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72話 騎神祭剣術大会決勝戦

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 控えのテントの中に戻るとそこには見慣れた白髪の老兵が静かに目を閉じて待っていた。
 静かに座っているだけだというのに老兵からは並々ならぬ気が体から溢れ出して、このテントの中を異様な空気で満たしていた。

「……」

 何か声をかけようかとも思ったがあまりの集中力にその気も削がれる。

 老兵に倣ってこちらも適当な椅子に腰を下ろして静かに呼ばれるのを待ってみる。

 "なんというか威圧感がありますね"

 アニスが老兵……タイラスを見て感嘆する。

 "あそこまでの域に行くのは相当なものだ。さすがこの国最強と呼ばれるだけあるな"

 アニスの言葉にリュミールが相槌を打つ。

 "それよりもレイル、君のそのヘタな真似事はなんだい? 形だけを真似てもあの男みたいにできるわけないじゃないか"

 "リュミール、邪魔をしてはいけませんよ!"

 ケタケタと小馬鹿にするようにリュミールは指摘してくる。

「……」

 別に話すのは構わないのだが、せっかく人が集中しようとしている所を頭の中でごちゃごちゃされるとそれも切れてしまう。ただ単に己の未熟さゆえなのだろうが少しは静かにしてもらいたい。特にリュミール、お前は自分が暇だからといって人の頭の中でぺちゃくちゃとだべりすぎだ。

 慣れないことをするものではない。変に疲れて逆に心が乱れた気がする。

 タイラスはこちらを全く気にした様子もなく平然と目を閉じたままゆっくりとしている。

「お待たせ致しました! タイラス様、レイル様、準備の方が整いましたので外の方によろしくお願いします!」

 げっそりしていると中に係員が呼びにやってくる。

「ん? 時間か?」

 スっと目を開けてタイラスのんびりと立ち上がる。

「なんだ居たのか? それなら話しかけてくれればいいのによ」

 老兵は大きく欠伸をしながらこちらに気づいて声をかけてくる。

「いえ、疲れてるみたいだったんでそっとしておきました。ゆっくりと休めました?」

 というか欠伸をしているがあれはただ寝ているだけだったのか?傍から見れば全くそんな風には見えない。

「ハハ! お気遣いどうもありがとう、おかげでいい感じだ。そっちも一段落つけたみたいだな」

 タイラスは豪快に笑いながら聞いてくる。

「まあ、一応は」

 タイラスと一緒に出口の前に立って答える。

「皆様お待たせ致しました、いよいよ決勝戦の始まりです!今年は去年と一味違いますよ~。それではここまで勝ち抜いた二人の選手の入場です!!」

「「「うおおおおおおお!!」」」

 司会の煽りで観客達は一気に盛り上がりを見せる。

 しかもいつからそこにいたのやら太鼓やラッパの壮大な音も聞こえてきて最高潮の盛り上がりだ。

「どうぞ!」

 係員が出口の裾をめくって合図を出す。

「……」

 何だかいきなり持ち上げられて変に緊張してしまい息を呑む。

 "なんだいなんだい、今頃緊張かよ?"

 尻込みしているとリュミールの笑い声が聞こえる。

 "ご安心を! 私達、先程休んでいたので体力は十分にあります、コテンパンにやっちゃいますよ!"

 アニスも頼もしいことを言ってくれるが少し棘を感じるのは気のせいか?

「ありがとうな……」

「何がだ?」

 2人に向けた言葉が思わず口に出てしまいタイラスに聞こえてしまう。

「ああいえ、少しアニス達に……」

「おおそうか、お前達は口にしなくても会話できるんだったな。でもわざわざ声に出してたら意味無いな!」

 タイラスは納得してまた大きな声で笑う。

 ……確かにそうだよな。

 苦笑いしながらそう思う。

「さ、行こうか」

「はい」

 一瞬にして顔を引締めタイラスは歩き出す。
 それに習って俺も気を正して続く。

「……うお!」

 外に出た瞬間、テントの中で聞いた時よりも大きく、たくさんの歓声が耳に届く。

「タイラスー!!」

「早く始めろー!!」

「レイルー!!」

「頑張ってー!!」

 そんな大量の声援がぐしゃぐしゃに混ざり合う。

 その迫力に驚きつつも指定された位置へと立ってお互いに獲物を構える。

「こうしてしっかりと手を合わせをするのは入学試験以来だな」

「ええ、そうですね」

「どれだけ強くなったか見せてもらおうか」

「強くなりすぎて驚かないでくださいね?」

「ハハ! ぜひ驚かせてもらいたいものだな!」

 軽口を叩き合い、タイラスの言葉を最後にそれも止める。

 空はすっかりと黒に埋め尽くされ、所々に置かれている大松明のぱちぱちと弾ける炎が映える。その炎よりも空には一つの丸い光が天に輝き全てを照らす。

 舞台は整った。

「騎神祭剣術大会決勝戦開始ぃぃ!!!!」

 司会の目一杯の声と銅鑼の爆音を合図に俺とタイラスはお互いに地面を蹴る。

 ここに来て探り合い等は不要。今、自分が持てる全てを発するのみ。

「アニス! リュミール!」

 "はい、マスター!!"

 "よっし! 全力だ!!"

 二人の名前を呼び、同時に魔力を送ってもらう。
 闇魔力は攻、光魔力は守、二つの魔力をしっかりと役割で分けて己を強化する。

 黒と白の混ざりあった不安定な闘気が体から溢れ出す。

「喰らえ!!」

 右斜め上段から一線、一撃で仕留める勢いで刃を振り下ろす。

「ふっ……」

 その一線をタイラスは難なく刀、鬼斬で防ぎこちらの刃を上に弾き返す。

 "マスター!"

 上に弾かれガラ空きになった腹部をタイラスはすかさず追撃をしてくる。

「わかってる!」

 容赦なく襲いかかってくるタイラスの斬撃を俺はスキル、影渡で影の中に潜り躱す。

 月の光により潜る影が途切れ途切れで直ぐに表に出るがこれが完全な闇の中ならばそのまま決着まで持っていく自信があった。

 まあ今はいい。集中だ。

「ほう、前は一つ一つ集中して気配を完全に絶ってからそのスキルを使っていたのにだいぶ進歩したじゃないか」

 タイラスは鼻を鳴らしながら構え直す。

 タイラスは気配遮断と魔力遮断のことを言っているのだろう。確かに以前は意識しなければこの二つを使えなかったが修行によってある程度ならば無意識にできるようになった。

「まだまだこんなもんじゃないです……よっ!」

 十分に送られた闇魔力で身体能力を強化して再び地面を蹴って距離を詰める。
 一息でタイラスに接近して連続で斬りつけていく。

「早いな」

 タイラスは無気力にそう言ってつまらなそうな目をする。

「だが洒落臭い、こう言うのはもう要らない。お前がネチネチとこんなことを続けるつもりなら俺からいくぞ!」

 タイラスは一つ刀を強く振ると大量の魔力を纏い始める。

 "おっと何か大技くるよ?"

「ああ、見てればわかる。馬鹿みたいな量だ……」

 すごい速さで膨れ上がるようにタイラスは魔力を蓄えていく。

「鬼人・剛毅!!」

 魔法詠唱の時のように魔力を乗せて発せられた言葉と共にタイラスの体から赤い闘気が溢れ出す。

「な、なんだよアレ……?」

 魔力を利用して発動しているのは分かる、だがアレは魔法とは違い、スキルの類でもない。強いて言うならば魔法とスキルを複合させたような異質的な術だ。

「……行くぞ」

 短く放たれた言葉の後に鬼はこちらの不意をついて即座に仕掛けてくる。

「っ!?」

 攻撃を躱そうとするが今までとは全く違う荒々しい剣筋に圧倒され完全には躱しきれず胸のあたりに浅く一撃を貰う。

 ……油断した。
 いつもは静かにゆったりと力強く闘うタイラスとは違う。暴風のように荒く、その雰囲気はまさに鬼そのものだ。
 たが、次は問題なく対処できる。

 "大丈夫かいレイル!?"

 焦った声でリュミールが今しがた胸に受けたタイラスの攻撃を光魔力で素早く治してくれる。

「問題ない。ありがとうリュミール」

 短く礼を言ってタイラスの様子を伺う。

 目は血走り、いつもより低く重心を下げて刀を構え、野獣のように唸り声を上げている。少しでも彼の間合いに入ろうものならば粉々に斬り伏せられそうだ。

 ……だがそれがなんだと言うのだ。

 "これなんてまだ可愛い方だ"

 アニスとリュミールに闇魔力の割合を増やして貰い、地面を駆け出す。捕えられないように速く、不規則に何度もその場で切り返しタイラスの周りを高速に駆ける。

 それと同時にもう一つの作業、

「纏え、黒キ外套……我が闇は全てを滅し、禍つ──」

 自分が持ち得る攻撃魔法の中で三番目の強さを誇る魔法を唱える。

「──黒ノ一閃也!!」

 鋭い針のように唸る影を刃に纏いて、直線の単純な突きをタイラスに向ける。

「魔法か!」

 タイラスは防御の構えを取って反撃をするべく待ち構える。

 確実にこちらの攻撃の軌道はタイラスには分かっている。躱すことなんて容易な単純な攻撃だから当たり前だろう。

 だが、この攻撃は分かっていても受け止めることは愚か、躱すことも不可能。

 この攻撃魔法は威力はそこまでだが速さだけならば俺の持ち得る攻撃の中で最速のものだ。"黒ノ一閃"は敵が攻撃が来ると理解していてもその意識、反射よりも一拍だけ速くそこを通過する。どれだけ短い動きだけでこちらの攻撃が対処できるとしてもその意識よりも少しだけ速く攻撃ができるのだ。

 だからタイラスが攻撃の軌道を読み切っていようが関係ない刃は確実に通る。

 まあその代償として使う魔力がとてつもなく多く連発はできない。

「無駄です」

「くっ……!」

 タイラスこちらの刃の軌道を読み、攻撃を去なそうとするが直ぐにそれが不可能だと悟る。

 凄いな、普通ならそれすら分からず、何も理解できずに攻撃を受けるしかないと言うのにこの人は攻撃が当たると理解してしまった。なんて意識の速さなんだ。

 どこまでも予想を超えてくるタイラスに驚きながらも最速で彼の腹部目掛けて刃を突き出す。
 刃はゆっくりと吸い込まれるようにタイラスの腹を突き抜ける。

 ……はずだった。

「「!!」」

 数cm、数mm、あと少しで決着が着くと思ったところで突然空から朝と錯覚してしまうように明るい雷鳴が一つ、俺とタイラスの間に叩き落ちる。

「やあ皆さんこんにちは! こんな最低な日にお会いできて光栄だ!!」

 空に目をやるとそこには一人の禍々しい悪魔が月の光を背に飛んでいた。
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