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42話 夜明け前の開戦

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 …………。

 そこは暗く閉ざされた空間だった。

 深く深く、広がるは黒。ただそれしかない。

 しかし不思議と恐怖はなく寧ろ心地よい。

 この感覚はよく覚えいる、倒れた時に見た夢だ。

 同じ夢を見るというのは不思議な感覚だ。

 ……いや、少し違うか、この空間に前はいたはずの彼女の姿がない。

 ふと、足が地面に着く感覚がしてそのまま歩き始める。

 自分が進んでいるのかどうか定かではないが足を動かし続ける。

 上下左右、前後、どっちがどっちか分からないまま進んでいくと一つの光が目の前に現れる。

 とても小さく、淡い光。

 触れれば直ぐに壊れてしまいそうな光。

 とても愛おしく感じる光。

 ふよふよ浮かぶ光は彷徨うようにどこかへ動き出す。

 それにつられて足を再び動かし、光を追いかける。

 どこまで行くのだろうか光は止まることなく進み続ける。

 ・
 ・
 ・

 そこで目が覚める。

 辺りを見渡すと部屋の中はまだ暗く、陽が昇る少し前に目を覚ましたようだ。

「苦し……」

 腹部に変な重みを感じて腹の方を見やる。

 そこには両頬を大きく膨らませて不機嫌そうに人の腹に座る精霊がいた。

「……あの、重いんですけど」

「あぁ?何か言ったかい?」

 月の光で輝く金糸雀色の髪が綺麗な精霊、リュミールはドスの効いた声でこちらを睨みつけてくる。かなりご立腹のご様子だ。

「まだ夜ですけどどうしたんですか? 寝ないんですか?」

 とりあえずこれ以上機嫌を損ねると何をされるかわかったものでは無いので慎重にいく。

「あぁ!? 何をまだ寝ぼけたことを言ってるんだいこのアホンダラが、もう森に出発するよ!!」

 元々大きな目をさらに見開いてこちらを威嚇してくる。

「もう森にって……なんでこんな時間に?」

「いいからさっさと準備しな」

 説明もないまま俺はリュミールに叩き起され準備をする。

「それでそろそろ理由を教えてくれます?」

 まだ肌寒い外の空気を感じながらさっきの嵐の渦から助けてくれなかったことを怒りながら前の方を歩く精霊さんに聞く。

「簡単な話だ、母さん達に色々と心配かけたくない、ただそれだけの理由だよ」

 こちらを向かず平坦な声を出す。

「だからって何も言わないで行くってのはどうなんだよ?」

「大丈夫、置き手紙してきたから」

 問題ないと手を振りながら前を歩く。

「それより、何か言うことがあるじゃないかな?」

 リュミールは突然止まりこちらに振り返る。

「えーと……助けなくてごめんなさい?」

 別にあそこで助ける必要はなかったし、謝る必要も無いのだがとりあえず機嫌を取る。

「気持ちがこもってない、やり直しだ」

 しかし精霊さんは納得がいかないようだ。

「……どうもすみませんでした」

 次は頭を下げて謝ってみる。

「………まあ、しょうがない、許してあげよう」

 リュミールは偉そうに腕を組んでふんぞり返る。

「……俺、謝る必要あった?」

 納得いかないので抗議をする。

「当たり前だろう、君だけゆっくり寝て私が寝れないなんて不公平だ」

 ……呆れた、そんなどうでもいいことでこのこの精霊は怒っていたのか。

「あ、今どうでもいいとか思ったろ? 私にとっては死活問題なのだからどうでもよくないんだよ」

 リュミールは再び歩き出す。

 そんなこんなで里の出入口となっている門の前に着く。

 そこには肩口まで伸びた綺麗な金髪の精霊、パルメが腰に剣と動きやすさを重視した防具を身まとい待ち構えていた。

「やっと来たかそれでは行くぞ」

 眠気を感じさせない凛とした声で言う。

 ・
 ・
 ・

 パルメが先行しながらまだ暗い森の中を迷いなく進んでいく。

 何故あそこにパルメがいたかと言うとリュミールだけでは魔導具がある祠にたどり着けるかどうか不安だったためバーバラがパルメに道案内を頼んでくれた。

「おい、こっちで本当にあっているのかい?私はこっ ちの方向だと思うのだが……」

 リュミールはパルメが進む方向とは全く別の方を指さして抗議する。

「こっちであっている。お前は昔から方向感覚が少し狂ってはいたがまさかここまでとは思わなかったよ」

 呆れた顔をしながらパルメはリュミールを窘める。

「二人は昔から知り合いだったのか?」

 気になったので聞いてみる。

「……まあ腐れ縁と言うやつだ」

「……そうだな」

 もうこれ以上聞くなと言うようにリュミールは精霊石の中へ、パルメは黙りを決め込む。

 どれほど歩いただろうか先程まで頭上にあった月の光は消えかけ、辺りは薄青く優しく明るけてきた。

「着いたぞ」

 パルメの合図で立ち止まり草木の影にしゃがむ。

「あそこに魔導具が……」

 顔を上げて様子を伺う。

 そこには大きな巨体を丸めてご就寝中の神話級の魔物ベヒーモスがいた。その奥には洞窟のような祠の入口がありその中に魔導具、世渡りがあるという。

「さて、これからどうする?」

 パルメがこちらを見てくる。

「まずはあの馬鹿でかい魔物に一太刀入れて叩き起す、そこから一気に光魔法でやつの目潰して、あとは野となれ山となれって感じかな」

 すると精霊石ごしにリュミールが作戦を発表する。

 うん最初の方はいいんだけど最後の適当さは納得がいかない。

 そもそも神話級っていう一度も戦ったことないうえに伝説上の魔物相手にそんなに上手くいくとは思えないのだが……。

「わかった、それでいこう」

 パルメは頷いて腰の剣を抜く。

「あれ? パルメさんも戦うの?」

 てっきり道案内だけかと思っていたのだが。というか今の作戦でいいんだ……。

「当たり前だろう! 元はと言えば私たちの問題だ、それなのに部外者だけに任せるのは納得がいかない」

 パルメは何かに祈るように左手を握り胸に当てる。

 ……彼女は彼女で何か思うところがあるのだろう。今は猫の手も借りたいくらいなのだ、有難く力を貸してもらおう。

「わかりました。それじゃあ行きましょう、俺が先行します」

「頼んだ」

 確認を取り、茂みからなるべく音を立てないように飛びだす。

 一気に眠っている神獣ベヒーモスのところへと駆け込み、肉質のやわらかそうな右っ腹に向かって袈裟斬りにする。

 近くで見ると一際、体の大きさや背中から伸びる針のように鋭く伸びる鬣の剛毛さが伝わってくる。

 ザシュッと肉の切れる鈍い音がして初撃に成功する。

「よし、どうだ!?」

「まだだ! 今のうちに切れるだけ斬っとけ!!」

 リュミールが精霊石の中から叫ぶ。

 確かに、この後も上手く攻撃が入るとは思えない。

 リュミールの言った通り我武者羅にベヒーモスの横腹を斬りつける。

「よし私も……」

 パルメが剣を構え加勢に入ろうとしたその時、耳を劈くような咆哮が森の中を埋め尽くす。

「ヴモオォォォォォォ!!!」

「チッ!お目覚めか!!」

 耳を塞いでもまだ響き鳴る咆哮。

「そんなことしてないで早く魔法の準備をしろ! もういけるぞ!」

 仕掛ける前から体に巡らせておいた光魔力が全体に行き渡ったことを精霊が知らせてくれる。

「これでも喰らえ!!!」

 体中の光魔力を一気に集約して解き放つ。

 瞬間、一筋の閃光が薄青い森の中を走り抜ける。

「ヴモォ!!?」

 突然目の前に太陽が現れたと錯覚するほどの光にベヒーモスは再び苦痛の雄叫びをあげる。

 それで一気に頭に血が上ったのかベヒーモスは反撃されまいと体と頭から伸びた太く長い角を大きく振り回して近づけなくなってしまう。

「厄介だな……」

 俺とパルメは大きく後ろに飛んで距離を取る。

 せっかく目を見えなくしたというのにこれでは攻撃もできないし魔力が勿体ない。

「どうする?」

 パルメがこちらに近づき、聞いてくる。

「ヴゥゥ!!」

 するとベヒーモスは暴れ回るのをやめて、起き上がり唸りながらこちらを睨みつけてくる。

「おや、随分と早いね」

「さすが神話級と言ったところだな」

「先手必勝だ!!」

 静まったところを見ていけると思ったのかパルメが再び剣を構えてベヒーモスへと走っていく。

「ま、待ちたまえ!!」

 何を血迷ったのか、いきなり独断で走り出したパルメを止めようとするが手遅れだ。

「くらえ!!」

 剣を一閃、横に薙ぐが薄暗い森に光る白銀の線をベヒーモスに何事もないように受け止められる。

「クッ……」

 グッと力を込めてみてもベヒーモスはうんともすんとも言わない。

「ヴゥ!!」

 周りを飛び回る小虫を振り払うよに頭を降ってパルメを吹き飛ばす。

「うっ!!」

 軽くふるわれた角に体を勢いよく吹き飛ばされ木に打ち付けられる。

「パルメさん!!」

 直ぐに彼女の元へ駆け寄る。

「すまない、何本か骨をやられたよ……」

 パルメはぎごちなく笑いながらこちらに手を伸ばす。

「なんであんな無謀なことを……」

「私にもこの森の者としての誇りがある。何とか活躍したかったのだが……力及ばなかった」

 咳づいて口元から血まで流す。

「あまり喋るな! 君は昔から本当に変わらないね、いつも独りでなんでもこなそうとする。そんな君が私は嫌いだったよ」

 いつの間にか精霊石の中から出てきていたリュミールが心配そうにパルメを抱える。 

「ハハ、そんなのお互い様だろう? お前だっていつも……クッ!!」

 何かを言おうとしたが先程の負傷で言葉が止まってしまう。

「だから喋るな、君は隅っこの方で静かにしていたまえ」

 パルメを急いで木の下に避難させる。

 ベヒーモスはまだ完全に目が見えるわけではないらしく何とか無事にパルメを避難できた。

「ヴモオォォォォォォ!!」

 敵の位置をはっきりと確認できていないのが腹立たしいのか怒鳴りをあげる。

「奴さんまだまだ元気のようだよ?」

「本当に目を潰しといて正解だった。何もしてなかったら俺もこうして動けていたか……」

 そう思うと背筋がゾッとする。

「さて、神話級だかなんだか知らないけど、私の友人に酷いことをしてくれたんだ。覚悟するといい」

 いつもは巫山戯た様子の彼女は何時になくお怒りのご様子だ。

「怖いな……」

 リュミールを精霊石の中にもどして、再び光魔力を廻してもらう。

 東からはうっすらと臙脂色の光がチラつく。
 もうすぐ夜明けだ。
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