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58話 彼女は待つ
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彼がこの学園を去ってから二ヶ月。
特に代わり映えもなく私の日常は流れていた。
「相棒いつになったら帰ってくるんだよ。そろそろ二ヶ月だけど……もしかしてもう帰ってこないのかな!?」
「ここから魔界領は遠いですからね、まだ旅の途中なのでしょうか?」
朝食をいつもの面子で囲む。
この二人にはレイル君のことを話した。
別に彼には「誰にも言うな」と言われたわけでもないし、同じ魔装機使いだから問題はないだろう。
Aクラスでは完全にレイル君は学園を辞めたと言う噂が広がっていた。
まあ何も言わず突然いなくなったのだから普通はそういう考えになるのもわかる。
しかし、タイラス先生はまだレイル君はこの学園に在籍していることになっていると言った。
普通、ここまで学園に顔を出さなかったら退学させてもおかしくないのに、ましてやタイラスはレイル君の事情も知らないのに何故か肩を持っている。
「どうしてだろう?」
思わず疑問が口から漏れ出る。
「何か気になることがあるんですかラミアさん?」
「え? いやなんでもないよ~!」
マキアは私の今言ったことが聞こえたらしく不思議そうにこちらを見てくる。
「もう少しで騎神祭だけど、相棒それまでに間に合うかなー?」
「どうでしょうね?」
「そう言えばもうそんな時期か~」
騎神祭とは冬のこの時期、二回目の満月の日に行われるこの国で一番大きなお祭りだ。
由来は魔王軍と戦うために戦地に赴く騎士や魔法士達を冬の二回目の満月の日にお祈りをして送り出した事が始まり。
この満月がなんとも大きて綺麗なのだ。手を伸ばせば届くと錯覚する程に大きく、金糸雀色の綺麗な月が拝める。
今年で300回目となるこのお祭り、そのなんとも素晴らしい月を見ようと色々な国からの観光客がこぞってやって来るくらい有名なお祭りになった。
「今年は誰が優勝するんだろうな?」
「やっぱりタイラス先生じゃない?」
「いやいや、今年は不死鳥も凄いらしいぜ!」
後ろの席からそんな盛り上がった声が聞こえてくる。
「やっぱりみんなあの話で盛り上がってるね。僕も出てみようかなー!」
ローグが言っているあの話とは騎神祭で行われる催し物の一つ、剣術大会のことだ。
この剣術大会とは国の中で一番強い者を決める大会で、剣術と銘打っているにも関わらず剣以外の武器、魔法の使用などが認められたとにかく最強を決める大会だ。
優勝者には賞金として金貨1000枚の大金が贈られることで有名な大会でこの大会を目的に騎神祭に来る猛者達も沢山いる。
「毎年凄い強い人達が参加するって有名な話ですけど大丈夫ですかローグさん?」
「まあ僕も一応魔装機使いだし、いい所まで行けるとは思うよ。ラミアは出ないの? ラミアならもしかしたら優勝できるかもよ?」
「私も出るつもりだよ~。たくさん強い人と闘えそうだしね~」
「アハハ! やっぱりそうだよね」
「ラミアさんは闘うの好きですからね」
そんな他愛のない話をして朝の朝食を済ませた。
・
・
・
今日の午後の訓練はラグラスの森でのものだ。
この学園に来て随分と経って、最初は無理難題を押し付けてくるタイラスに何度も意表をつかれたが、この森での訓練もだいぶ慣れてきた。
「よし! 今日の魔物の討伐数は一組30匹だ。制限時間は20分、始めろ」
「「「はい!」」」
タイラスの説明が終わると3~4人で構成されたグループが続々と森の中へ入っていく。
「僕達も行こうか!」
ローグの言葉で私達も動き出す。
「それにしても今日の課題は簡単すぎない?」
「私も思いました。いつも森での訓練はもっと厳しい内容なのに今日は簡単です」
「そうだよね~、いつも「100匹狩ってこい」とか言うのに今日の訓練はつまんないよ~」
森の中を駆けながらさっきのタイラスについて話す。
すると森の中に入り始めて数分もしないで一匹目の獲物を見つける。
「お! 発見!!」
見つけたのは下級のゴブリンだ。
この森で遭遇する時はだいたい3、4匹の群れで行動している、しかしこのゴブリンは一匹のようだ。
「ハズレだね」
「ねー。ローグが殺っちゃっていいよ~」
あまり気分が乗らないのでローグに獲物を譲る。
「了解!」
大きく一歩踏み込んでローグはゴブリン目掛けて戦斧を振り下ろす。
ゴブリンは逃げようとするが遅い。
背中を真っ二つに斬られて息絶える。
「珍しいね、ラミアが一番最初の獲物を譲るなんて」
戦斧にこびり付いたゴブリンの血を払いながらローグは不思議そうな顔をする。
「確かに……」
マキアも納得したようにしてこちらを見てくる。
「うーん、なんか気分が乗らなくて……」
「熱でもあるんじゃないの?」
「熱でもあるんじゃないんですか?」
二人揃って同じことを聞いてくる。
早く付き合ってしまえ……。
一瞬口からそんな言葉が出てきそうになるが何とか留めた。
「大丈夫、問題ないよ。それより次の獲物だよ?」
二人の言葉を無視して奥の方から草木を掻き分ける音を立ててゴブリンが三匹現れる。
きっと先程のゴブリンはこの群れのはぐれゴブリンだったのだろう。
「グギャア!!」
仲間の亡骸を見てゴブリン達は激昴の雄叫びをあげて襲いかかてくる。
ふとレイルの事が頭の中をよぎり、腹が立ってくる。
「ふっ!!」
その怒りを緑の魔物にぶつけて、一瞬でゴブリンを掃討する。
「………」
なんだか考えれば考えるほど腹が立ってくる。別に勝手に学園を出ていった彼のことなんてどうでもいいのに今更になってどうしてこんな感情が湧いて出てくるのだ。
「やっぱり調子悪いよね?」
「はい、そう思います」
後ろからそんな声が聞こえてくる。
「どうした、今日はやけに心が乱れてるぞ?」
今まで静かだった自分の槍までもがそんな指摘をしてきた。
「うるさい! 大丈夫って言ってるでしょ!?」
手に持った赤い槍に向かって大声で怒鳴りつける。
これも全部、いきなり頭の中にでてきた彼のせいだ!帰ってきたら文句を言いまくってやるんだから!!
そんな悪態を心の中でついていると、突然この森全体に重くのしかかるような威圧感が襲う。
「な、なんだこれ!?」
「森の中でこんな威圧感は初めてですよね!?」
二人も気づいたようで素早く魔装機を構える。
背中を預けるようにして集まり森の中を警戒する。
「お、みっーけた!」
するとそんな明るい声が頭上から聞こえてくる。
「っ!!!」
そこには背中に蝙蝠のような翼を付けた悪魔がいた。
「情報では4人のはずだったけど1人足りないな………まあいいか。一気に三つも持って帰れば魔王様もお喜びになるはずだ!!」
褐色の肌に人のものとは違うとんがった耳、白いタキシードに似た服を着た悪魔は嬉しそうに笑った。
「マキアは後方で援護! ローグは私と一緒に前に出てあの悪魔を攻撃するよ!!」
「……わ、分かった!」
「……は、はい!」
初めて対峙する悪魔に意識が硬直していた二人に指示を出して戦闘態勢に入る。
「ん? もうやるの? じゃあ見せてもらおうか君たちの魔装機の力を」
灰色の魔石が埋め込まれた紫紺の剣を右手に構える。
"おいラミアあいつの持っている武器、魔装機だ……"
尖った声が頭の中に響く。
「うん、でもなんかおかしい……」
あの剣は私達の魔装機と何かが違う、生気を全く感じない。灰色の魔石なんて初めて見た。
あの悪魔が何故魔装機を持っていて、私達のことを知っているのかは分からないけど今はそれどころではない。
「一気に決めるよ!!」
「了解!!」
こいつはすぐに仕留めないといけない、と本能が早鐘を鳴らして警告する。
ローグと息を合わせ、二手に別れて悪魔に接近していく。
魔法の詠唱をして、お互いに持てる最大の一撃で短期決戦へと持っていく。
「蒼キ稲妻よ!!」
「万緑ノ風よ!!」
辺りを吹き飛ばす暴風と雷が巻き起こり、必殺の一撃が悪魔に襲いかかる。
「うーん、やっぱりまだ若いね。魔装機を使っているのにこの威力……力の使い方がまるでなってない。おっと……?」
完全に仕留めるつもりで放った攻撃に傷一つ付かず悪魔は平然と立っていた。
「せっかくスキルで矢の姿を消してもこの威力じゃあ全く意味が無い」
後ろから不意打ちをした、普通の魔物が喰らえば一撃で吹き飛ぶ、マキアの矢も無意味だ。
「な、何こいつ……」
すぐに距離を取って悪魔を睨みつける。
「ラミア逃げよう! 今の僕達じゃアイツに適わない!!」
「うん、そうだね。もう少し早く気づけばよかったのに、君たちは私のことを甘く見すぎたようだね」
ローグの言葉に被せるようにして悪魔が哀れんだ瞳を向ける。
「全員で逃げるのは難しいよ……私が時間を稼ぐから二人は先に逃げてタイラス先生を呼んできて」
一歩前に出て二人に指示を出す。
「何言ってるんだよ! それじゃあラミアが……」
「そうです! ラミアさんも一緒に……」
しかし、二人は私の指示に渋ってすぐに動き出そうとしない。
「このまま行けば全滅! あなた達は私よりも弱い、足でまといなんだからさっさと逃げて助けを呼んできて!!」
今はこうでも言わないと二人は言うことを聞いてくれないだろう。
「……分かった。死ぬなよラミア」
「すぐに戻ってきます!」
二人は悔しそうに歯を噛み締めながら背を向ける。
そう、それでいい。
「うんうん、美しいナカマアイってやつだよね? 分かる、分かるよー、そう言うのいいよねー!」
今まで静観していた悪魔は大袈裟に手振り身振りをしながら嘆く。
「でもさー…………なんで簡単に逃げれると思ってるの?」
瞬間、空気が凍りつき体の自由が無くなる。
「!?」
全身の骨が抜かれたような感覚に陥り、意識もぼんやりとしていく。
「せっかく、時間をかけて獲物を見つけたんだからひとつ残らず貰っていくよ?君たちの魔装機……」
悪魔は体から今まで微塵も感じさせなかった、気が狂いそうな程の禍々しい魔力を一気に放出させる。
怖い。
そんな短い単語が頭の中を埋めつくしていく。
脳が理解する。
ここで死ぬのだと。
体は寒くもないのに勝手に震えだしてそれを止める手立てはない。
「ああ……ああああああ!!」
隣から地面に崩れ落ちる鈍い音が聞こえた。
「うっ……くっ……うっ………」
後ろからは必死に嗚咽を堪える悲痛な音が漏れ出る。
怖いのだ。
「おいおい、自分が死ぬと思ったらそれかよ。最後まで足掻いてくれないとつまらないじゃないか」
残念そうな声が聞こえるがそれも段々と遠くなっていく。
駄目だ、こんな状態で正気を保っていられない。
依然として迫ってくる恐怖に心は挫けそうだ。
助けて……。
神に願おうがその思いは届かない。
助けて……。
無意味だ、そう分かっていても止められない。
「いいかい? 力はこうやって使うんだ」
自分が見たことのないほど魔力の込められた剣が頭上にチラつく。
黒く渦巻くその剣はまさに絶望。
助けて……。
こんな時になって彼の顔が浮かぶ。
結局、生きて彼に文句を言うことは叶わないだろう。
彼は今どうしているのだろうか?もう既にどこかで野垂れ死にでもしただろうか?それならあの世で思いっきり文句を言ってやろう。
「フフ……」
少し気が楽になった。
「笑うぐらい余裕があるなら君から死ぬか?」
悪魔は天に掲げた剣を私の元へと振り下ろす。
目に映る剣はどうしてかゆっくりと感じられてとても時間が長い。
「今行くよ、レイル君」
最期に一言、恐らく先にあっちに行ってるはずの彼に向けて言う。
「一体どこに行くんだよ?」
すると剣が突き刺さる間際、そんな懐かしい彼の声が聞こえた。
「え…………?」
でもきっとそれは幻聴だ。
特に代わり映えもなく私の日常は流れていた。
「相棒いつになったら帰ってくるんだよ。そろそろ二ヶ月だけど……もしかしてもう帰ってこないのかな!?」
「ここから魔界領は遠いですからね、まだ旅の途中なのでしょうか?」
朝食をいつもの面子で囲む。
この二人にはレイル君のことを話した。
別に彼には「誰にも言うな」と言われたわけでもないし、同じ魔装機使いだから問題はないだろう。
Aクラスでは完全にレイル君は学園を辞めたと言う噂が広がっていた。
まあ何も言わず突然いなくなったのだから普通はそういう考えになるのもわかる。
しかし、タイラス先生はまだレイル君はこの学園に在籍していることになっていると言った。
普通、ここまで学園に顔を出さなかったら退学させてもおかしくないのに、ましてやタイラスはレイル君の事情も知らないのに何故か肩を持っている。
「どうしてだろう?」
思わず疑問が口から漏れ出る。
「何か気になることがあるんですかラミアさん?」
「え? いやなんでもないよ~!」
マキアは私の今言ったことが聞こえたらしく不思議そうにこちらを見てくる。
「もう少しで騎神祭だけど、相棒それまでに間に合うかなー?」
「どうでしょうね?」
「そう言えばもうそんな時期か~」
騎神祭とは冬のこの時期、二回目の満月の日に行われるこの国で一番大きなお祭りだ。
由来は魔王軍と戦うために戦地に赴く騎士や魔法士達を冬の二回目の満月の日にお祈りをして送り出した事が始まり。
この満月がなんとも大きて綺麗なのだ。手を伸ばせば届くと錯覚する程に大きく、金糸雀色の綺麗な月が拝める。
今年で300回目となるこのお祭り、そのなんとも素晴らしい月を見ようと色々な国からの観光客がこぞってやって来るくらい有名なお祭りになった。
「今年は誰が優勝するんだろうな?」
「やっぱりタイラス先生じゃない?」
「いやいや、今年は不死鳥も凄いらしいぜ!」
後ろの席からそんな盛り上がった声が聞こえてくる。
「やっぱりみんなあの話で盛り上がってるね。僕も出てみようかなー!」
ローグが言っているあの話とは騎神祭で行われる催し物の一つ、剣術大会のことだ。
この剣術大会とは国の中で一番強い者を決める大会で、剣術と銘打っているにも関わらず剣以外の武器、魔法の使用などが認められたとにかく最強を決める大会だ。
優勝者には賞金として金貨1000枚の大金が贈られることで有名な大会でこの大会を目的に騎神祭に来る猛者達も沢山いる。
「毎年凄い強い人達が参加するって有名な話ですけど大丈夫ですかローグさん?」
「まあ僕も一応魔装機使いだし、いい所まで行けるとは思うよ。ラミアは出ないの? ラミアならもしかしたら優勝できるかもよ?」
「私も出るつもりだよ~。たくさん強い人と闘えそうだしね~」
「アハハ! やっぱりそうだよね」
「ラミアさんは闘うの好きですからね」
そんな他愛のない話をして朝の朝食を済ませた。
・
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今日の午後の訓練はラグラスの森でのものだ。
この学園に来て随分と経って、最初は無理難題を押し付けてくるタイラスに何度も意表をつかれたが、この森での訓練もだいぶ慣れてきた。
「よし! 今日の魔物の討伐数は一組30匹だ。制限時間は20分、始めろ」
「「「はい!」」」
タイラスの説明が終わると3~4人で構成されたグループが続々と森の中へ入っていく。
「僕達も行こうか!」
ローグの言葉で私達も動き出す。
「それにしても今日の課題は簡単すぎない?」
「私も思いました。いつも森での訓練はもっと厳しい内容なのに今日は簡単です」
「そうだよね~、いつも「100匹狩ってこい」とか言うのに今日の訓練はつまんないよ~」
森の中を駆けながらさっきのタイラスについて話す。
すると森の中に入り始めて数分もしないで一匹目の獲物を見つける。
「お! 発見!!」
見つけたのは下級のゴブリンだ。
この森で遭遇する時はだいたい3、4匹の群れで行動している、しかしこのゴブリンは一匹のようだ。
「ハズレだね」
「ねー。ローグが殺っちゃっていいよ~」
あまり気分が乗らないのでローグに獲物を譲る。
「了解!」
大きく一歩踏み込んでローグはゴブリン目掛けて戦斧を振り下ろす。
ゴブリンは逃げようとするが遅い。
背中を真っ二つに斬られて息絶える。
「珍しいね、ラミアが一番最初の獲物を譲るなんて」
戦斧にこびり付いたゴブリンの血を払いながらローグは不思議そうな顔をする。
「確かに……」
マキアも納得したようにしてこちらを見てくる。
「うーん、なんか気分が乗らなくて……」
「熱でもあるんじゃないの?」
「熱でもあるんじゃないんですか?」
二人揃って同じことを聞いてくる。
早く付き合ってしまえ……。
一瞬口からそんな言葉が出てきそうになるが何とか留めた。
「大丈夫、問題ないよ。それより次の獲物だよ?」
二人の言葉を無視して奥の方から草木を掻き分ける音を立ててゴブリンが三匹現れる。
きっと先程のゴブリンはこの群れのはぐれゴブリンだったのだろう。
「グギャア!!」
仲間の亡骸を見てゴブリン達は激昴の雄叫びをあげて襲いかかてくる。
ふとレイルの事が頭の中をよぎり、腹が立ってくる。
「ふっ!!」
その怒りを緑の魔物にぶつけて、一瞬でゴブリンを掃討する。
「………」
なんだか考えれば考えるほど腹が立ってくる。別に勝手に学園を出ていった彼のことなんてどうでもいいのに今更になってどうしてこんな感情が湧いて出てくるのだ。
「やっぱり調子悪いよね?」
「はい、そう思います」
後ろからそんな声が聞こえてくる。
「どうした、今日はやけに心が乱れてるぞ?」
今まで静かだった自分の槍までもがそんな指摘をしてきた。
「うるさい! 大丈夫って言ってるでしょ!?」
手に持った赤い槍に向かって大声で怒鳴りつける。
これも全部、いきなり頭の中にでてきた彼のせいだ!帰ってきたら文句を言いまくってやるんだから!!
そんな悪態を心の中でついていると、突然この森全体に重くのしかかるような威圧感が襲う。
「な、なんだこれ!?」
「森の中でこんな威圧感は初めてですよね!?」
二人も気づいたようで素早く魔装機を構える。
背中を預けるようにして集まり森の中を警戒する。
「お、みっーけた!」
するとそんな明るい声が頭上から聞こえてくる。
「っ!!!」
そこには背中に蝙蝠のような翼を付けた悪魔がいた。
「情報では4人のはずだったけど1人足りないな………まあいいか。一気に三つも持って帰れば魔王様もお喜びになるはずだ!!」
褐色の肌に人のものとは違うとんがった耳、白いタキシードに似た服を着た悪魔は嬉しそうに笑った。
「マキアは後方で援護! ローグは私と一緒に前に出てあの悪魔を攻撃するよ!!」
「……わ、分かった!」
「……は、はい!」
初めて対峙する悪魔に意識が硬直していた二人に指示を出して戦闘態勢に入る。
「ん? もうやるの? じゃあ見せてもらおうか君たちの魔装機の力を」
灰色の魔石が埋め込まれた紫紺の剣を右手に構える。
"おいラミアあいつの持っている武器、魔装機だ……"
尖った声が頭の中に響く。
「うん、でもなんかおかしい……」
あの剣は私達の魔装機と何かが違う、生気を全く感じない。灰色の魔石なんて初めて見た。
あの悪魔が何故魔装機を持っていて、私達のことを知っているのかは分からないけど今はそれどころではない。
「一気に決めるよ!!」
「了解!!」
こいつはすぐに仕留めないといけない、と本能が早鐘を鳴らして警告する。
ローグと息を合わせ、二手に別れて悪魔に接近していく。
魔法の詠唱をして、お互いに持てる最大の一撃で短期決戦へと持っていく。
「蒼キ稲妻よ!!」
「万緑ノ風よ!!」
辺りを吹き飛ばす暴風と雷が巻き起こり、必殺の一撃が悪魔に襲いかかる。
「うーん、やっぱりまだ若いね。魔装機を使っているのにこの威力……力の使い方がまるでなってない。おっと……?」
完全に仕留めるつもりで放った攻撃に傷一つ付かず悪魔は平然と立っていた。
「せっかくスキルで矢の姿を消してもこの威力じゃあ全く意味が無い」
後ろから不意打ちをした、普通の魔物が喰らえば一撃で吹き飛ぶ、マキアの矢も無意味だ。
「な、何こいつ……」
すぐに距離を取って悪魔を睨みつける。
「ラミア逃げよう! 今の僕達じゃアイツに適わない!!」
「うん、そうだね。もう少し早く気づけばよかったのに、君たちは私のことを甘く見すぎたようだね」
ローグの言葉に被せるようにして悪魔が哀れんだ瞳を向ける。
「全員で逃げるのは難しいよ……私が時間を稼ぐから二人は先に逃げてタイラス先生を呼んできて」
一歩前に出て二人に指示を出す。
「何言ってるんだよ! それじゃあラミアが……」
「そうです! ラミアさんも一緒に……」
しかし、二人は私の指示に渋ってすぐに動き出そうとしない。
「このまま行けば全滅! あなた達は私よりも弱い、足でまといなんだからさっさと逃げて助けを呼んできて!!」
今はこうでも言わないと二人は言うことを聞いてくれないだろう。
「……分かった。死ぬなよラミア」
「すぐに戻ってきます!」
二人は悔しそうに歯を噛み締めながら背を向ける。
そう、それでいい。
「うんうん、美しいナカマアイってやつだよね? 分かる、分かるよー、そう言うのいいよねー!」
今まで静観していた悪魔は大袈裟に手振り身振りをしながら嘆く。
「でもさー…………なんで簡単に逃げれると思ってるの?」
瞬間、空気が凍りつき体の自由が無くなる。
「!?」
全身の骨が抜かれたような感覚に陥り、意識もぼんやりとしていく。
「せっかく、時間をかけて獲物を見つけたんだからひとつ残らず貰っていくよ?君たちの魔装機……」
悪魔は体から今まで微塵も感じさせなかった、気が狂いそうな程の禍々しい魔力を一気に放出させる。
怖い。
そんな短い単語が頭の中を埋めつくしていく。
脳が理解する。
ここで死ぬのだと。
体は寒くもないのに勝手に震えだしてそれを止める手立てはない。
「ああ……ああああああ!!」
隣から地面に崩れ落ちる鈍い音が聞こえた。
「うっ……くっ……うっ………」
後ろからは必死に嗚咽を堪える悲痛な音が漏れ出る。
怖いのだ。
「おいおい、自分が死ぬと思ったらそれかよ。最後まで足掻いてくれないとつまらないじゃないか」
残念そうな声が聞こえるがそれも段々と遠くなっていく。
駄目だ、こんな状態で正気を保っていられない。
依然として迫ってくる恐怖に心は挫けそうだ。
助けて……。
神に願おうがその思いは届かない。
助けて……。
無意味だ、そう分かっていても止められない。
「いいかい? 力はこうやって使うんだ」
自分が見たことのないほど魔力の込められた剣が頭上にチラつく。
黒く渦巻くその剣はまさに絶望。
助けて……。
こんな時になって彼の顔が浮かぶ。
結局、生きて彼に文句を言うことは叶わないだろう。
彼は今どうしているのだろうか?もう既にどこかで野垂れ死にでもしただろうか?それならあの世で思いっきり文句を言ってやろう。
「フフ……」
少し気が楽になった。
「笑うぐらい余裕があるなら君から死ぬか?」
悪魔は天に掲げた剣を私の元へと振り下ろす。
目に映る剣はどうしてかゆっくりと感じられてとても時間が長い。
「今行くよ、レイル君」
最期に一言、恐らく先にあっちに行ってるはずの彼に向けて言う。
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