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80話 魔物行進

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 相も変わらず、大して景色の変わらない平原を走り続ける。忙しなく揺れ続ける馬車の中、魔王を倒す仲間探しの旅が始まってから今日で四日目。途中、魔物などに襲われはしたがなんの問題もなく対処し、概ね順調に目的地へと進んでいた。

「野宿はあの時の合同訓練で慣れたと思ってたけど久々だと結構体にくるね」

 首や肩回りをブラブラとほぐしたり伸ばしたりしながらローグは言う。

「うん、そうだね」

 短く答えたラミアも長時間揺れ続ける馬車によって痺れて痛くなったお尻を手でさする。

「もう少しの辛抱よローグ、ラミア。ギガルド、あとどれ位かしら?」

「そうですね、もう関所が見えてきてもおかしくは無いと思うのですが……」

 アリアはニッコリと二人の姿を見て励ましギガルドに尋ねる。

 この数日でだいぶ全員打ち解けてきた。
 ラミアはだんだんと口数が増えてきて、前よりだいぶ距離感も縮まって来たし、笑顔が増えた気がする。
 アリアは最初こそ緊張はしていたがすぐにローグやマキア、ラミアと親しく話をするようになり、だいぶ雰囲気がいい方向に変わってきた。

 "こうも景色が同じだとつまんないね~。魔物出てこないかな?"

 大きな欠伸と一緒にそんなリュミールの物騒な声が聞こえてくる。

 "こら、暇だからって言っていいことと悪いことがあるでしょう"

 呆れたと言わんばかりに大きな溜息をつきながらアニスがツッコミを入れる。
 うん、今日も二人は平常運転だな。

「レイルさん、何か嬉しいことでもありました?」

 特に二人の会話に口を出すことも無く外を眺めているとマキアから不思議な顔をされる。

「ん? 俺そんな顔してた?」

「はい、なんだかとっても嬉しそうでしたけど?」

 マキアに指摘をされ自分の顔をぺたぺたと手で触って確認してみると確かに口角少し上がっていた。

 どうやらアニス達の会話を聞いて自然とこうなってしまったようだ。
 顔に出ていたということはかなりだらしないモノになっていたことであろう。気おつけなければ。

「アハハ、少し浮かれてたかも」

 そう思うと少し恥ずかしさが込み上げげてきてマキアに笑って誤魔化す。

 "うわあ、私たちの会話でホッコリホンワカしてニヤけて変な目で見られてやんの~"

 今の話を聞いていたリュミールからそんな心底腹ただしいお言葉を頂く。

 "リュミール、どうしてあなたはすぐにマスターを揶揄うのですか……"

 "アハハハハ! 楽しいからさあ~!" 

 とってもとっても楽しそうなリュミールの声が聞こえてくる。

 ……………覚えていろバカ精霊。

「あ! 見えてきた!!」

 ふつふつと懲りないバカに怒りを燃やしているとローグの興奮した声がする。

 一旦バカ精霊に対する怒りをしまって、ローグの声に釣られて前の方に目をやる。

「おお……」

 するとそこには王都バリアントのモノより一際大きな門が聳え建ち、獅子と剣の形が描かれた真っ赤なマーディアル王国の国旗が旗めいていた。さすがは冒険者の国と呼ばれるだけはあってたくさんの武器や回復薬などを積んだ行商人の馬車がずらりと行列を作っていた。これは門を通るのにかなり時間がかかるだろう。

「目的地に着いたのはいいけど、ここからが長そうね……」

「ええ、そうですね」

 大行列を目にし深いため息をついてアリアは上げた腰を再び下ろす。

 そんな彼女の姿を見て俺達も一瞬、到着したことに喜びはしたが直ぐに元いた場所に座ってのんびりと入国の順番が回ってくるのを待つ。

 と、そんな時だった。

魔物行進パレイドだあぁぁぁぁあ!!!!」

 どこかから喉をすり切らんばかりの男の行商人の叫び声が聞こえてくる。

 その声で関所前に並んでいた綺麗な馬車の行列が崩れ、急いでどこかに逃げるように走り出す。

 一斉に馬車が走り出したことにより、辺り一体は耳を劈くような騒音と土煙に包まれるがそれとは別の地響きのような音が聞こえてくる。それは魔物たちの地面を駆けるぬける音によって生まれた地響きであった。

 魔物行進パレイド
 それは魔物の種族を問わず、数千数万からなる魔物の大群暴走のことである。魔物が多く出現する地域で起こるこの現象は人や建物があった場所を一瞬で更地にするほど強力な災害で、対処法としては魔物の大群を一瞬で殲滅する戦力を一瞬で用意するか、強力な結界を張って魔物たちからの蹂躙を防ぐかだ。

 魔物行進を避ける方法としては圧倒的に後者の結界を張るほうが現実的で、現に魔物行進が頻繁に起こる地域にある国や町には強力な結界が常に張られている。当然マーディアル王国にもその結界は張られているのだが、その守られる範囲というのは当たり前だが結界の内側だけあって、現在の状況からすると国の中に入れていない人や馬車はその場でじっとして居れば魔物行進によって塵になるのは目に見えている事実であるわけで、この周りの慌てようというのは当然の結果であった。

「まさかここで魔物行進と鉢合わせするとはね……」

 慌てることなくアリアは至って冷静にそう言うと辺りの様子を伺う。

 俺も魔力探知を使い魔物行進の数を確認する。

「……ざっと千二百とちょっとか」

 今回はまだ小さい規模の魔物行進のようで、魔装機使いが五人も居れば決して倒すのに不可能ではない数だ。しかし、わざわざそんなことをしてまで魔物行進を止める理由もなければ必要も無い。ここは逃げるのが吉だろう。

「僕達も早く逃げよう!」

 ローグは初めて見る魔物行進に少なからず恐怖心を抱いたようで慌てた声で言う。

「ええそうね、ここは一旦退きましょう…………?」

 アリサはローグの言葉に肯定してギガルドに指示を出そうとしたところであることに気づく。

 彼女の視線の方向に流されるように目をやるとそこには一つの逃げ遅れた荷馬車があった。
 どうやら馬が魔物行進による周りの突然の騒ぎで混乱してしまったようで足を崩して大きく倒れてしまっている。

「クソっ、早く立てこの駄馬!!」

 馬車の男は一生懸命に手網を振るうが馬は直ぐに上手く立ち上がることも出来ずその場で四苦八苦する。

「……みんなゴメンなさい、申し訳ないけど民を守る勇者としてここは見過ごせない、魔物行進を止めるわ。でも私一人じゃさすがにこの数を一気に相手をするのは難しいの、手伝って貰えないかしら?」

 アリアはその光景を見て真っ先に馬車を降りて、こちらのほうに向き直ると一つ頭を下げる。

「俺たちは誰かを守るために力を振るう騎士を志す者だ。いちいち頭を下げなくてもそれぐらい手伝うよアリア」

 そんな彼女のどこまでも真面目で律儀な頼み事を断る選択肢なんてなかった。

「騎士として当然です!」

「わ、私も迷惑をかけないように手伝う」

「ちょっと数に驚いたけど皆となら余裕だね」

 三人も彼女の言葉に様々に頷く。

「ありがとうみんな!!」

 アリサは満面の笑みで顔を上げると腰に携えていた剣を引き抜く。

「ギガルド、貴方はそのまま馬車を安全な所まで持って行ってちょうだい。終わったら合図をするわ」

「畏まりました」

 アリサはギガルドを武器の姿には変えずそのまま馬車を任せるともうすぐそこまで来ていた魔物行進の方へと向く。俺達もアニス達を構えて臨戦態勢に入る。

「それじゃあ、行きましょう!!」

「おう!」

 彼女のその言葉で俺たちは一気に駆け出す。
 魔物との距離はおよそ100m程。数こそは多いがそのほとんどが中級や下級の魔物ばかりでチラホラと上級がいると言った感じだ。五人もいればものの数分で片付けられるだろう。

「いくぞアニス、リュミールバカ精霊!」

 "はい、マスター!"

 "おい! 誰がバカだ!!"

 二人の相棒に声をかけて一気に体中の魔力を加速させる。そしてその魔力を銃剣の刃に満遍なく纏わせると引き金を引いて超振動を起こす。甲高い金切り音が辺りに響きわたり空気を震わせる。

「ハァアアッ!!」

 横に一線に刃を振るい、魔力と超振動によって生み出した不可視の斬撃波を魔物の大群に飛ばす。

 魔物達からすればただ剣を空振りしただけに見えたが次の瞬間、肉の切り裂かれる音と噴き出す血の匂いが充満する。

「グゲッ!」

「ガギャッ!」

「ギィィいイイ!」

 目算で50匹程の魔物の断末魔が鼓膜を震わせる。

「よし、次だ!」

 魔物の死体を踏みつけて、まだ大量に向かってくる魔物たちを我武者羅に斬りつけていく。あまり魔力を多量に込めた攻撃をするとアリア達にも攻撃が飛び火するかもしれないので、魔力は温存しつつ行く。

 アリア達も魔力を温存しながら、それぞれ思い思いに今最大限にできる戦い方で魔物を殲滅していく。
 順調に魔物を倒して行き、このまま何事ももなく終わるだろうとそう思った瞬間だった。

「っ!?」

 とてつもなく大量の魔力の反応を感じ取る。それは魔物ではなく人の魔力。

「邪魔だ三下」

 ものすごい速さで近づいてくるその力に自身の魔力を高め警戒しているとそんなどこかで聞いた声が聞こえてくる。

「お前っ!?」

 落雷が如く、かなりの勢いで魔物の大群がいる中心地に振り落ちてくる一つの黒い閃光。着地と同時に大量の土煙を巻き上げてその少年はつまらなそうな目をこちらに向ける。

 黒い片手剣を気だるげに肩に乗せた短い金髪の少年。それは忘れるはずもない、あの時、あの戒めの洞窟で俺たちを助けて、アニスを壊した張本人。

 レイボルト=ギルギオンの姿がそこにはあった。
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