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39話 言い訳しがちの少女

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 学園を出発してから早五日、俺は今強制的に全速力でリュミールの故郷がある森に向かっていた。
「やばい、死んだかも……」
 後ろからはものすごい数の羊の魔物達が俺目がけて走って追いかけてきている。


 あんなに順調に進んでいたのになんでこうなったのだろうか?全てはあいつのせいだ。
「ほらほら、早く逃げないとアンガーゴートに轢き殺されちゃうぞー」
 他人事のようにこの問題の元凶は精霊石の中で呑気に言ってくる。


 クソ、こいつ楽しんでやがる。
 かれこれ追いかけっこが始まって20分、俺の足は限界まで来ていた。
 もう少しで目的地に着くというのに本当についてない。


 今俺を追いかけてきている羊の魔物はアンガーゴートと言う中級の魔物だ。
 こいつは草原にいる魔物で二百匹~四百匹ほどの群れで行動する。普段は穏やかな性格で滅多に人を襲う魔物ではないのだが、何か気に入らないことがあったり仲間が殺されたりすると尋常じゃないほど怒り狂って群れ全体で暴れまわるという意味不明な奴だ。


 別に俺は奴らに何かした覚えもないし、奴らの仲間を殺したわけでもないのに何故か親の仇のように追いかけられている。
 問題はすべてリュミールなのだ。


 旅も五日目に入っていつもの様に森を目指して歩いていたらリュミールがアンガーゴートの群れを見つけて、「可愛い」だの「触りたい」だのと我儘を言わなければこんなことにはならなかったのだ。


 俺はやめろと言ったのだがこの精霊言い始めたら手が付けられない。勝手にアンガーゴートの群れに突っ込んで奴らの機嫌を損ねて帰ってきたのだ。
 彼女は想像したことと違ったのか「おかしいなー」なんて後ろに大量のアンガーゴートを引き連れながら笑っていた。
 そう、全てはあいつが悪い。


 前までの俺ならこいつらを全て倒すなんて朝飯前なのだが今の俺ではそんな力がない。
 なのでこうして必死に走って逃げているわけだ。


「リュミール!森にはあとどれくらいで着くんだ!?」
 精霊石の中でわざとらしく欠伸をする駄目精霊に聞いてみる。
「うーん、この調子だったらあと1時間ぐらいでつくんじゃないかな?」
 ……こいつ、全く反省してないな。


 もし仮に1時間で着くとしてもあと1時間もこの速さを維持して走り続けるのは無理だ。やはり身体の能力が低下していることが大きい。依然としてアンガーゴート達は怒りの雄叫びを上げながら俺のことを追いかけてくる。


「ッ!!」
 もう本当に足が駄目だ。
「おいリュミール、こいつら何とかならないのか!元はと言えばお前が余計なことしなければもっと安全に旅ができたんだ!!」
 全く反省の色を見せない精霊に文句を言う。
「はあ、しょうがない。私があいつらの目を潰すから君はなるべく走ってあいつらから離れろ」
 何故か上から目線で精霊石が光って目の前に一人の少女が現れる。


「さあ行け!」
 少女はその場で仁王立ちをして俺が走り去るのを待つ。
 俺が走り去ったことを確認すると彼女は両手を前に出して辺り一体を埋め尽くす強力な光魔法を発動する。


 目を閉じていてもわかるほどのとても強い光がアンガーゴート達に襲いかかり目を潰す。
 アンガーゴート達は苦痛の雄叫びをあげながら方向感覚がわからなくなり俺たちとは別の方向に走り始める。


 た、助かった……。
 一気に気が抜けてその場に尻餅をつきながら座り込む。
 とても生きた心地がせず、足を見るとまだガクガクと震えていた。
「情けないな~、なんだいあれくらいで」
 後ろからそんな腹立たしい声が聞こえてきて反射的に声の主を睨みつける。


 こいつ、誰のせいでこんなことになったのか分かってないのか?馬鹿なのか?俺の想像以上にこいつの脳みそは腐っているのか??


「ど、どうしたんだよそんなに怖い顔して……た、助かったんだから笑おうぜ!ほら、ニコーっと……」
 俺の無言の圧力に言い逃れが出来ないと察した馬鹿精霊は尻すぼみに声が小さくなっていく。
「…………すみませんでした」
 萎んだ花のように元気をなくして俯く。


「はあ、もういいよ。結果的にリュミールがいなかったら俺死んでたろうし」
 最初からこうやって謝ってくれればいいのに。なのに変に屁理屈をこねくりまわすから俺はこうして怒っているのだ。


「ほら、汐らしい演技はもういいからアンガーゴートにまた追いかけられる前に目的地に行くぞ」
 リュミールの頭をポンッと優しく叩く。
 まだ少し気だるげな足に鞭を打って腰をあげて再び歩き出す。
「あ、バレてた?」
 リュミールは先程まで落ち込んでいたはずの顔はケロッと笑顔を取り戻し早足でこちらの後ろを追いかけてくる。


「……せめてもう少し反省していろ」
 彼女の腐った根性に感心しながら進む。

 ・
 ・
 ・

「随分と大きな森だな」
 目の前に映る青々と生い茂る森を見て驚く。
「まあかれこれ5000年ほど前からあるしね~」
 リュミールの得意げな説明を聴きながら一本の木の下まで近づいてみる。


「凄いな、こんなに太くて長い樹なんて見たことないぞ……」
 幹に触れながら上を見上げるがとても高いところまで樹のてっぺんはあった。
「ふふーん、そうだろうそうだろう!」
 リュミールは自分の事のように喜び鼻を鳴らす。


「さて、感心するのはここら辺にして中に入りますか」
 未だ得意げな顔をする精霊を無視して森の中に入ってみる。
「おお!こいつはまた凄いな」
 森の中に入った瞬間、空気が一気に変り神秘的なものになる。


「それでどこに行けばいいんだ?」
 当然ながら森の中など全く分からないのでリュミールに尋ねる。
「とりあえず長老に挨拶するために精霊たちが住んでいる里に行く。ここから歩いて30分ほどだ。こっちだよ」
 リュミールは迷った素振りもなく真っ直ぐ獣道を進んでいく。


 これでやっと目的地に着くと、そう思われたのだが2時間ほど森の中を歩いても全く目的地に着く気配がせず嫌な予感がしてくる。


「……まさかとは思うけど迷………」
「そんなはずないじゃないか~!!私にとってこのひろーい森なんて庭も同然……」
 なんかさっきもこんなことあったような気がするのは気の所為だ。と思いたい。


「今ならゆるし……」
「すみません迷いましたぁぁぁ!!」
 またも俺の言葉を遮り彼女は絶妙な角度を保ちながら頭を下げる。
 ……本当にこいつは反省したと思ったらこれだ。


「確認しとこう。俺達は完全に迷って、もうどこを歩けばいいかも全く分からないんだな?」
「はい、そうです……」
「はあ、とりあえず何か目印をつけながら森の中をまた歩いてみるか」
 とりあえず二度と同じ過ちを繰り返さないように近くにあった樹の幹にラミアから貰った剣で大きくバッテン印をつける。


 さあ行こうと足を動かそうとした瞬間、森の奥から聞こえてきた女の子の悲鳴で足が止まる。
「おいリュミールこの森に俺以外の人間っているのか?」
「いや、今この森にいる人間は君だけだ。あの悲鳴はきっと仲間だ!」
 リュミールは一気に青ざめた表情をして悲鳴のした方向へ行く。
「あ、おい!」
 俺も急ぐ彼女の背中を追いかける。


「おかしい、魔物なんていなかったはずなのに……」
「魔物?この先でお前の仲間が魔物に襲われているのか?」
「ああ、でもおかしいんだ。この森には魔除けの結界がしてあって魔物は近付けないはずなんだが……」
 魔除け……おそらくアニスの結界と同じようなものだろう。


 悲鳴のした方向へ走っているといくつかの影が見えてきた。
 一人はリュミールより少しばかり小さい背丈の、腰まで伸びた緑色の髪の女の子とその女の子を小憎たらしい笑顔を浮かべながら襲う緑色の肌が特徴的な魔物、ゴブリン5匹がいた。


 ゴブリン達は女の子を取り囲んで腕や髪を引っ張りながらゲラゲラと汚い声をあげている。


「ッ!!……いくぞリュミール」
「おいおい、そんな怖い顔するなよ」
 腰の剣を抜いてゴブリン達目掛けて構える。

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