

 ねっとりとまとわりつく様な声の影は興味津々に聞く。

「そうだな……剣聖、なんてどうだ?」

「「「「───っ!!」」」」

 幽霊の提案に四つの影は息を呑む。

「おいおい、そいつは最高の獲物だなっ……!」

「それはいいな……」

「あら~最高じゃないのん」

 三つの影は興奮が隠しきれずにゆらゆらと影を揺らす。

「ねえワルド、それ僕が行ってもいい?」

 三つの影が騒ぐ中、今までだんまりだった一つの幼い声の影が声を発する。

「ホホ、流石の貴様でもその名を聞くと硬い口を開くか」

 幽霊は一瞬驚いたように目を見開くがすぐに元に戻り黙りだった影を茶化す。

「だが貴様は駄目だ」

「どうしてさ」

 すぐさま帰ってきた返答に納得がいかないと影は不機嫌気味に問い返す。

「貴様はまだ道具を持ってから日が浅い、またガラムのように簡単に死なれては困る。もう少しソレが体に馴染むまで大人しくしておくんだな」

 幽霊は簡潔に言うとその影からこれ以上の会話は不要と目線を切る。

「ははっ! 新入りは大人しくしてろってこった。爺さん、俺が行ってもいいか?」

 陽気に揺れる影は幼い声の影を宥め幽霊に自身を推す。

「……まあいいだろう。無理だと思ったら引け、相手は剣聖だそう簡単に道具が手に入ると思うな。貴様は大事な戦力じゃ、ガラムのように簡単に死なれては困る」

 陽気な影の提案に幽霊は数秒ほど思案したところで決断を降す。

「よしっ! それじゃあ早速行くぜ!!」

 幽霊のお許しが出ると陽気に揺れる影はすぐに大広間から気配を消し獲物のところへ向かう。

「気をつけろ」

「死なないでね~ん」

「チッ……」

 他の影はそれを各々見送る。

「貴様たちは駒を連れて引き続き他の道具の探索、回収を頼んだぞ」

「わかった」

「はいはーい」

「……」

 最後に幽霊は残った影たちに指示を出してその場はそこでお開きとなった。
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